第10話 魔王による魔王の為の世界征服計画 プランA
ロマリア公国グエン平原―
ゼフォンは目の前で起こった光景を呆然と見ているしかなかった。夢か幻かと思えるような、まるで理解不能な光景を。
只、理解できたのは帝国との戦争は終わったという事だけだった。
上空にいる魔王と天を衝く大きさの竜王を見上げる。だが声が出ない。あれだけの光景を見せつけられたのだ。その場にいて精神を保っているだけでも大したものである。
そして己を見上げるゼフォンにアスモデウスが気付く。
「おお主殿、済まぬな。すっかり忘れておったわ。神々の盾を解除せんといかんの。」
パチンッ
と指を鳴らすとゼフォンを覆っていた結界が解除された。
「さてと、主殿の願いは取り敢えず叶えたが、次はどうするかの?」
「―えっあ、次?」
ゼフォンはその質問に首をかしげた。それどころか現在の状況を考える事すら出来ないほど混乱して思考が追い付かないのだ。
「そうじゃ、最初に言った通り妾と主殿の契約は成立したのじゃ。召喚者である主殿の意見を尊重するようにせんとな。まあ出来る範囲の命令は聞き入れよう。」
「「「陛下」」」
アジ・ダハーカが口を挟む。
「未だにその人間が陛下を召喚した事には理解が出来ませんが、高々人間風情が陛下に命令など以てのほか、召喚された陛下が召喚者であるその者に危害を加える事が出来ないのであれば代わりに我らがそのゴミを始末し、陛下を自由の身に致しますが。」
そう言ってゼフォンを睨み付ける。
「―おい、誰を睨んでおる。しかも妾の主殿をゴミだと言ったか?お前ら余程死にたいようじゃな?」
アスモデウスがそう告げアジ・ダハーカを睨む
「申し訳ありません!ただ我らは召喚された陛下にこの人間が無理やり命令を下し、陛下のお力を利用するのかと思ったので申し上げました。非礼は心よりお詫び申し上げます。それで気が済まなければ我らの命、いつでも陛下に捧げます。」
アジ・ダハーカが即座に謝罪する。
「まあ、お前らの言う事も分からんではない。だが今回の件、主殿は命令ではなく願いとして妾に頼んだのじゃ。だから手を貸した。確かに召喚者の命令に従うのが召喚されし者の使命。だが妾は契約はしたが全ての命令を聞くつもりもないしの。先ほども言ったように出来る範囲の命令は聞き入れるつもりじゃ。全て妾の判断で行動しておる。第一、主殿のレベルでは妾は制御出来ん。よって何も問題は無いのじゃ。よいな?」
「「「承知致しました。」」」
「それが理解出来たなら、さっさと主殿に謝罪せよ。貴様は妾の主を馬鹿にしたのじゃ。」
「先ほどの非礼、大変申し訳ありませんでした。どうかご容赦頂きたい。偉大なる陛下の主様。」
そう言ってゼフォンに三つの頭を深く下げる。
「え‥あ、あ‥」
ゼフォンはまともに答える事が出来ない。恐怖に身が竦んでいる―
目の前に1,5キロメートル以上の竜王の3つの頭があるのだ。その大きさはとてつもなく、ゼフォンなどアジ・ダハーカの牙どころか鱗一枚よりもずっと小さいのだ。
アスモデウスは自分で召喚した為、敵意や害意が無い事は召喚者である自分には感じ取れるが、アジ・ダハーカを召喚したのはアスモデウスである。だからゼフォンにはアジ・ダハーカが自分に危害を加える事が無くとも、それを感じ取る事は出来ない。ただ目の前の存在から感じられる圧倒的威圧感に心底恐怖している。
「完全に委縮しとるな…これはいかん。おいアジ・ダハーカよお前ら、もう帰ってもよいぞ。」
アスモデウスがゼフォンの状況を見てアジ・ダハーカにそう告げた。
「「「承知いた― えっ?今なんと?」」」
「もう帰ってよいと言ったのじゃ。お前がいると主殿が怖がってしまう。それにお前の図体はデカ過ぎる。これからの計画に支障が出るではないか。」
「計画ですか?」
アジ・ダハーカの中央の首が質問した。
「そうじゃ。妾は召喚されたこの機会に人間界を征服する事に決めたのじゃ。故に目立ち過ぎるお前らが居っては邪魔なのじゃ。」
「失礼ですが、人間界など陛下が本気を出せば10日もかからずに征服出来るのではないでしょうか?陛下とは比べ物になりませんが我々も神の眼でこの大陸周辺を感知しましたが見た所、大したレベルの者は居ないようですし、精々山頂付近の竜種が250程度のレベルかと。どう考えても陛下の暇潰しにもならないかと思われますが?」
アジ・ダハーカの右の首がそう質問した。
「確かにこの大陸には大した者は居ないらしいな。一番強いのであの山脈の頂上付近にいる竜種位じゃ。じゃが、他の4つの大陸には竜神や魔王、闘神などと呼ばれるものも居るらしい。もしかしたら強者が居るかもしれん。」
「では陛下の神の眼ならば人間界など全て見通せるはず。調べてみてはいかがでしょうか?」
アジ・ダハーカの右の頭がそう告げる。
「ふむ、確かにそうじゃな。では調べてみるか。」
アスモデウスはそう言って「神の眼」を発動させた。
アスモデウスの神の眼の感知範囲は半径1万キロを超える。つまり人間界全体を感知する事が可能なのだ。
「全ての者を調べる訳にもいかんから感知するレベルを250以上に設定するか―」
数分後、世界中の実力者の能力の把握に成功した。
▼
おいおい、マジか。本当にこの程度のレベルしかいないのか?
