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汝、されば何者か。  作者: シャクヤク
第一章
6/31

走れ、走れ 1

 ざざざ、ざざざ、



 都市部ではあまりないような林、林。

 そこは舗装された散歩道などなく、獣道ばかりだ。


 勿論人や車が通るべき道は作られているけれど、田舎の山道その程度。

 春には野原に花が咲き乱れ、夏には小川で小魚が跳ね、秋には実りの果実をそこらの木からもぎ取って、冬には木枯らしに溜息をこぼす、そんな少しばかり田舎の風景だ。


 今はもう冬だ。

 学校は三学期目に既に突入しており、変な時期の編入だねと教師もあやめに笑って困ったことがあったら声をかけてくれと言った。

 雪はまだ降っておらず、冬場にも強い葉がある木と草、時々葉を無くした木、それらを縫うようにあやめは山道を歩いていた。

 登校初日、一緒に帰ろうと言ってくれた女子何人かと学校から帰る道で山に寄り道したのだ。学校の裏に山があり、時にはマラソンなどで山道を使い、レクリエーションで登ったりと緩やかな山だ。キノコも取れるしアケビも採れるんだよと笑った女の子に続いて、今は季節じゃないけど登りきった先に拓けた場所があってそこには野いちごもあるよと笑った女の子もいた。

 都会の子には珍しいかなと照れたように笑われて、自分ももっと小さな頃は従弟の暮らす地方の山でよく採ったと言えば親しみを覚えてくれたらしい。


 それとなく、最近このあたりが物騒だと聞いたと溢せば彼女たちも耳にしたと答えた。山のほうで神社のようなものがあって、決して勝手に近づいてはいけないと言われているところがあるがどうにもそこの祟りじゃないかなんて噂もあったが獣に襲われたのだろうということで落ち着いたとか。詳しい場所はわからないけどねと言う彼女たちが案内するままに、山に入ったのだ。



 怪しい気配はしなかった。

 神々しい気配も特になかった。


 山の頂上、開けた場所、野いちごの場所。

 いろいろ喋ってくれた同じクラスの女の子たち――名前は田中美奈たなかみな浜野はまのみちるといった―-はどうやら都会から来た転入生を気遣ってくれたらしい。

 開けた場所から見える学校や、その先に見える町並みについて色々教えてくれた。

 素朴な優しさは、あやめにも嬉しかった。


 いくら仕事で転々としているからといって彼女とて不安が無いわけではなく、親しくしてくれる友人ができれば嬉しくないはずもない。

 たくさん笑って季節が来たら野いちごを採りに来ようねと約束を交わした時には、その頃までいるのかどうかわからず浮かべた笑みの内側でちくりと胸が痛んだけれど。


 その後イノシシにばったり遭遇してちりぢりになり、幸いあやめのほうを追ってきたイノシシは無事撃退したのだけれどもすっかり道に迷ってしまったのだ。

きっと美奈とみちるは心配しているだろうなと思いながらもあやめは道を探して歩いていった。



 がさり。

 獣道を通り抜けて、ああ明るい場所がある。

 そうあやめが思って手をかけて葉をどけた先には整えられた庭が見えて彼女は目を見開いた。

 そこは質素な寺だ、こんなところに寺があったなんて情報は彼女の“仕事”にはなく、かといって放置されている様子も無い。

 ぱしゃんと池に鯉でもいるのか、水が跳ねた音にはっとした。


 マヨヒガでもなかろうにと少しだけ警戒しながら歩を進めれば、裏手だったことは間違いなく表に回ったところで僧侶らしい人物が掃き掃除をしているところだった。

 気配は当然人間のもので、怪しげなところも無く寧ろ山の中でもここは清浄に近いとあやめは小さく息を吸った。



「あ、あの……。」

「ん? おや。」

「あの、道に迷ったんですけど、帰り道を教えていただけませんか。」

「見慣れない制服のお嬢さんだねえ、どうしなすった。」

「昨日こちらに越してきて、今日から通学だったんです、それで友人ができて山に来たんですけどはぐれてしまって。」

「それはいけない、お友達もさぞ心配していることだろう。」

「はい、」

「高校生かな?」

「はい。」

「じゃあそこの三山高校の生徒さんかな。」

「はい。」

「疲れたろう、中にお入りなさい――今まず学校に連絡するからね。」

「え? いえそこまでは……っ、」

「この時期山にはまだ熊が出てこないとは思うがイノシシもいるし、鹿もいるからねえ危ないんだよ。」

「イノシシは、見ましたけど。」

「ああそれではぐれたのか、怪我はないかね?」

「はい、幸い……友達、も、大丈夫だと思います。」

「そうか、それは良かった。」



 さすがにイノシシを昏倒させたなどとは言えないあやめは言葉を濁しつつ、誘われるままに寺の奥へと案内された。

 誰かを呼ぶ声に応じる声があって、それは年若い男の声だ。

 修行中の僧でもいるのだろうかと声の方向へと視線を向けていた彼女に、僧侶は優しく笑った。



「そういえば自己紹介がまだだったね、私はここの住職で広瀬諒寛ひろせりょうかんと言います。今から来るのは――」

「親父、なんだよ。」

「お客さんだよ、茶を頼めるかい? これは私の息子でね、あきらといってキミと同じ高校に通っているんだ。」

「え? 同じ高校って……制服違うけど。」

「いいからお茶を持ってきておくれ。」

「へいへい。」

「返事ははっきり短く『はい』だろう。」



 肩を竦めてすぐに後ろを向いた亮に溜息をついて諒寛は居住まいを正した。

 つられるように背筋をしゃんと伸ばしてあやめは軽くお辞儀をした。

登場人物が増えてきました。

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