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22話 柄に呪紋を刻んだシャベル

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 独りで生きていくのは、つまらない。

 人間関係と、それに伴なう束縛を時には楽しみたいと思っている。

 ゆえに、私は人として生きることを決意し、選択した。

 しかし、煩わしいと思うこともある。


「うんじゃ、夜刀浦町の町内会における月例会を始めます。会長どうぞ」

「やあ! 僕は、この夜刀浦町の町内会長ペルデュラボー!」


 黒髪の美少女エセルドレーダが、やたらと投げ遣りに宣言した。

 それに応じて、やたらとテンションの高いペルデュラボーが議事進行を務める。


 ペルデュラボーは、古臭い熔接眼鏡をかけた金髪の青年だ。

 分厚いガラスレンズで瞳は見えないが、強い視線を感じる。

 エセルドレーダは、どこか神聖な雰囲気すらある。

 やたら所帯じみた夜刀浦町公民館に、激しくミスマッチだ。

 文車妖妃のレディは何かと彼女を真似たがる。

 目標としてリスペクトしているらしい。


 私は契約したシフトの急な変更で、日曜日が非番になってしまった。

 ゲームセンターは書き入れ時だけに、マナー知らずの若者も多数来店する。

 私は毎週、私服警備員として巡回するのがパターンだ。

 しかし、何故か町内の空き缶拾いと公民館の大掃除に強制参加。

 その後、月例会という流れである。

 多分、何者かによる因果律の操作だ。

 心を深く集中させ、神域の想念を発したに違いない。

 嫌がらせとして、酷く庶民的な神霊の呪いだ。

 休日を丸ごと潰された。


 やたらと予算報告の話が長い月例会が終われば、恒例の宴会である。

 まあ良い。

 日も暮れて、酒が飲める。


「お疲れ様です。お名前は鹿戸さんでしたか?」

「ああ、そうです。血沼さん退院されたんですね」


 血沼壮士も、町内会の一員として参加している。

 血沼氏は精神を病んで入院していたが、無事に精神の均衡を取り戻したようだ。


「いやあ、お恥ずかしい。歪んだ妄想でしたよ」

「いえいえ普通ですよ、少しくらいの空想なんか普通です」


 前言撤回。

 真実から目を逸らし、霊魂の無意識領域に沈めて忘却することを選択したか。

 真っ当に人として生きるなら、それもまた有りだが。

 私は、適当に話を合わせて受け流すことにする。


「再就職のリハビリを兼ねて、町内会の気功法教室に参加したりしてるんですよ」

「ほほう? インストラクターは誰でしたっけ?」

「ペルデュラボー町内会長ですな」


 私は日曜日に仕事だったので知らなかったが、ペルデュラボーか。

 血沼氏には悪いが、正気度が減少して再入院が近そうだ。


「こう、下っ腹に力を入れると気を感じるような……」

「いえ、病み上がりで無理なさらぬように」


 血沼壮士が腹式四拍呼吸法を繰り返す。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


「ああ、何かが見える……ピンクの光が……手児奈が……」

「血沼さん、飲みすぎですよ」


 アルコールによる酩酊と腹式四拍呼吸法による気の感覚化で、幻視を得たらしい。

 そして座布団から、10センチくらいだが空中に浮揚している。

 相乗作用で、トランス状態が悪い方向に入りかけているのだ。

 神憑りにおける全憑りだ。

 要するに狂化である。

 人間としての知性を保持した半憑りという高等技術など、無理なようだ。

 半憑りに求められる精神の均衡など、最初から崩れている。

 この手の事態に、習熟しているペルデュラボーに任せよう。


 千葉県夜刀浦市は、海をも含む五芒星形の結界都市として設計されている。

 その内部、夜刀浦町もペルデュラボーによる結界が構築されている。

 ペルデュラボーの神気に満たされた小世界だ。

 その労力にリソースの大半を割いているためか、結界を出ると大幅に弱体化する。


 人外の住処を幽宮ともいう。

 人外の民は、このような人里に堂々と住むものもいる。


 シスター・アリスンは世界一の強者である。

 平行し、並行する総ての宇宙という意味の三千大千世界だ。

 そして、ペルデュラボーは町内一の強者である。


 オチとして落語と同じ。

 アリスンが夜刀浦町に這入った場合に限り、ペルデュラボーが町内一強い。


 ゆえに、ペルデュラボーは人外の住民に頼られている。

 飯綱宗家も、微妙に統制し難いペルデュラボーの行動を黙認している。


 住み分けを兼ねてアリスンは人間、ペルデュラボーは人外を担当しているという。

 霊魂の傾向性を勘案し、分業体制にしているそうだ。

