3話 逆鱗に触れる
執筆量は1話あたり10~20kb以内。
1話につき文字数は全角4000文字くらい。
魔界都市・夜刀浦における常識は、市外の論理と少し異なる。
包囲する警官隊の、分隊支援火器射手3人の腕が霞み、銃声が夜の街を切り裂く。
拳銃による精確な早撃ち。
心臓に2発、脳幹に2発。
それが3人連携攻撃である。
よく訓練された警官隊だ。。
光体のミスター・クロウリーで防御していなければ、私は死んでいるだろう。
「ヘロヘロさん、剣を返して、返してよぅ」と暁美は言った。
バタバタと暴れるので、腰から抱えなおす。
背後からの、殺気の混じった視線を感覚する。
眼前の三銃士は陽動に過ぎない。
魔術師に対しては正面からの物量による攻撃より、不意打ちの狙撃の方が有効だ。
狙撃手の位置は600メートル先の、ビルの屋上と感じ取る。
狙撃手は銃床を頬に当て、呼吸と止め、引き金を絞る。
私は、光体のミスター・クロウリーによる防御。
ミスター・クロウリーの面防から、火花が飛び散る。
「バカな、ライフルの初速は音速を超えるんだぞ!」
「徹甲弾は使うな!」
「ショットガンとサブマシンガンに切り替えろ!」
「目だ、目を狙え!」
警官隊と無線士の一人が騒ぎ立てる。
夜刀浦の警官隊ともあろう者が、見苦しい。
しかし、ショットガンとサブマシンガンだと流れ弾が怖い。
暁美は防弾コートだが、頭はガラ空き。
私は、暁美を抱えたまま遁走を選択する。
ミスター・クロウリーは、光体として霊的中枢に格納。
田端不動産という看板の横を抜けて、路地裏に入る。
路地裏の暗く狭い小路を全力で疾走する。
抱えている暁美がバタバタと暴れて、少し困る。
「ヘロヘロさん、あんな雑魚キャラ!」
「警官隊はゲームの湧き出る敵キャラじゃないぞ」
仕方が無いので、暁美を無力化する。
襟に当たる部分を閉ざし、喉元を完全に覆い隠しているが、開放する。
「あ、やだっ!」
暁美の喉元をさらす。
海魔細胞との融合による肉体の変異で発生した、金属質に輝く黒の鱗。
それを優しく撫でる。
「ひゃあぁん!」
暁美は奇声を上げて気絶した。
これで今後の対応に思索を割ける。
来海暁美は、海魔細胞で肉体を補強した強化兵士たる改造人間である。
人間の限界を突破するため調整し、新たな触覚器官も増設している。
それが咽喉の鱗であり、『逆鱗』という制式名称も与えられている。
首の下にある大きな1枚の鱗と脳は神経で直接つながっている。
とても敏感で、霊気を感じ取ることに特化している。
カバラのダアトに照応する、咽喉の霊的中枢とも融合している。
それは、霊主肉従にして霊肉不二。
軽く四拍呼吸するだけで膨大な霊気を、エーテルとして呼吸する。
咽喉のダアトを経由して、世界そのものを吸い込み、吐き出しているかのように。
暁美は凄まじい量の霊気を呼吸している。
理論上は、この世に在りながら半ば現実世界の法則を超越することも可能である。
1・2・3・4と吐く
1・2と止める
1・2・3・4と吸う
1・2と止める
腹式四拍呼吸法だ。
止息を2拍としたダイアン・フォーチュン系の四拍呼吸である。
カバラのダアトに照応する、咽喉の霊的中枢おいて意識を深く集中するのだ。
地道な鍛錬こそ結局は自分自身を一番助けてくれる。
しかし、暁美は精神が未熟なため四拍呼吸という基礎鍛錬を怠りがちで困る。
その未熟さゆえに心配だ。
それに、霊主肉従なれど霊肉不二という弱点もある。
逆鱗を構成する主成分は硫化鉄である。
ウロコフネタマガイと同じだ。
体表に硫化鉄でできた鱗を持っており鉄の鱗を持つ生物の発見として注目された。
その鱗の様から俗にスケーリーフットとも呼ばれる。
体の構成成分として硫化鉄を用いる生物の報告は、この貝が最初であった。
硫化鉄は硬くて脆い。
逆鱗は脳と直結しているため、亀裂でも入ればショック死するだろう。
海魔細胞による高度な遮蔽機能により、体臭、霊気の流れも丸っきり読めないが。
間違いなく触覚として異常に敏感で、軽く触れるだけで激痛が走るに違いない。
単なる人間の私が逆鱗を優しく撫でるだけで、本来は強者である暁美が気絶する。
この方法で暁美を無力化すると、後で激しく怒り出すのが定番のオチである。
今回の騒動は暁美が原因なのだから、私に非は無いだろうに。
しかし、警察に睨まれてしまったようだ。
私には、国家権力に楯突くコネもなければ金もない。
さて、どうしたものかと考えていると遠方から爆音が聞こえて来る。
爆音は確実に接近してくる。
嫌な予感がするので、裏道を抜けながら遠回りして路地裏を抜ける。
と、そこにタイヤの悲鳴と轟くエンジン音。
現れたのは、重量超過気味の巨大なアメリカンバイク。
跨っているのはシスター・アリスンと大十字社長の美女2人。
私の行動パターンを読んで先回りしたらしい。
「もう。かえって雑務が増えるから逃げないで欲しいのよね」と社長は言った。
運転手のアリスンは無言で威圧する。
「学者殿が日本刀持った白装束の通り魔だって、指名手配されかかってたわよ?」
