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13話 言語に不自由するゾンビ

 今日も仕事を終えた後、地下実験施設に来ている。

 結局、暁美の説得に失敗し、ミミちゃんこと伊藤美観の復活を約束してしまった。

 まったく、感情に身を任せる人間には困ったものだ。

 しかし、約束してしまった以上は、契約として履行する必要がある。


 仕事は、きっちり。

 嫌でも、しっかり。

 これが、社会人のルールである。

 現代人のマナーである。


 理性と言語に不自由するゾンビとして復活するなど本人も含めて悲劇でしかない。

 私見だが、秦陽子と糸神暁里の関係も悲劇である。

 歪んだ妄想のまま、永劫の夜を無限に歩き続けるだけの話だ。

 この前例から勘案するに、暁美が悲劇を認識するまでの繋ぎと割り切ろうか。

 連れて来た文車妖妃のレディに、一房の毛髪を手渡す。

 警察の伝手から入手した、伊藤美観の遺髪である。

 レディが作業台に遺髪を置き、その上に紙製の無限積層体を置く。


 その紙細工が霊気の収集を開始する。

 空洞構造効果を発揮しているのだ。

 勝手に周囲の霊気を吸い込み始めた。

 もの凄い勢いで霊気の塊が出来ている。

 これは無限の積層である。

 まさしく、Infinite Stratosと呼べる積層構造体だ。

 霊気の核が発生すると、擬似幽霊のような妖怪が出来る。

 この霊核に、転生輪廻を繰り返す霊魂を融合させるのだ。


 霊気は渦を巻いている。

 その渦の中心に霊気の核が出来ている。

 核を外に出してしまうと、霊気の塊と核は両方ともに散ってしまう。


 死霊の暴走で、手に負えなくなる前例が多過ぎて困るのだが、これも契約だ。

 私は慎重に、集まった霊気の中心に存在する核を補強していく。

 遺髪が帯びている霊気を増幅して死霊・伊藤美観を召喚する。


 霊子は周波性を持つということである。

 高周波は高周波と通じ、低周波は低周波と合うということである。

 多次元空間をも含めた大宇宙空間には、霊子のなかに伝達の意思を込めた念波というものが飛び交っている。

 この念波も、同波長のものしか通じ合わないのである。

 肉体を持つ人間でも、高級霊と同様の意識を持たなくては、高級霊とは感応できない。

 低級霊と感応しやすい人間は、やはり、その意識も低級霊と同調しているということである。

 これが錬金術における解析と操作の赤化である。


 ここで考えなければならないのは、人間の実体も霊体や幽体からなる光子体であり、霊子の性質をそのまま内包しているということである。


「ますた、よんだ」とレディは言った。


 死霊と化した伊藤美観の霊魂を、降霊することに成功したのだ。

 依り代として用意した珪酸系の舎利石に、霊気で包んだ伊藤美観の霊魂を入れる。

 伊藤美観は全体のサイズが小さいので、米粒くらいの白石に総ての霊気が入る。


『……痛い……怖い……』と死霊は言った。


 陵辱され殺された時の想念で、心がループしているようだ。

 純白だった舎利石が、呪いと憎悪で遺髪の黒色に染まる。

 黒髪の如き漆黒の舎利は、髪舎利という名前で呼ばれる。


 無理に復活させても悲劇しか発生しないと承知しているが、私は契約を履行する。

 伊藤美観の髪舎利を霊核として、岩塩人形の製作を開始する。

 せめて、外装だけでも生前より美しく創造してやろうか。

 糸神暁里の外装を制作した経験知もあるので、岩塩人形の生産だけなら容易だ。

 ついでに頭の中身まで、いじくるがな。

 玩弄者として殺されても文句を言えない外法だが、霊肉不二である。

 岩塩の肉に伊藤美観の自我を封じさせてもらおうか。


 ……。


 私は復活に成功した伊藤美観を連れて、夜の黒須教会に来た。

 花壇の横にシスター・アリスンが待っていた。

 レディは神気の精密なコントロールで、疲労しているので留守番である。


「……また、死人を無理に起こしたんですね」

「暁美と約束してしまったんですよ」

「……糸神さんと同じように、その子も預かります」

「ありがとうございます」


 唐突に、茫洋とした眼差しの美観が花壇の横に置いてあるシャベルを拾う。

 糸神暁里よりも自我の拘束を甘くしたので、ある程度の自由を与えてあるのだ。

 何の脈絡も無く、美観がシャベルの平べったいところでアリスンを叩く。

 シスター・アリスンは鍛え方が違うので、ノーダメージだ。

 微動だにしない。


「……こわい……」と美観が言った。


 美観は、ゆっくりとシャベルを振りかぶる。

 一瞬で回転し、シャベルの横をアリスンの首に叩きつける。

 野球のピッチングマシンのような、妙に機械的な動きだ。

 アリスンは充分に神気を張っているので、刀剣どころか銃弾にも耐えられる。

 神気による硬気功の一種である。

 常人なら遠心力の乗ったスライスで、首を斬り落とされていただろう。

 岩塩の身体は罪悪感という雑念で崩壊する脆弱な構造だが美観は動き続けている。

 人間に対してシャベルの連続攻撃を打っても、一切の罪悪感を抱いていないのだ。

 美観の心は、殺された瞬間のまま時間を停止し、恐怖で狂しているのだ。

 われ埋葬にあたわず、と。


「……子供の躾けは大人の仕事ですね」


 アリスンは美観の身体を優しく抱きしめる。

 美観は恐怖の感情が飽和した無表情で、アリスンの顔面をシャベルの刃で叩く。

 アリスンの神気による防御で、美観は軟らかい眼球すらも傷を付けられない。

 ガツガツとシャベルの刃が顔面を叩くのを無視して、アリスンが私の方を向く。


「……それから、悪い大人には罰が必要ですね?」


 アリスンが、暴れる美観を抱きしめる片手間に、ゆっくりと片手を私に向ける。

 文字通りの片手間であるが、私は死の予感に精神の均衡を崩しそうなくらいだ。

 正気度、SAN値直葬という気分である。

 私は光体のミスター・クロウリーを出して全力防御を用意する。


 だがシスター・アリスンの素手による斬撃が防御を貫き穿ち、全身に激痛が走る。

 秘神流の千手斬という、神気の刃による遠当ての連射だ。

 私は、浅く広く全身を斬り刻まれて血を流す。

 頸動脈などの急所は辛うじて防御に成功したが、出血が多い。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 私は、腹式四拍呼吸法による神気の練り上げによって回復を図る。

