四話
今日は休日、俺にとって癒しの日でもある
実戦授業の日々が続くのでゆっくりできる休日は貴重だ
「ん~~ッ!」
大きく伸びをして青く晴れた空を見上げる
本当なら部屋でゆっくりしたい所ではあるが、生憎共同部屋なので中々ゆっくりとはいかない
なのでこうして敷地内を朝から散歩するのが日課になっているのだが中々気持ちが良い
健康的な生活とはこういうことを言うんだろうなと感じる
自然の中にあるだけあって空気もいい気がする、そんな気がしているだけだが
「……ん?」
学校の敷地内を散歩していると視界にゴミを見つける、散歩ついでの清掃活動は
日課になり自然な動作でゴミを拾い上げる
「これは……何だろ」
見たところお菓子の袋のようだが、何のお菓子かまでは分からなかった
だが、一年生の食事は種類の豊富なおにぎりしかないのでこれは上級生の出したゴミだろう
「そういや、上級生って殆ど見ないな」
学年が違うのだから当然と言えば当然なのだが、考えてみると上級生を見た記憶があまりない
ブロンズの俺たちは色々制限があるからなのかもしれないな、食堂も使えないし
まったくケチなことだ、ちゃんとした食事が食べたければ頑張れということなんだろうけど
「朝からゴミ拾いか?」
あれこれ考えていると不意に声がかかる、視線を向けるとジャージ姿のルーキーだった
「まぁ日課だからね、そう言うルーキーは朝からジョギング?」
「ああ、日課だからな」
朝からご苦労なことだ、そんなに体を鍛えてどうするんだと言いたくなる
体を鍛えるのが趣味とかそういうのだろうか
「普段から体を慣らせておかないと、いざって時に動けないからな」
「俺の考えを読まないでくれないか」
「お前は顔に書いてある」
言動も素直なら表情も素直らしい
「そっちはいつもの清掃か」
「そそ、日課だからね」
「なるほど、頭が下がるな」
「別に、下心があってやってるだけだからね」
功績目的ではじめ、今ではすっかり日課になってしまった
実戦授業の成績はあまりよろしくないので稼げる所で稼いで行きたい
会話もそこそこにジョギングに戻るルーキーを見送りながら清掃に戻る
敷地内は広いが、歩くところは大体決まっているので思いのほか狭い
娯楽も無いのでヒマを持て余して散歩する生徒もいるし、ルーキーのように体を鍛えるために
ジョギングをする生徒とも遭遇することは少なくない
「よっ、腰巾着」
しばらく清掃活動に勤しんでいると急に後ろから声をかけられる
そんな不名誉な呼び方をするのは自分の記憶の中では一人だけだ
「そういう呼び方辞めてもらえませんかね姉山さん」
振り返ると、Tシャツに短パンと言う非常にラフな格好の姉山さんが立っていた
何と言うか目の保養になる人だと会うたびに思う、ちょっとしたオアシスに近い
どうも合同実技でボコボコにされて以来、腰巾着と言う呼び方が彼女の中で定着してしまったらしいが
目の保養をさせてもらっているからか、言うほど気にはならない自分が居た
「姉山さんは散歩?」
「そうだけど、そっちは掃除?」
俺は姉山さんの格好を見て問い、姉山さんは俺が持っている箒を見て問う
「掃除の最中だよ」
「へぇ、何か意外」
「綺麗好きなんでね」
さすがに関心している所に功績目当てで清掃活動頑張ってますとは言いにくい
「そういや、アンタとまともに話すのはこれが初めてだね」
「あー、確かに。ルーキーしか見えてないって感じだよな」
「ははっ、愛想が良けりゃ良かったんだけどね」
すまんルーキー、お前の居ないところで振られた感じになってしまった
「アンタはアンタで弱っちいからなぁ、男なら強くなりな。そうすりゃ少しは女も
寄ってくるんじゃないかい?」
一瞬クラスのゴリラ系女子に囲まれるのを想像し、すぐに振り払う
「姉山さん、俺には興味無さそうに見えたけど案外知ってるんだね」
