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1話 夜刀浦の文車妖妃

旧い物語が終わり、新たな物語が始まります。

 私の名前は鹿戸響介かのときょうすけだ。

 職業は警備員。

 イヅナ警備の名簿に登録している。

 千葉県夜刀浦市に事務所が在る警備会社である。。

 私の業務内容は街のゲームセンターなどを巡回する、抑止力としての私服警備員。

 勤労中の社会人というよりも、近所のヒマなお兄さんだ。

 ヤクザ紛いだと、よく言われる。

 私が夜刀浦町のアパートから出た直後に、色々と残念な美人に遭遇する。


「美麗な戸口の残響は介助を必要とするかしら?」

「俺は、ただ人として生きることを望む人間だ」

「もう。ノリが悪いわよ、学者殿」


 この謎めいた言い回しを好む、長身の美女は大十字社長である。

 スタイルは抜群だが、陰謀と暗躍を好む悪癖を持つ。

 それでいて、どこか抜けている残念美人だ。

 覇道重工の経営者で、金持ちである。

 大十字、恐らくは『辻』姓と語源を等しくする。

 大きな十字路。

 即ち中心地。

 また西洋のみならず、東洋においても十字は厄払いを意味を持つ。

 大十字家の初代は、江戸時代後期の大十字半九郎という侠客のようだ。

 紆余曲折を経て、現在も家は栄えているようである。

 社長は単なる愛称で、実際はチェアマン。

 要するに、覇道重工の代表権を持つ創設者である。


「それで、用件は何だ?」

「アリスン姉を少し怒らせちゃったのよね」

「またか」


 黒須教会のシスターは大十字社長の姉貴分である。

 秘神ひめがみ流という古流武術の達人だ。

 刃向かう者は人間ヒト邪神カミも真っ二つという、物騒な美女である。


「原因は?」

「最初から話すと長くなるけど」

「端折って良いから」

「アリスン姉に無断で外来の客を招き入れたのよね」

「何時も事後承諾で済まそうとするからだ」

「学者殿だってストーカー疑惑があるでしょ」

「何故その話が、ここで出る」

「夜刀浦市に這入ったのは、あけみちゃんよ?」


 来海暁美くるみあけみが夜刀浦に帰還したか。

 かつて、飯綱暁美という名前だった。

 現在、複雑怪奇な長い話の末に母方の祖母の旧姓である来海としている。

 暁美には昼子という姉が居る。

 私は昼子を愛している。

 昼子に嫌われているが時々、逢いに行く。

 片思いの恋というやつだ。

 ストーカー扱いされて、刃傷沙汰になりかけたこともある。

 彼女の場合、猟銃のライフル弾だったが。


「最近、従兄の来八くるやって子が、お亡くなりになったそうね」

「葬式のために帰って来たのか」

「埋葬の華と、命の誓いを胸に抱いてね」


 『来海』の葬儀か。

 来海家の起源は出雲国意宇郡。

 ちなみにこの地域の名称は『出雲国風土記』の国引き神話に由来するものが多い。

 八束水臣津野命やつかみずおみつののみことである。。

 九尾九頭龍たる高志之八俣遠呂知とする説もある。

 すなわち水神だ。


「昼子も来るのか?」

「やあねえ、来るわけ無いでしょ」

「夜刀浦じゃ散々苦労したしな」

「ストーカーが嫌いだからに決まってるわよ」


 酷い言われようである。


「仕事の後、黒須教会に寄ってみるとするか」

「頼んだわよ」


 大十字社長は厄介な案件を押し付けて立ち去った。

 時は金なり、光陰矢の如し、が座右の銘だという。

 まだ稼ぐ気らしい。

 私のノルマは担当場所で携帯からメールを送り、巡回した証拠とすることだ。

 GPSその他のアプリによって、勤務情報として記録される。


 ……。


 近道をしながらゲームセンターその他を私服警備員として巡回し、ノルマ達成だ。

 イヅナ警備にメールを送信して、今日は上がる。

 定時を少し過ぎたが、普段より早い。

 警備契約した場所の間に距離があるため、やたらと移動に時間が取られるのだ。

 それでいて給料は安い。

 近道は、少しばかり非常識な裏道を多用するので毎日は無理である。

 ともかく黒須教会に立ち寄る時間を捻出したので、黒須町に向かって歩く。


 ……。


