20話 手児奈霊神として信仰されている
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散人・小竹田が作製した鍛造ナイフの八割が、波動関数の発散により消滅した。
本物の仏舎利が、拝まないと消滅するのと同じだ。
量子的な存在確率が不安定になり、隣接する次元に滑り込む。
波動関数の海の中の非実在として消え失せるのだ。
観測者の不在が、量子のレベルで存在確率の低下に直結する。
三次元空間に隣接する異次元は、四次元空間である。
空間歪曲による極微ワームホールを発生させれば四次元からナイフを取り出せる。
隠器術という、東洋仙道系の暗器術である。
とある青猫ロボの、四次元袋と同じような原理だ。
人間が観測し、認識すれば波動関数が収束する。
取り出したナイフが、量子のレベルで確定するのだ。
私は、一種の政治的ジェスチャーとして、小竹田の鍛造ナイフをテーブルに置く。
「奥さん、貴女は何者として在るのですか?」
「わたしは手児奈」と女は言った。
惚けた返答に、対する政治的ジェスチャーとして、小竹田の鋳造大剣を置く。
テーブルが重量過多で潰れそうだが、また作れば良いだけの話である。
実際、勢いで机の脚が一本折れたから剣の重心を残り三本で支える位置にずらす。
日曜大工も私の趣味だ。
Do It Yourselfが、私の流儀である。
現在、私の部屋にレディの、『仲魔』とゲーム的な表現が相応の美女が居る。
彼女の名前は、血沼手児奈という。
魔導書『ウナイテコナについての考察』の化身。
魔術師によって記述され、百年の時を経て本の付喪神と化した、文車妖妃である。
万葉集にも、高橋虫麻呂や山部赤人らによって詠われた手児奈伝説に関する歌が複数見られる。
結婚する以前は、菟原という姓だったと正直に返答したのだが。
「小竹田氏と会話する時、精神状態が実に不安定だ。原因は貴女でしょう?」
「何をそんなに怒るの?」
手児奈は、己が原因だと認めたようである。
それでいて罪悪感など一切皆無だ。
小竹田は一人称が、『私』から『わたし』という風に不安定である。
ある程度、友人として親しくなければ気付かない、微妙なニュアンスだが。
時間跳躍という現象により、小竹田の主観的には、もう何万年も生き続けている。
小竹田の魂は、永劫の時を狂い彷徨う運命の下に存在する。
私は、友の狂気を尊重する予定だった。
小竹田が自分自身の心で選択した結果としての、運命である。
下手な干渉は、友の魂に対する侮辱であると、私は考慮するからだ。
しかし、状況に変化が訪れたのだ。
善良な愛すべき隣人たる、血沼氏が入院した。
明らかに精神を病んでいる。
以前から、仕事でノイローゼ寸前だと聞いていたのだが。
血沼氏は、とうに職を辞したのだ。
過労など、単なる仕事疲れでないことだけは確かである。
旦那のフルネームは血沼壮士という、古代詩の手児奈伝説そのままの名前だ。
かくあれ、かくあるべし、という想念による因果律操作の痕跡を感じる。
女神『ウナイテコナ』の本領発揮だな。
手児奈霊神堂においても、手児奈は手児奈霊神として信仰されている。
神とは、比類なき何がしかのベクトルを持って突出したエントロピーだ。
少なくとも、私という主観的な個人の私見では、そう勘案している。
神霊とは、霊子という名前で呼ばれる量子の、巨大な塊である。
質として六次元空間以降の高次元に同調するため、神気の柱として認識される。
並行宇宙まで創造するなら少なくとも20次元空間から干渉可能な霊子が必要だが。
霊子を神気として練り上げた紐が充分に長いと、よじれて2重にも3重にもなる。
高次元の霊子からなる量子螺旋構造体を霊視すれば、光の束たる柱である。
古代から霊能者が神霊を1柱2柱と数えるのは、観測者の認識が原因である。
観測者たる人間の霊魂も霊子の塊であるが、積み重ねた智慧により格が変わる。
霊子の情報体として、霊魂が可能な機能の性能における高低差。
いわゆる霊格と呼ばれるものだ。
観測者の霊格が、観られる霊魂の霊格より低いと、単なる光球や光の柱に観える。
霊魂の霊格が同等だと、様々な実体として観える。
本質的に霊魂は、霊子からなる無形の光塊であるのだが。
霊子の総量が、膨大で在りさえすれば神霊なのだ。
神とは崇め奉り、何とかして欲しいと救いを求められるモノじゃない。
神とは畏れ伏し、どうか何もしてくれるな、と宥め賺すモノである。
人間が心の底から信仰の想念を発することで、宥め賺すことが可能だ。
人間の霊魂も、霊子という名前で呼ばれる量子の、小さな塊である。
人霊は、信仰の念波という形態で霊子を神霊に送ることが可能だ。
霊子は周波性を持つということである。
高周波は高周波と通じ、低周波は低周波と合うということである。
多次元空間をも含めた大宇宙空間には、霊子のなかに伝達の意思を込めた念波というものが飛び交っている。
この念波も、同波長のものしか通じ合わないのである。
肉体を持つ人間でも、高級霊と同様の意識を持たなくては、高級霊とは感応できない。