「女子は噂好きだからさ」
俺の噂はロクでもないものだというのは想像にたやすい
「こうして会うのも珍しいけど、いつも散歩を?」
「散歩自体は結構してるよ、時間はバラバラだけどね」
しばらく雑談をしていると姉山さんが自分の時計に視線を落とす
「おっと、ちょっと話し込んだな。それじゃまた」
軽く手を上げそのまま散歩へと戻る姉山さん、立ち振る舞いといいなんだか女子にモテそうな感じだ
その後もちょいちょい、クラスメイト遭遇しては雑談に花を咲かせる
中々遭遇率が高く良い暇つぶしになった
「何か、今日は良く人に会う朝だったな」
一通り掃除も終わり、ぼやきながら部屋へと戻ってくる
するとそこはいつもよりも騒がしかった
「騒がしいけど、何かあった?」
「ルーキーがシルバーランクに昇格だってよ!」
「え、マジ?」
「今朝先生と話してたのを聞いててさ」
ルーキーのやつ、澄ました顔してたけどマジか
まぁ、当然と言うか妥当と言うか。だよなと言う感想が一番しっくりくる
「お、噂をすれば」
クラスメイトの視線を追うと、丁度ルーキーが部屋に帰ってきた
「……何だ?」
視線を感じ訝しげなルーキー
「水臭いじゃないか、シルバーランクに昇格なんだってな?」
「……もう知っているのか」
呆れ顔のルーキーとは対照的に、盛り上がるクラスメイトたち
丁度お昼時だったので支給されたおにぎりと漬物を用意して
その場のノリと勢いで急遽ルーキーの昇格祝いが行われることになった
娯楽が少ないから何かしら理由をつけて騒ぎたいのだ
「かんぱーい!」
お茶の入ったコップを持ち上げると周りの仲間たちもそれに続き
各々雑談を始める
「すごいよな、ルーキーは」
「急にどうした」
「いや、改めてすごい奴だなって思ってさ」
コップに入れたお茶に口をつける
「……実戦授業始まってそんな経ってないのにさ、もうシルバーだぜ?
ゴールドもすぐなんじゃないか」
「買いかぶりすぎだ、運良く上手く行っただけだ」
「謙虚だねぇ」
黙々とおにぎりを食べるルーキー、俺もおにぎりにかぶりつく。今日は昆布か
周りを見ると主役のルーキーを放って各々がわいわい騒いでいた
「あいつら、結局騒ぎたいだけっぽいな」
「そんなものだろう」
「ま、ルーキーと話してたら盛下がりそうってのは分かるけどな」
「だろうな」
気にした様子もなく食事を続ける
「人事だなぁ、お節介だとは思うけどもうちっとばかし愛想良くしたほうが良いと思うぜ」
「お前が人の心配なんて珍しいな」
「茶化すなよ、人間関係ちゃんと出来ない奴は将来苦労するぜ?仕事しかり恋愛しかり」
「そうだな、善処はする」
あまり手ごたえのないルーキーに手を挙げて降参し食事に戻る
周りの喧騒をBGMに食事は続き
「そういや、あっさりシルバー昇格したけどルーキーはそういう家系だったりするのか?」
ふと気になった疑問を投げかける、言ってしまった後まぁ当然そうだよなと思っていたが
「いや、俺はそういう家系ではない」
意外な答えが帰ってきた
「それ、他の奴が知ったら悔しがるぜきっと。由緒ある家系の人間ってのはプライドありそうだし」
「そういうのはどうでもいいさ」
お茶を飲み、少し間をおいて口を開く
「ただ、強くならないとなって思っただけだ」
視線をそらすルーキー、その目はここではない何処かを見ているように感じた
何だかんだでこいつも俺と同じく、何かしら抱えているのかもしれない
「まっ何はともあれ、今日はめでたいわけだしパーっとやろうぜ」
「おにぎりで、か?」
「おう、おにぎりでだ」
おにぎり片手にニヤリと笑う、今日はルーキーを祝ってやるとしよう
「これは俺からの昇格祝いな」
おにぎりについていた漬物をプレゼントすると、ルーキーは若干呆れながらも
「……ありがとう」
そう言って、表情を和らげた