第11話 魔王による魔王の為の世界征服計画 プランB
砂塵が舞い周辺の視界を遮るグエン平原の中心に魔王と人間が2人立っている―
「…プランB?」
ゼフォンがアスモデウスに質問する。
「なんじゃ、さっきの計画を聞いておらんかったのか?プランAは中止してプランBに変更すると言ったじゃろ。」
「…いや、正直混乱していて、話の内容がほとんど、聞き取れなかったんで…」
ゼフォンが申し訳なさそうに答えた。
「ふむ。仕方あるまい。目の前に竜王が居ったら、誰でも委縮するのは当然じゃ。むしろ逃げたり、気を失ったりせんだけ立派じゃ。」
「あ、ありがとうございます。」
「なんじゃ、主殿。そなたは妾の主なのじゃ。そこまで畏まって話す必要はあるまい。もう少し砕けた感じで構わんぞ。」
その言葉を聞いてゼフォンは少しほっとした。
正直、自分が召喚したとは言え、先ほどの竜王よりも遥かに強く、一撃でトルキア山脈の地形を変えるほどの力を持つアスモデウスにどう対応していいか困っていたのだ。対応を間違えればロマリア公国どころか世界を滅ぼしてしまう事も可能であろう存在に。
だが、アスモデウスの言葉には嘘が感じられず、やはり敵意も感じない。
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「じゃあ、改めて質問するが、計画とは一体何なのか教えてほしい。」
再度、ゼフォンが計画の詳細を質問した。
「では最初から計画の説明をしよう。最初はプランAじゃ。これは妾自身が動いて世界征服をするつもりじゃったが、現時点では簡単すぎて話にならんから中止してプランBに変更する事にしたのじゃ。プランBは主殿に世界征服をしてもらう。そして妾が陰からサポートする形になる。どうじゃ、素晴らしい提案じゃろ?」
アスモデウスが自慢げに答えた。
「え?世界征服?」
「そうじゃ。面白そうじゃろ。」
微笑むアスモデウスに対してゼフォンの顔は段々、青ざめてきた―
さっきのは聞き間違いじゃ無く、やっぱり世界征服って言ってやがったか。マジかコイツ…
しかも俺に世界征服をさせるだって?無理だろ。というかそんな事したくも無い。だが、下手な対応をしたらどんな事になるかわからない状況できっぱりと断れるのか…
ゼフォンは考えがまとまらず、困惑している。
「主殿よ。そう難しく考えることは無い。簡単な事じゃ。妾の力があれば主殿をこの世界の王にする事なぞ簡単に出来ると言っておる。主殿は人間界の王になりたくはないのか?誰もが考える事ではないのか?」
「そんな事考えた事も無ければ、なりたいとも思わない。」
ゼフォンが即答した。
ふむ困った。主殿はやる気が全くなさそうじゃ。どうやって説得したものか?
妾の職能「色欲」を使えば簡単に主殿を操る事が出来るが、傀儡を使っても面白くも何とも無い。ならばもう少し話をしてみるか―
「なぜなりたいとも思わないのじゃ?王になれば金も名誉も女も思いのままじゃぞ。」
アスモデウスがゼフォンに詰め寄る。互いの吐息が掛かるぐらいの位置に近づいていた。
「~っ!!」
ゼフォンは顔を真っ赤にして一歩下がった。
これは仕方がない。目の前にいるのは魔王だが、その美貌と完璧なプロポーションはまさに女神としか例えようがない程、美しいのだ。あまり女に免疫が無いゼフォンとしては対応出来ない状況であった。
「ほう。初心じゃな。可愛いではないか。もしや女を知らんと言うのではあるまいな?」
アスモデウスが微笑む。
「どどどどどどど、童貞では無い!断じてだ!!」
ゼフォンが必死に返答する。
この反応は…もしかしたらいけるかもしれんな。ならば―
「のう、主殿よ世界征服じゃが、手始めに、このアルガルズ大陸から始めてみないか?まずは主殿のロマリア公国を手に入れるのじゃ。今の国が弱体化している状況ならば簡単じゃろ?成功すれば褒美に妾が伽の相手をしても良いぞ♪」
アスモデウスが艶やかに妖しく微笑み、ゼフォンを誘惑する。
「ば‥馬鹿にするな!そのような甘言に乗るほど愚かでは無い。第一、自分の実力は知っている。どう考えても不可能な話だろ。」
「では不可能でなければやるのか?」
「…誰もやるとは言っていない。」
ゼフォンにはその意思が無いようだ。アスモデウスは考える。
普通なら絶対に乗ってくると思ったが、こ奴欲が無いのか?真面目にも程があるじゃろ。
余り姑息な手は使いたくはないが、こ奴の弱点を突いてみるか?
アスモデウスはゼフォンの記憶で見た彼の大事なものを思い出し、話題を変えた。
「のう、主殿よ。そなたが王になれば、そなたの大切な家族も贅沢な暮らしが出来るとは考えんのか?」
「そ、それは…」
ゼフォンの反応が明らかに変わった。アスモデウスは畳み掛ける。
「今回の戦争も国の為などでは無く、大切な家族の為に命を懸けたはずじゃ。妾を召喚した時も命を捧げる代わりに大事な家族を守ってほしいと願っておったしな。その家族がそなたが王になるだけで幸せを手に入れる事が出来る。最高ではないか。これの何処がいけない?」
「…」
その言葉を聞いたゼフォンは真剣に考え込んでいるようだ。
やはりこ奴にとって大事な家族とやらは最大の弱点の様じゃな。これは上手くいったか?
