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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幼馴染みがヤクザになって帰ってきた。

作者: 七

ヤンデレロリの三十路過ぎのエリートヤクザな幼馴染み×平凡(♀)

繁華街の裏路地で複数の足音が響き渡る。黒いスーツに強面の男ばかりだ。


「居たか?」

「いや。そっちに行ったはずなんだが」

「二手に別れて探すぞ!」


遠ざかる足音。

静寂の後、聞こえてきたのはタメ息。

積み上げた段ボールの中から一人の女が顔を出した。


「はぁはぁ、よし、行ったぁぁ」


止めていた息を吐きながらズルズルと壁をつたって地面に腰を下ろす。

今、彼女は追われていた。明らかに堅気ではなさそうな男達に。フルスモークの車に乗せられそうになり、なんとか振り切って逃げ出したら追いかけてきたのだ。初めは3~4人だったのに今や10人はいるのではないだろうか。

今だ捕まってない自分を褒めたい。


「勘弁してよ~」


彼女――(あかり)の小さな声は暗闇に溶けていった。






事の始まりは2時間前の繁華街に遡る。


「灯」

「はい?」


歩いていたら背後から名前で呼び止められ、振り向くと30代半ば位のイケメンがいた。

短い黒髪を後ろに流し、切れ長の鋭い瞳に男らしい顔立ち。スラリとした体型だが筋肉はシッカリ付いていると服の上からてもわかる。白いTシャツに黒い上下のスーツとシンプルな格好だか似合っていて格好いい。残念なのは纏う雰囲気が怖い事か。


誰だっけ?


灯は目の前のイケメンに覚えがなかった。しかし相手は自分を知っている。思い出そうとうんうん記憶を辿っていたら「プッ。」と声が聞こえてきた。

視線を上げるとイケメンが口に手をあて小刻みに震えている。何だ?ついジーッと見ていたら「ぶはっ」と声をあげて笑い出した。


イケメンは爆笑してもイケメンだった。


「変わってねぇなぁ灯」


笑いが収まり、今度は懐かしむような笑みを見せてきた。野性的な外見に反して優しい笑みだ。


「考え事する時口がタコになる癖治ってなかったんだな、タコ助」

「!」


確かに灯には小さい時から考えに没頭すると無意識に口がタコになる癖があった。しかしその事で灯をタコ助と呼びからかっていたのは一人だけ。


「え。まさか(シュウ)ちゃん?」


灯の家の右隣に住んでいた幼馴染みの――修一(シュウイチ)だけだ。歳は離れていたが小さかった灯は修一によくなつき、修一もとても可愛がっていた。だが灯が小学生の時に修一の家が引っ越してしまいそれっきりだったのだが。


「久しぶりだなぁ」


そう言いながら近付いてくる修ちゃんの笑顔には確かに昔の面影があった。少し乱暴者で意地悪だったけど、いつも灯と遊んでくれていた青年。

懐かしい楽しかった記憶が甦る。






話せるかと修一が聞いてきた為2人は近くの公園へ行くことにした。もう日暮れが近く公園に人はいない。


「じゃあ灯は今大学生か。大きくなったなぁ」

「修ちゃんはオジサンになったね」

「んだとコラ」

「ふふ、嘘。格好よくなったね」

「だろ?」


昔とは違う、余裕のある大人の笑み。言葉は荒いが優しい声音。灯は成熟した大人に成長した幼馴染みに少しドキドキと――しなかった。

だって幼馴染み。

修一の思春期特有の“大人になった時に死にたくなる程恥ずかしい黒歴史”をシッカリと見てきたのだ。むしろ大人になったね修ちゃん。と、近所のおばちゃん感覚だ。


「またこっちに戻って来てたんだね」

「あぁ。最近やっとな」

「今は何やってるの?」


何気ない質問だったのに修一は動きを一瞬止め、すぐに妖しい笑みを作る。何かエロい。


「何だと思う?」

「ん~サラリーマンって感じじゃないしなぁ。IT企業の社長とか」

「はずれ。まぁ情報戦も嫌いではないけどな」

「頭よかったもんね。もぅ喧嘩はしてない?」

「ん?してるぞ?」

「…いやいやいや。修ちゃん今年35歳でしょ? 駄目な大人だよ!」


修ちゃんは昔よく喧嘩をしていた。強かったみたいだけどたまに怪我をして帰って来るから、私は半泣きで治療して喧嘩するなら怪我しないで!って無茶ぶりしていた。修ちゃんはわかったって笑ってたけど。


