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15話 砲台を背負った戦艦娘

 今日も仕事を終えた後、地下実験施設に来ている。

 孤独に忍耐し、装備の生産である。

 生産など、慣れと根気と諦めと惰性だそうだ。

 誰が言ったか、忘れたが。


 明日は黒須教会に行く予定なので、土産を用意している。

 シスター・アリスンが、ユグドラシルの幻夢境を管理しに行っているからだ。

 世界を管理し見守る存在、実在の女神として、そんな仕事を私は頼んでいる。

 アリスンからは、留守番している暁美の様子を視てくれと、視察を頼まれている。


 毎日、暁美は軍用シャベルを手に四拍呼吸を繰り返している。

 オーラの伸縮による魔導刃の形成、『八寸の延金』をトレーニングしているのだ。

 心を深く集中させる必要がある。

 しかし、イメージが不安定なようで未だ成功していない。

 ゆえに、補助器具として神気の制御装置を与えることにする。


 来海暁美は改造人間である。

 常人を遥かに凌駕する、神気の練り上げが可能なように調整されている。

 テレビ番組の超能力ショー程度なら、世界に干渉することも容易である。

 本気なら、人体発火現象の連射など、個人で重火器並みの火力を行使し得る。

 しかし、精神が未熟なので暴走のリスクが高い。


 人間の精神は量子のレベルで力となり、霊子のコントロールが可能である。

 それには、心を深く集中させる必要がある。

 集中の深度が一定の限界を突破すれば、波動としての魔力を操作することも可能。

 魔力は、粒子としての霊子の一側面である。


 霊子のコントロールは、変性意識状態だと効率が高い。

 トランス状態とも呼ばれる、入神状態である。

 いわゆる、神懸かりの瞑想状態だ。

 戦闘において全懸かりだと、単なる狂戦士でしかない。

 意図的な半懸かりを維持することで、人間としての知性を有効に使うのだ。

 単なる霊媒体質に任せた全懸かりの狂化より、遥かに困難な技術である。


 暁美は神気の量だけなら私を凌駕しているが、コントロールが甘い。

 その未熟さゆえ、容易に精神の均衡を崩し、狂化して暴走するリスクが高い。

 決して焦らせぬように注意して、ゆっくりトレーニングさせている。


 だが、伊藤美観が先に魔術師として覚醒した所為か、焦りの兆しが存在する。

 放置すれば、まず間違いなく暁美は暴走するだろう。

 弥縫策だが、補助器具を与えて、『八寸の延金』を成功させてしまうことにする。


 私は単一機能の試験品を製作する予定だが、一通りの基本が練れたら充分である。

 道具を使って魔術を紡ぎ、使う魔術を体に覚えさせる補助輪のような道具だ。

 最初に素材として、防水紙と接着剤を用意する。


 1枚の紙に10個の折り目を入れ、アコーディオンのように計20面できるよう作る。

 それを計7枚作る。

 底に置いた紙に、時計回りに30度回転させて2枚目を接着剤で固定する。

 さらに2枚目から同様に、30度時計回りに回転させて3枚目を接着固定する。

 そのようにして、全部で7枚重なったものを作った。


 空洞構造効果を発揮する、無限積層体である。

 もう一度同じ作業を繰り返し、二つの無限積層体が完成する。


 それから神気を制御するために必要な、珪酸系の仏舎利を舎利入れから出す。

 無限積層体のみだと、妖気しか制御することができないからだ。


 霊気は陰陽の両儀に分類される。

 四象八卦に細分化することも可能である。

 易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。


 陽気は、光の魔力たる神気。

 陰気は、影の魔力たる妖気。

 太極たる宇宙の霊気は、この陰陽に大別される。

 四拍呼吸や気功法など、気の感覚化をトレーニングすれば、誰でも感じ取れる。


 神気は涼しく気持ちが良い。

 そして密度が高くて細かい。


 妖気は生温かく気味が悪い。

 そして密度が低くて粗い。


 物理的な三次元現象として世界に干渉する効率は、妖気の方が高い。

 しかし、肉体を持たない幽霊のような怪異を殴るなら、神気の方が効率的である。

 だが、キリスト教のイエスが兵士の槍で完全に死んだように、神気は物理に弱い。

 妖気は物理に強く、神気は妖気に強く、物理は神気に強い。

 神気、妖気、物理、この三竦みに対応するため陰陽の霊気を操作する必要がある。

 アリスンのような例外者なら、神気の量が桁外れゆえ相性の問題も無視可能だが。

 未熟者の暁美には、質の相性による戦術から学ばせる必要がある。

 妖気の塊たる悪霊の憑依を、神気で落とすように。

 憑き物落としに限らず、銃弾などの物理攻撃を妖気で対処する方法も教えねば。


 霊子は親和的性質を持ったものに出会うと増幅され、排他的性質を持ったものに出会うと、それを避けて通るというものである。

 霊子と親和性のある人間には、ますます霊子、恵みが与えられ、霊子を排斥する性質を持つ人間には、だんだん霊子の光が射さなくなる。

 これが真相である。

 英雄や偉人たちの教えは、すべて霊子の親和性と排斥性という霊子物理学の第一テーゼに触れているのだ。

 イエスが、「持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われるであろう」と語ったことの真意なのである。


