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4話 ウナイテコナについての考察

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 イヅナ警備にメールを送信して、今日は上がる。

 定時を過ぎているが、普段の通りである。

 社長の依頼で探偵の真似事だが、私服警備員の業務を終えた後だ。

 焦った結果が碌な物じゃないのは、身に沁みて分かっている。

 焦りは何も生まず、ただ奪うだけだと理解している。


 少し移動して、私の母校だった飯綱大学に到着する。

 私は、かつて数学とサイバネティックスを学んだが、その事実は抹消されている。

 最終学歴は、黒須高校神智科となっているはずだ。

 正式名称は私立飯綱医科大学であり、ヤブ医者ばかり輩出すると有名である。。

 私もまた、知識ばかりのヤブだ。


 教授の紹介状を得て、大学名物の旧図書館に向かう。

 飯綱大学に籍を置く教授の紹介状なしでは、入館も閲覧も許可されない。

 旧図書館に収蔵された『飯綱コレクション』に用があるのだ。

 正式な名前は『尾裂堂文庫』である。

 宇神藩の初代・重昭の号にちなんでいる。

 大学の新図書館は普通だが、旧図書館は一味違う。

 『尾裂堂文庫』に、魔法学、魔術、悪魔学、妖怪学、その他、珍書奇籍三万冊だ。

 黒須高校の第二図書館に対して、飯綱大学の第一図書館と呼ばれている。

 勝手知ったる母校なので、迷わず到着する。

 固くガードしている武装した警備員は、私の同僚でもある。


「鹿戸か。今日の仕事は上がったようだな」と磯野が言った。


 磯野は40代後半の筋肉質な大男である。

 この男も私と同じくイヅナ警備の名簿に登録している。

 飯綱大学旧図書館の職員としても勤務しているのだ。


「厳密には残業中だがな。本を逃がしたらしいじゃないか」

「……面目ない。しかし、紛れてないかの確認か?」

「無駄足かも知れんが、俺の流儀なんでな」

「いや、お前なら何かを掴むだろうさ」


 軽口を叩きながらも、磯野に油断は無い。

 何時でも腰のホルスターから拳銃を抜ける。

 この男は、飯綱大学旧図書館と尾裂堂文庫の警備を第一の目的と考えている。

 尾裂堂文庫に害を与えるものなら、迷わず武器を抜く。

 表向きは、水鉄砲のような拳銃型催涙スプレーということになっている。

 実際は、『ネ・リエム秘粉』という劇薬の噴霧器である。

 この男、魔法学と死の魔力に精通する、恐るべき毒武器使いだ。


 旧図書館は閉架式である。

 書架が外部からの閲覧者に公開されていない。

 目録を元に資料を探す方式だ

 実際に書架の間を歩いたり、本を直接手に取ったりしながら探すことは不可能。  

 司書を通してのみ、閲覧を許される。

 だが社長の特別な計らいにより、一部の書架だけ私に開放されることになった。

 特別許可を得ているので遠慮なく這入る。

 社長は、『ウナイテコナについての考察』が消失したと言っている。

 念のため、それが存在していた場所を確認したい。


「本来、これは特別なことなんですよ」と女性司書が言った。


 司書をしているのは眼鏡の女性だ。

 ひっつめ髪をして、眼鏡の度がきつい。

 どこか蛙めいた印象である。

 容貌は、目蓋が膨れ上がり唇が分厚い。

 ざらざらした荒れた肌をしている。

 無愛想で顔色も悪く、常に背中を丸めたような姿勢で歩く。

 私の前を歩く時は足を引きずるような奇妙な動作をする。

 ずるりずるり、ぺたんぺたん、と奇妙な歩き方をする。

 この女、口臭が酷い。

 魚だか蛙なんだか、非常に生臭い息である。


「ここの書架、二列分だけです」


 女性司書が鍵を開けて、書庫に案内する。


「ありがとう」


 私は礼を言って、黴の臭いが充満する室内に這入る。

 背後では女性司書が見張っている。

 どの本も、『尾裂堂文庫・禁持出』と記述された黒表紙で保護されている。

 配列が十進方式じゃないので苦労する。

 民族学の棚、千葉県の段だったか?

