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14話 波刃付き軍用シャベルは剣である

 今日は仕事が非番なので、黒須教会に来ている。

 よく晴れた、日差しが穏やかな午後である。

 裏側の墓地は広いので、運動場にも使える。

 夜は墓場で運動会ができるくらいだ。

 今は、暁美と美観にシャベルの素振りをさせている。

 私が学んだCQBのシャベル剣術は、基本の縦斬りトレーニングを重視する。

 ツヴァイヘンダーフランベルクという、ドイツ発祥の西洋剣術が原型だ。

 天真正自顕流など、日本発祥の東洋剣術も混じっているが。


「1・2・3・4!」

「……こわい……こわい……」

「何度も繰り返し言っておく。波刃付き軍用シャベルは剣だ」


 暁美を、そう言いくるめ、大剣を普段から担いで歩くのを止めさせた。

 鋼鉄の両手剣という銃刀法違反の装備を、コスプレだと言い張るのは無理がある。

 代わりに軍用シャベルを持ち歩くようになったが、一般常識の許容範囲だろう。

 私がネットでポチッた、およそ二千円の軍用シャベルである。

 シャベルの製造コストは極めて安価にして量産性抜群だ。

 誰かに装備の理由を聞かれても、家事手伝いの道具だという言い訳が効くだろう。

 何の手伝いかは、適当だが。

 普通の道具として、少しばかり深く身を隠すことの可能な穴を掘ることもできる。

 立派な塹壕の構築も可能である。


 シャベルによるクロース・クォーター・バトルは、各国の軍隊で訓練されている。

 現代も、歩兵の基本である。

 私が学んだシャベル剣術の、基本の構えは競技剣道と似ている。

 右手をシャベルの刃元に、左手を柄頭に。

 右足を一歩前に構える。

 正面の縦斬りが基本だが、振りかぶり方にコツがある。

 シャベルの刃を中段の構えから、左に流し円転して撃つ、右に流し円転して撃つ。

 敵対者の攻撃を想定し、左に受け流して撃つ、右に受け流して撃つ。

 シャベルの刃は、円転自在にして球転自在である。

 軍用シャベルの波刃による斬撃は攻撃力が高いので鍛錬を積み重ねる価値がある。


 波刃の剣フランベルジェと同じである。

 その波打つ刃が肉を引き裂き、止血しにくくするため、一般に殺傷能力が高い。

 衛生事情が悪い戦場では、破傷風などに感染して死ぬ例も多かったという。

 治りづらい傷を作るため、『死よりも苦痛を与える剣』として知られる。

 前線の兵士が敵兵の首を斬り落とすのにも都合がよい。

 敵兵の銃剣による攻撃を受け流すのに都合がよい、などの利点もある。


 CQBの原型として採用したのが、実戦剣術ツヴァイヘンダーフランベルク。

 波刃の両手剣を愛用した無名傭兵が始祖とされる、ドイツの剣術である。

 ドイツ人傭兵ランツクネヒト達の一人だったらしい。

 基本の縦斬りを、ひたすら素振りする流派だ。

 左右の受け流しから円を描くように大きく振りかぶり、斬撃を切り落とす。

 首狩りの横斬りは、少しだけトレーニングする。

 後は、古参兵の知恵を学びながら実戦で生き残り続けるだけ。

 縦斬りの素振りで基礎体力をトレーニングしつつ、生き汚く足掻き続ける。

 その実戦主義は、切れ味より攻撃力が優先の波刃剣に象徴される。

 波刃両手剣が、そのまま流派の名前になったくらいだ。

 流祖は忘れ去られし者と化したが、傭兵の流儀のみが現在も続いている。


「縦斬りの次は、横斬りだ。左足を一歩前に構える」

「1・2!」

「……こわい……」


 右半身だった構えを、左半身にスイッチする。

 左足を一歩前に構える。

 シャベルの刃を背後に構え、視線の先、前に横斬りを撃つ。

 シャベルの刃を上手く直撃させれば、敵兵の首を落とすことも可能である。

 文字通り一撃必殺の技術であるが、修得は困難だ。

 同門のシャベル剣術を想定しても、受け流されてカウンターの縦斬りを食らう。

 実戦で敵兵士に殺されたくないならば、地道に鍛錬を積み重ねる必要がある。

 私の訓練カリキュラムだと防御重視の縦斬りが大半で、攻撃重視の横斬りが少し。

 実戦なら、生き残りさえすれば経験を積み重ねることが可能である。


 シャベルの刃は、戦闘において刃筋を立て難い。

