16話 二人目のアーマーガールと呼ぶ
暁美は、オーラの伸縮による魔導刃の形成に成功したからか、調子に乗っている。
「あたしもシスターみたいに飛びたい!」
暁美が、シスター・アリスンの真似をしたいと駄々をこねる。
仕方がないので、暁美のハーネス型安全帯から機械仕掛けの背嚢を取り外す。
本来、『八寸の延金』を補助するだけの単一機能しかない試験品だが、少し改造。
グレベニコフ教授のフライングプラットフォームと似たような構造に組み換える。
部品の換装と並行して、コントローラーも増設する。
それだけでしかない、改造である。
重い機械仕掛けのバックパックを、暁美の身体にハーネスでガッチリと固定する。
コントローラーを操作した暁美の身体が浮遊した。
「おおぅ! 飛んだっ!」
「少し浮いただけだろうが」
重力操作を応用した慣性制御である。
単なる反重力の上昇ではなく、任意の方向を下と定義し、前方に落下することで前進する。
本来、前後のみならず上下左右に自由自在だ。
しかし、グレベニコフのプラットフォームと比較して効率が、かなり低い。
試作品を実験的に改造した、粗悪品でしかないからだ。
聖堂の床から、15センチくらい浮くだけのホバー移動が限界である。
フラフラと安定も悪く、今にも床に墜落して転びそうだ。
「シスターは、飛びながらビームウィップ出してたよね!」
「バカ、止めろ」
暁美がコントローラーを片手に、もう片手の軍用シャベルで魔導刃を形成する。
そして、当然のように落ちて転ぶ。
まるで、出刃包丁を持ったまま階段を踏み外したような転び方である。
「ギャアッ! ブシュっとイっちゃった!」
「言わんことじゃない……」
魔導刃が不用意に触れたので暁美は、あわや手首切断かという大怪我を負った。
動脈を圧迫して止血、そして暁美から機械仕掛けのバックパックを取り外す。
「いたた……! 痛いよぅ、ヘロヘロさん……!」
いつもの威勢は鳴りを潜め、少女は涙目で訴えた。
手首を押さえた指の間から滴っているのは、真っ赤な鮮血だ。
「応急処置にも道具が必要だ。少し待ってろ」
「痛いよぅ……」
こんなことも有ろうかと、幾つか医療器具を用意している。
私は無免許のヤブだが、少しばかり医療知識を持っている。
「……けが……?」
「わ! あかりちゃん、ありがとう!」
聖堂の隅で伊藤美観の頭を撫でていた糸神暁里が、暁美に近寄る。
私が縫合針や手術糸などを用意し戻るころには暁美の片手が包帯で巻かれていた。
糸神暁里の手から、包帯の束が伸びている。
解れた布の先で少女の千切れかけた手首を絡め取り、元通り手首の傷口を戻す。
切断された骨格の機能は、包帯の束が補っているようだ。
これは、『真理の糸』という名前で呼ばれる、神気の糸によって編まれた包帯だ。
半ば物質化した神気の糸によって編まれた、しなやかで強靭な聖骸布の一種。
神気による霊的繊維は、皮膚と筋肉の、時には骨格の代替さえも務める。
伸縮自在にして再生も無限の包帯は、私が暁里に与えた機能の一つだ。
暁里が神気を練る限り、永劫を維持する。
私が暁里の情報認識ブロックを緩和したので、自発的に行動したようだ。
嬉しい誤算である。
暁里が包帯から手を離すと、手首に巻かれていた包帯が、ひとりでに解けてゆく。
晒け出された暁美の手首には、そこにあるはずの痛々しい傷口が無い。
、最初から怪我など無かったかのように、すべすべした白い腕があるのみ。
改造人間としての再生能力を持つ暁美も、完治するまでには少し時間が必要だ。
指を失った場合は、完璧に再生するまで一ヶ月くらい。
今回の負傷も、その程度の時間が必要な予定だったと判断する。
これこそ、私が糸神暁里に与えた能力の一端である。
本来、今しばらく時間のかかる暁美の傷を瞬時に癒したのだ。
神気は糸を練るように練成し、妖気は鉄を錬るように錬成する。
神気は糸のように細く、なるべく長く魔力を流すイメージで練る。
回転する糸玉を創造するように、神気を練るのだ。
妖気は、ドロドロに熔けた鉄を渦動させるイメージで錬る。
宇宙空間で誕生したばかりの赤熱する惑星が自転するように、妖気を錬るのだ。
……。
暁美と暁里の暁コンビは、聖堂の床をモップで掃除している。
暁美の血液が床に撒き散らされ、文字通り血塗れだったからだ。
血で汚したままだと、シスター・アリスンが間違い無く怒るだろう。
私は聖堂の隅に居る美観の隣で、ガントレットを製作している。
安全設計として基本的なフールプルーフの概念には不足してるが、無いよりまし。
手持ちの部品や革手袋を素材として、分厚い装甲の武骨な籠手を作る。
コントローラーとしてアームターミナルを組み込んでいると、視線を感じる。
伊藤美観が、こちらを視ているのだ。
「……あけみちゃん……ういた……」
「興味が有るのか?」
美観がコクリと肯いた。
肯定のようだ。
伊藤美観の霊魂から知性が消滅していない、証拠である。
周囲に対する恒常的な恐怖心より、好奇心が勝ったようだ。
部品を換装している途中の、『演算宝珠』を美観に合わせて調整することにした。
しかし、美観は言葉に不自由している。
親友から聞き出すのが、効率的だろう。
「あけみちゃん、ちょっと来てくれないか?」
「なにかなっ!」
暁美がモップを片手に、トテトテと力のない歩き方で来た。
言葉の威勢だけは良いが、少し血が足りてないようで元気も不足している。
まあ良い、話を聞くだけだから掃除より負担も少ないだろう。