「怪我してないからいいだろ?」

「駄目!」

「何でたよ、昔はいいっつってたろーが」

「うぐっ。い、今は駄目!もぅ手当てしてあげられないんだから!」

「あぁ、昔はよく手当てしてくれたよな。あん時ゃ可愛かったよなぁ。半泣きで」

「修ちゃんが怪我して帰ってくるからでしょー!」

「はいはい、悪かったよ。しないようにするよ、なるべく。それにデカイ喧嘩だったから当分無いだろうしな」


全く悪びれた様子のなさに呆れながらも相変わらずだなぁと自然に頬が緩む。


「ん」


頭をさしだされた。


「…何?」

「怪我しなかったからご褒美」

「…は?え、ご褒美って、あれ?」

「ん」

「いやいや、その歳でいらないでしょ」

「いる」

「え~」


昔あまりに怪我をして帰ってきたから幼い灯は考えた。ご褒美を作れば怪我をしてこないんじゃないかと。このご褒美を修一はことのほか気に入った。結果、喧嘩は相変わらずだったがほとんど怪我をしなくなったのだから効果は絶大だ。どんだけご褒美が欲しいのか。


「ん」

「はいはい」


なおも催促してくる修一に呆れながら灯は男の頭を撫でた。

そう、ご褒美とは頭を撫でること。自分で提案しておいてなんだが犬みたいだと何度思ったことか。まさか三十路過ぎてからも有効だとは思わなかった。

気持ち良さげにしている修一を見てまぁいいかと思う自分は相当彼に甘い自覚はある。小さな時の刷り込みって怖い。


「あぁ、そうだ。灯に報告があったんだ」

「ん?何?」


かなり長時間撫でないと満足しないのは経験でわかっているため撫でながら聞く。


「やっとお前を囲う準備が出来きた」

「…はい?」


手が止まる。

囲う?囲うってどういう意味?


「本当はお前が成人したら迎えに行く予定だったんだが、馬鹿が騒ぎを起こしやがって今まで来れなかったんだよ」


悪かったな。と、相変わらず悪びれた感がない笑顔で謝ってくる修一。灯の頭の中は疑問で埋め尽くされいた。


「修ちゃん、囲うって何?」

「ん?前に言ってたろ?強くて偉い人になってお嫁さんにしてって。予定とは少し違ったがまぁ結果は同じだからいいよな」

「いや、お嫁さんってあれはっ」

「最近大きなヤクザの抗争があったの知ってるか?」


子供の時のおままごとみたいな約束を言われて反論しようとしたのに、いきなり話題を変えられて思わず口をつぐむ。


その話ならニュースで見た。かなり大きく取り上げられていたし、私が住んでいる所の話だったから少し怖かった。

ヤクザが殺されたらしい。しかもかなり大きな組織の上層部の組の組長が。犯人は鉄砲玉といわれるチンピラでその場で殺されている。黒幕はわからず、かなり若い幹部が跡を継いだとか言っていたような気がする。あまり興味がなく覚えてない。


「ニュースで見たけど…それが?」

「それ仕掛けたの俺のボス。殺された組長の後釜に継いた男で俺の上司」

「…………………………………………………………は?」

「田沼…あー殺された組長な。3年前から調子に乗ってウチのシマに手を出そうとしてたんだよ。適当にあしらってたんだがついにボスがぶちついに切れちまってよー。もともと奴の後釜狙ってたからヤっちまえってなってな。まぁ御代(オンダイ)の後ろ楯もあったから楽だったけどよ。組織のお荷物を消せて、ボスが予定より早く跡目を継げたから結果オーライだな」

「は?え?」


ボス?シマ?御代?え?何?

修一の言葉が理解できない。

彼は何の話をしているの?


