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17話 教育による新世代の育成

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 仕事の後で、携帯のメール着信を確認する。

 ユグドラシル宇宙の幻夢境から、シスター・アリスンが帰還したようだ。

 私も教会に来るよう指示された。


「……夜の散歩に行きましょう」


 アリスンは、私が教会に到着するなり宣告する。

 審判の時か。

 実質、夜間における長距離偵察行動の訓練である。


 修道服に身を隠したアリスンは、深い呼吸とともに虚空を見つめて瞑想に入る。

 単なる物質として教会の聖堂を見ては、いない。

 さまざまな霊的ヴィジョンが、鏡に映るように浮かんでくるという。

 霊視も併用した洞察力だろうが、すでにみんな知っているのである。


 礼拝堂を血で穢すべからずという、罰に違いない。

 流血と苦痛からなる妖気の浄化が、完璧じゃなかったのだ。


 シスター・アリスンは信仰の人である。

 信仰の人とって信仰の持つ意味は無神論者には理解しえない次元の意味を有する。


 シスター・アリスンは本質的に戦士であり、同時に兵士でもある。

 かつて故郷たる世界の消滅に立ち会った、彷徨える敗残兵だ。

 人間として戦争を嫌い抜きながらも、どこかで戦火に恋焦がれる人間である。

 アリスンは戦場で幻想を悉く削られ、生命について一切の幻想を抱けなくなった。


 この世における人生は、抵抗しがたい不幸に見舞われることになっているのだと。

 それは諸行無常という、この世界の真理でもある。


 徹底的な実利主義者として、アリスンは自分自身が世界平和に貢献しないと自覚。

 ゆえに、新世界の建設を渇望している。


 アリスンの戦略における基本骨子は、教育による新世代の育成である。

 黒須高校に魔法学を教える神智科を創設したのは、アリスンの意思である。

 実際、魔術師による魔導軍士官学校と言える。

 魔導士官としての魔術師を育成しているのだ。

 何をすべきでないのか、これすらも理解できていない士官が嫌われる。

 誰だって、自分の隊に未熟な厄介者を抱え込みたいと思わない。


 飯綱大学の隠秘学科もミスカトニック大学と同じような、一種の将校教育である。

 事実上の、『魔軍大学』と表現しても過言じゃない。

 教えていることは、何をすべきでないのか、という究極的に単純なことだ。


 友軍の足を引っ張るな。

 しかる後に、経験を積んで敵を撃て。

 それだけである。


 実際、新兵に対してベテランは殆ど何も期待しない。

 邪魔をしないで、少しでも役に立てば望外の拾い物とすら考える。


 パラベラムが、モットーである。

 ラテン語の諺 Si Vis Pacem, Para Bellumに由来している。

 汝、平和を望むならば、戦いに備えよ。

 そんな意味である。


 人間を殺したり傷つけたりしては、ならない。

 それが社会の常識である。

 しかし、武士や騎士、現代ならば兵士として生きることを選択した戦士は逆だ。

 人間を殺したり傷つけたりする、仕事である。

 職業に貴賎なし。

 国家に軍事力は不可欠である。

 それが世界の常識である。


 結局、私はシスター・アリスンの威圧感に勝てず、来海暁美を呼びに行く。

 偵察は可能な限り、ツーマンセルを維持させる必要がある。

 伊藤美観も呼ぶとしよう。

 これも教育訓練だ。


 そう言えば、暁美が美観と親友となった切っ掛けは名前だったという。

 暁美も『くるみあけみ』で、『みみちゃん』だ。

 美観の『ミミちゃん』と、かぶっている。

 その縁で、美観は人外として異形の復活を遂げたのだ。


 この教会、豪華で厳つく広いので部屋が余っている。

 黒須教会の様式は、欧州の本格的な教会に近い造りでロマネスク建築だ。

 上空から見れば、ラテンクロスの形である。


 本来、この規模の教会なら30人くらいの修道女が居てもおかしくない。

 大十字社長が、億単位で御布施を喜捨しているのだろう。


 ……。


 教会の前に、暁美と美観が並んでいる。

 二人とも機械仕掛けのバックパックを身体にハーネスでガッチリと固定している。

 両腕に、分厚い装甲の武骨なガントレットも装備している。


「覚悟完了!」

「……こわい……」


 シスター・アリスンが視線を私に向ける。


「……結構。これより通達を告げます。鹿戸さん」

「はっ!」


 私は副官として、修道服なのに野戦将校の如きアリスンの命令に服従する。

 今回は、新型の演算宝珠による空中浮揚の魔法と、応用たる飛行の訓練だ。

 グレベニコフ教授の反重力プラットフォームと、同じスペックに改良してある。


 前傾して、『前方に落ちる』感覚で、前進可能となる。

 上昇する高度や、浮上させる重量の調整は、内部の空洞構造効果で決まってくる。

 グレベニコフは、高度300メートルまで上昇できる数の昆虫の殻を入れていた。

 私の演算宝珠も、高度300メートルに最適化した。

 理論上は、最大で時速1500kmという超音速のスピードで飛行可能である。

 物理法則の数式から説明すると長くなり過ぎるので、詳細な説明を端折る。


 それから、フォース・フィールドによる不可視可も可能だ。

 無限積層体は、空洞構造効果による妖気の操作を可能とする。

 銃弾などの物理攻撃に、妖気で対処する方式の一つだ。

 照準が困難になる。


 プラットフォームも、フォースフィールドが周囲の空間を上向きに切り取る。

 同時に、地球の引力とも切り離し、不可視の円筒形状空間を作りだす。

