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10話 ヒヒイロカネ生産のスキル上げ

執筆量は1話あたり10~20kb以内。

1話につき文字数は全角4000文字くらい。

 今日も仕事を終えたのだが、自分の部屋に帰還する前に所用がある。

 ゆえに、秘密の地下実験施設に来ている。

 秘密と言っても、飯綱宗家の許可を得ているのだが。


 先日、私はペルデュラボーと敵対する寸前だった。

 私は光剣を構えた。

 ペルデュラボーの返答次第で斬り捨てる覚悟だった。

 それは同時に斬り捨てられる覚悟でもある。


 直観だが、ペルデュラボーはアリスンをも凌駕する超越者である。

 格の差を感じ取った。

 絶対零度を遥か超越した、負の無限熱量の如き冷徹な神気を身に秘め隠している。

 魔術師として位階の差で、単純に強いのだ。

 私に勝ち目など皆無である。

 そしてペルデュラボーが冗談として流さなければエセルドレーダに殺されていた。

 私は、従者にも遠く及ばない戦闘能力しか持たないと自覚した。

 その認識は少し、霊魂から疲れたようだ。

 焦燥感に突き動かされているだけかも知れない。

 しかし、予定している武器の生産を中止する心算も無い。


 以前、ペルデュラボーは逆十字の剣を見せたことがある。

 不死身で巨大な倶爾の海魔を、容易に一刀両断して完璧に殺し切った。

 黄金色の逆十字であった。

 ムー文明において『ラグ』と呼ばれた合金だろう。

 黄色い金属という意味である。

 ムー文明において黄色い謎の金属がよく利用されていた。

 これは古のものが地球に持ち込んだといわれる謎の合金である。

 ムー人は、これをラグと呼んでいたのだ。

 ただ一挺の武器すらも窮極の存在だと感じた。


 私は舎利入り都五鈷杵を愛用しているが、市販の量産品である。

 剣先に意識を乗せてオーラを伸ばし、光刃を構築する方法だけなら、それで充分。

 古くから、『八寸の延金』として伝わる技法である。

 だが、巨大な海魔や、高位階の魔術師に通用しない場面が多くなってきた。

 光剣の核となる、強靭な実剣を生産しなければ、ならない。

 私も、装備の生産に必要な知識を得ている。

 本格的な生産活動は、ゲームの生産職だけという気もするのだが。


 私は最初に、武器を生産する材料としてマルエージング鋼を選択。

 コバルト1割、ニッケル2割、鉄7割、そしてモリブデンその他が少々の合金鋼。

 このマルエージング鋼に神気を入れて、ヒヒイロカネに錬成する。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 腹式四拍呼吸法により神気を練成する。