中央大陸の闘神は3人おるが、そのレベル350~400前後。話にならん。
西大陸にはレベル444の魔王とレベル324の魔神が一体。所詮は中位~上位の魔神レベル。
東の大陸の竜神のレベルが人間界で最高じゃな。レベルは712か。それでも一撃で仕留める自信はある。
南の大陸の妖精王は302か。問題外じゃな。
他には世界中にレベル250以上の竜種や怪物が16体か。いや、一体だけ変な感じがする奴が南の大陸の海域におるな。ちょっと詳しく調べてみるか。
アスモデウスは神の眼で対象の詳細な能力を確認する。
名前 リヴァイアサン
種族 アトラスホエール変異種
階級 大海獣
レベル 332
職能 「増殖」
―何じゃコイツは?増殖?聞いたことも無い職能じゃな。しかし何か違和感があるな。だが別に「能力隠蔽」もしてないようだが…
アスモデウスは少し考えた。が―
「まあ所詮はレベル332程度のゴミじゃな。他にまともな奴は― おっ!!」
居た―
「能力隠蔽」で明らかに能力を変更している奴が中央大陸に一人おる。
アスモデウスは即座に神の眼で対象を調べる。
「えーと、こいつか」
名前 メフィスト・フェレス
種族 人間
職業 自由都市 ベガス市長
レベル 100
職能 「錬金術師」
―コヤツの「能力隠蔽」を見抜ける奴は人間界にはおらんじゃろう。しかも妾ぐらいでしか見抜けないレベルの魔法効果じゃ。
「甘かったな。妾の「色欲」にかかれば無意味じゃ!」
アスモデウスが職能「色欲」を発動させ、対象の操作系魔法を無効化していく。
「さてと…っ!レベルは― ハハハ。最高じゃな!!」
アスモデウスは歓喜した。居たのだ。人間界に退屈な自分を満足させるであろう存在―
自分と同じ4桁の。レベル1,000を超える存在が。
「さてと。こ奴の詳しい情報を…‥‥おい、何でコヤツが人間界にいる!?」
アスモデウスは驚愕した。
どういう事じゃ?どうやって魔界から人間界に来た?いや、思いつかんかったがこ奴の職能なら多分可能か。
しかし困った。こちらから仕掛けるわけにはいかんし暫くは静観しておくか。
「くそっ!つまらん。面白く無いわ!」
アスモデウスはふてくされていた。
「陛下、少し驚かれていましたがどうかされましたか?」
アジ・ダハーカの中央の頭が質問する。
「―いや、大した事では無い。少し気になる奴等がおったので調べていた。最高でレベル712の竜神ババムートとやらが抜けておるだけじゃ。人間界に現時点では妾の敵になる者はおらん。所詮、足元にも及ばん。」
アスモデウスはメフィストという男に関しては話さなかった。
「そうですか。では世界征服に時間はかからないと思われますが、どうされますか?」
アジ・ダハーカの右の頭が質問する。
「プランAは無理じゃ。ならばプランBに変更するのみ。」
「「「プランBとは何ですか?」」」
「良かろう。教えてやろう。プランAは妾自身が世界征服を行う計画じゃったが現時点では簡単すぎてつまらん。だから廃案じゃ。そしてプランB、これは主殿に世界征服をさせる計画じゃ。時間は掛かるだろうが、妾が影からサポートするのじゃ。これならば全く問題無い。いや、むしろプランBのほうが面白そうじゃな♪どうじゃ、凄いじゃろ?」
アスモデウスが自慢げに計画を話す。
「「「素晴らしい発想です。我ら感服いたしました。」」」
アジ・ダハーカ達は感心した。
「そうか、そうか。で、話は戻るが計画をプランBにする以上、妾は表立って動く気はない。故にお前ら早う帰れ。」
「しかし、陛下。臣下の皆が心配しております。それに国事もありますし…」
アジ・ダハーカが遠慮がちだが食い下がる。
「おお、国事か。では帰って皆に伝えよ。妾は人間界でする事がある故、国事に関してアガレスに全てを一任する。奴なら問題はあるまい。まあ妾は長くても100年以内には帰る。以上じゃ。後、手に余るような問題があれば馬鹿夫婦を頼るように伝えておくようにな。あ奴らなら手を貸してくれよう。」
「「「しかし、陛下。」」」
「勅命じゃ!」
「「「承知いたしました。勅命拝領致しました。アガレス宰相閣下にはそうお伝えします。ですが、馬鹿夫婦とは?」」」
「アガレスにそう言えば理解するはずじゃ。」
「「「承知しました。では陛下、人間界征服をお楽しみください。」」」
アジ・ダハーカはその場にひれ伏し挨拶をした。
「うむ。ご苦労であった。皆によろしくの。」
パチンッ!
アスモデウスが指を鳴らすとアジ・ダハーカを中心に巨大な魔方陣が生成される。
カッ!と魔方陣光り、アジ・ダハーカを包み込んでいく。そして光と共に竜王アジ・ダハーカは魔界へ還って行った。
その影響により、グエン平原周辺にはに竜巻や大きな砂塵が発生し、アスモデウス達が居る中心部以外は視界が見えなくなっていた。
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竜王が消えた。いや還って行った―
ゼフォンは威圧感から解放され安堵した。
先程、魔王と竜王が会話をしていたが、混乱していた為、ほとんど聞き取れなかった。
確か世界征服とか言ってなかったか?いや勘違いか…
考え込むゼフォンの元にアスモデウスが近づいて来た。
「さあ、主殿プランBの相談じゃ♪」
そう告げ、魔王が微笑んだ―