第17話 グレイヴ孤児院での日常
ここは魔界―
トロメーア大陸の12の王国の1つアクゼリュス王国。
その王都ダイオスの中心にそびえ立つ美しい白亜の宮殿にして魔神王の居城たる万魔殿メディア宮。
アスモデウスはメディア宮の豪華絢爛な寝室で気持ちよく寝息を立て眠っていた。
本来ならば柔らかいはずなのに堅いベッド?軽く暖かくない薄い布団?そして静かな空間に聞こえる鳥達の囀りのはずが、窓の外から聞こえるのは耳障りな子ども達の遊ぶ声?―
「五月蠅いんじゃ!眠れるかー!!!」
アスモは大声で叫んだ。そして夢から現実に戻された。
ここはロマリア公国王都アルアス郊外にあるグレイヴ孤児院。
グレイヴ孤児院には創設者であるグレイヴ院長とマヘリアと23人の子供達の計25人が暮らしている。今は子供?が1人増えて26人になっている。
もうここに来て2週間は経つ。
魔神王アスモデウスとして人間界に召喚され、世界に混乱をもたらした張本人であったが自分自身の大失態により史上最弱の魔神となってしまった魔神王アスモデウスは人間界で暮らしていく為に種族と名前を変えて戦災孤児としてロマリア公国に入国する事になった。
先日の帝国との戦争でロマリア公国は国の存亡の危機は去ったものの、その被害は甚大なものであった。確かに版図の3分の2をトルキア山脈の怪物たちに蹂躪されたヴェノア帝国ほどの被害はなかったが、兵士の大半を失い、戦争に駆り出された民や犠牲者の数は10万はくだらなかった。
開戦当初は王都アルアスには避難の為に近隣の領地や村から逃げて来た国民達で埋め尽くされるようになっていたが、戦争終結から2週間が経った今は避難民は自分たちの領地や村に帰り王都もだんだんと落ち着いてきた。しかし、現在も戦争の影響による治安の悪化等は問題となっていた。今はそのような戦後処理の為に文官や国軍の兵士達が必死に駆け回っている状況だ。
その為に本来であれば主であるゼフォンが面倒を見る事になっていたのだが、ゼフォンも先日の帝国との戦いの戦後処理の為に駆り出され休む暇も無い状況になったので彼の出身でもあるグレイヴ孤児院に名目上預けられる事になったのだ。
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まさか人間界に来ていきなりこんな所に預けられるとはのう。眠りを妨げられるわ、餓鬼共はうるさい上にしつこく懐いて来るわ、主殿には魔王とバレないように大人しくしておけと釘を刺されるし、退屈にも程があるのじゃ!
などと考えていたら
ガチャリ
とドアが開いた。
「あら、やっと起きたのね。おはようアスモちゃん。お昼ご飯の支度出来たから顔を洗って食堂までいらっしゃい。」
そこにはゼフォンの様にこの孤児院で育ち、今は子供達の姉のような存在にあたるマヘリアが優しく話しかける。年は20歳前後くらいだろうか、母性を感じさせる落ち着いた優しさを持つ綺麗な女性だ。
「うむ、分かった。、すぐに準備しよう。」
アスモはそう言って洗面所に向かった。
顔を洗い食堂に向かうともう既に皆が集まっていた。
「お腹すいたー」
「早く食べようよー」
子供がせかす。
「アーちゃん早く、こっちだよ。」
銀髪のダークエルフの少女がアスモを手招きして呼んでいる。
「わかったから、ちょっと待て。」
アスモはさっさと席に着き、食事を取ろうとするが
「アーちゃん、ダメだよ。まだお祈りが終わってないよ。」
隣の銀髪のダークエルフの少女に注意された。
毎度毎度、食事の前にお祈りなんて面倒臭いのう。しかも妾に注意とは何も知らぬ子供とはいえ、主殿の身内でなければただでは済まん所じゃぞ。まあ仕方あるまい、それよりも食事じゃ♪
今の所アスモには食事位しか楽しみがない。料理は質素な材料を使っているがとても美味しいのだ。魔界での豪華な食事も美味しいのだが人間界の食事は味付けもメニューも豊富でアスモにはとても珍しく新鮮なのだ。
お祈りが終わって食事が始まる。
「うんうん♪今日も美味いのう♪マヘリアよ。この料理は何と言うのじゃ?」
料理を口一杯に頬張りながらアスモが質問する。
「今日のメニューは羊のホワイトシチューよ。あとアスモちゃん、食べながら喋るのはダメよ」
マヘリアが優しく答える。
「うむ分かった。気を付けよう。ホワイトシチューか。相変わらずマヘリアの料理は美味いな。妾の専属コック、いや料理長として雇いたい位じゃ」