 一撃必殺の大技を選択されなかったので即死してないが、止血に失敗しても死ぬ。


 教会の扉が開き、暁美が飛び出して来る。

 美観の復活を、十字架を一心不乱に仰ぎ見ながら信じていたのだろう。

 戦闘の騒音で、ようやく私たちの到着に気付いたのだ。


「ヘロヘロさんとシスター! もしかして殺し愛?」

「……これは罪と罰。自覚を促がすのも愛ですから」

「それより! ミミちゃん復活したんだ!」


 シスター・アリスンは、殺し愛を遠まわしに肯定する主義らしい。

 そして、出血多量で文字通りヘロヘロな私に、暁美が抱きつく。

 血塗れで服が汚れることは、強化兵士として慣れているようだ。


「ヘロヘロさん! ありがと! グッジョブ!」

「糸神暁里より、狂しているがな」

「あかりちゃんよりも?」


 美観は、ガツガツとシャベルの刃をアリスンの顔面に叩きつけている。

 アリスンのような強者なら無傷でも常人ならば、とうに頭蓋を叩き割られている。

 暁美は、その事実に気付いたようだ。


「ヘロヘロさん! 予備の大剣! 青猫ロボの四次元袋みたいに出して!」

「伊藤美観を素直に死なせ、転生輪廻に戻してやるんだな?」


 私は光体の内部に格納していた黒い大剣を出して、暁美に手渡す。

 暁美が悲劇を認識するまでの繋ぎという、当初の予定通りである。


「違う! スポチャンよ! スポーツチャンバラ!」

「文字通りの真剣勝負による『死合い』じゃないのか?」

「ミミちゃんはスポチャン部の部長なの! ストレス解消なの!」


 生前の伊藤美観は、夜刀浦中スポチャン部の部長だったそうだ。

 暁美の予想だと、スポーツでストレス解消すれば美観も落ち着くという。


 暁美は、少し前まで血の気が多くて殺し合いをしたがる、残酷な娘だった。

 殴り殺す蹴り殺す斬り殺す撃ち殺す、で物事が解決すると思っていたのだ。

 普通の体育会系よりも軍隊よりの、複雑怪奇な脳筋だった。

 暁美が、慈悲の心を覚えつつあるのは祝福に値する。

 しかし剣を鈍らせかねないので、私は暁美が心配だ。


「大丈夫だって! ちょっと待ってて!」


 暁美は予備の黒い大剣を大地に突き立て、私物の両手剣を準備する。


「さあ来い! 当方に迎撃の用意あり! ミミちゃんこちら!」


 暁美の練りあげた攻撃的な神気に反応し、美観がグリンと無機質な美貌を向ける。

 シスター・アリスンの優しい拘束が解かれ、暁美と美観の真剣勝負が開始する。


 シャベルの刃による横斬りのスライスを、暁美が大剣を盾に防御する。

 分厚い鉄板に叩きつけられたシャベルの刃が歪む。

 続く、シャベルの刃による縦斬りを、暁美が防御。

 美観の膂力に耐え切れず、柄ごと木っ端微塵に砕け散る。

 シャベルの製造コストは極めて安価にして量産性抜群だが、その分だけ脆弱だ。


 美観は大地に突き立てられた、予備の大剣に飛びつく。

 致命的な隙を曝しているが、暁美は意図的に見逃す。

 美観がロック・ゴーレムとしての怪力で、黒い大剣を構える。

 それに応じ、暁美が改造人間としての膂力で、黒い大剣を構える。


「フェアに!」と暁美は言った。

「……あけみちゃん……?」と美観は言った。


 美観は暁美を認識し始めたようだが、容赦なく吶喊する。

 暁美は美観の殺意を認識し、歓喜の笑みで刃を受け流す。

