第2章 魔王様冒険者になる 第15話 混迷の世界
魔神王アスモデウスが人間界に召喚されてから2週間-
世界中の主要勢力が混乱し、北のアルガルズ大陸グエン平原に出現した存在についての情報収集に躍起になっていた。
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中央大陸ティマイアス
神聖王国アルヴァロンの首都にして聖都ヨハネスにそびえ立つランバルト宮殿では北の大陸で起こった異変について様々な情報が錯綜している中、教皇、闘神達が一堂に集まり緊急会議を行っていた―
円卓の中央の上座に座っているのは神聖王国アルヴァロンの指導者にして教皇ネロ・マルタ・ザカリス3世が鎮座していた。ネロ3世を囲むように3人の闘神、そして12人の枢機卿たちが座っていた―
「アルガルズ大陸で起こった件について報告いたします。」
枢機卿の一人カルロが事件について報告をする。
「アルガルズ大陸のトルキア山脈とグエン平原でヴェノア帝国とロマリア公国の戦争が始まったのが約17日前、そして開戦から4日目の14日前に事件が起こりました。異変には闘神の御三方が気付き即座に「眼」に原因調査を依頼しました。その結果「眼」はトルキア山脈消失に巻き込まれ死亡、いや消滅してしまいましたが消滅する直前に念話で送られてきた情報では天を衝く巨大な金色の竜種が出現していたと情報がありました。そしてヴェノア帝国兵、ロマリア公国兵全てを蹂躙した後トルキア山脈を消し飛ばしたようです。その後、忽然と姿を消しました。」
「天を衝く金色の竜種だと?そんな存在がアルガルズ大陸に居るなど聞いた事も無い。馬鹿な冗談はやめてくれんかカルロ卿。第一、本当にトルキア山脈の20%以上が消失したのか?通常ではありえないぞ。」
枢機卿の一人タリウスはその情報に納得がいかないようだ。他の枢機卿達数人も同じような意見を言う。
「いえ、これは紛れもない事実です。あり得ない異常事態だからこそ今回の招集を行ったのです。」
カルロが即答した。
「では証拠でもあるのか?念話など本当に信頼できるのか?聞き間違えたんじゃないのか?」
枢機卿たちはいまだに信じられないようだ。
「証拠ならあります。この水晶球をご覧ください。」
カルロの従者が大きな水晶球を円卓の中央に置き、呪文を唱える。すると水晶球に映像が映し出された―
その場に居た全員が驚愕する。そこにはまさに山のように大きな天を衝くほどの巨体の金色の3ツ首の竜種が映っていた。それは竜王、いや竜神と言っても過言は無いほどの神々しい存在だった。
その正体は魔神王アスモデウスが召喚した竜王アジ・ダハーカである。
カルロは更に絶望の情報を伝える。
「この映像は我が国で最高の感知能力を持つ闘神アストラ殿に「神の眼」を用いて頂き、念写を行った結果、手に入れる事が出来ました。映像からこの竜種は推定1,5キロメートルはあると思われます。そして「鑑定眼」の結果、そのレベルは最低500以上です。」
「最低でレベル500以上だと!そんなバカな話があるか!!」
枢機卿たちが怒号のような声で叫ぶ。
「ええ。500以上です。我が国から「神の眼」を使ったので距離的に正確な数値は測れませんでした。あくまで測れる限界のレベル500を軽く超えているとの事です。」
「…何なんだこれは?」
「これはもしかしてメガラリア大陸の竜神なのか?」
「馬鹿な!東の竜神が何故北に居るのだ!」
「しかし、これではどう考えても竜神としか言いようが…」
「こんな化け物に勝てるのか…」
「確かに闘神殿達や西の魔王以上の存在か…」
枢機卿達はこの異常な情報に混乱し動揺を隠せない。
カンカン!
