第16話 滅竜剣ネグリング
北の大陸アルガルズ―
ヴェノア帝国の帝都郊外スヴァルト平原で巨大な竜種と魔人が戦っていた―
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魔神王アスモデウスが降臨した影響で最大の被害をこうむったのはヴェノア帝国であった。
そしてトルキア山脈消失事件の影響により怒り狂った万を軽く超える怪物達の大津波がヴェノア帝国を襲ってから既に10日が経過していた。
怪物達の怒りは凄まじく、ヴェノア帝国の被害は版図の3分の2を蹂躙され、死傷者は軽く数百万人以上にも上った。ヴェノア帝国軍も全力を持って迎撃し、ほぼ全ての怪物達を戦闘開始から5日で殲滅、撃退したが最後の1体に手も足も出ず帝都近くまで侵攻を許している状況なのだ。
その最後の1体は上位竜種の「煉獄竜」の異名を持つブレイズドラゴンであった。その巨体は翼を広げれば150メートルはあるであろう巨大な竜種。しかもレベルは188。この上位竜種1体の為に帝国領土の3分の1が焦土と化し、数百万の帝国の民が犠牲となった。
煉獄竜の吐く紅蓮の炎が空を焦がし、兵も民も家畜ですら何もかも灰となしていた―
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煉獄竜との戦闘から5日が経過し、決戦の地スヴァルト平原にて巨大な大剣を背負った1人の魔人が上位竜種の前に立ちはだかった。
その魔人こそヴェノア帝国を1代で築き上げた男、ヴェノア帝国皇帝グレゴール・エルド・ヴェノア1世であった。
「レベル188か。まあ10日近くの戦闘である程度は消耗してそうだし「コイツ」があれば勝てるだろう。」
そう言って背負っていた大剣を手に取り、たった1人で煉獄竜に向かって行く。
魔人グレゴールのレベルは172。10日近くの戦闘で消耗している状況とは言え通常であれば煉獄竜を倒すのは不可能に近い。だがグレゴールには勝算があった。それは彼の固有職能と所有する魔神器「滅竜剣ネグリング」があったからだ。
魔神器「滅竜剣ネグリング」とは竜殺しの武器の一つである。
この武器はゼフォンが持つ伝説級の武器に名づけた神話の物語の巨人殺しの英雄ベオウルフが実際に使っていた伝説の魔神器なのだ。そしてその異名通り竜種に対して絶大な効果を発揮する。
グレゴールは煉獄竜の100メートル手前まで近づく。そこは既に煉獄竜の間合いだが煉獄竜は仕掛けない。この小さな男が持つ「滅竜剣」から放たれる危険を伝える波動と小さな男から感じる強者の波動に警戒をしていた。気を抜けばやられると。
「おい、人の領土を散々と荒らしてくれたものだな。楽に死ねると思うなよ。」
グレゴールが煉獄竜に向けて言い放つ。
「調子に乗るなよ矮小なる人間種如きが上位竜種である我に勝てると思うなどおこがましい!貴様も灰にしてくれようぞ!!」
「やってみろよ糞トカゲ。」
グレゴールが不敵に笑い挑発する。
「き、貴様ぁ、甞めるなー!グルオオオオオオオォォォォォォ!!!」
煉獄竜の凄まじい咆哮が平原全土に響き渡り死闘が開幕した―
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戦闘開始から30分が経過した。2体の化け物の死闘は未だ続く―
互いの攻撃により大地は裂け、地面はマグマのように沸騰し、まるで物語で伝わる地獄のような光景となっていた。
数合の打ち合いの後、凄まじいスピードで薙ぎ払われる煉獄竜の尾撃をグレゴールが後方に素早く跳び、上手く躱す。
尾撃により発生した衝撃波が大地を抉り吹き飛ばす。その衝撃波だけで高位魔法以上の威力がある。まさに凄まじい攻防が繰り広げられていた。
煉獄竜は息を切らし、かなりの傷を負っている。だが、グレゴールはほぼ無傷であった。
「燃え尽きよ!!」
煉獄竜が「煉獄の息吹」を吐く。放たれた紅蓮の炎が辺りを薙ぎ払い、触れる物全てを灰と化しグレゴールに向かって行く。
「魔封!」
グレゴールが「滅竜剣」を襲い掛かって来る「煉獄の息吹」に向かって翳した。すると「滅竜剣」に「煉獄の息吹」が吸収されていく。そして「滅竜剣」に刻まれた魔法刻印の1つに光りが灯る―
「くそっ、またか厄介な奴め!」
煉獄竜が苛立っている。先程から己が放つ「煉獄の息吹」も魔法も全てグレゴールの持つ職能の一つ「剣聖」の技能である魔封剣によりすべての魔法攻撃が「滅竜剣」に吸収されているのだ。
「よそ見してるんじゃねえよ!」
グレゴールが煉獄竜の隙を突き一瞬にして間合いを詰める。不意を突かれた煉獄竜はその攻撃に対応できなかった。
「くっ…」
「おらよっ!」
「滅竜剣」を煉獄竜に目掛けて下から薙ぎ払う―
ズバアァァ!
