8話 無限積層体
執筆量は1話あたり10~20kb以内。
1話につき文字数は全角4000文字くらい。
今日も仕事と鍛錬を終えて、自分の部屋に帰還する。
私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。
しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。
「ヘロヘロさん、おかえりなさい!」と暁美は言った。
「おかえり、ますた」とレディは言った。
何故か2人仲良く紙細工を作って遊んでいる。
暁美はレディの了承を得て、私の部屋に這入ったという。
「シスターと大十字さんは幻夢境の管理に出かけるって!」
「ああ、ユグドラシルか」
かくあれ、かくあるべし、という想念でゲームに似せて創造した新世界である。
現実に似せてゲームを作るという手順を逆にしたので、不安定な世界でもある。
定期的にゲームキーパーが管理しないと、崩壊消滅してしまう。
その、アップデートに行ったのだろう。
この世界でも、共時性現象としてグリセリンの結晶化が歴史的に有名である。
結晶化に纏わる都市伝説の間違った逸話だとされているが、真相が抜けている。
神とも呼ばれる、高次元存在の干渉である。
人間にとっての正邪など無関係に行動する、強大な超越者である。
世界の物理法則など、いとも容易く書き変えてしまうのだ。
私は人として生きることを選択したので、神の真似事は遠慮したい。
魔術も神の真似事であるが、人間の範疇に留まっている。
私は、それすらも未熟であるが。
しかし、私の役目は子守か。
年頃の少女を、どのように扱ったものだろうか?
「あけみちゃん、学校はどうだった?」
「あのね! 小さくて可愛い男の子がいたの!」
暁美が育ちすぎなだけだろう。
しかしながら精神年齢は逆に、学校では暁美が最年少だろう。
だが、ボーイフレンドだろうか? 心配だ。
市立夜刀浦中学に転入した暁美は、孤立しがちだと聞いている。
肉体と精神のアンバランスさが違和感となり、周囲に馴染まないようでもある。
最近、暁美に人を殺したり傷つけたりしては駄目だと教えたばかりだ。
先進国の教育を受けた人間であれば人の命を奪うことには強い抵抗を持つ。
殴ったら殴り返されるから大人しくしましょうと教育するからだ。
幼少期から染み付いた、それは生半可なものじゃない。
親父の拳骨というやつだ。
戦場でも人を殺すことが受け入れられない新兵がいたりする。
何も出来ずに自らの命を散らす兵士も少なからずいる。
その一線を越えられるというのは、それだけで一つの特性とも言える。
要するに、人を殺せる才能を持った人間である。
軍隊では、その忌避観を麻痺させるための訓練が当たり前に組み込まれている。
殴ったら殴り返される前に殺してしまいましょう、という教育である。
暁美は、強化兵士計画に巻き込まれた改造人間である。
その教育も、軍隊式であった。
効率的に、人を殺したり傷つけたりしましょうとしか教わっていないのだ。
文化の断絶した発展途上国の少年兵と同じくらい酷い。
彼等の場合も、人を殺したり傷つけたりしては駄目だと教える大人が居ない。
暁美も彼等と同じように、平然と人を殺す。
人体を塵芥のように破壊する。
ゲームと同じノリで、私の首を刎ねようとしたりする。
殺人の忌避観が麻痺しているのではなく、最初から存在していない。
非情にして、非常に危うい子供である。
子守の役目も、一定以上の戦闘能力を必要とする。
ふと、2人の手元を見る。
1枚の紙に10個の折り目を入れ、アコーディオンのように計20面できるよう作る。
それを計7枚作る。
底に置いた紙に、時計回りに30度回転させて2枚目を接着剤で固定する。
さらに2枚目から同様に、30度時計回りに回転させて3枚目を接着固定する。
そのようにして、全部で7枚重なったものを作った。
その後、その上部や下部に手のひらをかざしてみたり。
頭上に浮かぶように固定してみたり。
その紙細工が霊気の収集を開始する。
空洞構造効果を発揮している。
勝手に周囲の気を吸い込み始めた。
もの凄い勢いで気の塊が出来ている。
これは無限の積層である。
まさしく、Infinite Stratosと呼べる積層構造体だ。
霊気の核が発生すると、擬似幽霊のような妖怪が出来る。
手に負えなくなると困る。
「あけみちゃん、その無限積層体を捨てなさい。レディも」
「なんで?」
「ますた?」
2人とも疑問を得たままだが、素直に手を離す。
しかし、紙の無限積層体は空中に浮遊したままだ。
2人とも、強大な霊気を纏っているのが原因だろう。
気は渦を巻いている。
その渦の中心に気の核が出来ている。