「うふふ、ありがとう。でも私はここで皆のお世話をするのが一番の幸せだから。アスモちゃんもここに居る間だけじゃなく、私の料理で良ければいつでも食べにいらっしゃい。」
マヘリアは微笑みながらそう言った。
「こら、マヘリアお姉ちゃんにそんな言い方したらダメだぞ!」
「「ダメだよー」」
周りの子供達から声があがる。
「こらこら、喧嘩はしてはいけないよ。食事は皆で楽しく食べよう。そうすればもっと美味しくなるからね。」
孤児院の責任者でもありゼフォンを含む皆の父親代わりでもあるグレイヴ院長が優しく諭す。
「「「はーい。院長先生」」」
子供達がそう答え、楽しい食事の続きが始まる。
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「ふう、お腹一杯じゃ♪」
アスモは満足そうに食事を終えた。
さて、食事も済んだし昼寝でもするかー
「ねーねー、遊ぼーよ。」
子供達がアスモに呼び掛けて来た。
「妾は忙しいのじゃ。」
「いつも昼寝してるだけじゃん。いいから遊ぼーよ!」
冗談ではない。確かに見た目は子供だが実年齢は36,108歳なのだ。子供と一緒に遊んでられるか!
そう強く言ってやりたいが子供相手に大人気ない真似を魔神王である自分がするわけにはいかないと自制した。
「じゃあ、街を案内してあげたらどうかな?今日は買い出しの日だからアスモちゃんも一緒に行く?」
マヘリアがそう言った。
何、街だと?行きたい、ぜひとも!
この王都に主殿に連れて来られてから孤児院周辺しか出回っていない。人間界の街には大変興味がある、だが主殿には勝手に動きまわるなと言われとるしのう。
アスモは悩んでいる。
「良いじゃないか。アスモちゃん、息抜きに街を案内してもらうといい。ゼフォンには私のほうから言っておくよ。但し、決して一人では行動しない事、わかったかな?」
グレイヴ院長がそう告げた。
グレイヴ院長はアスモの事をゼフォンから聞いている。細かい事は言っていないが、アスモが戦災孤児では無く、ゼフォンが召喚した魔人であると。それだけ主殿が信頼している院長から許可が出たのだ。
「了解じゃ!決して一人では動き回らんようにする。約束しよう。」
「宜しい。ではマヘリア、頼んだよ。皆、気を付けて行っておいで。」
グレイヴ院長がやさしく微笑む。
「では行って来ます、院長先生。じゃあ、今日の買い出し当番の皆、アスモちゃん街まで行くわよ。」
「はーい」
「了解じゃ♪」
子供達と一緒にアスモも嬉しそうに答えた。そして町まで向かって歩き出す。
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王都アルアス中心街ー
「ここがこの国の都か?」
キョロキョロと辺りを見回す。
大きさや規模では自国の王都ダイオスには遥か足元にも及ばない程、小さい。はっきり言って格いや、桁が違う。
だが、市場にある人間界の食材や品物がアスモには初めて見る物が多く珍しいのでそれだけでも十分に楽しいのだ。
「のう、あれは何と言うのじゃ?」
「あれは美味しいのか?」
「あれは何に使う道具なのじゃ?」
アスモにとっては見る物が全て新鮮で興味は尽きない。
そして皆が中央広場に集まり買い物の役割分担を始める。
「じゃあ、マルスはマッシュ、クレア、メイとアスモちゃんを連れて調味料と小麦の買い出しに行ってくれる?待ち合わせ場所はいつも通りこの中央広場の噴水の所ね。」
マヘリアが12,3歳位の活発な少年にお使いを頼んだ。
「わかったよマヘリア姉ちゃん。マッシュ、クレア、メイ、それからアスモも一緒に行くぞ!」
「「はーい!」」
3人の子供たちはマルスの後ろについて行く。
アスモはまだ市場を楽しそうに眺めている。
「アーちゃん、早くいかないとダメだよ。」
クレアがアスモにそう言って手をつないでくる。
「わかった、わかった。行けばいいんじゃろ。あと余り馴れ馴れしくするでない。」
アスモはクレアの手を振り解こうとしたが、クレアが泣きそうな顔をしているのにハッと気付いた。
いかん。これは下手すると主殿に怒られるのではないのか?これが原因で外出禁止、いや怪物討伐禁止なんてされた日には何しに人間界へ来たのか分からなくなるではないか!