「ミミちゃんって、ゲームをする子か?」
「んっ! ミミちゃんってFPSの世界ランカーなんだよっ!」
生前の伊藤美観は、First Person shooterとして、世界的な腕前を誇っていた。
軍役の経験はオンライン限定だというが、知識だけなら充分だ。
FPS症候群を自覚していた美観は、スポーツで狩猟本能を昇華していたという。
それでも、スポーツチャンバラやサバイバルゲームを選択したようだが。
伊藤美観の攻撃衝動は心的外傷後ストレス反応だけでなく、霊魂の傾向性らしい。
先天的に、物騒な霊魂の娘なのだ。
ネットゲームの某FPSと同じ操作方法に、ガントレットを組み上げた。
指運びのみで浮遊移動の操作が可能だが、今回は攻撃機能を総て取っ払った。
暁美と同じように失敗しそうだし、美観の霊魂は傾向性として、攻撃的に過ぎる。
伊藤美観に、ハーネス型安全帯と籠手型アームターミナルを装備させる。
美観は、他者からの接触を恐怖し嫌悪を抱いているので手間がかかる。
私は、可能な限り言葉で美観に説明し、必要不可欠な部分だけ暁美に手伝わせる。
同じ女性の魂ならば忌避の感情も少ないだろうという、私なりの配慮である。
重い機械仕掛けのバックパックを、美観の身体にハーネスでガッチリと固定する。
砲台のような機械仕掛けの背嚢と、分厚い装甲の籠手を装備した女の子という姿。
二人目のアーマーガールと呼ぶべきか、戦艦娘と呼ぶべきか迷う装備である。
後は、コントローラーを操作するだけで美観の身体が浮遊する。
しかし、暁美のように墜落されると困る。
グレベニコフのフライングプラットフォームと同じくらいの機能に改良したのだ。
今回は、階段から転ぶ程度の負傷じゃすまない。
最初に、私が浮遊して見せることにする。
霊気によって空中浮遊する、技術として存在する方式の一つだ。
聖堂には、黄金の霊気が満ちている。
暁美が撒き散らした、流血と苦痛からなる、黄金の妖気である。
浮遊した時に発散した、黄金の神気も混合しているようだ。
陰陽の黄金霊気が聖堂に、限定的ながら太極を開いているのだ。
専用の装備が無くても、魔術師なら浮ける。
私は常備している舎利入り都五鈷杵を、霊気の増幅器として装備する。
このフローティングの場合、仙道魔術の領域であるため空中に静止するだけだ。
今回は単なる見本なので、それで充分だろう。
まず、都五鈷杵の両端を両手で包み込むように持つ。
南を向いて腹式四拍呼吸法を繰り返す。
1・2・3・4と吐く
1・2と止める
1・2・3・4と吸う
1・2と止める
繰り返しながら、都五鈷杵に意識を集中し、エネルギーの塊として金色に燦然と光を放っているとイメージする。
この黄金の霊気を吸収し、全身に霊気を満たす。
それから黄金のエネルギーを周囲の空間に放射させる。
この放射した霊気の空間を5センチ、10センチと拡大していく。
もし途中で消えたら、まだ霊気の練成が足りないわけだから、さらに黄金の霊気を強化する。
充分に強化したら15センチ、30センチと広げていく。
途中で消えるようなら、さらに腹式四拍呼吸法を繰り返す。
1メートルくらいで消える心配がなくなる。
さらに、2メートルくらいまで広げる。
空間を充分に強化したら、空中に浮いている状態をイメージしていく。
毎日これを繰り返し、空中浮遊の方法をトレーニングをしていくと、10センチくらい浮き上がることができる。
5グラムくらいの純金を用意すれば、微かだが黄金の霊気が発生する。
魔術師なら、トレーニングしておくべきだろう。
それから、どんどん黄金の霊気を強めて空間を変形させていく。
エネルギーが充分に強くなったら、イメージするだけで浮き上がるようになる。
「目もくらむような黄金の光輝を発している」と、強くイメージすることがコツだ。
しかし、墜落しやすいので注意が必要だ。
1メートルくらい空中に浮遊するだけでも、相当な空間の歪曲が発生するので、多少むかつく感じがする。
ほんの一瞬でも意識の集中が途切れると落ちる。
空中浮遊の方法を修得した久米の仙人も、川で洗濯する美少女の脚に見蕩れて墜落した。
舎利入り都五鈷杵を使うと、イメージだけの方法に比べ、わりと簡単に空中浮遊のフローティングができる。
イメージトレーニングにパワーを持った道具を組み合わせると、わりと簡単に空中浮遊できるのだ。
実践こそ魔術の真理である。
霊気の増幅装置としてパワーを持った道具の入手は、それなりに困難だが。
私の場合、探すより作る方が手っ取り早い。
美観が自分自身で演算宝珠を操作したので、身体が浮遊する。
10センチくらい浮遊するだけで止める。
私が、手本として浮揚して見せた高さだ。
恐る恐る、という感じで前後左右にホバー移動する。
ゆっくりクルリクルリと、聖堂を回る。
ホバーボードと同じような玩具としては、充分なようだ。
暁美と美観の美文字コンビで遊べるように、もう一つ作ってやるとしようか。
……。
結局、全員で黒須教会の掃除を終えて、私は自分の部屋に帰還する。
私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。
しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。
「おかえり、ますた」とレディは言った。
「ただいま、レディ」
明日の予定は、演算宝珠の製作である。
仕事を終わらせたら、地下実験施設で作るとしようか。