「下準備はしてたからな、ボスが跡目を継いだことで混乱はないから大丈夫だ。カリスマは捨てるほど持ってやがるし、俺もいるからな」

「修ちゃん…」

「ん?どうした?気分でも悪いのか?」


混乱してるからちょっと待ってと小さく修一の名前を呼ぶと、すぐに反応が返ってきた。心配した顔で、優しげな声で、顔を覗きこんでくる。


うん、修ちゃんだ。あの頃と変わらない、乱暴者だけど優しかった修ちゃんだ。少し安心した。


「あの、囲うって?」

「あぁ、それな。部屋を用意した。灯が喜びそうなもの集めといたけど気に入らなかったら好きなモン買え」

「部屋?」

「今の部屋は明日には解約する事になってるから。いる物あったら今から取りに行くぞ。親父さんとお袋さんにも線香あげたいしな」


何故修一が灯に部屋を用意するんだ。解約ってなんだ。本人に関係なく出来るのか。

もはや何から疑問に思えばいいのかすらわからない。


「…何でお母さん達が死んだの知ってるの?」


確かに灯の両親は5年前に事故で他界していた。遺してくれた遺産のおかげで大学生活を送れている。でも何故修一がそれを知っているのか。灯はまだ言っていない。


「見てたからな。護衛も付けてたし」


見てた?護衛?


「葬式行けなくて悪かったな。俺みたいなヤクザが行ったら雰囲気が悪くなると思ってなぁ」


…。


言っちゃったよ。

話の内容で何となくそうかなとは思ってたけど、敢えて考えないようにしてたのに。マジが修ちゃん。

ヤクザ。目の前の幼馴染みがヤクザ。

一体何があったのかじっくり聞き出したい。が、今は置いとこう。


囲うって、ようは恋人ってことだよね?…無理だ。

ヤクザでも修ちゃんは修ちゃんだし好きだけど、怖い。ニュースの話やさっきの話を聞いたら尚更。

それに小さい頃の約束で修ちゃんを縛るのも申し訳ない。実際灯は今まで忘れていた程だ。


「修ちゃん、そんな子供との約束なんて守らなくていいよ。卒業したらちゃんと働くし」


やりたかった仕事がある。頑張って勉強して、希望の会社で働きたい。だから…


「あ?んなモン行かせるワケないだろ?大学までは親父さんとの事があったから我慢したけどそれ以上は灯を他の男に見せる気ねぇよ。俺が無理」

「はい?」


一体何度目の疑問だろう。

どうやら今日中に引っ越して、明日からは修ちゃんまたは部下の人の送迎付きで大学へ行き、寄り道は駄目らしい。外出も修ちゃんと一緒じゃないと駄目だって。


…どうしよう。

修ちゃんが恐いことを言ってる。監禁?監禁宣言だよね?え?当分鎖を付ける?いやいやいやいや。




よし、逃げよう。

決意した時、丁度修一の電話が鳴った。チャンスだ。後ろを向いて話し出した修一に気付かれないようにゆっくりと腰をあげる。慎重に一歩後ろに下がった時、修一が携帯で話しながら視線だけこちらに向けた。固まる灯。しかし修一は目を細めて面白そうに笑っただけでまた視線をし戻して話し出した。