「滅竜剣」より薙ぎ払われた衝撃波が煉獄竜の堅い甲殻を切り裂く。大量の鮮血が大地を赤く染めていく。
流石は竜殺しの武器である。剣から発生する衝撃波ですら煉獄竜に手傷を負わせている。
通常の武器では煉獄竜を傷付ける事は出来ない。たとえ銀魔鋼の剣であっても当たれば砕けてしまうだろう。
堅牢な上位竜種の竜燐は最低でも伝説級か神の合金製の武器でしか傷つける事は出来ないのだ。
「グオオアア!」
煉獄竜が苦痛に顔を歪ませる。
馬鹿な。いくら竜殺しの武器と言えども、ここまで一方的にやられる事などあるのか?
いいや違う、奴の職能が厄介なのだ。魔法攻撃や息吹は全て吸収され通用しない。接近戦にしてもスピードでは奴に分がある。いや、攻撃力でも竜殺しの武器がある分互角か…
だが、一撃でも我の攻撃が当たれば逆転は可能な筈だ。ならば―
煉獄竜は身体を高速回転させ竜燐をグレゴール目掛けて飛ばした。弾丸の様なスピードで大量の巨大な竜燐の飛礫がグレゴール目掛けて襲い掛かる―
「烈風破!!」
その声と同時に「滅竜剣」の魔法刻印が一つ光り、グレゴールが「滅竜剣」を振り下ろすと巨大な竜巻が発生し、向かって来る飛礫を全て撃ち落とす。
その衝撃により砂塵が発生し視界が悪くなった。
「この時を待っていたぞ!」
煉獄竜が翼を広げ飛び上がろうとしている。
魔法が通じないのであれば上空から奴に向かって体当たりをするのみ。単純な攻撃だがスピードに乗った我の一撃を喰らえば奴も防ぎようがあるまい。
「行くぞ!」
煉獄竜が凄まじいスピードで上空に向かい飛び立った。煉獄竜の言うとおり流石のグレゴールでも単純とは言えこの攻撃を喰らえばひとたまりもない。
だがグレゴールはその様子を見てニヤリと嗤った―
バリィィィン!
煉獄竜が上空に跳び立った直後に見えない壁にぶつかる。
その見えない壁は幾重にも重ねられた魔法障壁であった。凄まじいスピードでぶつかった為,障壁は全て粉々に砕け散る
グレゴールは念話を使い、戦闘中に臣下達に上空に魔法障壁を重ねて展開するように指示していたのだ。予想通りとは言えここまで上手く行ってしまった事に笑いを隠せなかったのだ。
魔法障壁程度では煉獄竜の攻撃を防ぐことは出来ない。だが、飛び立った煉獄竜をその衝撃で地に叩き落とすには充分であった。
煉獄竜は地に堕ち体制を整えようとしていたが刻は既に遅かった―
「遅いぞ、樹氷剣!!」
グレゴールが大地に「滅竜剣」を突き刺し叫ぶ。先程の様に魔法刻印が一つ光り剣技が発動する―
「滅竜剣」が突き刺さった場所から大地が凍り、その凍てつく波動が煉獄竜まで一直線に走る。そして煉獄竜の全身を氷の枝や樹の様なものが纏わり付きその動きを奪う。
「おのれ!こんなもの…」
煉獄竜が全身に炎を纏わせてそれを振り払おうとしたが、すでにグレゴールは煉獄竜を捉えていた。
「喰らえ!風刃剣!!」
魔法刻印が一つ光り剣技が発動し、グレゴールが一瞬にして背後に回る。そして風を纏った刃で煉獄竜の翼を切り裂く―
「グオオオオ…」
煉獄竜の両翼は地に叩き落とされ、凄まじい鮮血が吹き出し辺り一帯を赤く染める。
「もうこれで逃げられんぞトカゲ」
グレゴールが煉獄竜の背に乗り嗤っている。
「ま、待て降参しよう!我は大人しく山に帰る。だから見逃してくれんか?」
「阿保かお前は?手前に都合の良い事だけ抜かして何言ってやがる。」
「…わかった!ならば貴様に手を貸してやろう――いや、配下になっても良いぞ!」
煉獄竜は形振り構わず命乞いをする。そこには既に上位竜種の誇りなどは無かった。だが―
「貴様の忠誠など要らん。信用も出来んしな。それにお前の身体は俺の計画の為に必要なのでな、お前がここに来て正直助かったぞ。これで予定が早まる。さて―」
グレゴールが煉獄竜の背中の傷口に「滅竜剣」を突き刺す。
「お前にこの「滅竜剣」の秘密を教えてやろう。竜殺しの武器だけではなく俺の使う魔封剣には最高の効果を発揮する武器でな。お前の炎や魔法は全て吸収されただろう?計38回だ。この魔法刻印を見てみろ、魔法刻印の80近くが光りを灯し魔力を帯びているだろう?「滅竜剣」は吸収した魔法をストックする事が出来るのだ。刻まれた魔法刻印の合計155個に最高位までの魔法をストックする事が出来る、今はお前から吸収したものと俺が事前に用意した50の最高位魔法がストックされている状態だ。凄いだろう?死ぬ前に良い事聞けたじゃないか。―さて質問だ。煉獄竜と呼ばれる貴様に炎は通用しないと言う事だが内部から焼かれた場合はどうなるのかな?」