 ゆえに新兵は、遠心力を乗せた力尽くの大振りから訓練するものだ。

 クロース・クォーター・バトルの達人たる最古参の兵士だと、話が違うのだが。

 古参兵ともなれば、シャベルの刃による斬撃のみで容易く敵兵を殺す。

 かつて塹壕戦で最も敵兵を殺した道具が、シャベルである。

 シャベルは塹壕における最高の近接装備だ。

 銃弾や銃剣よりも、シャベルが武器として活躍している。

 銃剣より長く、ライフルより取り回しが容易で、一番頑丈な装備である。


 夜戦において、シャベルはサイレントキルに便利である。

 夜間の浸透戦術において不可欠のアイテムとも言える。

 夜間迷彩などCQB対応の装備も不可欠であるが。

 敵兵の死角に無音の匍匐前進で這いより、背後からの一撃で首を狩る。

 シャベル剣術は昼夜を問わず、汎用性抜群である。

 世界大戦において実戦証明され、現代も軍隊で訓練されている。


 基本の縦斬りのみをトレーニングして、袈裟斬りなど各人に応用させたりもする。

 下段構え切上による土砂の目潰しも小銃の照準を狂わせることが不可能ではない。

 剣術に於ける斬撃は、「唐竹(切落)」、「袈裟斬り」、「逆袈裟」、「右薙(胴)」、「左薙(逆胴)」、「右切上」、「左切上」、「逆風(切上)」、「刺突」の九種類である。

 夜戦の敵歩兵に対する、無音匍匐前進からの脛斬りも、下段の左右に含まれる。

 クロース・クォーター・バトルという戦術は、要するに殺人剣である。

 日本刀に執着するようだと、剣術じゃないということだ。

 シャベル剣術は本来、縦斬りの切落を素振りするトレーニングだけで充分である。

 後は、実戦で生き残りさえすれば経験知を得られる。

 訓練で流した汗が多いほど、実戦で流す血が少ないものだ。

 地道に何年も訓練を積み重ねて、素振りの合計が百万回を超えるころには達人だ。


 私は、暁美と美観に次のトレーニングを指示することにした。

 古流剣術の示現流と同じようにシャベルを『蜻蛉の構え』にさせたまま走らせる。

 最初、蜻蛉の構えは左足を前に出しシャベルを持った右手を耳の辺りまで上げる。

 シャベルの柄頭に左手を軽く添える。

 八相の構えに似ている。

 この特徴は左肱をそこから少しも動かさない、『左肱切断』というコツがある。

 これによって手元を動かないようにしておく。

 右手だけであたかも石を投げるように相手に向かってシャベルを振り降ろすのだ。

 これにより速い斬撃を送ることができる。

 現代の剣道では、剣を支える軸になるのは左手の小指である。

 また、構えるとき軍用シャベルの波刃を体の外側に向けて置く。

 捻り打ちに打ち下ろすため、斬る力が強いが、高度な技術が必要である。


 ……。


 蜻蛉の構えを維持した長距離走は、墓地を十周しただけで終わりにする。

 改造人間の暁美やロック・ゴーレムの美観と違い、私は単なる魔術師なのだ。

 一緒に走っていたのだが、私の体力が先に尽きてしまう。


「ヘロヘロさん! 本当にヘロヘロだよ!?」

「……こわくない……?」

「子供は元気だな。まあ良い、次のトレーニングだ」


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 腹式四拍呼吸法により神気を練り上げる。

 軍用シャベルの剣先に意識を乗せて、神気で増幅したオーラを伸ばす。


 人間の想念は量子のレベルで力となる。

 霊気を量子としての霊子と認識し、観測すればコントロールも可能。

 粒子としての霊子は、同時に波動としての魔力でもある。

 魔力を誘導する技術と方式の、基本たる魔導術式こそ四拍呼吸である。


 私はシャベルの刃金に、オーラによって30cmくらい延長した魔導刃を形成した。

 魔力でシャベルの刃を、魔導刃の刀身にするのだ。

 暗黒光の魔導刃である。

 赤紫色のブラックライトのような、深紫色の暗黒光だ。


 ……。


 『オーラの伸縮』が『八寸の延金』と本質的に同じ技術である。

 江戸時代初期の頃、真新陰流剣術の小笠原玄信斎長治が明国に渡り、漢の張良の末裔という者から『矛術』を学び、己の学んできた兵法と組み合わせて、八寸の延金という技術を編み出したと伝わる。

