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18話 ただ十字の神を信仰するのみ

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 シスター・アリスンの防御は異常に堅固である。

 父なるダゴンの如き藤宮伊衛門が、捨て身で攻撃しようと通じない。

 30メートルもの巨体を回転させ、背ビレによる大斬撃を繰り出してもだ。

 両手の鉤爪による通常攻撃と同じく、不様に海面へと叩き落される。

 かつて人間だった頃の伊衛門は、戦争で写真家から軍人に転職した。

 野戦将校として生き延びた彼が、異形の肉体で特攻する姿は皮肉な光景である。


「……あけみちゃんとミミちゃん。射撃訓練です」


 アリスンの命令に、戦艦娘の二人組が指鉄砲を構える。

 私が、ガントレットに組み込んだ機能である。

 人差し指を仮想銃身とした、霊気弾の射出装置だ。


 まず、霊気を銃弾のように小さく錬成する。

 そして、指先から急激に発射する。

 魔法という技術の方式という意味において、単純な術式である。


 これに、グレベニコフ教授の理論を応用した空洞構造効果の武器に過ぎない。

 人差し指を仮想銃身に、中指で仮想の引き金を絞る、一種の拳銃だ。


 人間の手は、管状指骨、関節、靭帯、血管、爪、などにより構成されている。

 これらは、極めて高い空洞構造効果を示す。


 少女の細い指が引き金を絞り込み、霊気の銃弾が発射される。

 海面から頭を出した伊衛門の堅牢な魚鱗を穿つが、頭蓋骨で止まっているようだ。

 軟弱な眼球を狙っても、人外の反射神経により額で受け止められる。


「硬いっ!」

「……こわい……こわい……!」


 アリスンの想定通り、暁美と美観の射撃訓練が続く。

 蛙とも魚ともつかぬ伊衛門の頭が、小さく口を開く。

 そして鉄砲魚のように、細い水流の刃を発する。


 伊衛門の放った水流は一直線に伊藤美観の、へその辺りに滑り込んできた。

 まともに当たれば、胸部中央の核まで粉砕してしまいそうな勢いだ。


 美観が、よけた。

 よけたが、よけ切れなかった。

 水は速かった。

 マッハ3に達するウォータージェット切断は、現在の美観が可能な機動力を凌駕。

 水の軌道上に、片腕が残った。


 美観の片腕がバラバラに千切れて飛んだ。

 神気で強化された岩塩の身体は水泳くらいなら平気でも、強い物理攻撃に砕ける。


 単純な海水じゃなく、何か研磨材のような土砂の輝きを感じる。

 ダイヤモンドまでも切断可能な、アブレシブジェットと判ずる。

 臓腑に砂肝の類を持っているらしい。

 海底で採取したダイヤの原石でも、呑んでいるようだ。

 伊衛門は海神信仰のメッカ、海底のルルイエに巡礼しているという話も聞く。


「ミミちゃん、腕っ!」

「……こわい……こわい……!」


 美観が、フォースフィールドによる不可視可を起動する。

 無限積層体は、空洞構造効果による妖気の操作を可能とする。

 銃弾などの物理攻撃に、妖気で対処する方式の一つだ。

 照準が困難になる。


 しかし間抜けな化け物なら楽で良いだろうが、そう簡単ではない

 伊衛門が両腕を掲げ、掌に水精の神気を練り上げる。

 そして両の掌から、神気弾を連射する。


 私はアリスンの背後で、虎の威を借る狐というポジションだ。

 冷静に観測することが可能である。


 見鬼として霊視したところ、誘導式を組み込んだ神気弾と、観測する。

 磁石のN極とS極が引き合うように、陰の妖気と陽の神気が引き合うよう微調整。

 放たれる術式が、妖気の波長を目標とした誘導型だと一瞬で理解できる。

 間違いなく、標的目がけて誘導兵器の様にホーミングする。


 この局面における少女の最適解は、全術式をカットして海面に自由落下すること。

 誘導型神気弾のホーミングを無効化する。

 そして伊衛門が水流の刃に切り替えようとすれば、練りに必要な集中力も切れる。

 生き残りさえすれば、どうとでもなる。


 だが、美観は不可視化と乱数回避の並列展開で逃げ切ろうとする。

 肉眼からの不可視化は、霊視などの技術で無効化することも可能だ。

 何をすべきでないのか、これすらも理解できていない。

 恐怖で判断力が低下しているらしい。


「根性! 根性! ド根性ッ!」


 暁美が、叫びながら黄金の妖気玉を錬成する。

 神気と妖気という質の問題を凌駕する量で、籠手の装甲も防御強化している。

 水精神気の弾幕が、本体の暁美と黄金の妖気玉に分散する。

 美観の方に行った分も、黄金妖気のフレアに釣られた。

 誘惑と飽和を任務とした、使い捨て型アクティブ・デコイである。

 無謀に近い勇気だが、結果として伊衛門の神気弾に耐え切った。

 霊気のコントロールが出来ているから、合格点をやるとしよう。


「……潮時ですね」


 アリスンが飛翔し、打根の鎖で伊衛門を打ち据える。

 伊衛門が、死んだ魚のように浮き上がる。

 しかし、ビクビクと痙攣しているから生きているようだ。

 政治的判断から手加減して、無力化したのだ。


 今回、藤宮伊衛門は運が悪かった。

 アリスンは、あらゆる戦略や戦術を力尽くで捻じ伏せる。

 卓越した、神域深度の想念にものを言わせるだけの力業。

