一話
「はぁっ、クソッ、いつまで、はぁっ、走らせるんだよッ」
額の汗を拭いながらだだっ広いグラウンドを走っていた
現在体育の授業中、内容はただのランニングだ
グラウンドには俺と同じように走り続けている生徒が大勢だが、俺だけが若干、いやかなりフラフラだった
こんなことなら中学時代、真面目に部活で鍛えておくべきだったと後悔中
ただひたすら走り続けるというのは現代っ子である自分にとって苦痛でしかない
なんて、心の中で何度目か分からない悪態を付く
「よーし、走りこみ終了!今回の授業はこれで終わりだ!」
体育担当教師が終了の合図を出す。オッサンの野太い声もこの瞬間だけは女神の美声に聞こえた
「ふぃー」
自分でも良く分からない声を出しながらペースを落として歩きへシフト、そしてグラウンドへ倒れこむ
「はぁ~~~」
仰向けになり、何とか息を整えようとする
空は春の日和で晴れ晴れとして気持ちの良いくらいだが、体はそこらじゅうが悲鳴を上げている
「あーこのまま大地と一体化したいー」
なんてアホなことを呟いているとこちらへ近づく足音が一つ、顔だけ動かし視線を動かすと
体格の良いボウズ男だった
「ん」
男は手に持っていたタオルをこちらへ投げてよこす
「さんきゅ、ルーキー」
タオルを受け取り、軋む体を起こして汗を拭く
「……ちゃんとした名前があるんだが」
不服そうにルーキーが言う
「いいじゃん、先生や先輩に一目置かれる存在【ルーキー】カッコいいと思うけど」
素直な感想を伝えてもルーキーは不満げな表情だった、贅沢な奴だ
入学の際行われた体力テストで優秀な成績を残し、教師や上級生から良いルーキーが入ってきたと
噂された、それがこの男だ
恵まれた体格、清々しいボウズ頭、ちょっと老けていて同い年とは思えないけどな
「どちらかというと、それを知ったお前がルーキールーキー言うお陰でルーキーとしか呼ばれなくなりそうなんだがな」
話しながらも俺の近くで直立不動状態で立っているルーキー
地面に転がっている俺と違いまだ余裕がありそうだった
「それそろ次の授業が始まる、立てるか?」
「あんがとさん、何とか立てるよ」
ゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き出した
「えー、今日は、この学校の歴史について少しお話したいと思います。以前お話した内容と重複する部分がありますが、復習と思って聞いてみてください」
場所変わって授業中、体育の授業で消費した体力を取り戻そうと体が休息の声を上げるが
あくび堪えながら教鞭を振るう細身の男性教諭を眺める、俺は心の中でノッポ先生と呼んでいる
「皆さんすでにパンフレット等でご存知かと思いますので、なるべく簡潔に説明していきますが……」
とそこで、タイミング悪くあくびをしているところを見られてしまった
「ふぅ、そこのキミ。あくびが出るほど退屈ならちょっと付き合ってもらおうかな」
まったく、ついていない
「この学校について簡潔に説明してください」
いきなりの無茶振りである
「えっと……」
「キミもパンフレットくらいは目を通したでしょう、それをまとめて簡潔に説明してくれれば結構です」
そう補足してくる
「ええっと……」
必死に記憶をたどる
確か騎士を参考に海外の文化を取り入れる一環として創設された古い学校だったかな
創設者が著名な武士家系だからか生徒も武士家系が多くて、その方面からは人気のある学校だったはず
簡潔にすると田舎の山の中にある時代遅れの学校、いや違うか
「……自然溢れる山の中にある古き良き伝統を受け継いできた学校、です」
「簡潔ですが、50点くらいですね」
ばっさり切って捨てられてしまった
「伝統の一つとしてランク制度と実戦授業がありますが、これについても説明をお願いできますか?」
心の中でまた俺かよと思いつつ、どう説明したものかと考える
どう説明するも何もそのままなのだが
「えっと、ランクは生徒の評価を表すものでブロンズ、シルバー、ゴールドの3つがあって
授業等で貰える功績を溜めていくことで上がっていって」
