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2話 光体のミスター・クロウリー

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は、全角4000文字くらい。

 私の生活パターンは、基本的に単純な繰り返しである。

 働き、食らい、休む。

 鍛え、食らい、休む。

 イヅナ警備の業務は過酷である。

 対モンスター用の傭兵として駆り出されることもあるからだ。

 怠惰に過ごせば直ぐ身体も鈍るから、鍛えなければならない。

 今日も仕事を終えて鍛錬を開始する。

 地道な鍛錬こそ結局は自分自身を一番助けてくれる。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 秘神社ひめじんじゃの片隅で腹式四拍呼吸法だ。

 止息を2拍としたダイアン・フォーチュン系の四拍呼吸である。

 カバラのイエソドに照応する、臍下丹田において霊気を錬成する。

 秘神社は大黒天と恵比寿神を祀っているだけでなく、剣術道場も併設されている。

 シスター・アリスンによると、秘神流の裏伝を今も伝えているという。

 外に運動場も在るので許可を得て、そこを借りているのだ。

 秘神流は門外不出の流派なので、私は教わっていない。

 アリスンのような、伝承経路が不自然な使い手も何人かいたりするが。


「もう少し下っ腹に力を入れて。臍下丹田だよ」と大導師は言った。


 大魔術師にして魔道の導師、ペルデュラボーである。

 古臭い熔接眼鏡をかけた金髪の青年だ。

 分厚いガラスレンズで瞳は見えないが、強い視線を感じる。


「今度は胸部中央に意識を集中して。日本だと壇中と言うね」


 時々、出現しては指導したがる。

 何故か、気に入られたらしい。

 遊ばれているだけの気もするが。


「少しも進歩してないようね」とエセルドレーダは言った。


 青年の隣には、先程まで存在しなかった少女が寄り添っている。

 闇から零れるように出てきた彼女の髪は常夜の黒。

 逆に肌は透き通るように真っ白だ。

 どこか神聖な雰囲気すらある。

 文車妖妃のレディは何かと彼女を真似たがる。

 エセルの方がオリジナルだ。


「ところでカノト、ミスター・クロウリーは完成したかい?」

「いや、アリスン級の剣士には全く通用しないな」


 ミスター・クロウリーは私が創造した光体である。

 西洋魔道における光体創造は、東洋仙術における陽体出神と本質的に同一である。

 ゴーレムの創造と呼ばれることもある。

 かつて、光体をエインヘリヤルとしてゲームに設定したのを思い出す。

 光体創造をするにはエーテル体の感覚を強めて分離しなければならない。

 エーテル体とは霊気の塊である。

 エーテル体は液体的なので、それを入れる容器が必要だ。

 容器はイメージの視覚化能力によって作る事が可能。

 それは想像によって、うち立てた立体イメージにすぎない。

 しかし、何故かエーテル体の器として機能する。

 この器の事を光体と呼ぶ。

 それは自分と同じ人型の器である。


「実物を確認させてもらえないかな?」

「俺は構わないが」


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 四拍呼吸で霊気を錬成する。

 錬成した霊気を腹部の丹田から腰部の命門に通し、光体を出す。

 直径15センチくらいの球形だった光体が、人間大の姿を取り出す。

 心を深く集中させ、イメージすると完全に人の形を象る。

 朧に輝く人型の光体が、私の背後で宙に浮いている。

 姿形は、鋼の面防を装備した戦士に似せている。

 イメージし易いゲームのキャラを参考にした姿形だ。

 ボンヤリと白い光を放っている。

 意識を使い、動かしていく。

 座らせたり、立たせたり、歩かせたり。


「まあいいか。そこそこ良いよ?」

「……マスター……褒めすぎです」


 エセルの採点は辛い。

 腰部の命門から光体を腹部の丹田に格納する。

 拡散消滅しても、暴走しても困るからだ。


「胸のティファレトに格納しないんだ?」

「俺の技量だと心臓が熱を持って病気になる」

「そこは、慣れとでも言うだろう?」

「俺は凡人なんだよ。天才の基準で言わないでくれ」

「手厳しい反論だなあ」


 カバラのティファレトに照応する胸部中央に光体を格納するのが、本来の方法だ。

 胸のチャクラや壇中とも呼ばれる霊的中枢である。

 私も修行が足りていないと自覚している。


 ……。


 私の生活パターンは、基本的に単純な繰り返しである。

 今日も、日課の鍛錬が終わり自分の部屋に帰還する予定だった。

 私の生活パターンは、応用的に複雑怪奇な戦闘である。


「ヘロヘロさん、あたしも訓練するぅ!」と暁美が言った。


 純白の防弾コートに身を包んでいる。

 装甲板が入っていない、防弾素材のソフトタイプである。

 防御力より、動きやすさの機動力を優先しているのだ。

 襟に当たる部分を閉ざし、喉元を完全に覆い隠している。