教皇ネロ3世が円卓を王笏で叩く。枢機卿達は我に戻りネロ3世の方を見る。
「みな落着け。今回のアルガルズ大陸で起こった事件についての詳細は以上だな?カルロよ。」
ネロ3世が冷静にカルロに質問する。
「は、猊下、トルキア山脈消失の異変については以上となります。その他の報告としてトルキア山脈より万を軽く超える魔物がヴェノア帝国に侵攻し、かなりの被害が出ているそうです。詳細は現在調査中であります。」
カルロが報告を終える。
「そうか。起こってしまった事に対してうろたえていても仕方がない。今のこの場はこれからの事を考える為に開いた会議である。皆冷静になって話し合おうではないか。」
ネロ3世の言葉に枢機卿達は心を静め冷静さを取り戻していった。
「落ち着いたようだな。では、本題に戻ろう。この事態をどう思う?いや、どうするべきだ闘神殿達よ?」
闘神―
神聖王国アルヴァロンの力の象徴にして守護神として崇められる神聖王国最強の超越者達である。だがこの世に闘神などという種族は存在しない。
その正体は魔界から召喚された魔神であり神聖王国の前身であるアルヴァロン公国の時代から2000年以上も人間界に存在している。魔神の寿命は永遠に近いのだ。
何故、人類最大の敵である魔神の彼らが闘神として神聖王国アルヴァロンに仕えているのか?
それは特殊な大法儀により作り出された聖王の宝珠という魔法具を使い、召喚した3人の魔神を闘神として転生させたのだ。
この事実は歴代の教皇にしか伝えられていない事であり、絶対に知られてはいけない禁忌なのである。
ネロ3世の質問に闘神アストラが答える。アストラはこの事態を「神の眼」を行使して調べた本人である。
「正直、今回現れた存在は我らでは手に負えないとはっきり言っておく。奴が出現した瞬間に世界が終わったと思った。しかし―」
「しかしとは何だ?アストラ殿よ」
ネロ3世が質問する。そしてアストラの口から更に驚愕の事実が発せられた。
「…出現したのは1体では無い筈だ。我らより圧倒的な存在は2体反応があった。最初の1体は正直生物としての次元が違い過ぎる。この聖都に居ても分るくらいの絶望的戦力だった。」
「ああ。「神の眼」を使えない俺達でも感知できる位の化け物だ。」
闘神セアルが告げる。
「正直に言うと3人がかりでも歯が立たないどころか瞬殺されるだろうな。最初の奴はヤバ過ぎる。世界なんか簡単に滅ぼせる存在だ。」
闘神ヴォラクが止めの言葉を発する。
「世界を滅ぼす?そんな馬鹿な…ではどうしたら良いのだ?」
流石のネロ3世も動揺を隠せない―
「まあ待て猊下よ。忽然と消えたと言っただろ。言葉の通り全く反応が無くなったのだ。」
アストラが少しだけ希望を与えるような言葉を告げた。
「反応が無い?ではもう居ないのか?」
「可能性としては2つある。まずは「能力隠蔽」を使って隠れている可能性。だがこの可能性は低い。何故ならそんな面倒な事しなくても奴らが本気ならこの2週間で世界は滅んでいるはずだ。潜伏して陰で暗躍したり何かを企むなんて必要性が無い程の存在だからな。そしてもう1つが召喚された可能性だ。しかし普通に考えればこのレベルの化け物を召喚するなんて事は常識的に不可能だ。だが二体とも召喚された反応を感知した。二体目は多分最初の奴が召喚したと思われる。戦闘後に二体とも反応が消えたと言う事は一時的に召喚されて魔界に帰ったと考えた方が信憑性がある。つまり今回は後者の方が可能性が高いと言う事だ。」
その言葉を聞いて枢機卿達は安堵した。
「成程。脅威は去ったとみて問題は無いのですな。」
「いや、あくまで可能性の話だけだ。情報収集はしっかりしておいたほうが良いだろう。但し、目立た無い様にしておかなければいけない。万が一があっては危険だからな。」
アストラが念を押して提案した。
「確かにアストラ殿の言うとおりだ。確定しない限りあまり派手な動きは抑えたほうが良かろう。よって情報収集は続けるが目立たぬ様にしておくように指示を頼む。良いな?カルロよ。」
ネロ3世がカルロに指示を出す。
「かしこまりました、猊下。隠密行動で行う様に指示を出しておきます。」
「では以上を持って今回の会議を終了とする。」
ネロ3世の終了の合図と共に全員が席を立ち、各々の職務に戻って行った。そしてその場には闘神達3人のみとなった―
「あの金色の竜種は2体目の方だと報告しなくて良かったのか?」
ヴォラクがアストラに質問する。
「ああ、言う必要はない。言ったところで余計混乱させる事になる。」
アストラが即答した。
「そうだな。なんせ最初に人間界に現れたのは確実に魔神王だぞ。言えば混乱どころでは済まないだろうな。」
セアルもアストラと同じ意見のようだ。
「確かに無駄に波風を立てるだけだな。ならばこの件は我ら3人のみの秘密と言う事にしておこう。では解散するか。」