 本質的に、笑みとは攻撃的である。

 間違いなく、笑うという行為は牙を剥き出しにする行為そのもの。

 威嚇以外の何物でもない。

 獲物を前にし、牙を剥き出しにした捕食獣の顔である。

 暁美の笑顔は魔獣の笑みにして、竜の笑みだった。

 美観は恐怖から、間合いを外すため円を描くように回避を選択しようとする。

 しかし、暁美は逃がさない。

 美観の歩法による回避行動は、霊魂に積み重ねた修練の知恵によるもの。

 だが、所詮はスポーツの領域を抜け出していない。

 暁美は8の字を描くようにして、美観の背後を取る。

 中国武術における八卦掌の歩法だ。

 何千年も戦争を繰り返した国の、クロース・クォーター・バトルたる戦術である。

 人殺しを追求して積み重ねられた、戦闘の芸術。

 武術とは敵を傷付け、時には殺すことで身を守る護身術。

 自在に殺せるからこそ、殺さないという選択も自在にできる。


「ミミちゃん防御して!」

「……こわい……」


 美観が大剣を盾に、防御するタイミングと合わせ暁美の一撃が、直撃する。

 大地を踏み締める岩塩の両脚が、衝撃を逃がし切れずに砕け散る。

 大剣を保持する両手から砕けなかったのは、美観の技量によるものだろう。

 スポーツで積み重ねた、地道なトレーニングによるものだ。

 残念ながら素人の限界を突破していなかったので機動力を失う結果に終わったが。


 両脚を失った美観が剣を捨て、匍匐前進で逃げようとする。

 訓練した兵士のように的確な匍匐前進なため、意外と速い。

 しかし、暁美が素早く抱き上げる。


「ミミちゃんって、スポチャンだけじゃなくってサバゲーも好きだもんね!」

「……いや……こわい……」


 夜刀浦中学には、サバイバルゲームも部活動として認められているらしい。

 最近の女子学生も、実に活動的であることだ。

 生前の伊藤美観は、さぞかし元気一杯で男勝りの少女だったことだろう。


 暁美は、両脚を失いながらもジタバタと足掻く美観を私の前に運ぶ。

 赤ん坊を抱いてあやすような感じだ。


「ヘロヘロさん、ミミちゃんの足って治る?」

「霊核は無傷だし、素材の岩塩を調達するだけだから簡単だ」

「やった! ミミちゃん! 目指せ伊藤一刀斎!」

「……こわい……」


 伊藤とも呼ぶが、伊東一刀斎じゃなかったか?

 それに伊藤は、美観にとって生前の姓でしかないのだが。


 まあ良い。

 暁美は美観と、武を競い続ける心算らしい。

 単純にゴーレムの怪力は、改造人間の暁美をも凌駕する。

 美観が地道に鍛錬を積み重ねれば、技術も兼ね備えるに違いない。

 暁美は美観という、対等に戦闘することが可能な好敵手を得たのだ。

 結末が悲劇と確定しているが、今回は物語を続けさせるとしようか。


 ……。


 厄介なロック・ゴーレムを修繕し、アリスンに後を任せ、自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 伊藤美観の胸部中央に、珪酸系の舎利石を霊核として埋め込んである。

 暁美には、真剣勝負でも弱点の核を攻撃しないように注意したから大丈夫だろう。

 レディと協力して手間暇かけた霊核を簡単に壊されちゃ、私も困る。


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