「待て待て、泣くな。えーと…」
「ぐす‥クレア。」
「そ、そうじゃ、クレアよさっきのは冗談じゃ。さあ手をつないで買い出しに行こうではないか。」
「本当?」
「本当じゃ。さあ行くぞクレア!」
「うん。」
クレアが涙を拭いて微笑み、アスモのつないだ手をギュッと握った。
ふう、危なかった。主殿には孤児院の者達を守る様に言われておるからのう。守るどころか泣かしてしまっては元も子もない。
しかし、何故このダークエルフは妾にこれほど懐いてくるのじゃ?妾が魅力的すぎると言う事か。小さくなっても高貴な気品が溢れる可憐な美少女だからな。妾の魅力が罪なのじゃ、仕方あるまい。
しかし、アーちゃんか‥妾の事をそう呼んだのはあ奴しかおらんしな。本来なら許さぬところじゃが子供の言う事にいちいち腹を立てても仕方あるまい。
アスモとクレアは急いでマルス達のもとにかけて行った。
「遅いぞ、お前ら。早くしないと皆を待たせることになるからな。」
「ごめん。マルス兄ちゃん。」
「わかっておる。」
アスモとクレアが素直に返事をする。
「わかればいいんだ。それにしてもお前ら仲がいいんだな。手なんかつないで。」
「うん、アーちゃんが繋いでくれたの♪」
クレアが嬉しそうに満面の笑みで答えた。
「そうか。良かったじゃないか。ありがとうなアスモ、クレアと仲良くしてくれて。さて、みんな行くぞ。」
「「「はーい!」」」
「了解じゃ。」
子供達とアスモが買い出しに向かって市場の東側に歩き出した。
「アーちゃん、ちょっと先に行ってて。」
クレアがアスモの手を放し、青い看板の店に向かって走り出した。
「何じゃあ奴は?のう、お主よ何故あ奴は妾にこんなに馴れ馴れ…いや、懐いてくるのじゃ?」
アスモがマルスに気になっていた疑問をぶつける。
「ああ、クレアの事か。多分お前の事を心配しているんだろ。」
「妾を心配じゃと?」
「そうだ。お前は俺たちと同じ戦災孤児だけど非人間族だからな。この国では場合によっては酷い差別があるからな。クレアも最初にこの王都に来た時は虐められていたからな。だから同じ非人間種で戦災孤児のお前が自分と同じ目に合わないように気にかけているんだろうな。」
「そうか。そんな事がのう…」
「でも、クレアはお前の事を相当気に入ってると思うぞ。初日からお前にべったりだしな。あいつがここにきて1年は経つが俺たちに馴染むまで結構時間がかかったのにな。やっぱり自分と同じ8歳の非人間種ってのが気に入ったのかな?―あ、ごめん。今のは悪かった。俺は人種差別なんてしないからな。もちろんグレイヴ孤児院にはそんな奴は居ないから気にするなよ。」
マルスは先程の失言について真剣に謝罪した。
「構わぬ、わかっておるから気にするな。」
同じ歳?確かに尻尾だけは同じ歳じゃな。あとは差別ね。確かこの国では非人間族は1%以下と言っていたな。仕方ない事なのか?まあ妾にそのような事をすれば痛い目に合わせてやるがの。
「アーちゃん!アーちゃん!」
クレアが青い看板の店から走って来てアスモに追いついた。
「アーちゃん、これあげる!」
クレアは手に持った小さなきれいな紙に包まれた丸い物ををアスモに渡した。
「何じゃこれは?」
アスモはその丸い物を手に取り眺める。
「それは飴だよ。とっても美味しいよ!だからアーちゃんにあげる、だから食べて。」
「飴じゃと、妾でも飴位食べた事はあるぞ。|あっち(魔界)にもあったしの。ん?」
アスモは飴を包んでいた袋外し、そして驚く。
「何じゃこれは?色が変じゃぞ、赤色の飴なんぞ見た事も無い。こんなの食えるのか?」
魔界の飴は砂糖と水のみで作ったいわゆる鼈甲飴という透明な飴色のシンプルな物しかないのだ。これには流石に驚いた。
「大丈夫だよ。本当にすっごく美味しいの!果物の味がするのよ。」
「果物の味?まあ嘘ではないようじゃし、食ってみるか‥あむ― っ!」
ズキューン!
