第9話 ヴェノア帝国崩壊への序曲
アスモデウスが発動した闇属性究極魔法「暗黒の獄」の結界によりグエン平原一帯を漆黒の闇が覆い尽くす―
もう逃げる事は出来ない―
そう神?により告げられた言葉は帝国兵たちにとって死の宣告にも等しかった。
逃げる事は出来なくなった。では神?より言われたようにあの竜神?と戦うのか?
否、帝国兵たちの取った行動はアスモデウスを激怒させる事になった。
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「お助け下さい。神様!」
「あなた様に忠誠を誓います!」
「命だけは!命だけはご容赦を!」
その場にひれ伏し、情けなく慈悲を乞いだした。
「ハハハ。愚かなゴミ共が陛下に命乞いをしておりますな。情けでもかけてやりますか― っ!?」
アジ・ダハーカの中央の首がアスモデウスに話しかけるが、その表情を見て背筋が凍った―
アスモデウスの表情は冷め切っていた。まさにゴミを見つめるような眼で地上の帝国兵達を見ていた。そしてその体から暗黒の闘気が湧き上がって来たのだ。
いかん。陛下はお怒りだ。しかも本気で激怒している。このままでは人間界全体にも被害が出るどころか我らにまで危害が及ぶかもしれん。
アジ・ダハーカはアスモデウスの恐ろしさを知っている。かつて自分を一撃のもとに打倒した圧倒的存在。本気を出せば人間界など簡単に滅ぼせるだろう。その存在が激怒しているのだ。
正直、竜王である自分が恐怖を感じている事に恥などはない。だがどうやってお諫めすれば良いのだろうか‥
下手なことを言えば殺されるかもしれない。言葉を選ばなければ。
アジ・ダハーカが真剣に悩んでいたその時―
「キシャアアアァァァァ!!」
1匹の小さな蛇?いやパイロヒドラがアジ・ダハーカに向かって威嚇をしたのである。
「ほう、覚悟を決めたか。素晴らしいぞ!蛇‥いや竜種よ!」
アスモデウスがパイロヒドラに向かって賞賛の言葉を与えた。
「グルルルルル」
パイロヒドラは喉を鳴らしながらアスモデウスウを見つめた。何か命令を待っているようにもとれる。
「妾に力を見せるというのか?よかろう。竜種としての矜持を妾に見せつけてみよ!」
アスモデウスのその言葉に答えるようにパイロヒドラがアジ・ダハーカに向かって突撃していく―
ヒドラの大きさは大体30~40メートル位の大きさがある。
そしてヒドラ変異種であるパイロヒドラは一回り大きく50メートル以上はある。かなりの巨体である。
だが、パイロヒドラが突撃していく先には1,5キロメートルを超える「空を塞ぐもの」と異名を持つ竜王である。勝ち目などある筈が無い。
それでもパイロヒドラは向かって行った。アスモデウスの命令に応じるように―
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「キシャアアァァ!」
アジ・ダハーカに向かってパイロヒドラが突撃してきた。
別にあの程度の蛇の攻撃など我らには毛ほどの傷すらつけることは出来まい。このまま向こうが突撃してきても我らが竜燐に当たっただけで自滅するだろう。だが―
奴は陛下の怒りを諌める事に成功したのだ。我らですら出来なかった事を行い、陛下の命によりこの竜王 アジ・ダハーカに命を懸けて挑んできたのだ。まさに称賛に値する。
ならば敵として同じ竜種として全力で迎え撃つのが礼儀―
「「「行くぞ!パイロヒドラよ!!!」」」
アジ・ダハーカが体を震わせ蜷局を解除する。その動きだけで大地が震え、凄まじい衝撃波が発生し周りの帝国兵を吹き飛ばす。
そして高速回転する尻尾をパイロヒドラに目掛けて振り払う―
グシャアッ!!
ドゴォォ!!
