第13話 新生!魔人アスモ
グエン平原の中心に座り込む一人の幼女と立っている一人の人間が話し込んでいる。―
「これからの事を考える前にやる事がいくつかあったの。ではちょっと立ち上がって―」
アスモデウスは立ち上がろうとするが、ぶかぶかの鎧が大きすぎて立ち上がる事が出来ない。
「邪魔じゃの。仕方ない。「強欲の鎧」よ妾の掌に戻れ。」
その言葉を発した直後に「強欲の鎧」が蠢き、溶け出して収縮し真っ黒な小さな珠となってアスモデウスの左の掌の上に納まった。
「ふむ、これで立ち上がれるな。よっと。」
アスモデウスは立ち上がりゼフォンの方を見る。
「主殿よ。これからの事じゃ― …何をしておる?」
よく見るとゼフォンは鎧どころか上着を脱ぎ、上半身裸になっていた。
「ふむふむ、成程、通りで先程の妾の誘惑が効かなかったと思ったら、こういう事か。主殿はロリコンじゃったか。こんな美少女が裸で立っているのじゃ。興奮してしまうのも無理が無い。ロリコンの主殿にははたまらないのじゃな?だがもう少し場所を考え―」
ゴチンッ!
ゼフォンの拳骨がアスモデウスの頭に命中した。
「痛いのじゃ!」
「馬鹿なこと言ってないでさっさとこの上着を羽織れ!裸のままで話をする奴がいるか!」
「何じゃ、ロリコンでは無いのか?」
「…もう一発喰らいたいのか?」
「嘘じゃ!わかったからその手を下げてくれ。それから妾はこんな汗臭くて穴の開いた服を着るのは嫌じゃ。服くらい自分で何とかできるぞ。『魔装』!」
その言葉の直後にアスモデウスの体を光がつつむ―
光が収まるとアスモデウスの体には体を覆うフードにレザーのベスト、レザーのハーフパンツ、レザーのブーツが纏われていた。色は全て漆黒で統一されていて細かいデザインが施された、とても質の良い素材で仕立てられた豪華な衣裳のようだ。
「これで文句は無かろう?」
「何だそれは?服を創造する魔法か?聞いた事も無いぞ。」
ゼフォンは驚いている。
「ああこれは『魔装』といって魔神なら誰でも使える魔法じゃ。己の魔力を使い防具や武具を生成するのじゃが、今の妾ではこれ位しか生成出来んようじゃ。まあ仕方あるまい。ちなみにこの「強欲の鎧」も『魔装』の力により作られた魔神器じゃぞ。まあ作ったのは妾では無いがな。」
アスモデウスは当然のように答えたがゼフォンは驚愕していた。
あの漆黒の鎧も『魔装』の一種だと?一体どんな奴が作ったのだ?想像もつかないぞ。
「なあ、一つ聞きたいのだが、その鎧を作った魔神はお前より強いのか?」
「「強欲の鎧」を作った奴か?いいや、妾の方が上じゃ。」
「やっぱりお前が魔界で最強なんだよな?何せ魔神王だもんな。」
「何を言っておるのじゃ?魔神王なぞ大勢いるぞ。」
「何だって!?」
「妾の所属する連合に妾を含めて12人おるぞ。魔界全土には他にもっとおると思うぞ。何せ魔界は人間界とは比べ物にならない位広いからのう。妾の「神の眼」でも全てを見通すことは不可能じゃ。」
「…」
ゼフォンは絶句した。アスモデウスと同等の魔神王が12人以上は確実にいる…
想像するだけで背筋が凍る。これでは話を聞くだけで精神が持たない。もう魔界の事を質問するのは止めようと強く心に決めた。
「さてと、人間界で生活する為に能力を改ざんしておく必要があるの。「色欲」と「簒奪者」は2人の能力から消しておくとして妾はどうするかの?「狂戦士」は可憐な妾に似合わないし、主殿よ、どの職能がお薦めじゃ?」
「どの職能って、能力の表示を改ざん出来ても、改ざんした職能自体が使えなければ怪しまれるのではないか?」
「それは心配ない。妾は一般的な職能なら殆どの職能を使用する事が出来る。何せ、レベルと魔力が殆ど無くなったが記憶や経験は変わっておらんのじゃ。今のレベルでも魔法は高位魔法まではほぼ全て使用可能じゃ。」
「おいおい本当かよ。そんな事、簡単に言ってるが普通じゃありえない話だぞ。」
「それは仕方がない。正直言うと次元が違うからのう。無論、種族もレベルもじゃ。但し主殿の「狂戦士」みたいな特殊な固有職能は使用出来ん。それでも十分すぎる選択肢はある。それから主殿も魔法の使い方さえ会得できれば訓練次第で妾の魔法を使えるのじゃぞ。何せ力を共有しておるのじゃからな。」
「本当か!本当に俺が魔法を使えるのか?」
「そうじゃ。能力の詳細を確認してみたらどうじゃ?いまは使用できないと思うが取得している魔法の種類はわかると思うぞ。」
ゼフォンは即座に能力を確認し取得している魔法の詳細を確認した。
使用可能魔法属性
火、水、風、雷、氷、土、木、光、闇、治癒、感知、精神、操作、能力異常
おい、属性だけでこの数だと?じゃあ使える魔法はどれだけあるんだ?