 『ニグ・ジュギベ・グァ観察』と『くららさま事件』の間に一冊分、隙間がある。

 目録によると、『ウナイテコナについての考察』が収蔵されていた場所である。


 ふと、『新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け』を思い出す。

 ホテル・ナインのセント・ヴァレンタイン・デーにのみ出されると言う特別料理。

 この生き物、肉は美味いが、食べたら常人は寄生され発狂する。

 大きさは20cmの球形で色は真っ黒。

 それにイソギンチャクに似た数百本の触手が、くっ付いている。

 イカの吸盤のようなブチブチもビッシリと付いている。

 そして、何百本もの触手の先端に3cmくらいの、肌色の人間の手が付いている。

 ゴキブリと同じ程度の素早さで、容易くコキブリを捕食する。

 私は、吐き気をもよおす臭いが嫌いだ。

 大便の腐ったような、肥溜めの臭いがする。

 邪神眷属文明において食用に品種改良された後、野生化した異次元生物である。

 調理すれば美味そうな匂いだし、実際に美味い。

 しかし煮ても焼いても死なない、不死身の異次元生物である。

 暁美や社長のような、人外の胃袋を持っている人物に限り、安心して食える。


 気を取り直して、『ウナイテコナについての考察』が在った場所に掌をかざす。

 目的は手児奈伝説に関する、霊気の情報である。


 手児奈とは現在の千葉県市川市に、奈良時代以前に住んでいたとされる美女だ。

 『手古奈』、『手児名』などとも表記する。

 男達は手児奈を巡り争いを起こした。

 これを厭って、現在の真間川付近に広がっていた入り江に入水したという伝説だ。

 737年に行基がその故事を聞き、手児奈の霊を慰めるために弘法寺を開いた。

 現在は手児奈霊神堂に祀られている。

 また、亀井院には手児奈が水汲みをしていたとされる井戸が現存している。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 腹式四拍呼吸法により気を感じ取る。

 そして、感覚化した気から情報を読み取る。


 『ウナイテコナについての考察』は手児奈伝説を魔法学の観点から記述している。

 その事実を確認する。

 レディやエセルドレーダと同じ、魔導書の付喪神である。

 妖怪化し、文車妖妃として図書館から逃亡したことは間違いない。


「閉館時間です」と司書が言った。


 咽喉の奥で空気の塊を無理に吐き出したかのような声である。


 ……。


 今日もイヅナ警備の仕事を終え、厄介な案件を抱えて自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「お、か、え、り。ま・す・ター」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 レディの手に見慣れない鍋がある。

 彼女は家事手伝いとして、整理整頓と掃除を行う。

 しかし、調理の類は苦手である。

 練習として試作したのだろうか?