己よりはるかに巨大な尻尾がパイロヒドラに直撃し、遥か彼方に吹き飛ばされた。
その凄まじい衝撃により帝国兵達とは逆方向の暗黒の獄の漆黒の壁に激突し、そのまま動かなくなった…
「うむ。見事であった。貴様の矜持見せて貰ったぞ。」
最初から勝負になる筈も無かった。だがパイロヒドラの命を懸けた特攻にアスモデウスが感心する。
どうやら怒りは治まってきたようだ。
「さてと、アジ・ダハーカよ、残りのゴミ掃除をせよ。但し、毒は使うなよ。お前の毒は人間界では強力すぎる。ゴミ掃除をした後、このあたり一帯が猛毒の沼になっても困るしのう。」
アスモデウスがそう命令する。
「「「了解致しました。陛下。ご命じのままに」」」
アジダハーカが帝国兵に向けて攻撃を開始した―
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アジ・ダハーカが攻撃を開始して数十秒。10万を超える帝国兵達は全滅していた―
無理も無い。とてつもなく巨大な金色の竜巻が凄まじいスピードでグエン平原を蹂躙したのだ。直撃すればその固い竜麟により肉が弾け飛び、移動する度に発生する衝撃波により吹きと飛ばされ絶命していった。
竜王の前にはなす術も無かった。
「粗方片付いたな。もう良いぞ。」
その言葉を聞き、即座にアジ・ダハーカが動きを止める。
「魂は利用するにせよ肉体は必要ないからの。吹き飛ばすとするか。ちょっと下がれ。」
「陛下のお手を煩わせる事はありません。ここは我らが―」
「嫌じゃ。妾も少し遊びたいのじゃ。魔界じゃこの技禁止じゃからな。」
そう言ってアジ・ダハーカの言葉を制止する。
アスモデウスの体から暗黒の闘気が湧き上がる。そして強欲の鎧が蠢きだし13体の影に形を変え、空に広がって行く―
「「「ギュオアアアア!!」」
「「グルルルウウ!!」」
「「ゴオオオオォォ!!」」
影達が凄まじい咆哮や叫びをあげる。
そしてアスモデウスが命令する―
「強欲の鎧よ、わが魔力を糧に、放て「漆黒の軍団の破壊砲」!!」
13体の怪物達が大きく口をあけその口から破壊の波動を放った―
その波動は帝国兵の亡骸全てを消滅させ、大地を削り、全てを消し飛ばす。
ピシッ!
そして漆黒の壁に亀裂が走った―
「あっ、やばっ!」
究極魔法「暗黒の獄」の結界を吹き飛ばした。
竜王アジ・ダハーカが本気で暴れたにもかかわらず、破壊する事が出来なかった漆黒の壁を簡単に…
破壊の波動はトルキア山脈に直撃した―
アスモデウスの攻撃によりグエン平原どころか最大長さ1100キロメートル最大幅150キロメートルを誇るトルキア山脈の約5分の1が消し飛んだ…
「暗黒の獄」によりある程度威力を殺されているはずなのにこの威力なのである。
「いかん。少しやり過ぎてしまったか?」
アスモデウスは発動した己の技により変わってしまった地形を見ながら考える。
「流石は陛下。我らでは傷つける事も出来なかった暗黒の獄を打消し、更に辺り一帯の地形まで変えてしまわれるとはこの従僕、陛下のお力に感服致します。」
アジ・ダハーカの中央の首が話し、左右の首も頷いている。
「よく言う。お前も本気を出せば暗黒の獄位、簡単に破壊できるじゃろ。」
―確かに究極魔法の暗黒の獄の結界は竜王である自分達なら破壊は可能だ。だが問題はこの魔法を行使したのが魔神王であるアスモデウス陛下なのだ。
魔法の威力は使用者によって威力が全く違ってくる。故に通常の暗黒の獄と違って強度も更に効果範囲も桁どころか次元が違う。
アジ・ダハーカが破壊できない結界を半径20キロ四方、約1,500平方キロメートルのグエン平原全体に張り巡らせたのだ。
竜王たる自分達から見ても神のような存在。従僕として仕えられる事を至上の幸福として誇りに思う。これからも陛下為に永遠の忠誠を誓いお仕えするのだ。
アジダハーカは心の中でさらなる忠誠を誓った。
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「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
地形の変わったトルキア山脈から凄まじい咆哮が響き渡ってきた―
万を超える魔物の怒号が山脈全体から聞こえてきた。
そして山脈が蠢き出した。万を超える魔物達が麓に向かい動き出しているようだ。
自分たちの住処であるトルキア山脈を破壊され、沢山の仲間も失った。その怒りの為に山脈の中腹以上の位置に生息する、普段は山を下りる事が無い上位の魔物達も多数いる。
その中には上位の飛竜どころかレベル200近くの上位の竜種までいた―
「ほう、面白い。妾に向かって来るか‥ ん?あれ?」
凄まじい轟音と共に雪崩のように万を超える魔物達がトルキア山脈から駆け下りて行く。
だが、グエン平原ではなく反対側のヴェノア帝国に向かって―
魔物とは言え馬鹿ではないのだ。グエン平原にいる2体の絶望的戦力に向かっていく程、命知らずではない。まして抵抗する事により皆殺しにされる恐れさえある。
だが、住処と仲間を消し飛ばされた怒りが収まることは無い。ならば戦争を起こした元凶であるヴェノア帝国に怒りの矛先を向け、侵攻したのだ。
貴様らが戦争を起こさなければこの様な事にはならなかったものを。
怒りと憎悪にまみれた魔物達の絶望の津波がヴェノア帝国に向かって行く―
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「……なんじゃ、そりゃ!!!」
アスモデウスは呆気にとられた後、地団駄を踏んだ―