瞬間、弾かれたように走り出す。

公園の入り口まで走った時、背後に「灯ぃ!」と修一の大きな声が聞こえた。思わず立ち止まって振り向く。そこには同じ場所でただ笑顔の修一が立っていた。


「昔鬼ごっこよくやったよなー今日は俺が鬼をやるから頑張って逃げろよー。もうすぐ迎えの奴等が来るからそっから捕まえに行くわ」


愉しそうに、手をヒラヒラと振ってくる。

灯は何も言わずに公園の外へ走り出した。






ーーそして話は冒頭に戻る。


疲れた。どこに行っても黒服がいて繁華街から出る事すら出来てない。だいたいこの鬼ごっこはいつ終わるんだ。制限時間がないなら灯の敗北はすぐ目の前だ。

今思い出したが灯は修一に一度も鬼ごっこで勝ててなかった気がする。思い出すなそんな記憶。


「はぁ…」


いつまでもここに座っている訳にもいかない。さてどうしようかと考えを巡らせた時、灯の身体に影が射した。


「!」


油断した。全く気配に気付かなかった。ついに黒服に見つかったのだろうか。怖すぎて顔があげられない。




「…灯ちゃん?」

「へ?」


思わず出た間抜けな声と共に顔をあげる。


イケメンがいた。本日二度目だ。なんだ、今日はイケメンディか?今の灯に心の余裕はない。

修一と同じ歳くらいだろうか。フワフワの長めの金髪を後ろでくくり、耳には沢山のピアス。垂れ気味の瞳が整った甘い顔をより甘く強調している。白いパーカをゆるく着てダメージジーンズにサンダル。どこから見てもチャラそうな男だ。

この男も灯の名前を呼んだ。

しかし案の定灯に覚えがない。またうんうん思い出していると「くっ。」と声が聞こえた。デジャヴ。

やはり笑いだした。以下同文。


笑いが収まると、ニコリと笑いかけられる。


「相変わらずタコ唇可愛いね」


――思い出した。灯の家の左隣に住んでいて、まだ小さかった灯に毎日可愛い可愛いと連呼していた幼馴染みがいた。(ケイ)だ。彼もまた、灯が中学に上がる前に引っ越してしまって以来会っていなかった。


「慧ちゃん?」

「うん、久しぶりだねぇ。似てるなーて思って声掛けたら本当に灯ちゃんだった。こんな時間にこんな所で何してるの?」


変わらない語尾を伸ばす独特の話し方。昔は身体も細く女の子みたいに可愛くて、お姉さんが欲しかった灯はよく遊びに行っていた。修一とは友達だったみたいで、慧の家に行くとたいがい修一もいて遊びに混ぜてもらっていた。修一が灯をからかい泣き出した慧が慰める。いつもこの流れだった。最後は3人で笑っていたけれど。


修一に会ってから色々あって、黒服に追いかけられて、ヘトヘトで。灯は心身ともに疲れていた。

そこに昔と変わらない優しい笑顔の慧に会い、思わず灯の涙腺が弛んだ。


「うぇ、慧ちゃぁぁぁん」

「おっと。よしよし、相変わらず泣き虫だね」


昔みたいに抱きついてオイオイ泣き出した灯を、慧はやはり昔みたいに優しく抱き締めを撫でた。





「落ち着いた?」

「…あい」


いい歳して本気泣きしてしまった。恥ずかしい。

泣き終わるまで黙って撫でていてくれた。やっぱり慧ちゃんは優しいなぁ。


「大変だったねぇ」


泣きながら、途切れ途切れに状況を伝えたのに慧ちゃんはしっかりと理解してくれた。さすがは慧ちゃん、頭がいい。喧嘩ばかりしてた修ちゃんと違って慧ちゃんはよく難しい本を読んでいた。中学高校も有名な進学校に通ってたし、私の勉強も分かりやすく教えてくれてた。修ちゃんは邪魔ばかりしてきたけど。


「もぅどうしたらいいかわかんない」

「よしよし」


抱きついたまま慧ちゃんに身体を預ける。


「…そういえば、慧ちゃんもこっちに戻って来てたんだね」

「うん、最近ね」

「また会えて嬉しい」

「ふふ。俺もだよ。…それにしても修にも困ったモノだねぇ」

「うぅ、どうしよう」

「ん~ヘタに動くと危ないしねぇ。一旦俺の家で隠れる?灯ちゃんの家は多分張られてるだろうから」

「…いいの?迷惑掛かるかも」

「灯ちゃんならどんな事も迷惑じゃないよ」

「慧ちゃんも相変わらずだね」

「そうかなぁ」


首を傾ける慧ちゃんを見て気持ちが落ち着く。何も解決した訳じゃないけど考える力は出てきた。よしっと気合いを入れる。

見てろよ修ちゃん。今回の鬼ごっこは勝つんだから!