ヴォラクも2人に同意したようだ。
3人は会議室を出て歩き出す。先を歩く2人の背を見ながらアストラは考えていた―
あの金色の竜種は竜王アジ・ダハーカ様だ。ならばそれを召喚したお方は「色欲の王」であられるのは間違いない。もしかしたら陛下がまだ人間界に滞在している可能性もあるかもしれない。その時は闘神としての呪縛を何としても解き、もう一度あのお方の為にお仕えしたい。もう一度…
魔界は広い。セアル、ヴォラクの2人はカイーナ大陸の出身であり、国の重要なポストについて居なかった為、他の大陸の情報には疎かった。
だがアストラはトロメーア大陸出身であり祖国はアクゼリュス。つまりアスモデウスに仕えていた魔神の一人であった。当時の階級は中位の魔神であった為、直接の面識を持てる地位には居なかったが、何度かその尊顔を拝した事はあった。
アスモデウスは己にとって唯一自らが忠誠を誓った絶対的支配者なのであった。
もし陛下が自分を必要としてくれるならばどの様な事でもしよう。アストラはそう心に誓った―
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西の大陸アルバティア
バベル帝国の帝都カルデアスの魔王城ヴェルトハイムの玉座に魔王ダンタリオンが鎮座している。しかし、その表情には全く余裕が見られない。切羽詰まったような表情で何かを待っているようだ―
魔王ダンタリオン―
その正体は魔界から偶然に出来た人間界につながる地獄門を通ってやって来た、中位魔神である。魔王と言っても「魔神王」では無く、格下の「悪魔王」なのだ。
「失礼します陛下。北の異変に関しての調査の結果が分かりました。」
ダンタリオンの側近にして右腕の魔神フォルネウスが玉座の前に跪き報告する。
「おお!やっと来たか。‥で結果はどうであった?」
ダンタリオンが待ちわびたかのようにフォルネウスに話しかけるがその言葉の弱さに不安は隠せない様だ。
「陛下、出来れば人払いを…」
「…そうだな。フォルネウス以外は皆下がれ。命令である。」
ダンタリオンの命令を受け玉座の間に居た側近や従者たちすべてが退室した。
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「で、どうであったか?」
「…隠しても仕方ない事と思いますのではっきり申し上げます。アルガルズ大陸に現れたのは2体の強大な存在なのは陛下もご存知かと思いますが‥」
「そんな事は分っておる。知りたいのはその存在が「誰か」だ!!」
ダンタリオンが怒気を強めてフォルネウスに告げる。
「では、報告します― 」
フォルネウスはアルガルズ大陸で起こった事をダンタリオンに告げた。内容は神聖王国アルヴァロンの会議の内容とほぼ変わらなかった。だが魔界出身の2人にとってこの情報は驚愕の事実であった。
「…この竜種はゴールデン・タイラント・ナーガ。しかも竜王アジ・ダハーカではないか!では降臨したのは「色欲の王」か?」
ダンタリオンの表情は青ざめて生気が無い。この事実をまともに受け止める事が出来ないようだ。
「…竜王アジ・ダハーカを召喚したと言う事は「色欲の王」で間違いないかと。」
フォルネウスが力なく答えた。
この2人も闘神アストラと同じトロメーア大陸の出身なのだ。祖国と仕えていた魔神王は違うが、己の大陸の12人の絶対的支配者達の情報位は知っているのである。
「一体どうやって人間界に…」
ダンタリオンはいまだに信じられない…いや、信じたくない様だ。
「召喚されたと思われますがその後、忽然と消えております。多分一時的な出現であるかと思われますがどういたしますか?ヴェノア帝国は国力の3分の2は失ったと思われますが攻め落とすなら今が好機かと…」
フォルネウスのその提案もダンタリオンにとっては慰みにもならない。
「ヴェノア帝国が壊滅状態だから攻め落とすだと?馬鹿か貴様!忽然と消えただけだと言う事を忘れているのか?「能力隠蔽」を使って正体を隠し陰で暗躍するなど魔神王にとっては簡単にできる事だろうが!!下手に動いて虎の尾を踏む…いや竜王の尾を踏む自殺行為など出来る訳が無かろう!!!」
ダンタリオンは激高しフォルネウスを罵倒した。
「…申し訳ありません陛下。では情報収集を今後も行い、北に関しては今のところは静観しておく方針で宜しいでしょうか?」
「ああ、だが慎重に行えよ。慎重にな。」
「かしこまりました。ではその様に行います。」
そう言ってフォルネウスが退室した。
「…ふう」
ダンタリオンはため息を吐き考える―
人間界に来て約200年。魔界では大した地位も無い中位の魔神だった俺が今や西の大陸全土を掌握し魔王として君臨している。なのに何故こっちに魔神王である「色欲の王」が降臨したのだ?