ゼフォンは魔法のリストを確認してみた。
火属性魔法 「爆炎」etc
水属性魔法 「水流衝波」etc
風属性魔法 「疾風の刃」etc
雷属性魔法 「雷の槍」etc
氷属性魔法 「氷の壁」etc
土属性魔法 「岩石弾」etc
木属性魔法 「捕縛せし蔦の鞭」etc
光属性魔法 「流星雨」etc
闇属性魔法 「暗黒へ誘う手」etc
治癒系魔法 「完全なる治癒」etc
精神系魔法 「精神支配」etc
感知系魔法 「千里眼」etc
操作系魔法 「操り人形」etc
能力異常系魔法「死に至る病」etc
*魔力レベル不足により現在使用不可。
おいおい、使える魔法が軽く3ケタはあるぞ。魔法レベルを上げれば使用可能になるのか?「持たざる者」だったこの俺が!
流石のゼフォンも興奮を隠せないようだ。
「どうじゃ。本当じゃろ?魔力の使い方は妾が直々に稽古をつけてやるから安心するとよい。本来なら妾が教えるなんて事は無いのじゃぞ。まさに光栄な話じゃ。嬉しいじゃろ?」
「ああ!よろしく頼む!」
ゼフォンは嬉しそうに答えた。
生まれてから一度も魔法を使った事が無い。いや、どんなに努力しても得る事が出来なかった魔法が使える。ゼフォンにとってはまさに僥倖であった。
「さてと、では主殿よ。人間界で有用な職能は何かのう?珍しい固有職能以外でな。」
「重宝されるのは「鑑定士」、「高位魔導師」、「召喚師」、「神官」ここら辺は職能自体を会得できる才能がある奴が少ないから貴重な職能だ。複数所持もお前の能力なら問題無いと思う。実際、高レベルの冒険者なんかは3つ以上の職能を持ってると聞いた事がある。それに複数の職能を極めてから会得できる職能もあるらしい。」
「そうか。ではその4つ全てにしておこう。レベル68なら問題あるまい?」
「確かにそうだが、随分と欲張りだな。」
「当たり前じゃ。職能を会得していない者が治癒魔法とか感知魔法使う方が違和感があるじゃろ?」
「確かにそうなんだが…その前に問題がある。」
「何じゃ?言ってみよ。」
「種族が魔神と言うのが問題なんだ。例え下位だとしても魔神は人間の最大の敵、邪悪な存在と言われているからな。何せこっちの魔王も魔神だからな。とくに公国では非人間種は人口の1%以下だから目立ち過ぎる。絶対に無理だ。」
「種族か…不本意じゃが変えるしかないな。ではどのような種族なら良いか?このレベルでは姿は変えられんから悪魔系に絞られるか。主殿の国では入国するのに問題ない種族を教えてくれ。」
「そうだな。悪魔、淫魔、夢魔位か…しかし、悪魔は凶暴な種族だしな。では残りの2つからか?」
「嫌じゃ!何が楽しゅうて自分の能力に淫魔や夢魔と記載せねばならんのじゃ!絶対嫌じゃぞ!!」
アスモデウスは本気で怒っているようだ。流石にプライドが許さないのであろう。
「うーん…他にあるか?―あっ、あったぞ魔人なら大丈夫だ!」
「魔人?聞いた事ない種族じゃな?」
「魔人と言うのは魔神と人間の間に生まれた者やその末裔の事だ。性質も人間に近いから大人しい奴もいると聞いている。多少の差別はあるかもしれんが、基本的に魔人に喧嘩を仕掛けてくる奴はいない。人間とは能力が違うからな。お前のレベルなら魔人で問題ない。むしろレベル68の淫魔や夢魔なんて聞いた事も無いしな。」
「そうか。では種族は魔人に決定じゃな。あとは名前じゃな。」
「名前?」
ゼフォンが不思議そうな顔で質問した。
「当たり前じゃろ。妾は魔王アスモデウスじゃぞ。妾の事を知らない魔神などおらんのじゃ。人間界の魔王達も妾の名前を知っている筈じゃ。故にこの名前では問題があり過ぎるから名を変える必要があるのじゃ。」
「そうか。では何て名前にするんだ?」
「何なら、主殿が決めてくれても良いぞ。但し、格好いい名前にしてくれ。」
「うーん…アスモデウスか…意外と人の名前を考えるのは難しいな…そうだ!シンプルに「アスモ」とかどうだ?『お前の名前はアスモで良いんじゃないか?』」
ゼフォンがその名を呼んだ時にアスモデウスの体が光った―
「何じゃ、これは!?しまった―」
光はすぐに治まった。アスモデウスにも見たところ異常はないようだ。だがプルプルと震えている。
「どうした?何かあったのか?」
ゼフォンが心配して近づく。
「どうしたかじゃと?この阿保!阿保!!阿呆ーーー!!!何てことをしてくれたのじゃ!一体どうしてくれるのじゃ!」