 問題は、手にした抜き身の日本刀だ。

 スプリング刀の『虎徹』である。

 夜刀浦町の駅前ストリートは、夜間でも人通りが多い。

 周囲から、「警察だ! 警察を呼べ!」などと一般人の声が聞こえる。


「あのね、あけみちゃん」

「なぁに?」


 肉体は不自然に発育した美少女だが、暁美の精神は幼いようである。

 豊かな双丘がコートの胸の部分を内側から押しのけんばかりに自己主張している。

 しかし、ゲームと現実の境界が彼女の内側で曖昧になっている。

 色々と言いたいことは有るが、1つだけ選択する。

 警備員の業務中に、得物を破損しているのもある。


「丸腰の俺を相手にするんだから、木刀とか訓練用の武器じゃないのか?」

「だって、『実戦形式の試合』というやつでしょ?」


 先日のアリスンでさえ、鉄パイプと盾のセットを持たせてくれたのだが。


「訓練で殺し合いをせずに、どうやって『殺し合いの練習』ができるの?」

「意図的に、ゲーム脳となるよう教育された少年兵だったな……」


 その場で殺してしまえば勝ち、というルールで訓練されている。

 確かに、命を賭けない訓練ばかりしている奴らに、暁美が負ける訳など無い。

 しかし、暁美の精神が成長し、肉体に追いつくまで何年か待つ必要があるだろう。

 この会話だけで、何分も経過している。

 早急に事態を収拾せねば、警官隊が到着するだろう。

 もはや、時間切れが近い。

 私は、受けて立つことを選択する。


「さあ……来い!」

「いっくよぉ!」


 暁美の動きは、人間の知性と野獣の反射神経を兼ね備えている。

 主観時間を切り刻み、思考を超加速する。


 格闘ゲームや、極端な早指しチェスと同じだ。

 15フレームに一手という待った無しの読み合い合戦である。

 私も、ターン制ゲームにおけるゲーム進行の単位で思考する。

 片側が攻撃、片側が防御。

 そして次に攻撃した側が防御し、防御した側が攻撃をする。

 そんなゲームのような戦い方が、実戦であるはずが無い。

 攻撃して、攻撃して、攻撃する。

 兵法上、多勢で無勢を押し潰すのが必勝の型。

 それが戦争に勝利する戦術である。

 しかし今回、暁美を無傷で捕縛する必要がある。

 私は、暁美に先手を譲る。

 普通の剣術における太刀筋は九である。

 正面、左、右、その上中下段。

 3×3=9だ。


 暁美のターン。

 純白のコートが翻る。

 正面上段から唐竹に割ろうとする。

 確かに速いが、実に素直な太刀筋である。

 それが15フレームに一手。


 私のターン。

 8の字を描くようにして、あえて暁美の間合いに這入る。

 八卦掌の歩法で、暁美の背後に抜けて回避に成功。

 そして、蹲る。


 暁美のターン。

 振り返り様のバックハンドによる、薙ぎ払いで切っ先が輪を描く。


 私のターン。

 暁美の太刀筋が頭上を空振りしている隙に、腰部の命門から光体を出す。


 暁美のターン。

 さらに一回転、加速して太刀筋の軌道が超音速の袈裟斬りに変化。


 私のターン。

 光体のミスター・クロウリーによる防御。

 ミスター・クロウリーの面防に切っ先が弾かれ、暁美に隙あり。


「エインヘリヤルが堅い!?」と暁美が言った。


 暁美のターン、15フレームという一手に必要な時間が無為に失われる。


 私のターン。

 切り返して逆袈裟に振ろうとする暁美の、両手親指の付け根を握る。

 光体のミスター・クロウリーで日本刀を取り上げる。


 暁美の敗因は、意図的なゲーム脳と変えるべく調整された育成方法である。

 手軽に殺人の忌避を麻痺させるには都合が良いだろうが精神の成長が阻害される。

 ゲームのエインヘリヤルは、ゴーレムなどと同じ人造物である。

 その武装や能力などは、ゲームバランスから最適化されている。

 かつて暁美の使用した百レベルキャラならば、容易に撃破可能だろう。

 しかし、ミスター・クロウリーは違う。

 私が光体として創造し、現在も霊気の錬成を続けている分身である。

 アリスン級の剣士ならば一刀両断も容易だろうが、未熟な暁美には無理だ。


「ヘロヘロさん、手……」

「すまんね。痛かったか?」


 日本刀を取り上げるために、親指の付け根から両方とも握り開いている。

 幼い少女の柔らかい手には、握力が強過ぎたかも知れない。

 暁美は少年兵だったが、体感型ゲームによる新兵育成の実験体でもあった。

 普通の兵士と違って、匍匐前進など泥臭い基礎訓練は少ないようだ。

 正しく理論的に訓練した狙撃兵と同じような、柔軟な掌である。


「警察だ!」と警官は言った。

「通報通り、白い服の通り魔です!」


 武装した警官隊が、包囲していた。


「武器を捨てて……!」

「警告不要だ、発砲を許可する!」

「憑依者を逃がすな!」


 私の光体であるミスター・クロウリーから、憑依者と判断したようだ。

 魔界都市・夜刀浦らしい、よく訓練された武装警官である。

 少し誤解しているようでもあるが。


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