グレゴールがニヤリと嗤う。
「ま、待って―」
「ほらよ、お前から貰った分は全て返すぜ!紅蓮刃!!」
グレゴールが「滅竜剣」に力を込めると煉獄竜から吸収した38個の魔法刻印が一斉に光った―
「グギャアアアアァーーー」
煉獄竜が断末魔の叫びをあげる。ボコボコと鱗が浮き皮膚が膨らみ凄まじい熱が噴出してくる。内部から焼かれ沸騰しているようだ。
「ギュオオ…」
力なく唸り苦痛にゆがんだ表情で煉獄竜は息絶えた―
「ハハハハハ、煉獄竜が炎で死にやがった。傑作だな。―おっ」
グレゴールの身体に刻まれた刻印が熱を帯びる。
「流石はレベル188だな。雑魚をいくら殺しても上がらなかったレベルが一気に2も上がりやがった。」
グレゴールは己の能力を確認した。
名前 グレゴール・エルド・ヴェノア
種族 魔人
職業 ヴェノア帝国初代皇帝
レベル 174
職能 「剣聖」「仙人」「鑑定士」
「流石は「滅竜剣」だ。竜種に対しては絶大な威力だな。「仙人」を使う事無く剣技のみで倒せるとはな。―おい、コイツの死体をあの場所まで運んでおけ、あとくたばった奴らの魂も回収しておけよ。軽く数百万は死んだだろ?役立たずのゴミも死んで使えるようになったじゃないか、なあ?」
グレゴールにとって役に立たない兵士や領民などいくら死のうがどうでも良い事なのだ。むしろ死んで利用出来る様になったと言う点では役に立ったと認識しているようだ。
「了解いたしました。皇帝陛下。」
戦闘終了と同時に戦いを見守っていた側近や兵士たちがグレゴールのもとに集っていた。
「さてと、かなり労働力が削られたからな。直接俺がロマリア行って奴隷を確保してくるかな。」
グレゴールがそう言ってロマリア公国へ向かおうとしていた―
「お待ちください陛下!」
側近の一人が制止する。
「あぁ、何だ?俺のやることに文句でもあるのか?」
グレゴールがどすの利いた声で威圧する。
「今、ロマリアに向かうのは危険です。情報ではグエン平原に竜王、いや竜神が降臨し我が軍とトルキア山脈の一部が消滅したと報告が来ています。しかも奪取したウルラ要塞どころか唯一の通り道であったウルラ関も落石や土砂崩れによって地形が変わり塞がっている状況です。今は軍を派遣できる状況でもありませんし、情報が錯綜している状況では危険すぎます。」
「だから俺が一人でトルキア山脈を抜けて行くって言ってるだろうが。」
「いかに陛下が「滅竜剣」をお持ちであっても竜王や竜神が相手では分が悪すぎます。まして陛下不在の時に反乱分子が動き出さない保証も御座いません。この帝国の存亡の危機に陛下に何かあれば取り返しがつきません。我ら臣の代わりはいくらでもおりますが、陛下の代わりは居ないのです。どうかご自重を。」
他の側近たちも同調し必死にグレゴールを諌める。
「ちっ、仕方ないな今回は止めておくか。反乱分子ねえ、居たらいつも通りに皆殺しにして死体は街道に串刺しにして並べておけよ。あと、奴の捜索報告はまだか?」
「反乱分子の件、了解いたしました。お探しの魔人の件ですが多分帝国内には既に居ないものと思われます。北の小国のどこかに居る可能性が高いかと思われます。幸いウルラ関が塞がる前から念話を使える間者を十数名放っておりますので捜索の続行は可能です。報告があり次第、陛下にお伝えいたします。」
「わかった。では貴様らに任せよう。運良く今回で肉と魂は揃ったのだ。あとは核のみなのだ。俺の計画を成功させるためには絶対に奴が不可欠なのだ。必ず捜し出せよ。至急にな。」
「「「承知致しました陛下!」」」
側近達がグレゴールに敬礼した後、即座に各自の仕事に移る。そしてグレゴールは己の城がある帝都アングルスに向かって歩を進めた―
あと一つ奴の核さえ手に入ればわが宿願が叶う。その時こそこのヴェノア帝国が世界を征服するのだ。闘神も魔王も竜神も全て我らの前に斃れる事になるだろう。
計画が成った時の事を想像しグレゴールが楽しそうに笑っていた―