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8 還るところ

 疲れた体に鞭打つどころか、鉄の棒でタコ殴りにされたような疲労感を抱えた一行が、ようやく帰路に着いた頃、「帰るから肉焼いとけ」と連絡を受けた小野原家では、父親が慌てて食事の準備をしていた。


「こんだけ遅くなって、よく肉食えるな……しかもアンデッド倒した帰りに」

 呆れたようにシオンは呟く。

 しかも昨日の早朝に出発し、それから一晩明けても連絡の一つも無く、一応は心配していたのに、夜になってようやく電話があったと思ったら、「仕事が終わったあと、別の仕事を入れた」――だ。

 短い期間で恐ろしいほどレベルが上がるわけである。


「そろそろ帰って来るかな……」

 帰ってきた姉は、大剣も持つのが辛いほど疲れきっているはずだ。

 そのぐらいギリギリまで戦うのが、彼女は好きだから。

「父さん。オレ、外で待ってるよ」

 そんな姉を、なるべく早く出迎えて支えてやろうと、シオンは父親に声をかけ、外に出て行った。


 


「あー。やっぱり、今日も可愛い弟くん、待ってるよ~」

 やえが間延びした声で、窓の外からにこにこと蕩けた笑みを向けた。

「羨ましいなぁ~、美少年のお迎え……」

「いや、つか弟だろ?」

 夜が白けた目を向ける。

「あーん、耳と尻尾可愛いよぉ~。今日はやえ、猫カフェ寄って帰ろっかなぁ」

「その連想は……失礼じゃないか?」

 家の前の道路がひどく狭いので、いつも少し離れた場所に車を停め、そこで桜だけ下りる。

 そのとき、必ず家の前で姉を出迎えようとするけなげな弟の姿を、他の仲間も目にするわけだが、忠犬ならぬ忠猫然と待っている姿がいつも話題にされていることを、もちろん彼は知らない。

「あんな弟くんだったら、サッちゃんがブラコンなのも分かるよぉ」

 頬を手で覆い、ツインテールをふりふりとしながら、やえがきゃっきゃっと言う。

「まーね」

「否定しねーのかよ……お前、ブラコンだったのか」

 何だか少し傷ついたような顔で、夜が言う。

 真顔で桜が返す。

「うん。食べちゃいたいくらい可愛いわよ」

「そ、そうなのか……」

「ま、こないだフラれたばっかなんだけどね。でもそれ以来、返ってふっきれたっていうか、もっと可愛がってやろうと思って」

「えっ?」

 夜が聴いたことも無いような甲高い声を上げ、目を丸くした。

「ちょ、えっ? え? なっ、それって、お前、どういう……っ?」

 灰児も鯛介もさすがに驚いて振り返っていたが、やえだけは一番後ろで、ぽやんとした目を宙に向けている。

理解わかるよぉ~……恋は終わるけど、愛は深みを増していくばかりなの……」

「え、えっ? こいっ?」

 驚き過ぎた夜の体が、シートから一瞬浮いた。

「うーん。そんなかんじなのかしらね。とりあえず今のあたしの生きがいは、アイツを立派な男に育て上げることね。そんで、結婚式で泣きながら感謝の手紙を読んでもらうわ。ただし、つまんない女を連れてきたときは、女を殺す」

「ううっ、お姉ちゃんの鑑だよぉ……」

「えっ、どこがっ? つーか、こいって……こ、恋のことかっ?」

 わざとらしく目尻を拭うやえに、動揺して騒ぐ夜が煩いので、桜はさっさと車を下りた。

「タイー、荷物取るから、荷台開けて」

「あ、はい! 姐さん、オレ、出しますよ」

「いいの、いいの。開けてくれれば」

「オイ! 桜っ……!」

 荷台からさっさと荷物と大剣の入ったケースを運び出し、外から仲間たちに声をかける。

「じゃ、お疲れ。また連絡するわね。エリナたちのお葬式には行くわ」

「あ、そ……そうだね。蒲生の両親は亡くなっているけど、他に親族がいるだろうから」

 桜の重大な告白に、呆気に取られていた灰児も、エリナの話になってはっとしたように頷いた。

「それに、エリナをよく預かっていたっていう、蒲生の友人夫婦だっけ。木之下の話じゃ、かなりエリナを可愛がっていたみたいね。まあ、あの子なら誰にでも好かれたでしょうね」

 桜が持ち帰る荷物の中に、エリナが肌身離さず付けていたポシェットがある。警察に預けたところで意味も無いだろうから、それだけ黙って持ち帰った。

 あげたらとても喜んでいたストラップが、紐にぶら下がっている。


「……気高い魂が、穢れ無きままに生を終え、魂の巡る場所に還ると、また再び生まれ変わったときも、その気高さを失わないと言う、シャーマンの考え方がある」

 開いた窓の向こうで、灰児がそんなことを告げた。

「彼女の魂が再び生を受けるとき、もしかしたら、偉大な人物が生まれるかもしれないね」

「偉大じゃなくても、あの子は人を幸せにする子よ。次に生まれ変わっても、また友達になりたいわね」

 そう言って車を離れた桜は、仲間たちに軽く手を振った。


 はしゃぐエリナの声を、今もありありと思い出す。ぴょんぴょん跳びはねるスケルトンの姿も、さらさらの骨の感触も、元気な声も、最後に見た笑顔も、桜の記憶に深く刻まれている。