 人の規格で測れる、人智の範疇を逸脱している。

 滅することが能わない、暗黒神話の存在。

 伊衛門の、指揮官から最大攻撃で潰そうという首狩り戦術は間違っていない。

 威力の低い飛び道具で、新兵から狙撃という戦術も間違っていない。

 ただ、ツキに見離されていただけだ。


 次に、チェックポイントに設定している伊衛門島の祠へ行く予定である。

 この時期、島の旅館には市外からの観光客が滞在している。

 伊衛門との交戦による騒音で、深夜の眠りから醒めているだろう。

 我々は妖気を身に纏い、肉眼からの不可視化を完了させる。

 観光客が霊視などの技能を持たない限り、発見される心配も無い。

 それに霊感を持つ者は少数派だから、発見されても証言の信憑性が低い。

 藤宮伊衛門の息子である拓喜吉と、遭遇しないように留意するだけで充分である。

 彼が、旅館の経営者だ。


 祠の上空に、黒衣の少年が浮揚して待っていた。

 結城樫緒である。

 不可視化を解除しなくても認識しているようなので、ホバリングしたまま話す。


「真夜中に騒々しくて申し訳ないが、旅館に宿泊していたのか?」

「ええ、近場ですが家族旅行ですよ。父が貧乏性なもので」


 詳しい話が聞きたいと言うので、祠の前に全員で着地する。

 不可視化を解除すると、暁美が前に出る。

 その背後に、隠れるように美観が続く。

 美観も生前は、樫緒と友達だったという。


「奇遇よね! カッシー!」

「……かしおくん……?」


 樫緒が美観の、もげた片腕を見る。

 断面は岩塩の無機質な純白である。


「死人を歩かせて……面妖な画家を思い出します」


 樫緒は似たような経験が、あるらしい。


「……初めましてかしら? 黒須教会のアリスンと申します」

「ああ、教会の面妖なシスターですね」

「……善悪を判断して、善を選択しているだけです」

「それが、貴女の正義ですか」


 樫緒は、アリスンの信仰と謙遜に懐疑的なようだ。

 確かに、黒須教会の暴力シスターと一部で有名である。

 現在も夜の散歩という名目で、夜戦訓練だ。

 アリスン自身が率先する理由は結局、必要だと理解しているからに他ならない。


 アリスンも、彼女なりに最善を尽くしているのだ。

 だが、秩序と既存のルールが何よりも優先される、平和な世界に馴染んでいない。

 論理外の論理を競い合う、魔術師としての戦争に適応し過ぎている。

 最良の指揮官を、将校を揃えるという戦略次元の課題を優先している。

 平和な世界において居場所のない異物。

 戦争中には称賛された英雄が、戦後には石もて追われる。


 それでもなお、アリスンは淡々と戦争の準備を継続する。

 並行宇宙間戦争を想定した戦略として、新世代を教育する。

 彼女は迷いを隠して、自らのルールを適用する。

 魔術という外道の知識を、流出させている。

 邪神の理だと、自己嫌悪しながら。

 実際、夜刀浦における異形との戦闘は魔術師として教育された者が活躍している。

 アリスンの教育は、外宇宙から飛来する異次元の存在を想定しているからだ。


 アリスンにとって信仰とは、雑念を排除する技術に過ぎない。

 心を深く集中させ、神域の深度という限界を突破する方式である。

 最高純度の信仰により、無尽蔵の神気を高次元空間から汲み上げる。

 神域の想念で、高次元の神気をコントロールすることで極大の戦闘能力を得る。

 戦争を前提とした偽善であることは、本人が一番よく知っている。


 この世における人生は、抵抗しがたい不幸に見舞われることになっているのだと。

 それは諸行無常という、この世界の真理でもある。

 どれだけ信じようと、戦争で戦闘能力を競い合い敗北すれば死ぬ。


 ゆえに、アリスンは転生輪廻のシステムを維持することが最優先である。

 地球上から人類という種が消滅しても、転生輪廻が継続すれば良しとする。

 この地球という惑星が消滅しても、宇宙が維持されれば良しとする。

 信仰を理由に殺し合う事の凄惨さは歴史的経緯から理解しているが、止めない。

 それが、シスター・アリスンの聖戦である。


「この世に存在する全ての宗教は、偽りということですか?」

「……私は、ただ十字の神を信仰するのみです」

「狂信者とは、その情熱ゆえ話になりませんね」


 シスター・アリスンと結城樫緒による、神学の議論が終わる。


「ぼくは旅館に戻ります。姉と両親を待たせているので」


 黒衣の魔少年は空間転移で立ち去った。


「RTBを許可。帰宅するまでが遠足です」


 アリスンの宣言で、夜戦訓練の前半が終了する。

 アリスンにしては妙に素直なので、何かあるに違いないと警戒。

 黒須教会にReturn To Baseした後、美観の腕を再構築する必要もある。


 ……。


 教会で美観の腕も完璧に再構築した後、私は自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 結局、黒須教会に到着するまで何も無かった。

 アリスンが、我々に合わせて訓練メニューを向上させると思ったのだが。

 意外と気分屋のようである。


お読みいただき、ありがとうございます。


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