それは現在、気絶している来海暁美のことなのだが。
誤解とは恐ろしいものだ。
「警察の方は総監に、力添えしてやるとか適当に言い包めたから大丈夫」
社長のコネと金を頼ると後が怖いのだが。
しかし、遅かれ早かれ頼らねばならなくなっただろう。
覇道重工。
この勇ましい名前の企業はマサチューセッツに小さなオフィスを構えている。
ヒトは常に電話番だけ。
それでいて最先端技術開発株式会社の異名を持つ。
迷宮や解れた糸玉のような、矛盾の塊である。
宇宙人の技術だという噂もネット上で飛び交っている。
「ありがとう。俺のみじゃ手詰まりだったな。助かった」
「それより頼みがあるの。わたしのホテルに来てね」
それだけ言うと気絶したままの暁美を乗せて、走り去る。
バイクの三ケツなんぞ、ひっくりコケたら大惨事だろうに。
だが、あの魔女三人なら無傷でケロッとしてそうにも思える。
……。
この巨大建造物は『Hotel Nine』という。
大十字社長がオーナーのホテルである。
本館だけで地上45階。
合わせて九つの別館を持つ日本有数の高級ホテルが、目の前にそびえている。
ホテル・ナインの最高級スイート、一泊するのに億単位の金がかかるという話だ。
私は、イヅナ警備の名簿に登録し籍を置いているが、実質的な雇い主は社長である。
ここで引き返せば、間違いなく社会的に抹殺されるだろう。
具体的には日本刀を持った白装束の通り魔だとかのレッテルで、刑務所か。
私は、ただ人として生きることを望むだけなのだがな。
また、社長から無理難題を押し付けられる。
気は重いが退路なぞどこにも無い。
諦めてドアをくぐる。
私を見るなり、フロントクラーク、ベルボーイ、全員が揃って頭を下げる。
知った顔なのだ。
嬉しくない。
ホテルの従業員に会釈して、エレベーターに乗り込む。
『45階』
密室のドアが開く。
ホテルと言うより博物館である。
暗めの照明に、足下に敷き詰められた絨毯。
壁は大理石。
奥の戸口まで、美術品や絵画が並べられている。
ねじくれた古木を思わせる骨格標本。
呪詛の言葉にも似た微かな音を漏らす奇妙な斑模様の革製楽器。
砕けた石盤に渦巻き状に書き込まれた複雑な絵文字。
幻惑を誘う、この世ならぬ色彩を以って描かれた血塗れの絵画。
分厚いガラスケースや、床に彫りこまれ隠された魔法陣の中央に固定されている。
病んだ生命力の気配。
死に取り付かれた者たちの作品
死の世界に魅せられた者たちの芸術。
死の世界にも侵攻する武装。
階層全体に漂う禍々しい霊気。
流血と苦痛からなる死の魔力。
邪神眷属文明の遺物である。
これらのアーティファクトを封印しておく事が、この階層の役割でもある。
完璧な結界設備により、邪気が外部に漏れる心配は無い。
死霊の秘宝が並ぶ回廊を進み、ドアを開ける。
シャンデリアが燦然と輝く宮殿みたいに広大な部屋の中央に、社長が居る。
ソファに腰かけていた長身の美女が、静かに立ち上がる。
「もう。待ち草臥れちゃったわよ、学者殿」
「バイクじゃなくて、普通車にしろよ」
「アリスン姉の好意を無下に扱えないのよぅ」
シスター・アリスンの趣味らしい。
アリスンは教会に戻ったという。
「暁美は起きたか?」
「一度起きたけど。お風呂に入ってから、また寝ちゃったわね」
隣の寝室に居るらしい。
ゲームのダークエルフじみたスタイルで異常なくらい豊満な胸だが、まだ子供か。
子供らしく、遊び疲れて寝たらしい。
暁美がゲームで選択していた外装も、ワイルドエルフだったか。
あれも基本的に肉感的なデザインだった。
暁美の姉である昼子の教育方針だ。
暁美が二歳で立って歩けるようになると、ネットゲームで遊ばせ初めさせた。
体感型ゲームという最新技術を用いた子守でもあった。
それ以来、サービス終了まで十二年間もゲーム漬けの人生である。
途中で強化兵士の計画に巻き込まれたりしたが、未だ14歳の子供でしかないのだ。
市立夜刀浦中学に入れるべきだろうか。
そのためにも雑務を早急に終わらせる必要があるだろう。
「それで? 今回の依頼は何だ」
「また歳月を経た本が付喪神に成って、逃げ出したのよ」
「それを探せと?」
「当然ね」
妖怪化して文車妖妃に成ったか。
まあ良い、よくあることだ。
……。
今日もイヅナ警備の仕事と、厄介な案件を抱えて自分の部屋に帰還する。
私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。
しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。
「お、か、え、り。ますた、ま・す・ター」とレディは言った。
「ただいま、レディ」
レディは情報処理のみに能力特化している所為か、少し会話が不自由である。
今時、コンピュータの合成音声でも、もう少し滑らかに発音するのだが。
まあ良い、探偵の真似事は明日からだ。
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