そうだ!選挙に行こう!
これは日本ではないどこかの話です^^
突然だが、我が国の選挙権は、18歳以上の国民に与えられている。ちなみに被選挙権は、25歳以上の国民が保有する。
私は、今年、めでたく18歳になったわけだが、全く選挙というものに興味がない。何故か。それは、選挙時に打ち出される政党の公約に魅力を感じないからだ。
と、それっぽく、堅苦しく言ってみたが、ぶっちゃけ、選挙行くのめんどくさい。この一言に尽きる。
なんで、わざわざ休みの日に学校やら、公民館やらに出かけていかなければならないのか。よくもわからない政治家を当選させるために使う労力は私にはない!
なにやら、暑苦しく主張してしまったが、テーブルの上の携帯が鳴っているので少し失礼する。
見ると、メールが来ていた。
『せっかく選挙権得たんだし、選挙行かない?』
隣に住む幼馴染みの秋人からだ。そして何を隠そう実は今日が投票日だ。私の指が高速で返事を打つ。
『行く! 用意するから、ちょっと待ってて』
手のひら返しすぎだろうと思われることは重々承知である。だが、断言しよう。乙女にとって恋以上に大切なものなどないのだ!
素早く部屋着である高校のジャージから、Tシャツとジーパンに着替える。これは選挙に行くだけなのに、どんだけ気合いいれてんねん!と思われないためのチョイスである。いつも通りとも言う。
用意できたことを知らせ、整理券を持って玄関を出ると、すでに秋人が待っていた。投票所は、昔通っていた小学校だ。
「なんか懐かしいね」
小さい頃、秋人と一緒に通ったのを思い出す。その頃の秋人は、さらさらの黒髪に円らな瞳がとてもかわいい男の子だった。
ちなみに、女の子みたいだ、とからかってくるやんちゃな男子を見事な腕っぷしで返り討ちにしていた。泣き虫美少女系男子って、なにそれ美味しいの?を地で行く逞しい男の子でした。
普通なら、いじめられている秋人を私が格好よく助けて、惚れられるパターンだったはずだろうに、と遠い目をしていると、秋人が口を開いた。
「確かに懐かしいな。藍は、よくこの電柱にぶつかってたよね」
くすくすと笑いながら電柱を指差している。笑顔が眩しいが、言ってることはいただけない。
この電柱は私にとっては魔の電柱であり、何回ぶつかったか正直覚えていない。
こう見えて、小さい頃、読書好きだった私は、歩きながらよく本を読んでいた。そして、夢中になりすぎて、他の電柱より車道側に飛び出しているこの電柱に何度ぶち当たったことか。地味に痛いうえにものすごく恥ずかしい。
「それは、記憶から今すぐにでも抹消していただきたいのですが」
もっとましな思い出はなかったのかと、うろんな眼差しを送ると、凄くいい笑顔が返ってきた。
「嫌だよ。藍のかわいい泣き顔抹消するなんて」
「はい?」
「いや、泣いてる女の子っていいよね」
よくないわ!なんか怖いこと言い出した。概ね穏やかで優しい秋人はときどき私の理解の範疇を超えたことを言う。きっと、頭の回路が違うんだと思う。話題変えよう。
「そういえば、秋人は誰に投票するか、決めてるの?」
「決めてるよ」
「即答だね。で、誰に投票するの?」
「んー、内緒。こういうのって人に言うもんじゃないと思うし」
「なら、なんで私誘ったのよ。一人で行きなさいよ」
「いや、だって、ほら。隣に藍がいるから」
なんだその目の前に山があるから、みたいな言い方は。若干腑に落ちない微妙な乙女心を抱えながら、歩いていると、懐かしの校門が見えてきた。横目には、ブランコで遊ぶ子供たち。親に連れられてきたのだろう。
自分もよくブランコで遊んだなあ、と眺めていると、秋人が横でくすりと笑った。
「よく二人乗りしたよね」
二人乗りとは、一人が座り、もう一人がそれを跨ぐ形で立って乗るという、ブランコで遊ぶ時の定番のスタイルである。確かに秋人とはよくブランコで遊んだ。座る役と立つ役を交代交代で、疲れきるまで漕いだものだ。
いや、ちょっと待て。昔の事だから、美化されて、楽しかった思い出みたいになってるけど、本当にそうだっただろうか。
逞しい美少女系男子だった秋人の漕ぐブランコは、かなり激しくて、私は振り落とされないように必死で鎖に捕まっていたような。そして、それを見て、天使のような微笑みを浮かべながら、嬉々としてブランコをこぎ続ける秋人がいたような。さらに、私、スカートでも構わず、立ち役やってなかったか? ……パンツ丸見えじゃないか!!
