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6話 ネ・リエム秘粉を仕込んだ特製

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 アリスンと社長に、来海暁美が誘拐された事実を連絡した。

 当然、私は無能と呼ばれたが、2人とも有り難いことに動いてくれた。

 社長はカネとコネを活用して、飯綱宗家に対処している。

 シスター・アリスンが桁外れの暴力で、倶爾一族相手の時間稼ぎに徹している。

 ならば、私なりに動くとしようか。

 最悪の場合、『紅薔薇』に戻った社長による因果律の操作が実行されてしまう。

 それは私が人として生きるという目的を、妨げるだろう。


 私は、イヅナ警備の同僚である磯野に協力を要請した。

 魔法学と死の魔力に精通する、恐るべき毒武器使いだ。

 彼は今回のパートナーとして協力してくれるという。

 尾裂堂文庫に害を与えるものでは無いからだ。

 そして彼は己の行動を妨げるものを許さない。

 かつて、倶爾一族は彼の行動を妨げたそうだ。

 磯野なりの独自ルールにより、倶爾と敵対することが決定されたのだ。

 我々は装備を調達するため夜刀浦町の地下に建造された巨大実験施設に来ている。

 暗い、広大な地下実験室は錆び崩れた廃墟である。

 磯野は、特性グレネードを組み立てている。


「ネ・リエムの秘粉を有効活用するために準備が必要なのでね」と磯野が言った。

「焦らず急げ、傍観してると後が怖いからな」

「未だ、魔女たちの言いなりか」

「俺は人間の魔術師でしかないのでね」


 私も、地下実験室に貯蔵した自前の武器を幾つか見繕う。

 戦後から放置されていた地下実験室は、我々の秘密基地として有効活用している。


 太平洋戦争中、飯綱製薬と軍部は浅からぬものがあった。

 帝国陸軍との協力のもと巨大な地下実験施設を建造した。

 この世のものとは思えぬ実験を秘密裏に行ったという。

 飯綱明成と倶爾兵部による海魔細胞との融合実験だろう。

 CCDを兵器に転用する研究は隠れ蓑に過ぎなかった。


 第二次世界大戦中CCDを兵器に転用する研究を暁美の先祖・飯綱明成は行った。

 明成が倶爾兵部という男の甘言に乗ってしまったことが、狂った運命の始まりだ。

 永遠という概念を渇望した倶爾兵部の目的は、不老不死の肉体を得ることだ。

 兵部の捕鯨船は『海魔』とだけ呼ばれる奇妙な獲物の肉片を持ち帰ることに成功した。

 要するに、海神クトゥルーの肉片である。

 飯綱製薬を創設した飯綱明成や、カイザー・ヴィルヘルム人類学研究所のオトマール・フォン・フェアシュアー博士の協力で研究が進められた。

 悪名高い関東軍防疫給水部、いわゆる七三一部隊の指導層との個人的な関係が深かったため、ポツダム宣言受託直前に研究資料が大量に焼き捨てられた。

 だが、研究は既に完成していた。

 倶爾家の者たちは活性化処理した『海魔』の肉を食することで細胞融合した。

 いや、人間の脆弱な肉体に合わせた、適度な不活性化と言うべきか。

 不老不死という常の人ならぬ力を得ることに成功したのだ。

 それは同時に人間であることを捨てる行為でもあった。

 内臓まで異形のものと成った彼らは人間と同じ食事をすることができなくなった。

 人間としての倶爾家は頭首が倶爾俊之の代で終わりを迎えた。

 だが、ヒトならざる魔物としての倶爾一族は海底で続いている。


 ……。


 地下実験室から出て、夜刀浦町の大通りを車で疾走する。

 世界的に有名な高級車は、磯野の私物である。


「おっと、警官隊か」

「飯綱宗家にも、面子が有るだろうからな」


 飯綱家の権力は警察にも及んでいる。

 道路が封鎖されているが、無理に突破すると厄介な事態に陥るだろう。

 磯野に車を止めてもらい、社長の名前を出してみることにする。

 私と磯野は車を降りる。

 大勢の警官が、背中を丸めた変な格好で寄って来る。

 頭の天辺を地面に付けるほど屈んでいる。

 頭を腹に付けるほど深い前屈姿勢をとっているように見える。

 ただ前屈みになっているだけでなく、腰を低くしている。

 高さが120センチくらいだ。

 平均身長は180センチくらいだろう。

 ペヤクチャという甲高い声。

 まるで高速再生させた音声情報である。

 警官隊が声を殺して囁き合っている。


「尾崎巨石……見遥ヶ丘……知的存在は我々だけでなく……」

「人間にも霊的アンテナを有した者が……」

「霊的、残滓が、邪魔する……」

「……いっそ全部、破壊したほう、が……」