 ペルデュラボーの言葉を信じれば、心情的に人間の側だそうだが。


 シスター・アリスンも立場と裏腹に、あれで意外と人間以外の存在に優しい。

 アリスンの妹分である大十字社長も厳密には人外の血筋だそうだから、当然か。


 本人の主観的自己像と、周りの人による客観的評価が乖離している例は世に多い。

 誰も彼も思うように生きられるわけでも、ありますまいて。


 正邪善悪の判断から勘案すれば、正しく善と判じているのだ。

 ゆえに問題は無い。


 現在、ペルデュラボーはエセルドレーダに酌をさせている。

 手にした杯には地酒の米焼酎が注がれ、それを浴びるように飲んでいる。

 そして、ゆるゆると宴席に参加している奇人変人を酒肴としている。


 しかし、どこまでも醒めたような感じだ。

 血沼壮士の変異を察して、杯をひと息に飲み干す。


 分厚いガラスレンズに隠された視線に、反応した血沼が人差し指を向ける。

 血沼壮士は、女神ウナイテコナの加護で神気を得ている。

 神気を銃弾のように小さく凝集し、指先から急激に発射する。


 鋼鉄の扉に流れ弾が直撃したかのような、カァンという金属的な音が響き渡る。

 射線上に存在していたビール瓶が、半ばから綺麗な円形に抉り飛ばされている。

 だが、ペルデュラボーは完璧に無効化して無傷である。


 ペルデュラボーが軽く手を持ち上げる。

 エセルドレーダが立ち上がろうとするのを、ペルデュラボーが制したのだ。


「まあまあ、エセル。怒らないで」

「……マスターに手を上げたのですよ?」

「ただの宴会芸だよ。酒の席だしね、隠し芸のひとつくらい大目に見よう」


 町内会に参加している全員が、夜刀浦の市民である。

 当然、町内会の自衛教室で対処方法を訓練している。

 護符として装備している『アグラの小剣』などを手に持ち、気息を整える。

 実に、荒々しい人々である事だ。


 夜刀浦町内会も治安維持のため、武装自警団を組織している。

 マフィアは自警団の役割をすることもあるが、それに近い。

 マフィアの発祥、名の由来には多々仮説がある。

 初めは自警団のようなものだったと言えなくもないそうだ。


 私も舎利入り都五鈷杵をホルスターから抜いて、『八寸の延金』を形成。

 義眼の生産で5個も舎利石を使用したが、近所の古物屋が再び本舎利を仕入れた。


 同じアパートのサーシャさんも、柄に呪紋を刻んだシャベルで魔導刃を構築する。

 魔女のサーシャは、ロシアのシステマとシャベル格闘術の達人でもある。

 スラヴ民話の魔女バーバ・ヤーガの孫弟子だとか。


 殺気に反応した血沼の神気弾をサーシャが精確に魔導刃で受け流し畳に穴が開く。

 サーシャが振り下ろす魔導刃を、血沼が透過して無効化に成功する。

 血沼も小竹田と同じく散人という、仙道の素質を秘め隠している。

 修行の不足する分を、女神の神気で補強したのだ。

 シャベルの木柄に刻み込まれた奇妙な呪紋が発光する。

 サーシャがシャベルの柄で器用に、浮遊する血沼の足首をフックして地に落とす。

 透過自体を無効化したのだ。

 流れるように柄頭で鳩尾を突き、血沼の呼吸が乱れて神気が雲散霧消する。


 サーシャは無言で席に戻り、ウォッカをストレートで鯨飲する。

 宴会の中断に憤怒を得ていたらしい。

 血沼は、呼吸からして呑気に寝ているだけ。

 的確に手加減されたのだ。


「流石は魔界都市・夜刀浦だね。並行世界の『新宿』に近い」

「無名でしかない普通の『市民』でも、そこそこの戦闘能力を持っていますね」


 再び、ペルデュラボーはエセルドレーダに酌をさせ、呑気に会話している。

 手にした杯には地酒の米焼酎が注がれ、それを浴びるように飲んでいる。


 町内会長の雰囲気に、全員が空気を読んだ。

 酔っ払いが少し暴れた後、酔い潰れただけなのだと。


 町内会の宴会が再開する。

 反省すれど後悔しない。

 忘却の泥沼に沈めて、振り返らないのが夜刀浦の流儀である。


 旧約聖書でも、振り向いたゴーレムが塩の柱に戻ってしまったのだ。

 同じ歴史を何度も繰り返す原因となるが、居着くより闇雲に動く方が、ましだ。


 ……。


 隣家の血沼氏を担いで送り、自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 同じアパートの魔女サーシャは、未だ公民館で飲んでいるらしい。

 ペルデュラボーとエセルドレーダが住む借家は、公民館の隣である。


 休日を潰された私は明日から仕事である。

 何時までも宴会に付き合ってられない。


 働き、食らい、休む。

 鍛え、食らい、休む。

 このパターンに生活習慣を戻すとしよう。


お読みいただき、ありがとうございます。


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