表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

23話 呼吸、リラックス、姿勢、動き続ける

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 とある日曜日の、午前中のことだ。

 夜刀浦町内会の実践防犯教室という名目で、私も強制参加という流れになった。

 魔女サーシャが、インストラクターである。


「第一の質問ですが、なぜ彼方が助手なのですか?」

「町内会の皆さんは、貴女の形式的な独特の口調が恐いそうです」


 公民館に集合した、自警団員の大半が首肯する。


「第一の解答ですが、文章の趣旨を予め説明するという目的があります」

「軍隊方式を通り越して、機械的にも程が有ります。私はストッパーですよ」

「私見ですが、彼方がより邪悪そのものです」


 私は死人を歩かせる外道だと自覚しているが、客観的に善悪を判断しても悪のようだ。

 サーシャは、私を無視して自警団員たちの指導を始める。

 ナイフテクニックの応用たるシャベル格闘術なので、全員の手に小円匙を持たせる。


「私見ですが、呼吸が全てです」


 サーシャは最初にシステマ式の呼吸法として、「ブリージング」を指導する。

 鼻から吸って、口から吐く。

 息を止めてしまわないのがコツである。

 ロシアンマーシャルアーツのシステマにおける、四つの原則を指導する。

 呼吸、リラックス、姿勢、動き続ける、この四つだ。


 次に、サーシャは四拍呼吸を指導する。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 システマの四原則に反する「止息」だが、呼吸に一切の緊張を伴なわせない。

