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汝、されば何者か。  作者: シャクヤク
プロローグ
2/31

公務員と女子高生 2

 片手に通学鞄、セーラー服。

 まさに女子高生らしいその姿は、それでも目を引くものがあった。

 掛け値なしの美少女、もう少しすれば大人の色気を伴う――けれど今はまだ少女と言える、そのアンバランスさがなんとも言えぬ儚さすら生むのに、その姿からはやはり若さからくる躍動感を隠せない。


 西條あやめ、それが彼女の名前だ。

 湊の次男の娘。

 それが最上が知る彼女の情報だ。


 母親が同じ妹がいること、その母親からは嫌われていること。

 家族と独り離れ、祖母とこの家で暮らしていること。

 それは彼女自身の口から聞いている。初めて会った時に。



「血の臭いがする。」



 はっとした。

 その言葉は若い少女が言うにはあまりにも似合わなかったが、最上には覚えがあったから。ぼうっと彼女を見上げていた視線を、改めて変える。

 砕牙が言っていた通り、機嫌が悪そうだ。

 笑顔ひとつないその美貌が探るというよりも突き刺すように最上を見下ろしている。そしてぽいと鞄を綺麗にされている畳の上に投げ捨てて、あやめは彼と対面の位置に座った。



「また面倒ごと?」

「……面目ない。」

「いいよ、それが私の修行なわけだし。」

「ほんっと機嫌悪いな。」

「会いたくない人に会わなくちゃいけないんだもの、ちょっとくらい機嫌だって悪くなる。」

「……おふくろさんか」

「最上さんデリカシーないって言われるでしょ。で、その血の臭いはなに?」

「うるさいな…そんなにデリカシーないか俺。そんなに臭うか?」

「……普通の人ならわかんないくらいには。」

「そうか。」



 6年。

 あやめと最上とが会ってからの時間だ。

 距離が縮まったとは思えないが、少なくとも外部の人間である最上は彼女にとって文句を吐き出せる位置にあるらしい。家人と祖母が良くしてくれる分良い子でいるらしい少女が、協力的であることを条件に最上にこっそりと約束したことだ。会えた時には文句を聞いてくれればいい、と。

 とはいえ、親しいかと言われればノーだ。

 そもそも頻繁に会っているわけではない、基本的には敵対関係と言ってもいいくらいで年に1度会うか会わないか、無いほうが良いくらいの勢いだ。最上とて彼女と親しくしたいわけではない、もしこんな関係性で無ければ大歓迎と言ったかもしれなかったけれども。



「…ちょっと田舎で、厄介なモンが封じられてたのを解いたヤツがいる。」

「………」

「上はそれを始末するか、封じる方向で言ってきたが…正直手を割くことができない。」

「そうね、最近呪いが多いらしいから大忙しなんでしょう?」

「そうだ、多分同じ連中なんだろうと思う。」

「私たちだと思わないの?」



 あやめの静かな声に、最上がぎゅっと膝の上の拳を握った。

 少女の言った言葉が上の人間たちが言わなかったとは思わない。

 相反する血筋、それは即ち国家からして否定してかかる血筋、それがどんなものかは男には想像できなかったが今まで公儀の銘打って迫害問題もあったらしいことは自分が調べた中でわかっている(そしてそんな真似をしたからと減俸を食らった)。


 疑うのが当然、けれど面倒ごとを押し付けるのも当然。

 その体制は最上のちっぽけなプライドと正義感を刺激したけれども、だからといって何かできるわけでもなかった。



「思わない。」

「……最上さんてホント不器用だよね、出世できないタイプだと思う。」

「はっきり言いやがるな最近の女子高生は!」

「女子高生関係ないんじゃないかな?」

「生意気に育ちやがって……!!」

「おかげさまで。で?」

「……場所はここだ。」



 懐から出した茶封筒は、スーツと同じで少し皺が寄っていた。


 中に数枚の紙が入っているのを確認して、彼女も小さく頷いて了承の意を返せば最上が深々と息を吐き出した。



「それと、俺から個人的な頼みをひとつ聞いてくれないか。」

「個人的な頼み?」

「ああ……とても、個人的な頼み、だな。」

「オンナノコを紹介して欲しい?」

「あほか、お前の友達なんて紹介されたら俺がしょっ引かれた上に解雇されるわ!」

「まあ冗談だし私まともな友達いないけど。」

「………お前…」

「ちょっと可哀想なものを見る目止めてもらえませんか。仕事の都合で転校しまくるからよ!」

「ああ成程。」



 あやめが“仕事”をするのは子供の頃からだ。

 幼い頃にその能力の高さが認められ、それ故実母からは嫌われもしたが直系に多い隔世遺伝の所為であると理解している祖母が引き取り公私共に支えてきてくれたお陰できちんとそれを彼女も受け止めている。

 受け止め受け入れ、今では自分としてきちんと理解しているがそれを生業とするには少し複雑でもあった。


 なにせ“仕事”に入ればそれが往復1日というわけにも行かず、まただからといって下位の者に行かせれば公儀の連中が煩く喚き表家業にまで影響するという面倒なことが起きるのだ。

 元々は迫害を受けても生きていく為に起こした表家業がそれなりに大きくなったというだけの話。一族経営では手が足りなくなり人を雇うようになり、それが更に大きくなって、という結果今に至るので今更表家業にも影響が出ては関係ない社員たちに申し訳が立たないという現当主の言葉は重い。

 しかし学校を何日も休んで仕事をこなしまた戻るではそれもまた問題というもので、彼女は湊の業務上の都合でという名目の下転校しては仕事をこなし、また次の仕事場で学校に通うという生活なのだ。


 今は本家のある、彼女が幼児の頃過ごしたこの家から公共機関を使って1時間ほどの高校に通っているけれども拘りがあるわけではなかった。

 強いて言うなれば、セーラー服のデザインが可愛い、くらいですぐに転校するかもという覚悟の上だ。転々としていることを気にする教育者がいないわけではないが、そこはそれ――ちょっと卑怯な話ではあるが、『色々な事情がある』という催眠をかけるという力技で成り立っている。



 それも、高校を卒業するまでの辛抱だと彼女は思っている。

 湊としては大学だって好きに通ってもらって構わないと思うのだが(そして仕事を押し付けるような形での修行で申し訳ないと思っている)、あやめは裏の生業を主にやって生きたいと思うようになっていた。

 社長業の方は伯父であるあまねが継げばいいとすでに宣言してあるのだ。伯父夫婦は子に恵まれず彼女を可愛がってくれたが、実母とのトラブルであまり表立って仲良くもできないのだがそれはまた別の話だ。湊は忙しく、周とも親しく出来ず、実家族とは疎遠。

 そんな彼女にとって留まる場所は何処でも良かったのだ。


 それを知る最上が、少しだけ哀れに彼女を思っていることをあやめは知らないフリを決め込んだ。

ようやく主人公出てきましたー。

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