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19話 成長していく過程を楽しむ

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 今日も仕事を終えた後、地下実験施設に来ている。

 暁美が、お願いと言うので大剣をサンドブラスターで研磨している。

 工業用ダイヤモンドパウダーを吹き付けているので、オリハルコンでも磨ける。

 前に鋳造した、アブラクサスが剣身に刻み込まれたウーツ鋼の両手剣である。

 未研磨で表面に黒い酸化皮膜が付いていた物が、綺麗な銀白色に変わる。

 鶏鳴剣アブラクサス【黒】が、鶏鳴剣アブラクサス【白】に色変わりしただけだ。

 刃は、研ぎ澄まされていない鈍らである。


 元来、西洋剣とは棍棒などの延長線上に作られた打撃系武器である。

 鎧の上から叩き殺すため、斬撃より打撃を主目的とする。

 技法として刃筋を立てる剣術など、戦場における疲労で使えないことが多い。

 実戦における近接戦闘において、単純な膂力が有効なのだ。

 戦争における塹壕戦においても銃剣による斬殺より、シャベルによる撲殺が多い。

 ロシアのシャベル格闘術が、現代も軍隊においてトレーニングされている。

 シャベル格闘術も一つの流儀だけではなく、色々なスタイルがある。

 コンバットサンボ、システマ等のシャベル術が有名だ。

 ちなみに私は、剣よりシャベル派である。

 見た目は地味だが、堅実だ。


 ようやく一振り目の剣が研磨終了し、綺麗な銀白色になった。

 それから二振り目に取り掛かろうとしたところで、施設の壁に異音が発生する。

 機械的な低い唸りを発しているが、その場所の向こうは土砂しか無い。

 地下施設に必須の空調ダクト類は、反対側の壁に存在している。

 見遥ヶ丘の尾崎巨石と同じような音である。


 見れば、唸る場所に緑色の霧も発生している。

 肉眼で見えるくらい凝集した妖気である。


 無限積層体の空洞構造効果やテスラコイルの電磁場と同じような、霊子の操作だ。

 妖気による空間歪曲で、極微ワームホールが発生している。

 フィラデルフィア計画の再現に近い。

 駆逐艦エルドリッジと同じように、何かが瞬間移動しようとしている。


 緑色の霧を身に纏う、朧な人影が出現する。

 ただ、コンクリートに、飲み込まれたように施設の壁と同化している。

 人影が、ゆっくりと固定化され顔が判明する。

 散人・小竹田である。


 しかし、唐突に小竹田の身体が燃えだした。

 次に、液体窒素に浸けられたかのように身体が一瞬で凍結した。

 最後に、空気に溶けるようにして消えた。


 察するに、小竹田が自力で空間転移しようとして失敗したのだ。

 以前、四拍呼吸による霊気の操作を教えたから、実験したのだろう。

 ゲームだと、『いしのなかにいる』というやつだ。

 レディは神気の精密制御が得意だから送る場合でも、まず失敗しない。


 脱出しようとして焦り、霊的中枢の陽気を暴走させ、邪陽火による人体発火現象。

 次いで小竹田は、清涼な神気による冷却を試行して、これも失敗。

 肉体の完全凍結により、全身の細胞が破裂して即死。

 何時もの様に、小竹田の身体は衣服ごと量子のレベルで拡散消滅した。

 その特異体質により、輪廻に還ることなく過去に転生したのだ

 少しばかり抜けているが、計画的に時間を確認しているだろうから、少し待とう。


 私は、地下実験施設のセキュリティ関連を操作して、出入り口を確認する。

 戦争中に掘削された防空壕に偽装してある。

 2分間くらい待つと、小竹田が来た。

 目ざとく隠しカメラを見つけて、私に呼び掛ける。


『鹿戸、地下に入れてくれないか』

「すぐ、開ける」


 私は応じて、隠し扉のロックを解除する。

 エレベーターで、小竹田が地下に降りてくる。


「久しぶりだな、鹿戸」

「今回は何年くらい回り道したんだ?」

「主観的には再来に、40年くらい必要だったな」


 四拍呼吸による、霊気の感覚化とコントロールを修得したという。

 西洋魔道における密儀の伝統である。

 私に自慢しようとして、失敗したそうだ。

 フィラデルフィアからノーフォークにまで瞬間移動した、兵隊と同じだ。

 慢心が破滅に繋がると、身を以って証明したわけだ。


「これは……わたしが作った剣か?」


 小竹田が研磨済みの大剣に近寄る。


「そうだ。あんたが血反吐に塗れながら鋳造した剣を磨いた」

「わたしが過去に跳べば、総てが消滅すると思ったのだが」

「因果律の操作を可能とする魔女が、知り合いにいてな」


 下手に噂すると、やって来そうなところが恐い魔女である。


「その魔女とやら、話を聞けないものかな?」

「暇潰しには、少し物騒だぞ」

「わたしにとって、時間は永いからな」


 気は進まないものの、タイムトラベラーの望みを叶えることにする。

 小竹田の主観を勘案するに、次の機会とすれば何百年も待たせるだろう。

 何時かは遭遇するだろうが、わざわざ先送りにする理由も無い。