 サーシャは戦士であると同時に魔女であり、剣術と魔術の双方に精通する。


 私のヘロヘロという愛称と同じく、サーシャも本名たるアレクサンドラの愛称形。

 ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーのようなロシア系の女性である。

 ブラヴァツキーもヨーガの様々な呼吸法を西洋に伝えたが基本は四拍呼吸である。

 基本に忠実なサーシャも、四拍呼吸の鍛錬を積み重ねている。

 陰陽の霊気として、光の魔力たる神気と、影の魔力たる妖気を、自在に操作する。


 ナイフディフェンスのトレーニングとして自警団員は緩やかにシャベルを動かす。

 砂利をすくい続けてシャベルの先が使い込まれたものは、青龍刀のような角度だ。

 速度が充分なら、首を切り落とす事も出来る。

 恐怖心で多くの緊張が生まれたら、姿勢も崩れてしまう。

 武術も魔術と同じく、脱力たるリラックスが重要だ。

 あらゆる緊張を解消させていく点で一致している。

 地道な鍛錬こそ結局は、自分自身を一番助けてくれる。


「第二の質問ですが、彼方の知り合いですか?」

「何のことだ?」


 唐突なサーシャの言葉を聞きなおそうとするが、彼女は公民館の窓を向いている。

 気の感覚化において、私よりサーシャの方が鋭敏である。

 何等かの、物騒な気配を察したのだろう。

 グリーンベレーのような特殊部隊においても、広域気配感知の技能は必須である。

 アメリカ陸軍特殊部隊は、古いネイティブ・アメリカンの技術も取り入れている。

 ロシアのスペツナズも似たようなものだという。


 私も四拍呼吸により、周囲の気を感じ取る。

 微かに粘着く海水のような印象の妖気は、倶爾の一族が発するものだ。

 ゆっくりと、この公民館に向かって接近しつつある。

 自警団員も何名か、気の感覚化を得意とする者がトレーニングを中断する。


 そして、公民館の玄関に人影が立つ。

 姿こそ人間だが、身に纏う水精の妖気は人ならざる怪物のもの。

 その、冷徹な知性を感じさせる眼差しを記憶している。

 いつぞや、暁美を誘拐しようとした倶爾一族の一人である。


「オレは倶爾士郎という者だ。久しぶりだな鹿戸響介」

「一人称が、『私』じゃないのだな」

「今回は私人として動いている。飯綱宗家からの干渉は無いから安心してくれ」


 倶爾士郎は人間から逸脱した怪物だが、義において正しくあろうとする。

 人外の側であるが正義として、最善を尽くそうとしているのだ。


「しかし、とうとう首から下を丸ごと挿げ替える破目になるとは、な」

「再生怪人は弱体化するというのが、物語の定番だが?」

「違いない」


 首をグルリと回る、環状の刃傷。

 心臓こそ動いているが、紛れも無く死人の肉体を再利用している。

 血は魂の座であると言うが、幽体から馴染ませているようだ。

 一種の臓器移植である。

 死者の冒涜という意味において、私も同じ穴の狢だから文句も言えんがな。


「さて、時間は有限だ。本題に入ろう」

「ペルデュラボー町内会長は、何処か?」

「第二の解答ですが、少なくとも市外に出ています」


 私の代わりに、サーシャが答えた。

 より正確には、平行し、並行する総ての宇宙という意味の市外である。

 ペルデュラボーは、夜刀浦に大小の結界を構築した神域の魔人である。

 神の視点からすれば大幅に弱体化するが、それでも尚、人間を遥か超越している。

 何か大きな目的があって、探求の旅を続けているようだ。


「止むを得ないな。ならば鹿戸響介、質問がある」

「何だ?」

「来海暁美は無事か? あれに死なれると少し困る」


 亀裂が入っていた咽喉の逆鱗は完璧に再生したが、未だ黒須教会で寝込んでいる。

 激痛のショックで不調が続いているらしいが、見舞いに行くと元気そうだ。


「無事だ。後、三日もすれば元の調子に戻るだろう」

「なら良い。その言葉を信じるとしよう」


 士郎が黙祷の姿勢を取る。

 念波により、族長の倶爾兵部に報告しているのだろう。


 人外が黒須教会に許可無く踏み込めば、アリスンが問答無用で叩き潰す。

 アリスンの神気によって、教会は千里眼の魔術も通さない。

 ゆえに、倶爾一族は海神の巫女たる来海暁美の安否を確認しかねていたのだ。


「さて、明日からは忙しいのだが、今日の予定は済ませてしまったな」

「要するに暇なんだな、士郎」

「第三の質問ですが、敵対者では無いのですか?」

「オレの戦いは、もう終わったのだよ」

「私も、奴も目的のない殺し合いをするほど殺人狂では無い」


 プロフェッショナルとは、そういうものだ。

 士郎は理由や目的なしに戦うことはないだろう。

 しかし理由ができたのならば、あらゆる手段で殺しにかかるだろうが。

 人喰いの化け物でもあるしな。


 だが、倶爾士郎は第二次世界大戦を生き延びた野戦将校だった。

 当時、不老不死のために暗躍した倶爾兵部の養子となり身分を得た男だ。

 倶爾俊之のように、肉食の飢餓と血の渇きに耐え続けることだろう。


 新しい人間関係を始めるに当たり、士郎も防犯教室に参加する流れとなった。

 サーシャが余っているシャベルを渡そうとしたが、士郎は辞退する。


「オレは自前の剣を使わせてもらおうか」

「海魔としての特性だな」


 士郎の両腕から、甲殻のブレードが飛び出す。

 青黒い妖気で強化されているから、鋼鉄だろうとバターよろしく切り割くだろう。


「第四の質問ですが、宣戦布告と判断して構いませんか?」

「いや、オレが悪かった。普段からの習慣でね」


 サーシャの言葉に応じて、両腕の甲殻刃から妖気が雲散霧消する。

 蟹の鋏脚と大差無い強度に落ちているだろう。

 もげようと砕かれようと容易に再生することだろうがな。


「私見ですが、鹿戸響介が訓練相手を務めるべきだと勘案します」

「了解した」


 そうして、倶爾士郎という油断のならない怪物を、私が相手することに決定する。

 気を抜けば、訓練中の事故という名目で殺されそうだ。


 私が多用している舎利入り都五鈷杵は、魔刃の形成に便利だが、物理攻撃が弱い。

 ゆえに、今回は私も他の自警団員と同じく、シャベルを装備として持つ。


 まあ良い。

 私も日本刀などの剣より、シャベルが性に合うのだから。


 木の柄には、火を意味する Kenazのルーン文字が刻み込まれている。

 平仮名の『く』に似たルーンである。

 心を深く集中させれば、魔杖として魔刃を形成することも可能だ。


 サーシャは普段、キリル文字を多用する。

 しかし、スウェーデン・ノルウェー形の短枝ルーンにも詳しい。

 長枝ルーンの画数を省略したもので、ルーン文字の行書体といえる。

 自警団員のシャベルは全部、サーシャの手でルーンが刻印されているのだ。


 ロシアのシステマにおいて試合は無い。

 淡々と訓練を積み重ねるのみ。


 サーシャの訓練方針も地道な鍛錬のみで、バタバタと撃ち合わない。

 私と士郎も緩やかに動きながら、刃を交える。


お読みいただき、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