「ユゴス……ヨス=トラゴン……」

「……クトゥー……ルー」

「……シュブ……ニグラー」

「流血で祭祀場を清めよ……」


 巨大な蟹の爪がニュッと突き出され、私と磯野は回避する。

 二本の黒い鉤爪が呪力を帯びている。

 下手な日本刀より斬れるだろう。

 CCDのミ=ゴと、この世界で呼ばれている怪物だ。

 戦隊ものテレビ番組に登場する、雑魚戦闘員のようだ。

 こいつらが着ているものは警官の制服である。

 両方の手首から先が、カニのハサミになっているだけで。

 包囲網に重厚長大な装置が見え隠れしている。

 レーザーサイトのように私と磯野を照準。

 ガンナーとして、重火器支持用の補助腕を脇腹に移植した連中も参戦している。

 私が、光体のミスター・クロウリーを使うことも知られているようだ。

 恐らく、防御しても貫通されるだろう。

 ミ=ゴに特有の邪気も、奇怪な機械で誤魔化されている。


「ミ=ゴと契約した飯綱昭信は死んでいるのだがな」

「飯綱宗家とミ=ゴの契約も更新されたようだ」


 飯綱昭信は、飯綱宗家の次期当主という噂もあった。

 しかし、ミ=ゴとの契約を履行するために死んだ。

 邪神眷属文明の遺物は、流血と苦痛から発生する死の魔力を動力源とする。

 我執を無くせなかった飯綱昭信は、良いように利用されただけで終わった。

 死の世界に魅せられた者だ。

 死に取り付かれた者でもある。


「ネ・リエムの秘粉だ。お前達の次元へ還れ……」と磯野が言った。


 腰のホルスターから拳銃型の噴霧器を抜いて、掃射。

 のた打ち回るミ=ゴ達の身体は、酸のような白煙を噴き続け、次第に分解される。

 ドロドロに煮崩れた膠状の肉は流れながら気化していき、鬼火のような炎を噴出。


「……もっとも、還れる部分は少なかろうが……」

「まだ、残ってるぞ」


 生き残ったミ=ゴの射手が重厚長大な装置を撃つ。

 止むを得ず、光体のミスター・クロウリーで防御する。

 両腕による十字受けは左腕を貫通し、右腕で止まる。

 今度こそ、磯野は満遍無く掃射する。

 ミ=ゴという異界異形の人間を、躊躇無く、容赦無く、満遍無く、殲滅した。


「すまんな。最初から長物を使うべきだったか」

「いや、俺は構わん。ミ=ゴの科学技術が想定以上だったのも確かだ」


 結界らしきバリヤーで磯野が撒いた劇薬が半減していた。

 磯野の魔法学に基づく調合技術の方が一枚上手だったようだが。


 私のダメージは肉体の左腕にも貫通した穴である。

 光体から感染呪術的経路を形成する、呪詛返しの応用らしい。

 不可視の五寸釘が刺さったような銃創である。

 邪気の塊は抜き取ったから、自然に治癒するだろう。

 応急処置に、準備していた包帯を巻いておく。


 私と磯野はミ=ゴの遺品と化した物騒な異形の長銃その他を回収し、再出発する。


 ……。


 千葉県夜刀浦市夜刀浦町の漁港跡。

 黒潮の荒い波が岸辺洗う入り江には広大な資材置き場が存在する。

 コンクリートで護岸補強された大地である。

 そこに、鉄骨や鉄板などの資材が積み上げられている。

 いや、積み上げられていたと過去形で表現すべきか。

 桁違いの巨体を誇る大海魔と、桁外れの暴力を振るう魔女が戦争をしている。

 その周辺で、堅牢な鉄塊が塵芥のように粉砕されている。

 装甲服に身を包み飛翔するシスター・アリスンが、掌から神気弾による射撃。

 神気弾の連打に、不可視という化けの皮をはがれた魔物が完全に姿を現す。

 蟹にも似た50メートル級の巨体を持つ海魔である。

 姿を現した大海魔は、蟹とも機械ともつかぬ巨大な異形だ。

 機械と一体になった蟹のような化け物は碧い触手に覆われていた。

 巨大な触手をのたうたせながら妖魔は水蜘蛛めいた姿に変形する。

 そして、人間の貌が中央から飛び出す。

 巨大な貌は、神像の如き荘厳と青年の若々しさを兼ね備えていた。

 頭部だけで直径3メートルは、ある。

 一重瞼の眼差しには明晰な知性が輝いている。


 アリスンの手によるビームウィップが、海魔の片目を斬り割る。

 中距離においてアリスンが多用する魔術である。

 倶爾の大海魔は巨大な鋏脚で、アリスンを鋏み斬ろうとする。

 2本の鉤爪が膨大な呪力で光り輝いている。

 アリスンの両手が、鉤爪を掴み止める。

 あえて急所の頭部を外部に曝したのは罠であった。

 遠距離から神気弾を連射するアリスンを、至近距離に誘うためだ。

 アリスンは怪力で、巨大な鉤爪を握り砕く。

 単純な力尽くの握撃だが、近距離において有効である。

 倶爾の大海魔は蟹らしく、粉砕された鋏脚を再生させる。