 私が刀身の構成材質に使用したニッケルとコバルトに神気という異界の熱量を入れることで、その原子核が四次元の角度で回転数を上げる。

 原子核が四次元の角度で回転数を上げることで三次元世界の法則を凌駕した現象を発生させるのだ。

 だが原子核がハイスピン状態になると周囲の原子と結合していた最外殻電子に対する支配力が強まり原子間結合が切れてしまう。

 通常物質として安定している鉄原子が物理強度を保持していなければ割散しているところだ。

 しかし停止した独楽が倒れてしまうように原子核の回転数が減少すると原子核の回転角度も三次元に戻り通常物質になってしまう。

 刀身を砕かないよう注意しつつ、ヒヒイロカネの超常特性も保持するため神気を入れ続ける。


 ……。


 ここは暗い場所である。

 一戸建てが庭付きで屋根まで入る広さの暗がりを、燭台の仄かな光が照らし出す。

 蓋をされ外界から隔離された地の底に、私は独りのはずだった。


「変な場所に出ちゃったわね」と食屍鬼が言った。

「……ようこ?」と人形死人は言った。


 秦陽子と糸神暁里の人外女カップルである。

 秦陽子は食屍鬼の一族に連なる。

 糸神暁里は陽子の個人的な依頼で、私が反魂の術によって蘇生させた死人である。

 肉体の再生ではなく、外装と幽体だけの再構築だ。

 身体の物理構造物として神気を入れた岩塩を使っている。

 光の無い瞳は酸化鉄を含む岩塩の赤だ。

 頭髪や、修道服のような衣も、炭素を含む岩塩の黒である。


 これは、『ソルト・ピラー』という、ユダヤ・カバラの魔法である。

 岩塩に一定以上の神気を入れて、旧約聖書における神罰の記述を具現化する魔法。

 古代ゴーレム秘法の一種である。

 岩塩は、周囲の神気や妖気などを自動的に吸い込むので霊気を入れやすい。

 神気の糸による念動力で、肉体と同じ質量の岩塩を物理構造物として動かす。

 霊核が心から神を信仰し、奉仕を体現するという意思が存在する限り、継続する。

 ロック・ソルト・ゴーレムの魔法として古くから知られている。

 かつてユダヤ・カバラの魔術師が秘伝とし、戦争のために修得する者が多かった。

 古代から現代まで存在し続けているため、世界的な魔法である。

 理論上は精神の均衡が微かに崩れるだけで即死する、仮初めの不死である。

 『ふりむいては、いけない』というルールを破らせるだけで罪悪感から崩壊する。

 塩の柱と化し、大きな盛り塩が残るのみだ。

 普通は旧約聖書の通りである。

 魔術的な emethという真理から一文字欠けるだけでmethという死に至る。

 広く知られているリドルは、ゴーレムの脆弱性をよく表現している。


 暁里の場合、脳に入れた幽体の機能に、信仰の概念を本能として焼き付けた。

 暁里は、脳に焼き込んだ聖典に、その行動の総てを委ねる。

 すなわち、全人格的な信仰を基本とする。

 ただ、神を仰ぎ信じるのみ。

 人工的かつ強制的に純化した信仰心により、死霊でありながら神気を練り続ける。

 暁里の霊魂が自分自身で神気を練り、神気の糸で岩塩人形たる身体を動かす。

 神気で編んだ衣服も岩塩と融合し、聖骸布の一種として心身を保護している。

 要するに、人造聖女ということだ。

 私は、レディの情報処理能力を借りて、心霊/脳外科的処置を実行した。

 言霊の巡った痕跡が、聖典のデータとして岩塩の脳髄に刻印されている。


 無理の代償としてファントムの機能不全による、知能の低下を引き起こしている。

 暁里は、魂としての幽体が司る理性も低下しているし、言語中枢もお粗末だ。

 事実上、人間として社会生活することは不可能な状態の、廃人である。

 自分自身で神気を練り続け自家発電するから飲食不要なのが、せめてもの救いか。

 私見だが、素直に死なせてやった方が本人も幸福だと思う。

 真の死者復活を成功させた魔術師は、私が知る限り存在しない。

 神々の力で、人間として転生輪廻させた方が容易である。


 普段、暁里は黒須教会のアリスンが預かっている。

 修道女という名目である。

 時々、生前からの親友である陽子が連れ出して市内を散歩する。

 暁里は脳内聖典に従って、静かに微笑むのみ。

 手を引いてやらねば、自発的に歩くこともない。

 結果として陽子と暁里は、いつも仲良く手を繋ぎ散歩する。

 微妙に百合臭い気配がする。


「……きまし?」

「誰が、『キマシタワー』よ! 暁里に変な言葉を教えるな!」


 うっかり私が口にした心の思いを、暁里に聞かれたらしい。

 陽子が憤怒して、グールとしての本性が出ている。

 真紅の双眸がギラギラと光り輝く。

 両手の爪が異常に伸びる。

 鋭い牙の隙間から涎を垂らしている。

 腰部から触手が出ている。

 生肉が腐ったような臭いがする。


 触手は最近の変化である。

 グールによって肩部からだったり臀部からだったり位置が異なる個体も存在する。

 この世界の神々による書き換えにより、グールの体質にも変異が発生したらしい。


「ようこ……」

「あ、あたしは怒ってないわよ? あんたは笑ってなきゃ!」


 暁里が無表情に名前を呼ぶと、陽子は人間のような美貌に戻って取り繕った。

 やはり、恋人という意味におけるカップルのようだ。

 しかし、散歩の延長で地下実験室に這入り込むのは、この女くらいだ。

 陽子は、夜刀浦市の地下に詳しい。

 この地下実験施設も、グールの職人による補強工事を行った。

 現在、夜刀浦の地下は食屍鬼どもの暗黒王国と化している。

 飯綱宗家との契約により、食糧が安定供給されているらしい。

 不幸な犠牲者たちは、死刑囚の類だそうである。

 人間が深く追求すると、新鮮な御馳走にされることだろう。


「見遥ヶ丘の麓の防空壕に入ったら、ここに抜けちゃったのよね」

「ああ、そちらから這入ったか。俺の戸締りが抜けていたらしいな」