「ますた、ご、はん」

「お前が作ったのか?」

「て、こ、な」


 レディの口から、意外な名前が出る。

 口下手なレディから、ゆっくりと時間をかけて事情を聴取する。

 私が住むアパートの隣は、借家である。

 その借家の住人である女性から、シチューをお裾分けされたらしい。

 その女性がテコナという名前なのだ。

 千葉県の手児奈伝説は有名である。

 美しい手児奈を慕う男たちが争いを始める。

 それを悲しんだ手児奈は入水自殺を遂げる。

 ゆえに、美しく育つようにと女児にテコナの名前を与える親もいるらしい。

 しかし、人外のレディと親しい時点で奇人変人の類である。

 私くらいになると怪人魔人の類なので、友人も少ない。

 とりあえず、まあ挨拶にでも行ってみようか。

 私はレディと一緒に、隣の借家に向かう。


 ……。


「私は、この娘の保護者で鹿戸と申します。シチューをありがとうございます」

「これは御丁寧に、わたしは手児奈と申します」


 善良な隣人たる、血沼手児奈は可愛らしい人妻である。

 旦那は会社から帰っていたようだが、仕事で疲労困憊だそうだ。


「アナタ、大丈夫ですか?」

「ああ俺は平気だ。あ……お隣さん、私は失礼させてもらいます」


 チラッと顔を出しただけで引っ込んでしまった。


「『菟』はネナシカラズという意味ですね」

「父の実家のある田舎では、名字は菟原だらけらしいです」


 世間話として聞き出したが手児奈の旧姓は菟原だという。

 ウナイテコナに符号する。


 ……。


 私は、自分の部屋に戻り椅子に座る。

 部屋の中心で腹式四拍呼吸法だ。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 気を感じ取る。

 そして、感覚化した気から情報を読み取る。

 仙人の千里眼に近い。

 菟原手児奈。

 愛すべき隣人よ。

 我は汝を確認せり。

 汝が名を、汝が魂の名を確認せり。

 しこうして、汝が存在を確認せり。


 血沼手児奈の正体は文車妖妃のウナイテコナに、まず間違いないだろう。

 レディやエセルドレーダの霊気に酷似している。

 少し社長が纏う霊気と混同しかけたから、少し自信に欠けるがな。


 旦那の血沼氏は量子のレベルで『波動関数を発散させない能力』を捨てたらしい。

 東洋仙道において、我執を無くす修行の一環として行われることが多い。

 修行に成功すれば、仙人の一種である『散人』と呼ばれる存在になるらしい。

 私のように、修行中の魔術師だろうか?


 ふと、血沼氏に酷似した、散人の霊気を感じ取る。

 血沼家の前である。

 腹式四拍呼吸法による、気の感覚化を中断する。


 ……。


 部屋を出て隣家の前に行くと、幽鬼の如き男が立っている。

 私は適当なことを言って情報収集を試みる。


「私は隣人の鹿戸と申します。失礼ですが血沼さんに御用でしょうか?」

「ええ、大学時代の親友でした。私は小竹田と申します」

「いくつか、お聞きしても宜しいですか?」

「3日ほど、もう寝ていません。この時間にいられるまでなら答えさせてください」


 散人・小竹田は気配と外見に反して、意外なほど穏やかである。

 彼は『時間を制御する能力』と『波動関数を発散させない能力』を捨てたという。

 要するに、タイムトラベラーである。


「主観で、おおよそ十年ぶりくらいに『元の時間』に戻ってくることが出来ました」


 手児奈は時間の中に広がっている存在である。

 無数に存在する並行世界の総ての時間に遍在している。

 要するに時間を超越した存在で、誕生や死といった概念がない。

 また、因果律をも超越している。

 因果に縛られない行動、因果を無視した行動が可能である。

 因果律を無視して自分を存在させたり、2人の男に脳障害を起こさせたりした。

 あの文車妖妃は、魔導書としても妖怪としても悪さをしているようだ。

 私は菟原手児奈の正体を説明し、狩り滅ぼすか聞く。


「いえ、かつて愛した手児奈を、正しく観測することに成功したから満足です」


 実に心の広いことだ。

 小竹田はフラフラと歩き出す。


「私は、ひとまず立ち去ります。それから……」


 歩きながら意識の途絶えた、ほんの一瞬で散人・小竹田は消滅した。

 彼の精神は限界まで疲労していた。

 三次元から四次元に滑り込み、時間を跳躍したのだ。

 別の次元を行ったり来たりする、実に難儀な体質である。


 携帯で、私は知り得た事実の総てを社長に報告する。


『構いやしないわよ。人間と人外の異類婚姻譚は古今東西、繰り返されてるもの』


 社長は喜怒哀楽を始めとする数多の感情が混沌とした声音で、そう言い捨てた。


 ……。


 ようやく厄介な仕事を終えて自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「お、か、え、り。ますた、ター」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 明日も仕事だ、休むとしよう。

 シチューが明日の朝飯である。


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