 あれが昨日のことなんて、思えない。ずっと友達だったみたいに、長い時間、ずっと一緒に居たようだった。

 たった一度の冒険が、それほどの絆になる。

 最初は、弟がいずれ冒険者になるようだから、そのついでに戦えるし、一石二鳥だと思って、安易に選んだ冒険者の仕事だった。

 でもいつの間にか、それ以外の理由でも、この仕事が好きになった。


 ――こっちこそ、ありがとね。エリナ。


 手の中のポシェットを見つめ、桜は心の中で呟いた。

 これはエリナたちを案じて、そして彼女らと生きて再び会うことの出来なかった依頼主たちに、直接手渡すつもりだ。





「……桜……マジかよ……」

 桜が去った後も、夜は呆然と呟いていた。

「アイツ……悩み無さそうだと思ってたけど、そんな不毛な恋愛に悩んでたんだな……。気づかなかった……ずっと、苦しんでたんだな……」

 多分、今の彼の苦しみのほうが不毛だと、誰もが思ったが、口にはしなかった。

「ヨッちゃんて、笑えるほど良い人だと思うけど、ズレてると思うの」

 後ろから顔を出したやえが、んー、と人差し指を顎に当てる。

「でもまだ、ヨッちゃんが三回くらい生まれ変わったら、望みはあるかも~」

「そ、それは無いのと一緒じゃないスかね……」

 思わず鯛介は突っ込んでしまう。

「だって、ヨッちゃんはイケメンだとは思うけどぉ、性格は三枚目寄りだし、美少年じゃないし~。あとほら、サッちゃんって、年下好きだよね。アイドルとかも好きなタイプは……」

「あ、じゃあ、出しますね!」

 気まずい雰囲気の中、鯛介がいつもより明るい声を出し、車を発進させる。

「そうか……年下好きだったのか、アイツ……。そういえば、本来なら女子高生なんだよな、アイツって……。なら俺は、ロリコンか?」

 夜はブツブツと呟きながら、目線を宙に彷徨わせ、自重気味に笑った。

「あ、でも姐さんって、夜さんのこともわりと好きだと思うッスよ!」

「うん。わりと好きなサンドバッグだと思うよ~」

「や、やえさん!」

 鯛介の悲鳴が車内に響き渡る。

 なるべく発言すまいと思っていた灰児も、見かねて振り返った。

「……呑みに行こう、夜。付き合うよ」

「やえも付き合う~! よーし、カラオケ行こー!」

「うっ……ありがとう、お前ら……」

 夜は嬉しそうに顔を上げ、仲間の顔を見渡した。

 灰児が珍しく優しい声をかけた。

「夜は、真面目過ぎるところがあるからね。たまには呑んで発散したら? 魔力を使い過ぎて、疲れてるのよ」

「ハイちゃん、オネエさんになってるよぉ」

「あの、ハイジさんも、もしかしてまだ、動揺してます……?」




 やっぱりボロボロで戻ってきた姉に、弟は手を差し出した。

「サクラ。荷物、持つよ」

「持てんの?」

 ほい、と大剣の入ったケースを手渡すと、案の定、まだまだ細っこい体つきの弟はその重さに耐えかね、一度ケースを地面に置いた。

 その様子を、桜は鼻で笑った。

「何よ、そのザマ。持ててねーじゃん」

「う、持つよ……」

 再び持ち上げようとして、腰に力を入れると、髪から突き出した猫の耳がピクピクと動く。その様が可愛くて、桜は微笑みを浮かべると、思いきり尻尾を引っ張った。

「い、イテッ! な、何すんだ!」

「いや、頑張ってる奴を見ると、つい邪魔したくなって……」

「なんでだよ! おかしいだろ!」

「そうね。おかしいのよ、あたしって」

 ギャーギャーと抗議する弟の横を、さっさと通り過ぎ、玄関に向かう。

「さーて、肉食うわよ、肉」

「おい、先にフロ行けよな。沸かしといたから」

 背中から声がかかる。

「なんか変な臭いするぞ、お前」

「そりゃそうねー。ゾンビやらデーモンやら、散々グチャグチャにほじってきたからね」

「おげ……。つーか、デーモンって何?」

「さあ。なんかレアな奴みたい。倒したってセンターに報告したら、電話の向こうで木之下が引っくり返ってたから」

 そう言うと、それまで嫌な顔をしていた弟の耳と尻尾が、ぴょこんと立った。

「マジで? すげーな。どんなモンスターなんだ? どんなダンジョンだった?」

「うるさいわねー。後で話すから。今はお姉ちゃん、疲れてんのよ」

 エリナのポシェットを手に、桜はさっさと玄関の扉を開けた。

 その後ろを、弟が大剣のケースを抱え、よたよたとついて来る。

 そして、思い出したかのように言った。

「……あ、おかえり。サクラ」

「おっそ」

 家の奥からも、おかえりー、と父ののん気な声が響き、焼いた肉の匂いが鼻をつく。桜はくんくんと鼻をひくつかせ、幸せそうな声を上げた。

「あー、いい匂い! やっぱり、肉はこれよね。ゾンビを焼く臭いじゃなくてさ」

「おえっ……言うなよ。今から食うのに」

「根性無いわね。アンデッドの話をタネに焼肉食えるようじゃなきゃ、冒険者になんてなれないわよ。エリナなんて平然としてたのに」

「……誰? 仲間?」

「そう」

「現役冒険者と一緒にされても……」

 弟の呟きに、桜はおかしくなって、大声で笑った。弟が怪訝そうな表情で、首を傾げる。


 そして彼女はいつもの言葉で、冒険者から、少女に戻った。


「ただいま」

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