ランク制度はこれで正解のはずだ、実戦授業は……
「実戦授業は、その名の通り実際に戦うことで、成績に応じて功績が貰えます」
こんな感じだろうか
「まぁそんな感じですね、簡単に補足すると功績はあらゆることで貰えるチャンスがあります。
と言っても実戦授業が一番功績を稼げるのでこれがメインになるかと思います。座って良いですよ」
ようやく許可を貰え腰を下ろす、とはいえまだあくびがでそうだ
「功績やらランク制度なんて聞くと仰々しく感じると思いますが、ようは生徒に対する評価を
視覚的に分かりやすくしたものだと思っていてください。また実戦授業については実際に行う際、
詳しく説明があるかと思います。それでは次の内容に……」
その後授業終了のチャイムが鳴るまで、半分聞き流しながら何とか眠らないように授業に励んだ
授業が終わり、待ちに待った昼食の時間がやってきた
教員と入れ替わりで食事が運ばれてくる
「それでは今日の昼食を支給する、順番に並ぶように」
体格の良い男が号令を下すと俺含むクラスの生徒は並んで昼食を受け取っていく
大きなおにぎりを受け取り、各自のマイコップにやかんのお茶を注いで自分の席へ戻る
ランク制度はそのランクによって待遇が変わったりする。その方が生徒のモチベーションになるとか
なんとか。新入生は皆ブロンズランクだから待遇は悪い、快適な学園生活を送りたければ頑張れと
言う学校からのメッセージなのだろう。中々変わった決まりなので慣れないが、そのうちこれが日常になっていくんだろう
「しっかしまぁ、なんつーか時代遅れだよなぁ」
おにぎりを食べながら隣の席のルーキーへ声をかける、今日のおにぎりは昆布か
「何だ急に」
「いやさ、さっきの授業のこと」
マイコップに注がれたお茶を飲み、一息
「今時武士道だの騎士道だの、古臭いよなーって」
「確かに時代には合っていないかもしれないが、二クラスは生徒がいるから十分だろう」
そう言ってルーキーもおにぎりを一口
「今は少子化、情報化の時代だぜ?こんな学校あっという間に廃校になる未来が見えるね、
今の時代あんなスパルタは流行んないって」
「ふぅ、良くもまぁ自分の通っている学校に対して言える……」
そこでルーキーは言葉を止め
「ああ、そういえばお前は元々この学校に入るつもりは無いんだったな」
そう言い直す
「そそ、他のやつらとは違って俺は無理やりだよ。まったくウチの家も困ったもんだよ
その腑抜けた根性を叩きなおして来い、だぜ?武士の家系ですらないってのにさ」
俺の言葉にしまったと言わんばかりに嫌な顔をするルーキー
「その話、聞くのは何度目だったかな」
「何度言っても足りないね、高校に進学したら彼女作ってすばらしい青春を謳歌しようって思ってたのに
じーちゃんと言い合いになって気がつけばこのざまよ」
ウチのじーちゃんは古臭い人間でとにかく頭が固い。だからか俺の軟派な人間性が気に入らないらしい
「女ならこの学校にも居るじゃないか」
「冗談きついぜ、男女比9:1くらいじゃん。しかもその少ない女子は皆ゴリラみたいなのだし
彼女は人間でお願いしたいね」
「愚痴っぽい上に口が悪いな」
「まぁな、素直な男の子と評判だったよ」
そこで会話は一旦止まり、お互い無言で昼食を食べ続ける
「その、何だ。お前の家は大変そうだな」
先に昼食を食べ終え外を眺めているとルーキーから声がかかる、どうやら昼食を食べ終えたらしい
「んー、散々愚痴言っといて何だけど別にそうでもないよ、口うるさいのはじーちゃんくらいだし
それに、妥協案を取り付けられたからね」
「ああ、確かシルバーランクになることが出来れば、編入できるんだったか」
「そそ、入学する代わりに、シルバーランクになったら編入のチャンスをやるって
ただじゃこんな学校来ないよ」
ルーキーの胸に輝くブロンズのバッジを眺める、これがシルバーになりゃ晴れてここからおさらばだ
そうさ、俺はこんな所で無駄な時間を過ごすつもりは無いんだ
待ってろよ俺の青春、さっさとこんな所出て行ってやるからな
そう改めて心に誓い、残ったおにぎりを口に放り込んだ