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汝、されば何者か。  作者: シャクヤク
プロローグ
3/31

公務員と女子高生 3

「俺の、個人的な頼みは――」



 書類を片手に自室でぼんやりとしていたあやめは、最上の“頼み”についてぼんやりと考えていた。

 手にしている書類は転校先の学校のパンフレットと入学に関するもの、またそれに伴い生活する寮またはアパートなどがあるならというお決まりの書類だ。

すでに保護者印は押されていたし、寮では動きづらいこともあろうと会社で保有しているマンションのひとつを選んで1人暮らし向けの部屋に簡易的な生活用具を用意させているとの事だ。

 相変わらず仕事となれば時間を惜しむなというのが祖母らしいとあやめは思いながら軽くのびをした。


 最上が言っていた通り、田舎だと思える風景写真も手元にあった。

 あとで一緒に食事をしようと言っていた祖母が、祖母として呼んでくれているのか当主として呼んでいるのかがよくわからず溜息を吐き出した。ノックの音に「どうぞー」と気のない返事をしながら指先で写真をなぞる。


 電柱と、山と、田園風景に夕日。

 古き良き日本の風景なんてタイトルがつきそうなほど、都会感はあまりないらしい。駅前だけ少しビルやマンションがある程度、そう聞いている。



「おやまだ着替えもせずだらしのない!」

「……砕牙。」

「当主はあと30分ほどで戻られるそうです。」

「そう。」

「お着替えなさってください。」

「わかった。」

「…転校先の情報ですか?」

「まあね。」

「不安がおありですか。」

「別に。」



 しゅるりとセーラー服のリボンを解いてくるりとまとめ、机の上に置く。

 ふっと息を吐き出して、あやめは椅子をくるりと回すようにして後ろを向いた。


 トレーを片手に、その上のカップはきっと彼女の好きなアップルティーで、笑顔の男がそれを察したように差し出した。少し甘めに用意されているらしいそれを一口飲んで、執事みたいな真似をするようになったなと彼女は思った。



「なにか?」

「いいえ、……最近すごく意地悪くなってないかなと思って。」

「赤ん坊の頃から貴女を存じてますが、思春期の娘というのはどうしてこう扱いづらいのかなあとは思っておりますよ……で、彼氏の1人でもできましたか?」

「あのね、女子高に通ってて彼氏ができるわけないでしょ。」

「おや、貴女のご学友はいくらでも彼氏持ちとやらがいると思いますが。」

「学校と家と“職場”くらいしか行き来しない私に彼氏が出来るんなら幽霊か同じ業種の人間だけね。」

「おやおや……まあ家としては安泰でしょうけども。」

「そもそもその話持ち出すんなら私宛のラブレターとか燃やした過去はどう思ってるのよ。」

「貴女に相応しいかどうか位判断するのが世話役でしょう。」

「ちょっと行き過ぎでしょ?!」

「まあまあ、貴女が可愛いんですよ。」



 くすりと笑った砕牙は、先ほど最上に見せたような冷たい表情ではなく本当に楽しそうだった。


 最上が思っていた通り、砕牙はまともな人間ではない。

 あやめが知る限り、彼は子供の頃からこの姿であったし――祖母の湊の話では湊が子供の頃にも同じ姿であったと言う。


 鬼だからですよ、とそっと秘密ごとを打ち明けるようにあやめ付きになった砕牙は、また彼女の“異能者”としての補佐役でもあった。基本的な知識や修行は湊があやめに伝えるということもあって師匠のようなものであったが、実践となれば数をこなさねば危険を伴うことも多々あったので、祖母から孫へと砕牙は譲渡されたようなものだ。

 彼曰く、代々の当主に仕えているのだから次期当主に仕えるのも別に可笑しな話ではないので気にならないらしいけれども。



「子供の頃から接しているのは貴女くらいですか。」

「そうなんだっけ。」

「湊さまの時には戦時という事情もありましたので、この風体では面倒でしたしね。便利な世の中です。」

「……生き辛いと思ったことあるの?」

「そう思った時には“鬼”になっておりましたよ。」



 ふに、と唇に男の指が押し当てられる。

 この話はこれ以上オシマイという砕牙があやめに子供の頃からする仕草だ。

彼の中ではあやめはいつまでも子供なのだろうかと思うが、否定もできないしまだ彼に甘えたいという気持ちもある。

 次期当主として立派にならなければと思う気持ちから、いつしか堂々とは甘えられなくなったし弱音もそうそう吐かなくなったけれど(そしてその余波として最上に頼るしかなくなったのだけども)。


 面倒だなあと思わなくは無い、あやめだってまだ高校二年生だ。遊びたい盛りだ。

 富裕層が通う女子高に今は籍を置いているけれども、色々と“事情”で転校したり編入しなおしたりとする彼女は奇妙な人物としての印象が強く、親しい友人は正直いない。あからさまに避けられることはないものの、楽しい学校生活かと問われればノーとしか言いようも無い。

 勉強は嫌いではないけれど、大学に入ってどこかに就職して結婚して――なんてよくあるライフプランは彼女にはない。


 霊能力者、と呼ばれる血筋の。

 しかも忌み嫌われていると言われている血筋で、それを守る家柄の次期当主と定められた日から。



 普通、は彼女の、憧れだったのだ。

ちょっとプロローグなのに長い……!

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