低級霊と感応しやすい人間は、やはり、その意識も低級霊と同調しているということである。
信仰とは、与えることである。
与えれば与えるほど、神霊の霊子を与えられるものだ。
その結果が、この世界における人生の破滅を意味することも多いので、複雑だが。
霊子は親和的性質を持ったものに出会うと増幅され、排他的性質を持ったものに出会うと、それを避けて通るというものである。
霊子と親和性のある人間には、ますます霊子、恵みが与えられ、霊子を排斥する性質を持つ人間には、だんだん霊子の光が射さなくなる。
これが真相である。
英雄や偉人たちの教えは、すべて霊子の親和性と排斥性という霊子物理学の第一テーゼに触れているのだ。
イエスが、「持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われるであろう」と語ったことの真意なのである。
「ますた。てこな」
「怒っては、いない」
口下手なレディが、オロオロという風情で取り成そうとする。
私は、レディに安心するよう言って聞かせる。
レディも手児奈と同じ、妖怪であり、本の付喪神であり、文車妖妃である。
数奇な運命の下に生まれた者だ。
友であり同族である手児奈が心配なのだろう。
……。
私とレディのみでは埒が明かないので、第三者の協力が必要だと判断する。
私は同僚の磯野から車を借りて、手児奈を黒須教会に連れて行く。
「私は二人の男の人生を狂わせました。波動関数は収束したのです」
「……十字の神は総てを赦されるでしょう」
アリスンが身に纏う神気に恐れをなして、実にアッサリと手児奈が罪を認めた。
アリスンを前にすれば手児奈の能力は、一般人の成人女性並しか無い。
因果を越えた存在としての属性は、シスター・アリスンに通用しないのだ。
手児奈は、『人間の肉体が空間上のある一定の容積を持つ領域に広がっているように、時間の中に広がっている』存在。
無数に存在する並行世界の、すべての時間に遍在している。
要するに時間を超越した存在で、誕生や死といった概念がない。
また、因果律をも超越しており、因果に縛られない行動、因果を無視した行動が可能である。
かつて因果律を無視して自分を存在させたり、2人の男に脳障害を起こさせたりした。
その力も、シスター・アリスンの精妙な神気なら問答無用で封印する。
不断の鍛錬により練り上げた膨大な神気は、高周波にして精妙な高次元の霊子だ。
アリスンは、堅牢な信仰心により、遥かな高次元空間から神気を与えられている。
地道な鍛錬こそ、結局は自分自身を一番助けてくれる。
手児奈は、共感覚者として自分自身の肉体を形成している。
神気の練り上げを優先的に最適化してあるからだ。
それゆえに圧倒的な霊格の差を認識したのだ。
千葉県夜刀浦市に共感覚者は多い。
形を味わう人。
色を聴く人。
霊視も、本来は無形の霊気から、直観して情報を幻視する。
直接、不可視の波動として霊気を視るのだ。
見えざるピンクのユニコーンが視えたりする。
有神論者を皮肉るために生み出されたインターネット上の女神だが、真の魔術師なら霊子を練り上げて新たに創造することも可能だ。
無限積層体による空洞構造効果だけだと困難なので珪酸系の仏舎利も必要とするが。
霊子は、その凝集・拡散というプロセスによって、創造と破壊を行うということである。
念の力によって、霊子が目的性を持って凝集すると、そこに霊的実体が現れる。
さらに、その波動を緊密なものにしてゆくと物質が現れる。
その逆に、念による目的意識が解除されると、物質はその形態を失う。
霊的実体も霊子が拡散を始めると、別なものになる以外は存続しえなくなる。
こういう物理法則があるのだ。
人霊創造のプロセス、人体創造のプロセスは、この霊子物理学のなかの、霊子の凝集・拡散の法則によって、明らかにされるのだと言える。
聖堂の扉が開き、手児奈にとって昔の男が来訪した。
散人・小竹田である。
小竹田も腹式四拍呼吸法により霊気の感覚化を鍛錬している。
かつて愛した手児奈の霊気に、異変を感じ取ったのだろう。
「手児奈……血沼が入院したのだな」
「小竹田さん……波動関数は発散したのです」
「二人で、血沼の見舞いに行こう」
今回も、私は虎の威を借る狐である。
キューピッドの役目も果たしたようだ。
この期に及んで不倫ということも、あるまいが。
……。
血沼氏の病院に小竹田と手児奈を車で送った後、私は自分の部屋に帰還する。
私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。
しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。
「おかえり、ますた」とレディは言った。
「ただいま、レディ」
私の気配から、手児奈の無事を察したようだ。
生来の口下手もあり、レディは何も聞かない。
千葉県の夜刀浦市は、今も多くの住人が生活し、日常を営んでいる。
人間と、人間以外の人外存在も含めて。
私も、明日は仕事で四時起きだ。
今夜は、もう休むことにしようか。
お読みいただき、ありがとうございます。