私は、集まった気の中心から核だけを取り出す。
核を外に出してしまうと、気の塊と核は両方ともに散った。
紙の無限積層体は墜落して、床に転がる。
強い気の核は、外に出しても直ぐに自分自身で外の気を集めだして消滅したりしない。
暴走して手に負えなくなる前で助かった。
昆虫学者ヴィクトル・S・グレベニコフ教授が『空洞構造効果』の発見者である。
グレベニコフはプラスチック、紙、金属、木による人工的な蜂の巣を作ってみた。
それらの実験器具でも、気のような不思議な感覚が得られると分かった。
蜂のような生物が自然に作ったから生み出せる現象なのでは無い。
大きさ、形状、数、配列に依存するという事実が判明した。
空洞構造効果を体験できるものとして、紙チューブの束も挙げられている。
紙製のハニカム構造体も当然のように含まれる。
グレベニコフの理論によると、人間の手も極めて高い空洞構造効果を示す。
管状指骨、関節、靭帯、血管、爪、などの空洞構造を持つからである。
そして、空洞構造のフィールドをどこかに移動しても効果が残る。
大抵、数分間から、長い場合は数ヶ月間は元の場所で効果を残す。
新しく移動した場所で効果を得るのにやはり数分の時間差を必要とする。
これをグレベニコフは『幻影』現象と呼んでいる。
要するに、霊気の核が発生するのだ。
私は黒須高校における神智科の授業で、これを無限積層体と教わった。
英語で、Infinite Stratosとして記述される積層構造体だ。
工夫次第で、無限の可能性を持つ積層体である。
空洞構造のフィールドを構築する無限積層体は、重力操作も可能である。
霊気の核を入れる珪酸系の舎利石も組み合わせれば、物騒な武装も製造可能だ。
文車妖妃のレディは本質が『本』である所為か、厄介な知識も与えたがる。
少し会話が不自由であるが、非常に高度な知性を備えている。
魔道の導師たる教科書という意味において、魔導書と言える。
少し前まで、暁美は『武装を使う』だけの強化兵士だった。
現在、暁美は『武装を造る』という創造の属性も得たようである。
最初の教育を大きく間違えていた所為で、暁美は厄介な成長の仕方をしている。
私は、この可哀想な娘の才能を封印したくない。
私が自身が、魔道の導師として教育する必要がありそうだ。
現実より、現実を超えるものを示すことが何よりの教育になる。
理想が教育するからだ。
しかし、今日は私も少し疲れている。
明日から、頑張ろう。
所詮、私は俗物の偽善者でしかない、人間なのだ。
休んだって良いじゃない。
だって人間だもの。
……。
今日も仕事を終えて、自分の部屋に帰還する。
私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。
しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。
「ヘロヘロさん、おかえりなさい!」と暁美は言った。
「お邪魔しています」と少年は言った。
「おかえり、ますた」とレディは言った。
見覚えの無い少年が居る。
絶対零度を超越した、負の熱量の如き冷徹な神気を身に纏っている。
適度に薄れているが、時空神の血を引く少年のようだ。
平行し、並行する、パラレル分岐の世界線に出ることも容易に違いない。
少年は、私の視線を不快に感じたらしい。
「何を『観て』いるんです?」
「失礼した。私の名前は鹿戸響介という。この部屋の住人だ」
「質問に答えていませんね。しかし、本気を出した父の視線と似ています」
少年は、私がオーラを観測していたことに気付いたようだ。
初歩のオーラ視は簡単な霊視でしかないが、少年の父親も可能らしい。
しかし、本気を出してオーラ視くらいなら、神の血は母方からか?
対モンスター用の傭兵も商売なので、習慣的に解析した。
骨格、体臭は丸っきり一般人のもの。
ただ、霊気の流れだけが高次元の神気を発している。
霊視すれば、私程度の魔術師でも桁違いと分かる。
高密度にして硬質な幽体が原因らしい。
神の血筋によるものだろう。
次元がアンバランスな霊気は、魔術の修行をしていない素の才能のみだからか。
霊的な視覚のスイッチを切って、肉眼による観測も行う。
幼さの残る美貌の少年である。
容貌は服装さえなければ、美少女で通用する美しさだ。
衣服は、黒いタートルネックにスラックス。
玄関に掛けてあったハーフコートも少年の所有物だろう。
「ぼくは、結城樫緒と申します」
「あたしの友達なんだよっ!」
昨晩、暁美が言っていた小さくて可愛いという男の子だろう。
中学生らしい、小さな背丈である。
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