ふざけるな!奴の統治するアクゼリュス王国は人間界よりも広い版図ではないか。これ以上何を望むつもりだ!奴のせいで俺の世界征服が遠のく、いや終わるかもしれない…
「…くそったれが!」
ダンタリオンは怨嗟の言葉を吐き、現在の状況に頭を抱えた―
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南の大陸トランフィス
この地に存在する幻の王国、妖精王国アルフヘイムの王宮シンフォニアム城でも北の異変について話し合いが行われていた―
妖精王オベロンとその側近達は今回のアルガルズ大陸で起こった事件についての報告を聞き予想外の出来事に驚愕し、また落胆していた。
「姫様の予言が外れるなんて…陛下、これは一体どういう事でしょうか?」
宰相のアルベリヒや重臣達が今回の事の顛末について説明を求めた。
「正直今回現れた存在は後者はアジ・ダハーカという竜王。そしてそれを召喚した前者はワシにもわからん。」
オベロンのその言葉に重臣たちが首を傾げる。
「陛下でもわからない?何を仰っているのですか。そんな筈は無いでしょう。」
オベロンがわからない?そんな筈は無いのだ。何故なら妖精王オベロンはこの世界で最高の「神の眼」の使い手なのだ。その感知範囲は広く人間界全てを感知出来るほどの範囲を誇り、そして「能力隠蔽」も見破る力がある。
そのオベロンがわからないと言っている事が重臣たちには理解が出来ないのだ。
「粗方の予想はついているのだが、ワシの「神の眼」でもその者の能力を視る事が出来ないのだ。今は存在さえも見失ってしまった。だがこちらの世界にはいる筈だ。多分、「能力隠蔽」を行使したのだろう。その者は中央大陸におるメフィスト・フェレスと同じ存在だと思われる。しかも、同等かそれ以上の力を持っておる。」
オベロンから衝撃の言葉が告げられる。
「っ!馬鹿な…そんな事があり得るのですか?何故こちらの世界に2人も!!」
アルベリヒはその言葉を聞き頭を抱える。重臣達の中には膝をつき、天を仰ぐ者や錯乱したように叫ぶ者までいる。
中央大陸の化け物と同じ存在―
その言葉で今回人間界に召喚された者の正体が判明したのだ。召喚されたのは確実に魔神王だと。
「ではタイタニア様の予言はどういう事なのでしょうか?確かに現れる日も時間も強力な力を持った存在であると言う事も当たっておりました。しかし召喚されたのは我らを救ってくれる救世主などでは無く魔神王ですぞ!何の為に大儀式を行い召喚を細工したのですか!数多の精霊達を犠牲にしてまで…意味が無いどころか己の首を絞める行為ですぞ!」
心の中では不敬だと思いながらもアルベリヒはオベロンに怒号を吐く。こうでもしないと感情のはけ口が見つからなかったのだ。
実はアスモデウスの召喚について本人は「何者かに細工された跡がある」と言っていた通り妖精王国の者達の大儀式によって魔法陣が細工され人間界に召喚されていたのだ。
その理由は南の大陸の近海に生息するある怪物の為にトランフィスに住む人間や非人間族そしてオベロン達妖精や精霊までもがその脅威に脅かされていた。自分たちでは手に負えない存在を打倒してくれる救世主が現れる―
その予言を夢視の巫女である妖精王女タイタニアが視たのだ。タイタニアの予言は800年の間、今まで一度も外れたことが無かった。故にこの予言に全てを賭け、アスモデウスの召喚に手を加え成功させたのだ。
だが結果は世界を救う力を持った救世主などでは無く、世界を滅ぼす力を持った魔神王であった。落胆どころか絶望するのは当たり前の事である。
「皆様、気をお静め下さい。まだその方が救世主では無いと決まった訳ではありませんわ。」
妖精王女タイタニアが現れ、皆に向かって話しかけた。
「「「姫様!」」」
重臣達がタイタニアに注目する。
「お父様、今回召喚された方は能力を視る事は出来なかったそうですが雰囲気はどうですか?その心は悪意に満ちているのですか?」
タイタニアがオベロンに質問した。
