公務員と女子高生 4
結局、砕牙に促されて着替え始める。
彼女がわかったと言えばにっこりと笑った世話人は、ドアの外へと出て行った。紳士的な振る舞いだとは思うが、あれはただの年の功とやらなんだろうと彼女は内心悪態をつく。
褐色の肌に、白い髪。赤みがかった瞳の色。
白髪なんですと言うには若々しいその姿は、とても目を惹く容貌だ。
確かに一昔前では堂々と町を歩くにはちょっと目立っただろうと思う。
今ではある種のファッションだと言えば納得もしてもらえるかもしれない(そして砕牙が男前だから許されてしまうんだろうと思う、あやめが身内視点で見ても彼はハンサムだった)。
実年齢は正確なところ、彼もよくわからないという。
ただ、平安時代にはもう大人でしたよ、と笑った砕牙に言葉を失ったのは本当に子供の頃だ。
(だからって歴史について聞こうとすると教科書でも見てなさいって言われるんだけどね。)
ハンガーにセーラー服をかけ、適当にジーンズと7分丈のトップスを被るように着た。
シンプル過ぎるように見えて、ワンポイントに飾りがあったりラメが入ったりとそれなりにオンナノコとしては服を選んでいるつもりでそれも結局無駄なのかなとあやめは小さく息を吐き出した。
別に自由恋愛が禁止されているどこぞのアイドルのようなものではないので、湊も家もきちんと役目をこなせば後は好きにしてくれてかまわない、常識を守ってくれればと言うスタンスだ。
すでに幽霊退治だなんだというのが“本業”な時点で常識って言うのがおかしいんじゃないのかと言いたくもなるが、そこはそれ、で終わる。
それでもあやめは自由恋愛と言われた所で甘い夢を見る気には、今のところなれなかった。それは彼女の家庭環境に大いに関係している。
伯父の周に対して、実父は慎也という。
生まれた娘であるあやめに対しても、その後生まれたという妹に対しても実父はあまり関心がないらしい。らしい、というのもあまり接した記憶がないから家人や砕牙からのまた聞きだからだ。
周は希望した大学で経済を学び自ら望んで西條商社に就職、弟よりも先に見合い結婚をし夫婦仲も円満だが子には恵まれておらず、姪であるあやめを気にかけているらしい(これも“らしい”というのは砕牙や湊を通じてお年玉やら祝い品やらを渡されるからで、直接渡したいのにできない事情には彼らも苦笑していると聞いている)。
精力的に仕事に取り組み部下にも慕われ、時々面倒を見過ぎて妻に怒られる元気のいいサラリーマンをしている。ちなみに周の妻は西條の家の遠縁の遠縁みたいなところの出自らしく能力はないが理解はあるとのことだった。
対する慎也は大学まで出たものの惰性で進学と決めただけで目指すものも無くただ流されるままに入学・卒業、その後就職に失敗して最終的に当時平社員であった周が上司に頭を下げて西條商社に入社した。
能力は決して低くも無く、現在は営業職で年相応の職につき、文句も大して言わず、残業もたまにするし飲み会も出る、よくいるサラリーマンとなったようだ。大学卒業後、フリーターをしている時に海外へ旅行をし現妻であるレジーナという女性と恋をし身篭らせ戻ったのだ。
結果、それまで本人の自由にと考えていた湊も周も慌てて就職させた、というのが実情だった。
とはいえ――事情は、事情。
隔世遺伝しやすい“能力”をレジーナに説明するのは、非常に難しかった。
自由恋愛大いに結構と言ったものの、恋愛ごとのみならず子供まで作った責任をとなればまた話は複雑化したのだ。
レジーナは美人で快活な女性であったが、お金持ちの次男坊に嫁げる事を純粋に喜んでいるようだった。所謂悪魔祓いのようなこともしているという曖昧な説明は慎也からされていると聞いて不安ではあるが気にしないと答えたという。
また彼女は父親が日本人というハーフでもあったので、なんとなく“文化として”悪霊払いや神社仏閣、そういう儀式めいたものには知識として触れていたらしい。日本語にも精通していて、旅行で言葉もわからず四苦八苦していた慎也をそれで助けたというのが出会いらしかった。
けれどそう上手くいくことも無く、生まれたあやめは次期当主として疑うことの無い実力を生まれた時から持っていた。
つまり――慎也とレジーナの新居には、夜な夜な奇怪なことが起こったのだ。
レジーナはこれに半狂乱となった。
無理はないと湊も思ったという、ただ恋愛をして付き合ってというならばそこまで踏み込む必要も無かったし、結婚を意識していると言われればそれ相応の覚悟の決め方や対処の方法も教えていけたというものだった。
それが自分探しの旅に行った息子が帰って来たところで身重の嫁を連れてきてしまったのだ、時間はまったくと言っていいほど足りなかったのだ。
周も慎也も霊能力と言ったものは大してなかった。女系、隔世遺伝、そこから考えれば妥当でもあったのだけれども周は修行して“見る”くらいはなんとかできるようになった。
慎也はそれには関わる気がないと言い切って、それでも気配は感じるらしい。
レジーナはその家柄なのだから慎也になんとかしろと毎晩騒ぎ、ただの恋愛相手が結婚相手になり、こうまでやかましくなったことにうんざりした慎也は仕事が忙しいと家庭を顧みなくなった。そうなればレジーナがノイローゼになるのも無理ないことでもあった。
そして結局、あやめは湊に引き取られたのだ。
その折に名付けをしたのは慎也だった。
「折角の家庭を壊した、けどコイツが当主になるんだ。俺の娘――殺女。」
無論そんな漢字を家族が認めることも法律が許すはずも無く――レジーナは「悪魔の子!」とあやめを拒否していた――ひらがなで提出された書類は、委任状を持った他人という結末。
それらを何故彼女が詳しく知るかといえば、次期当主ということで少なからず財産関係に関わるからとひと月に1度は母親と面会しているのだ。
自由恋愛なんてろくでもないのかもしれないから、血筋を遺す意味合いで言えば見合いのほうがずっと楽な気がする、という結論にあやめが達していたとしても誰も咎めることはできそうに無かった。
だけれど彼女だって、血の繋がりが無くとも絆を持つことは知っている。
時に親友のように、兄弟のように、親子のように。
ただそれに触れるには、少しだけ心が軋むような気がするのだ、いつも、いつも。
紅茶美味しいですよね。ソイミルクティにはまりそう。