 この技術が日本剣術の各流派に伝わったのだ。


 八寸の延金の技法説明として、表の真っ当な方法から始める。

 柄をスライドさせて柄の長さ八寸の間合いを稼ぐ技法だ。

 体をさばき一瞬で片手打ちを放つ。

 その時、巧みに鍔元から柄頭に持ち変え、瞬時に間合いを稼ぐ。

 とある剣術漫画において、『流れ』という名称で登場している。


 しかし、裏技として仙道魔術に属する『八寸の延金』も存在する。

 剣先に意識を乗せてオーラを伸ばし光刃を構築する方法だ。

 武術よりも仙術に近い。

 小笠原玄信斎の場合、八寸の延金を方天戟のような中華風の矛で鍛錬し、日本刀の技法として応用したのだ。


 漢の張良。

 秦末期から前漢初期の政治家・謀将。

 漢の高祖劉邦に仕えた名参謀である。

 軍師として劉邦に仕えて多くの作戦の立案をし、劉邦の覇業を大きく助けた。

 蕭何・韓信と共に劉邦配下の三傑とされる。

 隠れ住んだ地で、黄石老人に太公望の兵書(六韜)を授けられて軍法を学んだ。

 張良は病弱と称して一度も戦場に立ったことがなかったが、劉邦は論功行賞の際、


「帷幄のなかに謀をめぐらし、千里の外に勝利を決した」


 として、その功績を高く評価した。

 その頭脳から出る策は軍事に留まらず、劉邦の事績のほぼ全ての領域に渡っており、


「張良がいなかったら劉邦は天下を取れなかった」


 と言うのは衆目の一致する所だろう。

 張良は元々病弱であったが体制が確立されて以後、病気と称して家に籠るようになった。

 その中で導引術の研究に取り組み、穀物を絶って体を軽くし、神仙になろうとした。

 気功法の源流たる吐納導引だ。

 呼吸法により、体に気を巡らせて強化する方法として有名である。

 四拍呼吸と共通点も多い。

 そうして編み出されたのが、『矛術』である。


 気を凝集した光の刃金により間合いを延長するのだが、実際の刃と同じで敵対者に回避されてしまえば無意味である。

 真新陰流剣術の開祖たる小笠原玄信斎長治も、この秘術を弟子の針ケ谷夕雲に破られて、


「畜生兵法」


 と、謗られてしまったのだ。

 地道な鍛錬こそ、結局は自分自身を一番助けてくれる。


 ……。


 伊藤美観は1時間くらいの四拍呼吸で、シャベルの剣先に魔導刃を形成した。

 私と同じ、暗黒光のオーラによる魔導刃である。


「ミミちゃん凄ぉい!」

「……ボク……こわい……」

「あけみちゃん、意識の集中が甘いよ」


 美観は、私が岩塩の身体を与えた、ロック・ソルト・ゴーレムである。

 カバラのティファレトに照応する胸部中央の霊的中枢を使いこなしているようだ。

 神気の糸で活動する、岩塩の肺腑も正常に稼働している。

 伊藤美観の霊魂は岩塩の身体に、よく馴染んでいる。

 霊肉不二にして霊主肉従を、見事に体現している。

 私がレディと一緒に苦労して創造したのは、無駄じゃないようだ。


 倶爾の海魔が出現しても、近接魔導戦に持ち込み魔導刃を叩きこめる。

 恐怖に急き立てられ、一切合財の躊躇をかなぐり捨てるに違いない。

 軍用シャベルの刃に宿した魔導刃を、迷い無く突き出すだろう。

 高密度の魔力とゴーレムの怪力により、正面から重厚な甲殻をも貫き穿つだろう。


 それに対して、暁美は未だ魔導刃を形成していない。

 暁美は才能だけならば、私を遥かに凌駕している。

 しかし、四拍呼吸による神気の練り上げに慣れていない。

 地道な鍛錬が、決定的に不足しているのだ。


 来海暁美は改造人間である。

 所有する潜在能力や魔力展開可能量は私以上にあるのだろう。

 だが、愚かしいことに暁美は神気による術式の組み方すら碌にできていない。

 魔力でシャベルの刃を魔導刃の刀身にする程度の術式も、美観にすら劣る。


 身体的な魔術の可能性は、暁美と美観で大差ない。

 暁美は、そのように改造されたし、美観は、そのように私が創造した。

 魔術の初心者である美観が一日で暁美を凌駕した理由は、集中力である。


 人間の想念は量子のレベルで力となる。

 心を深く集中させることで量子たる霊子を観測し、操作することが可能である。


 伊藤美観は、その意味において無限に湧き出す力の泉を体内に持っている。

 『心』は確かに霊魂の中枢として存在している。

 美観の胸に巣喰い、熱を持った毒を滾々と吐き出す暗い穴。

 少女の精神は陵辱され殺された時、世界の残酷さを悟り、決定的に歪曲した。


 この世における人生は、抵抗しがたい不幸に見舞われることになっているのだと。

 それは諸行無常という、この世界の真理でもある。


 存在の歪み、そのものが他者を害するための病んだ力を無限に生み出している。

 想念の深度が、世界法則の限界を突破しているのだ。

 それは、憎悪と呪い。

 怨念という負の想念であるが、負の熱量もまた力である。

 少女が恐怖による自縄自縛を克服した時、残酷極まりない惨劇を起こすだろう。

 その時、暁美が生き残れるか、私は心配である。


 基礎が不充分な暁美には四拍呼吸による神気の練り上げを指示した。

 焦らず緩やかに魔術の才能を覚醒させるのだ。

 美観のような急激に魔術の才能を覚醒させる方法は、外法である。

 美観の場合は偶然だが、『シャーマンの受難』に近いケースだ。

 試練が心を強くする。

 普通、極度の貧困や重病などの不幸を乗り越えることで霊魂が鍛えられ覚醒する。

 美観は重病を通り越した殴打による撲殺の即死だが、霊魂の試練で覚醒している。

 暁美は地道な鍛錬という受難で、穏やかに覚醒してもらいたいものだ。


 ……。


 日が暮れたので、暁美と美観をアリスンに任せ、私は自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 暁美が本気で四拍呼吸の実践を継続するなら、『八寸の延金』のコツを教えよう。


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