アスモデウスは激怒してゼフォンに詰め寄る。
「何故、そんなに怒っているんだ?そんなに今の名前の候補が嫌だったのか?あくまで候補というだけで、嫌なら別の候補を考えればいいじゃないか。」
ゼフォンはアスモデウスが何故激怒しているのか理解できない。
「…候補ではない。もう確定してしまったのじゃ。さっき主殿は『お前の名前はアスモで良いんじゃないか?』と言葉に出したじゃろ。妾も忘れておったが、今の妾は主殿の制御下におかれている状態じゃった。召喚者は召喚した使い魔の名前を名付ける事が出来るのじゃ。しかも契約解除まで変更は出来ん。つまり妾は今から「アスモ」として人間界で生活しなければいけないという事じゃ。」
「…そうなのか?知らなかったとは言えスマンな。」
ゼフォンは素直に謝った。
「仕方あるまい。少し似たような名前だが能力も変更するのじゃ。誰も妾が魔王アスモデウスとは思わんじゃろ。しかし主殿よ犬や猫に名前を付けるのでは無いのじゃぞ。もう少し良い名前は考え付かなかったのか?正直、最悪なネーミングセンスじゃぞ。」
何もそこまで言わなくても良いだろ。とゼフォンは心の中で思ったが流石に言い返せなかった―
「では妾と主殿の能力を改ざんするか。「能力隠蔽」」
アスモデウスは魔法を発動させ2人の能力を変更した。
数分後―
「どうじゃ。これで問題あるまい。主殿も確認してみよ。」
名前 アスモ
種族 魔人
レベル 68
職能 「鑑定士」「高位魔導師」「召喚師」「神官」
名前 ゼフォン・グレイヴ
種族 人間
職業 ロマリア公国兵士 階級少尉
レベル 53
職能 「狂戦士」
確かに「色欲」と「簒奪者」は消えている。これなら問題は無い。
「主殿よ。今日から妾は魔王アスモデウス改め魔人アスモじゃ!よろしくの!!」
アスモデウスいやアスモがゼフォンににこやかに微笑みかける。
「あ、ああ。よろしくな。」
▼
「-さてと。」
アスモがストレッチをはじめた。
「わざわざ待ってもらって悪かったの。じゃがお前も少しは回復できたじゃろ?」
アスモが誰かに話しかけている?
ゼフォンは周りを見回した。砂塵が舞い視界が悪い状況は変わらないが少しずつ晴れてきているようだ。
そして、ゼフォンは見つける。トルキア山脈側では無く、公国側の方向約300メートル先に佇むパイロヒドラを―
▼
「グルルルルルルル…」
パイロヒドラは静かにアスモ達の様子を窺っている。いや、アスモを見ているようだ。
竜王アジ・ダハーカの攻撃により絶命したと思われたが、辛うじて命を繋ぎ止めていたのだ。現在は負傷した傷が泡立ち自己再生を行っている状況のようだが、未だ万全ではないようだ。
全身から流血し、苦しそうな状態ではあるがパイロヒドラのレベルは94。万の兵力以上の力を持つ竜種なのだ。手負いの状況でも圧倒的戦闘能力を誇る。
「くそっ、こんな時に限って。」
ゼフォンは周りを見渡し、己の斬魔刀を捜す。だが、視界が悪く見当たらない。
「主殿焦ってはいかん。まずは妾が注意を引き奴と戦うから、剣を捜し参戦してくれ。流石に1人ではちときついかもしれんしな。」
焦っているゼフォンにアスモデウスが冷静に指示を出す。
「わかった。だが絶対に無理はするなよ!」
ゼフォンが斬魔刀を捜しに砂塵の中に入って行った。
「了解じゃ。妾を誰じゃと思っておる。」
ふむ、いきなり戦う相手が自分よりもかなり格上の相手か‥だが面白い♪これこそが妾の望んでいた本気の闘争!久しぶりの感覚に血が沸騰しそうじゃ♪
アスモがニヤリと嗤い口元が歪むー
「職能「鑑定士」発動。技能「鑑定眼」行使。」
アスモは即座にパイロヒドラの能力を確認し、弱点を探った。
属性は火、水、雷か。3つの色違いの首がそれぞれの属性みたいじゃな。各属性が無効ではないが、ある程度の耐性はあるようじゃ。
弱点は風、土、光、闇か。今の妾のレベルなら二重合成魔法いや三重合成魔法までは使えるな。では手始めに風、土の二重合成魔法で攻めてみるか。あとは保険として―
「職能「狂戦士」発動。技能LV1「猛獣」行使。」
アスモは「狂戦士」による肉体の強化を行った。
バサッ!
そして漆黒のフードを脱ぎ捨て、パイロヒドラを手招き叫んだ。
「さあ!来い!!」
「グルルルルルル…」
パイロヒドラがゆっくりとアスモに向かって歩を進めた―