「どうかした?」
愕然とした表情を浮かべた私に秋人が首を傾げる。いつものごとく優しい笑みを浮かべた秋人に、一瞬、思い出した光景が遠のきかけた。幼いころの思い出は美しいままで置いておく方が良い気がする。うん、そうだ。それが私の精神衛生上、一番良い選択だ。
「う、ううん、なんでもない」
「そう? ならいいけど」
にっこりと笑う秋人の笑顔にもうなんでもいいような気がしてくる。ふわふわとした気分のまま、気がつくと、もう学校の体育館を出て、投票を終えていた。え、私、ちゃんと投票できたの? 記憶がないのだが。恐るべし秋人の笑顔。
「藍、何ぼーっとしてるの?」
「わあっ! や、何でもない! 投票し終わったし、早く帰ろう!」
気づいたら、秋人の顔が目の前にあって、慌てて飛び退く。全く心臓に悪い男だ。
「もう、帰るの?」
「え、帰らないの?」
「藍は帰りたいの?」
帰りたくないです!できるなら、もっと秋人といたいです!
心の中では即答なのに、口からは、あ、とか、う、とか意味のない音しか出てこない。きっと、顔も赤いだろう。
そんな私を見て秋人は、ふ、と小さく笑った。うわ、今ので、顔面温度が更に上がりましたよ。
「せっかくだし、お茶くらいして帰ろうよ」
秋人が駅方面を指差す。
是非!!むしろ喜んでお供させて頂きますとも!!
脳内でしか即答できてない残念さに絶望しながら、高速で首を縦に振った。
ああ、神様、私は今すぐ天にでも召されてしまうのでしょうか?
だんだん自分のテンションがおかしなことになってきているのは、薄々わかってはいるのだが、それもこれも目の前でフォークに刺さった一口大のチーズケーキをこちらに差し出している男のせいだと断言する。
休みの日にしては運良く、ケーキが美味しいお気に入りの店に入れた私たちは、ラッキーだったねと言いつつ、ケーキセットを注文した。そこまではよかった。そこまでは。
秋人のチーズケーキと、私のイチゴタルトがやって来た時に、ちらっと、あっちも美味しそうとか思ったのが悪かったのか。
「藍、チーズケーキも好きでしょ? はい、どうぞ」
そう言って、秋人が向かいの席で頬杖をつきながら、にっこりと私の口の高さにフォークを差し出したのだ。
これは、かの有名な「はい、あーん」ではなかろうか。いやいや、これを外でやるのは、私にはハードルが高過ぎる。バカップル全開で恥ずかし過ぎる。全国のバカップルさん、ごめんなさい。私はあなたたちのようにはなれないようです。あ、いっそのこと修行の旅にでも出ようかな。
思考が華麗に現実逃避方面を突っ走っていたら、唇にしっとりとした何かが当たった。目の前で秋人がチーズケーキで私の唇をつんつんと、つつきながら、ものすごくいい笑顔をしている。
「食べないの?」
ぐは、まぶしい!笑顔がまぶしい!そして、恥ずかしい!なんかキャパオーバーで涙が出そうです。というか、もう滲んでる気がする。
ちなみに「恥ずかしいから、やめて!」と抗議しようとした「は」の時点で、チーズケーキは私の口へと押し込まれた。早業過ぎる。飲み込むと同時に差し出されるケーキを恥ずかしさで半泣きになりながら食べ、結局、チーズケーキは大半私のお腹に収まることとなった。その時の秋人の楽しそうに輝く笑顔は忘れたくても忘れられない。
帰り道、また小学校の前を通ったので、なんとなく聞いてみる。
「結局、誰に入れたの?」
「そんなに知りたいの?」
「うん」
実はそんなに興味はない。秋人が秘密とか言うからちょっと気になっただけだ。全然興味のないことでも秘密にされると知りたくなるのは、人間の心理として、至極真っ当だと思う。
「特に子育て支援に力入れてる人に入れたよ。藍は?」
「え!? わ、私もその人に入れた、かな」
というか、秋人の笑顔のせいで、投票したかどうかの記憶も曖昧ですが?ホントに誰に投票したんだろうか。ゆっくりと歩く秋人の横で首を傾げる。
「そう、藍も同じ考えみたいでうれしいよ。僕らももう18で、結婚しようと思えばできちゃう歳だからね」
「け、結婚?」
秋人が目を細めて、やんわりと笑んでいる。
「そう、そしたら、子供だってほしいでしょ?」
「う、うん……?」
話が飛び過ぎてよくわからないのだが。なぜ、投票した人の話から、結婚や子供の話になるんだ。