 現在、私は招かれざる客として扱われている。

 部外者が口出しすれば、何かと嫌われるものだ。

 シスター・アリスンは『秘神流』の達人である。

 今日もアリスンは、人気のない広大な聖堂の身廊で鍛錬をしている。

 ナイフの柄頭に鎖を取り付けた奇妙な武器で、軽やかに型を稽古している。

 高強度ベリリウム銅という合金の、刃金を使っている。

 単純な縦斬りと横斬りの繰り返しからなる、回転が不自然な型である。

 円転自在にして球転自在。

 刃金の太刀筋は自由自在。


「秘神流、見事ですね」

「……秘神流打根術、蛇咬の剣」とアリスンが言った。


 打根とは小刀の柄頭に紐や鎖を付けたような武器である。

 日本において古くから、弓兵が近接戦闘を想定して装備した。

 弓兵が矢を槍の代わりにして戦う発想から発展していったのが、打根術である。

 敵との間合いに応じて、使用方法を変化させる。

 投げれば手裏剣のように。

 振り回せば分銅鎖のように。

 手突き槍としても、小刀としても。

 変幻自在に使用できる臨機応変の武器だ。

 打根術は、弓道の原型たる古流弓術から派生した武芸である。

 秘神流打根術は、この流れを受け継ぐ。

 秘神流の開祖は鳴神藤助と伝わっている。

 壇ノ浦の平家残党にも、その名を見ることができる。

 アメリカ出身のアリスンは、不可思議なる縁で秘神流の門を叩いた。

 アリスンは、この秘神流を極めてなお鍛錬を積み重ねているのだ。

 地道な鍛錬こそ結局は自分自身を一番助けてくれる。

 彼女も、そう信じているのだ。

 私も鍛えれば心身が強くなると信じている。

 千葉県にあった小藩、宇神のきがみ藩の御留流。

 すなわち、本来は門外不出の流派だ。

 この夜刀浦における古流武術である。

 不自然な体捌きや宗教的儀礼の要素が色濃い。

 そのことから一般に、実戦的な流派とは考えられていない。

 しかしアリスンの『蛇咬』という型は、不自然に自然である。

 文字通りの意味で地に足が着いていない。

 常人の限界を突破した、深い瞑想で空中に浮揚している。

 空中に浮遊していることが前提条件の型なのだ。

 しばらく待つとアリスンが着地する。

 一之型を終えたようだ。


「……秘神流打根術、双蛇の剣」とアリスンが言った。


 打根の二刀流による型の稽古が始まる。

 私は二之型である『双蛇』に巻き込まれないよう間合いを取る。

 二振りの刃金が生きた蛇のごとく乱舞している。

 十字架を戴く祭壇を奥にした、広い礼拝堂。

 何十という席が並べられている。

 アリスンの精密動作は、それら総てを傷付けない。

 打根の柄ではなく鎖を握り振り回しているが、刃筋を立てるほどの精密な動きだ。

 打根が完璧に刃筋を通している。

 だが、私の存在を完全に空気として無視している。

 アリスンの眼はぱっちりと開き、顔には微笑みを浮かべている。

 彼女は今起こしていることを完全に意識し、納得し、楽しんでいる。

 私は必死に、剣呑な刃金の太刀筋を回避しながら、鍛錬の終了を待つ。

 秘神流の打根術のみならず、『紅桜』や『桜我』など剣術の稽古まで追加された。

 その太刀筋は、出発点こそ秘神流の型。

 アリスンの剣術は、それを既に基礎として置き去りにしている。

 文字通り、限り無く無限に近い試練の実践と、実戦の繰り返しの上に成り立つ。

 音速を超えた刃は刀身を離れ剣気となって伝い、間合いの外まで斬撃が届く。

 それでいながら、床、壁、何十という席など、聖堂は完璧に無傷。

 剣呑な剣難にして豪華絢爛たる聖堂の、神聖舞踏は続く。


 ……。


 私の主観時間に可笑しな異変が生じ始めた頃、刃金の神聖舞踏は唐突に終了した。

 後、0.5秒間くらい続いていれば集中力が切れて真っ二つにされていただろう。

 間違いなく、精神的な閉塞状況に追い込むことを目的としていた。

 やっと、アリスンに許されたようである。

 私は手持ちの方法で軽傷の応急処置をしながら、会話を試みる。


「シスター・アリスン、話を最初に戻したいのですが」

「……暁美ちゃんですね。この教会で保護してます」


 聖堂の扉が開き、耳長の美少女が顔を見せる。