近くに停めてあった慧の赤いスポーツカーに乗り、灯はようやく繁華街を後にした。






車を走らせること20分。慧は高層ビルの地下駐車場に車を停めた。


「はい、着いたよ」

「え、ここ?」

「そうだよ。ここの30階。見晴らしがかなりいいから楽しみにしてて」


慧は楽しそうに言うが灯は聞いてなかった。連れていかれた先は超高級マンションだった。少し躊躇っていると、慧が手を繋いできた。


「昔はよく繋いだよねぇ。懐かしいな」


そしてそのまま歩き出す。手を引かれるまま灯も歩きだした。駐車場に付いてるエレベーターに乗り込みカードキーを差し込むと動き出した。ハイテクだ。


チンッと可愛らしい音と共に扉が開くと、ホテルのような廊下が広かった。


「わぁ、凄い」

「ふふ、この階は部屋二つしかないし、隣は空いてるから騒いでも大丈夫だよ」


小さく呟くと、驚く返答がきた。この広い階に二部屋だけ?どれだけ広いんだろう。今だ手を繋がれていた灯は慧に引かれてようやく歩き出す。


1つの重厚な扉の前でさっきのカードキーを差し込む。ガチャッと鍵が開く音がした。


「さぁどうぞ?」


促され足を踏み入れると壁一面の窓ガラスに写る夜の景色が広がっていた。


「わぁ!」


思わず走り出して窓に駆け寄る。


「気に入った?」


背後でクスクスと笑いながら慧が聞いてきた。

灯は夜景に夢中で振り返らなかった。


「うん!」

「それはよかった」


慧じゃない声が答えた。

え、と振り返ると笑顔の修がいた。優しげな笑みの慧の隣に。


「…え?」

「お前の為に用意した部屋だからなぁ喜んでもらえて何よりだ」

「この部屋を見つけてきたのは俺だよ修」

「うるせぇ、手ぇなんか繋いできやがって」

「ふふ~いいでしょ。修もご褒美貰ったんだからいいでしょ?」


混乱する灯を他所に変わらない口調で昔みたいなやり取りをする2人。普通すぎて怖い。


何故。


「何で俺がいるんだって顔だなぁ灯」


悪戯が成功したようにニヤッと修が笑う。


「ごめんね、灯ちゃん」


変わらない笑顔の慧。


「な、に?どういう事…?」

「あ~やっぱりこっちも忘れてたかぁ」

「え?」

「約束、したでしょ?ずーっと守ってあげるって」


約束。慧と。

記憶が甦る。よくあるごっこ遊びだ。灯がお姫様で、慧が王子様。魔王は修。


『私の王子さま、ずっと守ってね?』

『うん、守ってあげる。僕のお姫様』


小さな灯に付き合ったお姫様ごっこ。大きくなってからもたまに慧に言われていたが、冗談でも嬉しくて頷いていた。


「だってあれは、冗談…」

「まぁ約束は口実、ってか俺等が言わせたんだけどな」

「約束は約束てしょ。あのね、俺も修も家は裕福だったけど両親が屑ばかりでね、灯ちゃん家が引っ越して来る前ちょっと一緒にグレてたんだ」

「ちょっとか?」

「今と比べたら可愛いもんでしょ」

「確かにな」


何がおかしいのだろう。2人ともとても楽しそうだ。


「そんな時幼い灯が途中で越してきて、挨拶の時親も近付かなくなってた俺達に躊躇いなく笑いかけてきたでしょ?あの時からね、俺も修も灯ちゃんが欲しくて欲しくて仕方がなかった」

「俺は甘ったるい声で灯に話し掛けるお前に何度鳥肌が立ったか。氷の王子とか恥ずかしい名前で呼ばれてたくせによぉ」

「煩いよ修。それを言ったら灯ちゃんに撫でてもらってる修も気色悪かったしぃ。ご褒美欲しさに防御力上げて、でもウッカリ怪我しちゃった時の相手の末路は憐れの一言だったよ。今では戦闘力バケモノだし。」