 だが自身と周囲の空気は、そのままその切り取られた円筒形状の空間内に留まる。

 それによって、自分が視覚されなくなるのだろうとグレベニコフは考えた。


 そして、ガントレットにも武器を仕込んである。

 これまでの実験で蓄積したデータを有効に活用している。

 軽薄短小にダウンサイジングする研究は、時間と資金の問題で後回しだ。


 今回の訓練は、夜間に伊衛門島の中心に存在する祠まで往復する。

 姿を隠して、可能な限り魔力反応を抑えて長距離飛行というハードな訓練だ。


 伊衛門島は、黒須町海岸の沖合いに存在する島である。

 鬼門島というのが本来の名称だ。

 昭和初期に藤宮伊衛門という風景写真家が島を買い取り、木造スタジオを建てた。

 藤宮伊衛門は、そのスタジオに住んでいた。

 それ以来、『伊衛門島』という名前で呼ばれている。

 決して広くない島である。

 だが、ソテツや羊歯が密生する亜熱帯性ジャングルを思わせる林や、洞窟もある。

 見所には、事欠かない。

 藤宮伊衛門は写真集を何冊か刊行したのち、忽然と行方を眩ましている。

 現在、木造スタジオが観光客の休憩所として使われている。

 役所などで調べると島の所有者名が『藤宮拓喜吉』に書き換わっていると分かる。

 島のキャンプ場に居る可能性が高い観光客に発見されないことも訓練に含まれる。


 私とアリスン、暁美と美観という組み合わせで、ツーマンセルを組む。

 4名の小隊規模だが、アリスンという規格外の訓練将校が戦力を底上げする。


 RPGの基本は、レベルを上げて物理で殴る。

 魔術師も基本的に、位階を上げて物理で殴る。

 真の魔術師たるシスター・アリスンは、その基本に忠実である。

 地味で堅実という、基本の恐ろしさを体現している。

 高強度ベリリウム銅のナイフに鎖を取り付けた、打根という武器。

 正式な打ち根拵えじゃないが、それは問題にもならない。

 その、単純な物理攻撃の威力が桁外れなのだ。

 アリスンは、神気のビームウィップを使える。

 アリスンは、妖気のビームウィップも使える。

 魔導刃の高度な応用たる、それらの選択肢を必要としていない。

 選べないのでは無く、選ぶ必要が無いのだ。

 鎖の全長は2メートルしか無いが、2メートルの大剣を振り回すようだ。

 シスター・アリスンの機動力なら、2キロの距離だろうと一瞬でゼロとなる。

 その近接戦闘で2メートルの剣に対処するのは、非常に困難である。


 暁美や美観は装備だけなら充分だが、訓練不足の新兵でしかない。

 しかし、今回に限り私が足手まといになりそうだ。


 私は右手に、頼りない金属片を握る。

 今回、私に装備として許可された道具は、この5グラムの金地金のみ。

 私が知る魔法という技術の方式において、幾つか使い道が存在する。

 金メッキじゃないことを、良かったと思うことにする。

 純金製じゃなければ、微かな黄金の霊気も発しないからだ。

 この黄金霊気を発する小さな金塊を、飛行魔法の発動体とする。

 魔力を誘導する道具という意味において、最低限に過ぎない魔導具である。

 それに、300メートルも浮くと空間歪曲の影響で、胸がムカつく。

 肉体や幽体を保護するために必要な諸々の安全策が出力の不足で使えないからだ。

 こんな低空飛行じゃ、上昇限度が4000m級のヘリコプターにも遠く及ばない。


 まあ良い。

 シスター・アリスンが装備している武器も、今回は打根が一挺のみ。

 得意とする打根の二刀流は、使わないという。

 防具も装甲服じゃなく、修道服しか装備していない。


 生き残りさえすれば、どうとでもなる。

 生き残るという事の障壁が想像以上に高いという事を度外視すれば、であるが。


 ……。


 フォースフィールドを展開し、高度300メートルまで直ちに全力で上昇。

 黒須教会から、黒須町海岸まで飛行。


 島から、こちらに向かって泳ぐ巨大な黒い魚影を発見。

 目測だが、30メートル級と判ずる。

 シロナガスクジラのような巨体だ。

 可能な限り魔力反応を抑えているのだが、勘が鋭いようだ。


 我々、訓練小隊が海上にホバリングすると、Deep Oneが飛び魚のように出現する。

 転生輪廻という世界の助けを拒み、救済を受け容れない、業の深き者である。

 場合によっては、輪廻に戻し、転生させることも勘案すべきだろう。


 巨大な半人半魚の怪物は、かつて藤宮伊衛門だった者である。

 高度300メートルまで到達し、水精の妖気で強化された鋭利なヒレによる斬撃。

 アリスンが打根の鎖による、神気で強化した堅固な防御。

 そして、力尽くの蹴りで海中に叩き落とす。

 縄張りの海域に侵入した、こちらが悪いのだが。


 下手に殺すと飯綱宗家が煩いので、手加減しなければならない。

 その事実に、私は神経を磨り減らす。

 戦艦娘のアーマーガールズは、上手に回避している。

 特に、他者の接触を忌避する伊藤美観の瞬間機動が素晴らしい。


 伊衛門は何度叩き落そうと飛び出し、両腕のヒレによる二刀流の斬撃を繰り出す。

 鬼門島には、藤宮伊衛門の息子である藤宮拓喜吉が住んでいる。

 種族の血に拘る伊衛門は、決死の覚悟で挑んでいるのだ。

 まるで、父なるダゴンの如き雄姿である。


「おーん! おーん!」


 伊衛門は己の力量不足に慟哭しているようだ。

 30メートルも有する桁違いの巨体も、アリスンが有する桁外れの暴力に及ばない。

 新兵の訓練に付きあわせて、申し訳ないくらいだ。


 常にユーモアを。

 ユーモアもないような人間は戦場で自己を落ち着かせることもできないのだから。


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