 無限積層体の紙細工が霊気の収集を開始する。

 空洞構造効果を発揮している。

 勝手に周囲の気を吸い込み始めた。

 もの凄い勢いで気の塊が出来ている。

 これは無限の積層である。

 まさしく、Infinite Stratosと呼べる積層構造体だ。

 霊気の核が発生すると、擬似幽霊のような存在が出来る。

 霊気の核を、珪酸系の仏舎利に入れる。

 空洞構造効果は、内部に充填する霊気の質が重要である。

 防水紙と接着剤で作られた空洞構造効果発生装置が上下に二つ浮遊している。

 無限積層体による反重力効果である。


 1988年、グレベニコフ教授は昆虫のキチン質殻に反重力効果があると発見した。

 彼は、ハンドルの付いたポールを板上に固定した装置を製作した。

 その、フライングプラットフォームで自由に空を飛びまわっていたという。

 積層構造体の角度を操作することで、重力を制御するのだ。


 私も、グレベニコフ教授のフライングプラットフォームと同じ原理の道具を製作。

 核を中心として、組み込んだ無限積層体の角度を機械的に調整するようにした。

 核に珪酸系の仏舎利を使用している。

 プログラムを走らせたコンピュータのように、霊子の操作を代理演算してくれる。

 神気によって世界に干渉し、想念を実現する如意宝珠としての機能である。


 如意宝珠は、あらゆる願いを叶えると信仰される宝の玉である。

 如意宝珠と仏舎利は同じものであると、古くから広く信仰されている。

 神気を増幅する機能は、文字通り仏舎利塔と同じである。

 形状も装備品としては重厚長大な、鋼鉄の仏舎利塔に近い。

 本質的に、神気操作を代理演算する如意宝珠なので、『演算宝珠』という名前だ。


 携帯に便利な軽薄短小な演算宝珠の製作は、不可能じゃないが困難である。

 時間と資金を節約するため、暁美には忍耐というものを学んでもらおう。


 演算宝珠の試作実験品が完成したので、自分の部屋に帰還することにした。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


 ……。


 私は今日の仕事を終えた後、黒須教会に来訪している。

 毎日、暁美は聖堂において軍用シャベルを手に四拍呼吸を繰り返している。

 オーラの伸縮による魔導刃の形成、『八寸の延金』をトレーニングしているのだ。

 今日も、暁美は四拍呼吸による神気の練り上げをトレーニングしていた。

 しかし、集中できていないようだ。


「ヘロヘロさん! いといとコンボが暗いんだよぅ!」


 いといとコンボとは、糸神暁里と伊藤美観の二人を指しているらしい。

 美観が聖堂の隅に蹲り、その横に暁里が無言で立ち尽くしている。


「……こわい……こわい……」

「……」


 暁里は、美観が怖がっていることを認識していないようだ。

 私は、岩塩の身体が崩壊しないよう糸神暁里の精神拘束を、強めに設定していた。

 しかし、暁里よりも設定が甘い美観の身体は安定している。

 暁里も、もう少しだけ箍を緩めていいだろう。

 私は、暁里の頭部を前後から挟むように触れる。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 腹式四拍呼吸法により神気を練り上げる。

 そして眉間の印堂から、後頭部の玉沈まで、緩やかに神気を通す。

 後頭部の霊的中枢でブロックしていた霊気の結節を精密操作し、少しだけ緩める。

 暁里の瞳が焦点を結び、怯える少女に視線を向ける。

 糸神暁里に与えた岩塩の脳髄が、感情という不安定な揺らぎを得たのだろう。


「……おんなのこ……?」


 暁里が、オズオズと美観の頭を撫でる。

 美観は蹲ったまま、両膝で顔面を隠すように縮こまる。

 さらに怯えているようだ。


「おおぅ! 仲直り!」

「あけみちゃんはトレーニングに集中しなさい」

「それより! それ何?」

「お土産だ」


 私は、試作した重厚長大な演算宝珠を片手に下げている。

 空洞構造効果による重量軽減で、持つと軽いが振ると重い。

 重量が減少しても、質量が変わっていないからだ。


 私は、演算宝珠を機械式背嚢として製作した。

 重い機械仕掛けのバックパックを、暁美の身体にハーネスでガッチリと固定する。


「動きにくいよぅ!」

「だが、『八寸の延金』を使えるようになるぞ」

「本当!?」


 大荷物で不便だが、試作品に過ぎないから重厚長大なのだ。

 巨大な機械式バックパックをハーネスで装備した暁美は、まるで戦艦娘だ。

 戦艦を擬人化したような、砲台を背負ったアーマーガールである。


「目も眩むような黄金の輝きを発している、とイメージしなさい」

「わかった! 黄金の輝きで目もくらむほどだ!」


 イメージの補正と演算宝珠の機能により、アッサリと魔導刃の形成が成功する。

 イメージの通り、目も眩むような黄金の輝きを発する光刃である。


「おお! ライトセイバーみたい! これって切れるのかな!?」

「演算宝珠の機能で、間違い無く斬れるから注意しろよ」


 魔道を指導していて気付いたのだが、暁美は暗黒光の魔導刃をイメージしていた。

 私や美観が、暗黒光の神気で魔導刃を形成するからだろう。

 私の場合は素質に応じた最適化の結果だし、美観も霊魂の傾向が暗黒側だ。

 しかし暁美の場合、黄金の神気が最適な素質である。


 暁美の喉元には肉体の変異で発生した、金属質に輝く黒の逆鱗が存在する。

 改造人間として調整された来海暁美の、逆鱗を構成する主成分は硫化鉄だ。

 その表層は、黄鉄鉱に近い。

 鉄と硫黄からなり、化学組成はFeS2で表される。

 磨いた色は真鍮色で、金属光沢を持つ。

 錆びて真っ黒なだけで、本来の色調は黄金である。

 その淡黄色の色調により金と間違えられることが多い fool's goldだ。

 暁美は、『愚者の黄金』を無意識における精神の色彩としている。

 暁美の神気は、黄金をイメージすることで最適化されるのだ。


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