「いや、正直悪意は全く感じなかった。西の魔王からは悪意が伝わってくるが、正直メフィスト・フェレスからも悪意は感じられない。だが奴に近づくのは危険だと本能が伝える故に奴には依頼が出来ない。今回の者からはそれも伝わってこないのは事実だ。」
オベロンが正直に把握した現状を答える。
「では、その方が必ずしも危険と言う訳ではありませんわ。交渉の余地はあるかと思いますが、皆様はどう思いますか?」
タイタニアが皆に向かって意見を求めた。
「交渉の余地があるかですと?無理に決まってます。相手は魔神王なんですよ。」
重臣の一人が即答した。
「何故、魔神王だと話が通じないのでしょうか?」
タイタニアが首を傾げる。
「姫様の言う事もわからぬ訳ではありませんが、今回の奴はヴェノア帝国軍を皆殺しにし、トルキア山脈を吹き飛ばしたのですぞ。その際にその場で儀式を行った精霊たちも消されたのです。余りにも危険な存在だと思われます。」
アルベリヒが反論する。
「宰相閣下、ヴェノア帝国軍はその方の召喚者である人間の騎士様の願いで敵を葬っただけと精霊より念話で聞いております。それに山脈を吹き飛ばしたのも悲しい事ですが我が国の精霊達が死んだのも、その願いの行使に巻き込まれただけと思われますわ。」
「そんなものは姫様の推測でしかないではないですか!」
「ええ。でも宰相の言葉も推測でしかありませんわ。」
「そ、それは‥」
アルベリヒは言葉に詰まる。
「もうよい。ここで言い争っても仕方あるまい。起こってしまった事はどうしようもない。今後の事を考えなければいけないと言う事だなタイタニアよ?何か案はあるのか?」
オベロンが2人を制止し、タイタニアに質問をした。
「はい、お父様。私は召喚された方を今でも救世主様だと思っております。何よりお父様が悪意どころか危険もを感じないと言っておりますし、今現状は問題ないと思われます。ですから精霊の力を借りてしばらくの間様子を見てはどうでしょうか?その価値は十分あると思いますわ。」
「しかし、姫様その者は現在陛下でも感知する事が出来ないと申されたばかりでは?」
「召喚者の騎士様がいらっしゃるでしょ?召喚者が居ないと存在できない筈ですからすぐ側でなくとも近くには必ずいると思いますわ。」
「確かにそうでした。‥気が動転してそんな事も思いつきませんでした。申し訳ありません。」
「では皆様、私の提案をご了承いただけますか?」
「はい、姫様の提案に問題はありません。」
アルベリヒや重臣達は納得したようだ。いや納得せざるを得なかった。ほかに方法が無いのだから
「では、今回の件についてはこれにて終了とする。タイタニアよお前にすべて任せるぞ。但し無理はするなよ。よいな?」
オベロンがタイタニアに念を押す。
「はい、陛下。私にお任せください。では失礼します。」
タイタニアは会議室を退出し王宮の廊下を歩きながら考える―
良かった。あの場で取り乱す事も無く冷静に対応出来た。正直自分もあの魔神王を精霊を通して視た瞬間に驚愕し、予言が外れたと思った。いいえ、今でも外れているかもしれないと思っている自分が居る。
でも取り乱す訳には行かない。この国をこの大陸を、いいえこの世界を守る為にあの怪物を打倒しなくてはいけない。
だから魔神王を見極め力を借りる。いいえ、最悪は利用する事になっても―
タイタニアはそう心に決めて呪文を唱え精霊を呼び出した。
「光の精霊よ―」
タイタニアの指令を受けた光の聖霊が北の大陸に向けて飛び立った―
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東の大陸メガラリア
メガラリア大陸にそびえ立つ霊峰ミズガルズの山頂付近にその存在はいた―
竜神バハムートである。
世界中が魔神王アスモデウスの出現に混乱している中、バハムートは何食わぬ顔で横たわっていた。
確かに2週間前にアスモデウスが召喚された時は驚いた。だがそれだけであった。
人間界では最強の存在にしてそのレベルは712を誇る。まさに神と呼ばれるにふさわしい存在である。そして今回現れた自分より強い存在、しかしもう既に1人居たのだ‥