「確かに家族にとっては幸福になるかもしれない。それでも、やるつもりは無い。」
「何じゃと、何故じゃ?これほどの好条件などないぞ!」
「正直に言う。すまんが現時点でお前を完全に信用することは出来ない。それに俺の実力は人間では強い部類に入るだけで多種族の強者と比べれば劣っている。そんな自分が王になれる器とも思わない。」
ゼフォンが正直に答えた。
「妾が信用出来ないか。あとは自分には力が無いと言うのじゃな?よかろう。ならば問題は無い。」
「だから人の話を―」
「妾の話を最後まで聞かんか!」
反論するゼフォンをアスモデウスの言葉が遮る。
「っ!」
ゼフォンはその迫力に押されて黙ってしまった。
「まずは妾が信用出来ないという事じゃったな。ひとつ言っておく。妾がその気になれば主殿を傀儡として操ることも可能じゃ。召喚者に対し命に係わる危害を加えることは出来ないが、精神操作は出来る。だが妾はそれをしていない。これでも信用できないか?」
「しかし…」
「それから主殿の実力が無い。といった件じゃが、それも問題が無い。そなたは既に「持たざる者」とやらでは無いぞ。魔術回路の異常は妾が治しておいた。しかも面白い職能を持っているぞ。まずは能力を確認してみよ。」
「本当か!」
ゼフォンは即座に自分の能力を確認する。
名前 ゼフォン・グレイヴ
種族 人間
職業 ロマリア公国兵士 階級少尉
レベル 53
職能 「狂戦士」
確かに職能がある。魔法を使えない「持たざる者」では職能を取得する事が出来ない筈だが間違いなく職能を会得している。但し「狂戦士」。聞いたことも無い職能だ。
「主殿は「持たざる者」の時からその職能の片鱗を発揮しておったのじゃ。生まれつき力が常人よりも強かったじゃろ?魔力が無い状態で身体能力があれほど高いのじゃ。「狂戦士」のスキルを完全に制御できるようになれば主の使った「魔薬」と同等以上の能力上昇が可能になる。しかも身体強化魔法を習得すれば更に効果が出るぞ。」
「そんな事が出来るのか?」
「可能じゃ。「狂戦士」の力を使えば公国内では1番の実力者と言うわけだ。何せ調べてみたが、公国最強の者はレベル61程度じゃからな。全く問題ないじゃろ?」
ゼフォンは考える。確かにロマリア公国最強の近衛騎士団団長ウィリアム・ブルス・シュトラウス将軍の所有する職能は「聖騎士」でそのレベルは61。
アスモデウスの言うように「狂戦士」が魔薬と同等以上の能力上昇が可能ならば勝機は十分ある。しかも魔法が使えるという事は会得すれば身体強化魔法も使えるようになるのだ。
しかし、ロマリア公国でなら最強になれる可能性があるだけであり、他国にはゼフォン達よりも強い人間は何人もいるのだ。
「公国内だけで1番になっても仕方がない、とか思っておるじゃろ?だが安心するがよい。妾の職能「色欲」の力を使えば主殿の力を限界値まで引き上げることが可能じゃ。主殿の潜在能力なら余裕で3ケタは超えるぞ。」
「3桁だって!だが、そんな事どうやって?」
「妾の職能「色欲」の使える魔法に「能力同調」というのがある。互いの能力を同調することによりレベル、職能を共有化し、主人にレベルを合わせて上昇させる事や職能の貸与も出来るという魔法じゃ。どうじゃ?凄いじゃろ?」
「能力を同調?」
「簡単に言えば妾のレベルに合わせて主殿のレベルを限界値まで一気にあげることが可能だという事じゃ。妾と同じレベルは人間では不可能じゃが、人間でも主殿の潜在能力は高い方じゃから妾と力の同調をすればレベル300近くまではいける筈じゃ。」
「レベル300!?」
ゼフォンは驚愕した。
本当にそんな事が可能なのか?レベル300なんて人間ではまず到達出来無い。それこそ竜王や魔神クラスの強さだぞ。でも本当に可能なら―
「どうじゃ、悪くはあるまい?では始めるとするか。」
アスモデウスが魔方陣を展開した。
「待ってくれ。やっぱり駄目だ!」
ゼフォンが必死に止める。
「何を今さら言っておる。主殿には何のデメリットも無いじゃろうに。」
「やはり世界征服など考えられない。それに俺の願いはもう叶っている。慎ましくで良いから家族たちと一緒に穏やかに暮らせれば良い。」
「本気で言っておるのか?」
「ああ」
信じられないといった表情のアスモデウスに対してゼフォンが頷く。
本当にこの男は欲が無いのか?権力に金に女。あらゆる欲望に最強の力まで拒否するとは…
アスモデウスはゼフォンの返答に愕然とする。
そして少し考え込み、覚悟を決めた―
「主殿の気持ちは分かった。だが契約は結ばれたのだ。今更解除も出来ん。妾も人間界に喚び出されて何もせぬまま主殿が死ぬのを待つつもりは無い。本意ではないが少し実力行使をさせてもらう。『主殿、動いてはならん。』」
アスモデウスは最高位魔法の一つ「魂の呪縛」をゼフォンに対して行使した。
アスモデウスの言葉によりゼフォンは体の自由が利かなくなった。
「くっ!何をする!…」
「主殿よ。先程も言ったように妾はここに来て何もしないまま過ごすつもりは無いのじゃ。だから今から「能力同調」を使い主殿と力の共有化を図る。力を手に入れれば気持ちも変わるやもしれん。」
「そんな事をしても…一緒だっ!」
ゼフォンが必死に叫ぶ。
「…それでダメなら悪いが傀儡として精神を支配させてもらう。本当は使いたく無い最悪の手段じゃがな。いくぞ「能力同調」」
「止めっ―!!」
カッ!
と魔法陣から光が広がり、アスモデウスとゼフォンを包み込む。アスモデウスのみが行使できる究極魔法「能力同調」が発動した―