アスモに衝撃が走る―
「美味い♪美味い♪美味いのじゃ!こんなの食べた事無いぞ。甘い飴の味に苺の風味が付いておる。まさに絶品じゃ!」
アスモは頬を両手で覆い顔がほころんでいる。本当に幸せそうな顔だ。
「美味しい?良かったねアーちゃん。」
クレアはアスモのその表情を見てとても嬉しそうだ。
「クレア、お前それ結構高い飴じゃないか。小遣い結構使ったんじゃないのか?アスモ、それは結構高価な物なんだからクレアに感謝しないといけないぞ。」
マルスがクレアを心配している。
「マルス兄ちゃん余計なこと言っちゃダメ!アーちゃん気にしないでね。」
クレアがマルスを注意して心配そうにアスモの方を見る。
「うまうま♪」
アスモは飴の美味しさに感動し、味わうのに集中して聞いていない様だった。
「ほっ、じゃあアーちゃん早く買い物に行こうよ♪」
「うまうま♪―おおっ!何じゃ!」
クレアがアスモの手を取り目的の店まで引っ張って行った―
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「よし集合、買い物はこれで済んだな。じゃあ、帰るぞ皆。」
アルスがみんなを集めて帰り支度を始める。
「「「はーい。」」」
「了解じゃ。」
そして買い物を終えたアスモと子供達は集合場所の中央広場噴水に向かった―
「帰ったら何して遊ぶ?」
「冒険者ごっこしようよ!」
「うん。アーちゃんも一緒に冒険者ごっこしよう!」
メイ、マッシュ、クレアの3人がアスモを遊びに誘う。
「妾は遊びはよい。しかし冒険者とは何じゃ?」
アスモは冒険者という言葉について興味があるようだ。
「冒険者ってのはギルドに登録して依頼を受けて怪物退治やダンジョン探検なんかをこなして報酬を貰う仕事の事だ。最初はE級から初めて強くなったらランクが上がっていくんだ。伝説のS級冒険者になれば一国の王族でも命令出来ない位の凄い存在になるんだぜ。俺も大きくなったら冒険者になってS級は無理でもA級かB級にはなってお金を一杯稼いで皆を楽にしてやるんだ!」
マルスが冒険者と自分の夢について語った。
「怪物退治で楽しませてもらった上に金まで貰えるのか?いい商売じゃな。妾もなってみようかのう。」
「アスモにはまだ早いよ。確かにお前ぐらいの年でなった最年少冒険者の伝説は聞いた事があるが、冒険者になる為には職能が絶対必要なんだ。だからあの強いゼフォン兄ちゃんでもなれなかったんだ。本当は冒険者になって皆を楽にしたいって言ってたけど兄ちゃんはなれなかったから王国軍の兵士になったんだ。だから俺が兄ちゃんの代わりに頑張るんだ!」
「成程、力さえあれば妾でもなれるのじゃな。」
主殿も冒険者になりたかったが職能が無かったからなれなかったか。では今はもう大丈夫じゃな。冒険者ねえ―
「僕も冒険者になるんだ!」
「あたしもー!」
「アーちゃんが一緒だったら私も…」
子供たちの夢も一緒のようだ。一人はちょっと違うようだが‥
そんな話をしながら子供達とアスモが集合場所の中央広場へ向かい市場の裏路地を歩いていた―
「おいおい、何か臭いにおいがしないか?」
「ホントだ。貧乏臭い孤児共の臭いだ。」
「あと、亜人のゴミも居やがるぞ。そう言えばさっき冒険者になるとか言ってなかった?こいつら。」
路地裏でアスモ達に向かってニヤニヤと笑い嫌味たらしい言葉をかけてくる15歳前後の3人の少年達が居た。
アルスは警戒し、子供達を自分の後ろに隠れるように前に出る。クレアたち3人は不安そうな顔をしている。
「何じゃこ奴らは?」
アスモはその3人の少年たちを訝しげに見ていた。