単純な話、バハムートを殺す事が出来る存在が2人になっただけ。バハムートにとってはどうでもいい事なのだ。
横たわり欠伸をしながらバハムートは考える―
もう既に10万年以上は生きた。この世に未練も無い。だから他国で何が起きようとも関心など一切無い。只、我にその火の粉が降りかかってきた時には全力で立ち向かうつもりだ。そう全力で。
あの2人ならば我の全力など受け止めるのは簡単な筈だ。どうせ死ぬなら一度でも良いから全力で闘ってみたいものだな。
などと考え、しばし微睡みながら寝息を立てる―
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中央大陸ティマイアス
自由都市ベガスの市長執務室で黒衣の男がソファーに寝転がり寛いでいた―
その男は全身を黒の衣服で統一していた。上着もシャツもズボンも靴も全て。この男こそ自由都市ベガス市長のメフィスト・フェレスである。
コン、コン、コン、コンッ
「入れ。」
「失礼します。」
ノックをしメフィストの許可を得てメフィストとは真逆の全身白の衣装を身にまとった男が入ってきた。
「どうかしたのか、アムドゥシアス?」
「いいえ、特には御座いません。強いて言えば北であった事件の事で世界中が混乱している位かと。」
メフィストの質問にアムドゥシアスと呼ばれた男が答える。
このアムドゥシアスと言う男はメフィストの秘書兼ボディーガードとして仕えている男である。その正体は魔神であり人間界では目立たぬように「能力隠蔽」で魔人に能力を変更している。
「北の事件ね、確かに事件だな。魔神王が人間界に召喚されたなんて史上初だろうな。流石に俺も驚いたな。」
「そうですね。魔神王が召喚されたのは初ですが、人間界に来た魔神王はメフィスト様が初ですよ。で、どうされますか?」
「どうするかだと?こちらからは動くつもりは無い、そんな面倒な事する訳ないだろ。それに向こうがやる気なら既にここまで来てる筈だぞ。こっちの居場所はばれたからな。」
メフィストがだるそうに答えた。
「こちらの居場所がばれたですと!何故です?「色欲の王」はメフィスト様が使役している私達の様な中位魔神の存在など知らない筈です。まして魔神王であるメフィスト様の「能力隠蔽」をあの距離から破る事など同じ魔神王でも不可能な筈ではないですか!!」
アムドゥシアスはメフィストの言葉に衝撃を受け興奮しているようだ。
「嘘ではない、確かに俺の「能力隠蔽」を見破る事は他の魔神王には出来ない。だが「色欲の王」には可能だ。奴の職能の前では精神系、操作系、能力系魔法など無意味なのだ。簡単に見破られたぞ。しかも、今は「能力隠蔽」で感知できないようにしていやがる。これでこっちからは奴を感知する事が出来なくなったな。ああもう、考えるのも面倒だ。」
メフィストがとんでも無い事をサラリと話す。アムドゥシアスは驚愕した。
何てことだ。魔界では戦う事を制限されている状況だが人間界ではその制限に関しては取り決められていない…もしも「色欲の王」が来た場合は陛下をお守りできるのか?いや我々では何の役にも立たない、一瞬で消されるだろう―
アムドゥシアスはこの事態の打開策が思いつかない。
「おい、あんまり気にするな。奴は今のところはやる気が無い様だと言っただろ。今は放っておけば良い。下手に刺激する方が面倒くさい事になるぞ。まあ仮に戦う事になってもお前らが心配する事ではない。正直、何の役にも立たんだろうし、俺とて最初から負けるつもりは無い。まあそうなったらの話だがそれはそれで実に面倒だ。ふああぁ」
メフィストがそう話し、眠そうに欠伸をする―
それにしてもあの「色欲の王」は何を考えてやがる。人間界で何かするつもりか?まあ俺も人の事は言えんがな。まあ奴の腹の中など考えるだけで面倒だ。ああ面倒だ。
そう考えながらメフィスト・フェレスは眠りについた―
魔神王アスモデウス改め魔人アスモを中心に世界中で色々な思惑が絡み合っていた。
そして舞台は北の大陸アルガルズに戻る―