「いや、あれはしょうがねぇだろ。おかげでご褒美がもらえないんだぞ?」

「まぁ気持ちはわかるけど。俺なら殺してるかも。てか雑魚に殴られる修が間抜けって言うか」

「てめぇ!」


「あ、あの!」


なおも言い合いそうな2人を制止する。瞬時に灯の方を向く修一と慧。


「どうした?」

「なぁに?」

「慧ちゃんも、ヤクザ、なの?」

「そうたよぉ」


ニコリと肯定されてしまった。


「俺も慧もボスの側近、筆頭幹部だな。慧が頭脳で俺が力。今度ボスにも合わせてやるよ」

「今日迎えにいくのは決定してたんだけど、久々に灯ちゃんと話して修がテンション上がっちゃって遊んじゃうし。遅くなったから迎えに行ったの。てか灯ちゃん逃げたでしょ?駄目だよー修みたいな人種は逃げられると追いたくなるんだから。知ってるでしょ?」


もちろん知っている。悪戯が嫌で逃げて追いかけられて、唯一の逃げ場が慧だけだったのだ。


「まさか…」

「不思議じゃなかった?俺が出てから追っ手来なかったでしょ?修に追い詰められてたから俺と会って安心したでしょ?早く会いたかったから迎えに行ったの。泣き顔超可愛かった」


目の前のイケメンを殴りたい。無理だけど。

騙された。逃がす気なんて初めから無かったんだ。


「取り敢えず明日灯ちゃんの家に行って、引っ越しの準備しようね。引き払っちゃうし」

「家に帰りたい」

「駄ぁ目」

「…じゃあせめて仕事したい。閉じ込められるのは嫌」


灯が若干涙目になりながら呟くと2人にそれはイイ顔を返された。


「そこは灯ちゃん次第かなぁ。」


慧が灯の膝に頭を乗せながら灯の手にチュとキスをする。


「場合によっては放し飼い位はしてやるよ。首輪付きならな。でも逃げようとはするなら繋ぐ。俺はどっちでもいいぞ。」


甘そうで甘くない慧に続いて修が後ろから灯の耳元で囁く。まるで俺は優しいだろう?とでも言うように。


「俺は繋ぎたいなぁ。ふふ、頑張っておねだりしてね、灯ちゃん。」


灯は2人を睨んだかむしろ可愛いとほざかれた。






今のところ首輪は付けられたが大学へは通わせてもらっている。修は甘えてきて、慧は甘やかす。

逃げ出そうとしなければ2人は変わらず優しかった。親もなく一人で頑張って生きてきた灯をドロドロに甘やかしてくる2人に逆らえるはずもなく。

灯は折れた。

逃げる事を諦めて2人を受け入れた。まぁもともと2人になついていたのだから慣れるのは早かったが。


その後、最狂コンビをちゃん呼びしているのを組員に聞かれて目を剥かれたり、ボスに気に入られて2人が不機嫌になったのを宥めてボスが面白そうに見てたりと色々あったが、おおむね幸せ、だと思う、多分。









私は今ある企みをしている。もうすぐ卒業だ。実は2人に内緒で就職面接を受けて内定を貰った。ばれないようにするのは大変だったがその甲斐はあった。せっかく卒業するんだからやっぱり働きたい。あとはどうやって2人を説得するかが問題だ。ま、実はボスが協力くれるって言ってたかは大丈夫だと思っている。修並みに強くて慧並みに頭がいいカリスマってほとんど反則だよね。おまけに面白い物好き。私は可愛がってもらってるからいいけど被害に遭う周りは大変そうだ。今の所一番の被害者は修ちゃんと慧ちゃんだ。ただそのあと私に二次災害が来るから2人をからかうのは止めていただきたい。



対外的にも対内的にも最強で最高なカードを手にした灯は近い将来念願のOLになって嬉々として働いていたとかなかったとか。



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― 新着の感想 ―
[一言] ひとつ気になったのは 結婚じゃなく愛人関係なのかですね 両親が事故死したのも彼らが原因で無ければよいのですがそこまで病んでいるとしたら怖い 大学卒業まで待つと言う「(彼女の)父親との約束」…
[良い点] 途中で慧というキーを出し、味方かと思わせておいて気づいたときには既に相手の手の内、という展開は、ベタながら良い。 主人公が強制的に監禁され人格を否定された人形になってしまうのか、一応主体性…
[良い点] おもしろいです!
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