 大十字社長の携帯にメールしたところ、直ぐに返信が来た。

 丁度、ヒマだから遊びに来るという。

 普段は金儲けで忙しいクセに、都合の良い閑人だ。


 ……。


 紅いスーツで身を包む、長身の美女が地下実験施設に来た


「あらぁ? しのちゃん、お久しぶりねぇ」

「はて? 大十字さんでしたか。貴女とは縁が無く初対面だったはずですが」

「ちょっとした奇跡が起きたの。未来で逢ったのよぅ」

「貴女の方が、異なる時間軸で会ったのですか」


 大十字社長もタイムトラベルの手段を持っている。

 小竹田のみが特別という訳でもない。


「それより、穴蔵に引き籠って生産三昧って、職人よねぇ。転職したら?」

「モノづくりは趣味でやると楽しいが、商売にすると苦行だからな」

「ソフトウェアの開発で懲りたかしら?」


 好きで狭いところに閉じ籠もっているのだから、放っておいてもらいたい。


「ふむ……鹿戸、幾つか機材を借りても良いか?」

「後で片付けるなら構わんが。急にどうした?」

「わたしの行いが無駄にならないようだからな。モノづくりに挑戦してみたい」


 小竹田が、生産に目覚めたらしい。

 年を取り体力や気力は衰えているが、さらなる成長を渇望しているようだ。

 別なかたちで成長し続けようと思っているに、違いない。

 体力や気力の衰えは、知識や経験、あるいは、深い洞察力で補える。

 成長していく過程を楽しむ気持ちがあれば、永劫の時も乗り越えられる。


「ところで、この剣だけど美しくないわねぇ」

「手厳しいな。小竹田が血反吐に塗れながら鋳造したんだが」


 アブラクサスが剣身に刻み込まれているが、神気を入れてもいない。

 予見と思慮深さを意味するという鶏の頭、そして知恵の盾と力のムチを持つ魔神。

 しかし、ウーツ鋼はアトランティス文明の合金でも特に気を入れにくい。

 単純な物理的強度のみなら最高で、ダイヤの硬度と軟鋼の強靭さを兼ね備える。

 特殊な性質はないが、とにかく硬度と弾性に優れた強靭な高炭素鋼の一種である。

 剣身のアブラクサスは単なる装飾でしかない。


 金属も、気の入りやすさと抜けやすさは千差万別である。

 プラチナ、金、水銀など気が入りやすい。

 タングステン、鉄など気が抜けやすい。


 次の生産品は、気が入りやすいヒヒイロカネを素材にしよう。

 金、銀、パラジウム、プラチナ、オスミウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、コバルト、ニッケル、銅、レニウム、水銀、など気が入りやすい金属を含有する合金だ。


 軌道転位単原子元素という素粒子の特殊な角運動量スピンが高まったハイスピン単原子状態の物質を鉄と合金にすることでヒヒイロカネが精製される。

 熱量増幅特性の鉄釜という楢崎皐月のエピソードが有名だが超常切削特性の刀剣も有名だ。


「鹿戸、どうする?」

「とりあえず、まあ機材を用意しよう。手伝ってくれ」


 まず、三相交流放電加工のマルチアークで素材の合金を生産する。


 マルチアークは、先端を付き合わせて中心線の周囲に配置した3本以上の複数電極棒に位相をズラした交流電圧を加える。

 対極なしに、わずか数十ボルトで超高温のプラズマアーク炎が自立発生するというもの。

 マルチアークは、電極に電圧をかけるが電流は流れない。

 だから、アースも必要としない。

 電流が流れないのに、プラズマアークが発生する、

 現代物理学では説明できない不思議な現象なのだ。


 マルチアークは比較的小さな電源で駆動させることが可能だ。

 小型の場合だが。

 駆動電流:200アンペア以上。

 電圧:50ボルト(3相交流)である。


 発生するプラズマアーク炎は超高温。

 炎温度4000℃以上、中心部1万2千℃以上になる。


「期待しないで、ドワーフみたいな鍛冶を見物させてもらうわぁ」


 外野の野次が少し煩い。

 しかし、何事も実験である。


 コバルトやニッケルを含有する屑鉄を片っ端から炉に放り込んで熔融する。

 マルエージング鋼の削り滓が多い。

 コバルト1割、ニッケル2割、鉄7割、そしてモリブデンその他が少々の合金鋼。

 このマルエージング鋼をリサイクルして、ヒヒイロカネに錬成する。


 ……。


 作業用の小さなナイフを何十本も生産した後、私は自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 小竹田は、鍛冶の腕を磨く方向に意識が向いている。

 超常切削特性の、『昆吾の割玉刀』を目標にしている。

 封神演義における、宝貝を作る仙人のようだ。

 宝貝は日本語だと、宝具を意味する。

 金剛杵など密教の法具も、広義に解釈すれば宝具だ。

 小竹田も、実際に経験を積み重ね続ければ技術を修得するに違いない。

 私もまた、地道に修練を積み重ね続けよう。


お読みいただき、ありがとうございます。


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