「怪獣大決戦だな」

「俺達も仕事するぞ。いわゆる槍働きだ」


 呑気にパイプを吹かしながら感想を述べる磯野を促がす。

 アリスンと巨大な倶爾の戦争じみた対決は、双方ともに何かを庇う位置取りだ。

 庇われている場所に、私と磯野の戦場がある。

 おおよその位置を逆算して、磯野と走る。

 糸神川の支流から海に流れ込む河口に、5メートル級の海魔がいた。

 アリスンと戦争中の大海魔と比較すれば、小蟹くらいの体格でしかない。

 片方の鋏脚に、暁美を掴んでいる。

 アリスンの誘導により、海中まで撤退しかねているようだ。

 暁美を消せないので、フォースフィールドによる透明化を解除している。


「貴兄なりに、筋を通しているようだな」と海魔が言った。

「悪いが、単なるモンスターとして狩るぞ」


 私は得物の、舎利入り都五鈷杵をホルスターから抜く。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 腹式四拍呼吸法による霊気の錬成である。

 鈷の剣先に意識を乗せてオーラを伸ばし、光刃を構築する

 いわゆる、『八寸の延金』と呼ばれる方法だ。

 『オーラの伸縮』と本質的に同じ技術である。

 アリスンは光刃を軟鞭の如く自由自在に操作する。

 私は光剣として霊気を凝集するのがやっとだ。

 それでも、魔物を滅ぼす剣として充分に使える。

 磯野がグレネードランチャーを構えて、撃つ。

 ダネルMGLグレネードランチャーは、回転式弾倉をもつグレネードランチャー。

 磯野は擲弾を小型榴弾として連射する。

 倶爾属の海魔は通常弾による物理攻撃に強い。

 ゆえに、グレネード弾として特別製の準備を済ませている。

 ネ・リエム秘粉を仕込んだ特製の榴弾が着弾し、海魔の甲殻を焼灼する。

 倶爾の方で、暁美を庇うように動いてくれて助かる。

 私は前衛として後衛の磯野と連携し、脆くなった甲殻を光剣で斬り割る。


 最初に暁美を掴んでいた鋏脚を切り落とし、最優先の人間を保護する。

 磯野が特製榴弾の連打で海魔を足止めしている隙に、暁美を戦場の隅に運ぶ。

 激しい戦闘で、積み上げられていた鉄骨が崩れている。

 安全そうな場所を選択し、寝かせておく。


 私は磯野と合流し、有害なモンスターの狩猟を続行する。

 磯野が回転式チャンバーに擲弾を装填している間、壁役の私が時間稼ぎ。

 剣士の私と、銃士の磯野でモンスターの体力を堅実に削り取る。

 やがて、急所の頭部を防護する触手と甲殻を総て削り取った。

 海魔の動きが鈍っているので、私は光剣で首を刎ねる。


 海魔の肉体を失った倶爾の頭部は、人間の生首に酷似している。

 海の方向に向かって転がった生首を、念のため潰しておくことにする。

 私は、コンクリート護岸の端に向かって走る。

 生首の切断面から血管らしき即席触手が飛び出す。

 やはり、生きている。

 クラゲがタコのように這い、海に近付いていく。

 私の光剣は血管触手を何本か斬り棄てたが、頭蓋を断ち割れなかった。

 しかし、磯野の特製榴弾が生首に命中、そして至近距離で起爆。

 私は光体のミスター・クロウリーを盾に、爆風と劇薬を防御する。

 倶爾の生首は劇薬に焼灼されながら、海中に落下する。


「狩り逃がしたようだな。秘粉が海水で洗い流されてしまう」

「海魔を相手に水中戦も、無謀だしな」


 遠く離れた場所で大海魔が、アリスンの特大神気弾に爆砕された。

 不死身の海魔をも、間違い無く殺し切る威力だと言っても過言じゃない。

 アリスンは、魔法による遠距離砲撃戦闘のエキスパートでもある。

 桁違いの巨体は、桁外れの暴力に屈したのだ。


 ……。


 ようやく来海暁美の奪還に成功し、後始末も終えて自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「お・か・え・り」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 来海暁美の奪還は成功したのだが、社長に借りを作ってしまった。

 ゆえに先程まで、後始末としてレディと一緒に情報操作をしていた。

 レディは疲労すると言葉が、たどたどしくなる。

 それで私は疲弊を察し、先に部屋へ帰していた。

 レディの手には、小鍋がある。

 また、お隣の手児奈さんから料理をお裾分けされたという。

 同じ文車妖妃という種族の所為か仲が良い。

 小鍋の料理は、明日の朝飯にしようか。


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