 以前、来海暁美が倶爾の海魔に誘拐された時、私も焦っていた。

 通用門の鍵を開けたまま忘れていたらしい。


「ところで、あんた何してんの?」

「イヅナの受付嬢の時と口調が、かなり違うな」

「今日は非番だもの。今は職員じゃないわ」

「まあ良い。単なる鍛冶屋の真似事だよ」


 私も人のことを言えないか。

 私は機に応じて、最適と判断した対応を選択する。

 そのため、性格が不安定だと周囲から思われているようだ。

 一人称がボクだったり俺だったりと、相手に合わせて変えるからだろう。

 私なりの処世術なのだがな。


 先程まで私が生産していた刀剣の一振りを、陽子が手に取る。

 刃渡り30センチくらいのナイフである。

 銃刀法違反の小剣と言っても良い。


「変なナイフね。奇妙な霊気を帯びてる」

「『昆吾の割玉刀』を機能だけ再現したものだ」


 気は、あらゆる物質に入れることができる。

 だが、気の入りやすさと抜けやすさは、物によってかなりの差がある。

 プラスチック、ビニール、合成繊維など、気を入れてもすぐに抜けてしまう。

 プラチナ、金、水晶などが、逆に抜けにくい。

 舎利石や水晶など、珪酸系の物質は気が入りやすいし、いつまでも保たれる。

 形状も重要である。

 紙も、Infinite Stratosに加工することで膨大な気が入る。


 最初、1枚の紙に10個の折り目を入れる。

 それが、アコーディオンのように計20面できるようにする。

 それを計7枚作る。

 底に置いた紙に、時計回りに30度回転させて2枚目を接着剤で固定する。

 さらに2枚目から同様に、30度時計回りに回転させて3枚目を接着固定する。

 そのようにして、全部で7枚重なったものを作る。。


 その程度の加工で無限積層体の空洞構造効果が発揮される。


 金属も、気の入りやすさと抜けやすさは千差万別である。

 プラチナ、金、水銀など気が入りやすい。

 タングステン、鉄など気が抜けやすい。


 気の入りやすさと物理的強度を兼ね備えるため、合金を工夫するのだ。

 ムー文明で『ラグ』という特殊合金が、アトランティス文明で『オリハルコン』という特殊合金が使用された。

 呼び名は古代の超合金の総称ぐらいの意味で混同して括られている。

 これらの特殊合金を便宜上『ヒヒイロカネ』と、呼称する。


 精製純度や質量比の微調整により、霊気の周波数合わせや振動数の条件付けが可能であるため、ヒヒイロカネが得る特性は千差万別だ。

 安定した通常物質として存在する鉄と、三次元空間で不安定な『エキゾチックマター』である『トゥールー鉱石』の、合金として使用することが多い。

 トゥールー鉱石はエキゾチックマターと呼ばれる。

 学派によって『未元物質』や『異状物質』などと、定義が異なる『異種物質』だ。

 トゥールー鉱石の呼称は定まっておらず数多ある。

 ホワイトパウダーゴールド、単原子ゴールド、モナトミック、ハイスピン単原子、軌道転位単原子元素、オービタリー・リアレンジド・モナトミック・エレメント、ORME、賢者の石、など多数だ。

 このORME/ホワイトパウダーゴールドは、とある学派において、厳密には単原子状態ではなく、『重原子』状態のダイアトミックの方が普通だとされ、ORMUSと呼び変えられる。

 ホワイトパウダーゴールド、ORME/ORMUSは、ハイスピン単原子状態として存在できる元素の総称である。

 金、銀、パラジウム、プラチナ、オスミウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、コバルト、ニッケル、銅、レニウム、水銀、などだ。

 気の入りやすい金属である。


 軌道転位単原子元素という素粒子の特殊な角運動量スピンが高まったハイスピン単原子状態の物質を鉄と合金にすることでヒヒイロカネが精製される。

 熱量増幅特性の鉄釜という楢崎皐月のエピソードが有名だが超常切削特性の刀剣も有名だ。

 東方朔の著書『海内十洲記』によると、

「西海の中、流洲には山川や積石が多く、またの名を『昆吾』とも呼ばれている。ここの石を精練すると鉄を作ることができ、その鉄で作った剣は素晴らしい力を持つ。水晶のように輝いて洞窟の中を照らすことができる上に、硬玉をまるで泥でも切るように楽々と切ることができた」

 と、刀剣の言及がある。

 昆吾と言う名詞が遙か昔、中国神話時代の末期に盛隆した夏王朝に朝貢する属国の一つにその名を確認する事ができる。

 周の穆王や秦の始皇帝に献上された、長さ一尺の『昆吾の割玉刀』も硬玉を容易に割断したことで名高い。


 ヒヒイロカネは緋緋色金、日緋色金とも表記されるが日比色金という表記もある。

 昆という字を分解すれば、『日』と『比』になる。

 日に比べることもできる色の金という意味である。

 私はヒヒイロカネ生産のスキル上げも兼ねて昆吾の割玉刀を山盛りに作ったのだ。

 生産はゲームも現実も、慣れと根気と諦めである。


 力なき正義は無力と、よく言われる。

 私は、力として相応しい武器を求め、生産する。

 我ながら安易な選択であるが、時間の短縮になる。


 本来は、総てを支えるために魂を、堅実に鍛えるべきなのだ。

 地道な鍛錬こそ結局は自分自身を一番助けてくれる。


 ……。


 厄介な女グールを地上に送り返し、武器の生産を終えて、自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。


「おかえり、ますた」とレディは言った。

「ただいま、レディ」


 私は、これからも魂の変容という進化を目的として、鍛え続ける。

 鍛え、食らい、休む。

 断じて焦っては、ならない。


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