「だから、子育て支援の人に入れたんだよ」
「そ、そうなんだ」
「そうだよ」
その時は、自分の興味がない分野過ぎて、秋人はとりあえず子育て支援に関心があるのか、くらいにしか思わなかった。凡人の私には、秋人が何を考えているのかは理解できなかったが、ちゃんと考えて投票したんだ、えらいな、とも思った気がする。
そしてあれから10年。恋する乙女だった私も今では二児の母だ。ちなみに絶賛三児目妊娠中である。この少子化の時代にしては、まあまあ頑張っている方だと思う。
なぜまあまあ頑張れているのかというと、私が住んでいる地域の子育て支援が半端なく充実しているからだ。子供が生まれる度に支払われる祝い金や、医療費、教育費の無料化など、子供を育てやすい環境が整っている。というか、ここ10年で目覚ましい速度で整った、という方が正しい。いや、ここ3年か。
それもこれも、今は私の旦那である秋人が「こんなんじゃ、埒が明かないな」と25歳になるとすぐに選挙に立候補して、市政に参戦し始めたのが原因だ。25歳の若造が当選するなんて、裏で一体どんだけ手を回したんだとも思わないでもなかったが、公職選挙法とやらにはひっかかってないみたいなのでよしとしよう。
とまあ、そんなこんなで、秋人は私には理解できない思考回路を駆使して、奔走し、あっという間に子育て支援制度を整えてしまった。我が夫ながら、ホント何したらこんなにスムーズに物事が進むんだ、なにもかもうまく行き過ぎて怖いわ、と思う。未来予知とか操作とかしてんじゃないかな、あの人。
そんな素敵で得体の知れない旦那さまこと秋人は、リビングで娘たちと戯れている。この間、「やっぱり、泣き顔もかわいいね。さすが藍と僕の娘だ」とか言って、あやしてたのは、見て見ないふりをした。たくましく育て、我が娘たちよ。
そういや、二人とも娘だが、息子が生まれたら、どうするんだろうか。息子の泣き顔も愛でるのか?ぼんやりと、秋人の後ろ姿を眺めていたら、振り向かれて、にっこりと笑顔を返された。え、後ろに目があるんですかね?何年たってもきらきらしい笑顔で眼福ですが。
「あなたのパパは、ホントに得体が知れないねー」
膨らんできたお腹を撫でながら、三人目の我が子に話しかける。もう性別がわかっていて、今度も娘だ。私としては、息子もほしい気がするが、こればっかりは授かりものなので、運を天にまかせるしかない。そう、運を天に……。
いや、まさかな。
そっと、秋人の方を見やると、先ほどの笑顔のままで、こちらを見ていて「どうかした?」というように首を傾げられた。それに「いや、なんでもないよ」という笑顔を返して、静かに視線を外す。
……いや、まさかな。
浮かんだ考えを打ち消すように軽く頭を振った。考えてもわからないことは考えないに限る。私の経験上、それが一番平和なのだ。うんうん、と頷いていると、後ろから、柔らかく抱き込まれた。振り向くと、秋人の整った顔がそこにある。娘たちは二人で仲良く遊んでいるようだ。
「藍、今度も元気でかわいい娘を生んでね。愛してるよ」
私を抱きしめながら、耳元で秋人が優しくささやく。ダイレクトな攻撃を受けて固まっていると、唇にちゅっ、と軽くキスを落とされた。さらっと日常にこんな場面を織り交ぜてくる秋人には、いつまでたっても慣れることができない。真っ赤になっているだろう頬を両手で隠しながら、うつむいていると、柔らかい声音が耳朶を打つ。
「ああ、幸せだよね、とっても」
秋人の、微睡みの中にいるような満たされた声が身体に染み渡る。
たしかに、いま私はとっても幸せだ。好きな人と結婚して、子供も生んで、暮らしやすい環境の中で日々を生きている。
18歳だったあの頃、すでにこの未来が秋人には予測できていたのだろうか。できていても不思議じゃないところが怖いところだが、この幸せの前では、どうでもいいことだ。
これからもこの得体の知れない旦那の手のひらの上で転がされていくんだろうな、と思う。むしろ、積極的に転がってやろう。ゴロゴロとな!
小さい頃からずっとそばにあった温もりを再確認しながら、私は秋人のおかげである今の幸せをめいっぱい噛みしめた。
なんで選挙と絡めて恋愛話なんか書こうとしたのかw深夜の思考回路は謎に満ちている。