「ヘロヘロさん、生きてますか?」

「暁美ちゃんも元気そうで何よりです」

「なるべく『あけみちゃん』と軽めでお願いします。何だか言い方が硬いんで」

「ところで昼子さんは?」

「来ないってさ」

「それは残念なことで」


 ヘロヘロは私のハンドルネームだ。

 もうサービス終了したネットゲームで使っていた。

 実際、アリスンの拷問剣舞でヘロヘロである。


「……私は、ちょっと席を外しますね」


 アリスンは気を利かせて聖堂から出るようだ。


「ところでヘロヘロさん、エルフ耳が目立ってしょうがないんですけど」

「ヘッドホンの常備でも習慣にすればいいと思うが」

「……おお! ナイスアイデア!」


 複雑怪奇な事情により暁美の肉体は変異している。

 衣服も襟に当たる部分を立てて、喉元を完全に覆い隠している。


「わたし向こうだと強すぎて体が鈍ってる気がするんですよねぇ」

「シスター・アリスンと手合わせする気か? 桁外れだから止めた方が良い」

「……あけみちゃん、カノトさんなら丁度いい加減で温いですよ?」


 絶対強者の帰還である。

 アリスンが異様に禍々しい気配の巨大な木箱を持って来た。

 達筆で『便利箱』と表面に書き記されている。

 アリスンは便利箱とやらを丁寧に、身廊の床へ置く。

 ドォン、と重い音が聖堂に響き渡る。

 かなりの重量物に間違いない。

 アリスンは鍛え方が違うので怪力である。

 便利箱から微かだが、鉄に巻いた油の臭いがする。

 日本刀も3人くらい斬ると油巻きを起こす。

 人間の皮下脂肪で刃金の切れ味が落ちる。

 人を斬れば研ぎ直して鋼材の錆を防止し、刀身も曲がりを直すものだ。

 アリスンの性格から、刃の手入れを怠ることなど有り得ない。

 所持する刃金を常に研ぎ澄まし続ける、一種の完璧主義者である。

 ならば、数が膨大であるのだ。

 中身を見れば実際、そんな刃物が山のように這入っている。

 実に物騒な武装が満載のアイテムボックスである。

 アリスンから、私は鉄パイプと盾のセットを持たされる。

 暁美は日本刀である。


「これ、エン州虎徹だっけ?」


 暁美が持つ剣はスプリング刀とも呼ばれる数打ちだ。

 自動車のバネを日本刀の型に鍛え直した代物である。

 戦争中に中国の、とある州で帝国陸軍が使ったことから悪名を轟かせる。

 微かな、鉄に巻いた油の臭いから、一度は人間を斬った代物なのが間違い無い。

 私は職業柄、この手の感覚を鍛えている。

 刃傷沙汰も覚悟せねばなるまい。


 1・2・3・4と吐く

 1・2と止める

 1・2・3・4と吸う

 1・2と止める


 霊気を錬成する、腹式四拍呼吸法だ。

 止息を2拍としたダイアン・フォーチュン系統の四拍呼吸である。

 カバラのイエソドの照応する臍下丹田において霊気を錬成する。

 覚悟完了というやつだ。


「いっくよぉ!」


 ゲームのようなノリで、いとも容易く暁美が剣を抜いた。

 暁美は兵士としても訓練した。

 そして、幾度も実戦に出ている。

 既に殺す覚悟と、殺される覚悟を完了しているのだ。

 競い合いという意味で、殺し合いと遊びが等価となっている。

 実に困った娘である。


 ……。


 今日もイヅナ警備の仕事と、厄介な案件を終えて自分の部屋に帰還する。

 私のアパートは粗末な木造倉庫も同然である。

 しかし、帰る場所としては充分な部屋でもある。

 私は、パソコンから異音を感じ取る。

 プリンタが起動してハードコピーを何百枚も吐き出している。

 この現象に憶えがある。

 紙の両面に魔術理論が印刷されている。

 見覚えのある文書である。

 魔術知識の記述と、多くの魔法陣が描画されている。

 円環と五芒星からなる旧式の魔法陣も印刷されている。

 五芒星が周囲の霊気を集める。

 霊気は渦を巻いている。

 その渦の中心には霊気の核ができる。

 霊気の核は、どんどん大きくなっていく。

 霊核は自分自身で外の霊気を集めだしている。

 そして米粒くらいの仏舎利が出現する。

 珪酸系の舎利石である。

 仏舎利は漆黒に染まり、暗黒光を発しながら浮遊している。

 赤紫色のブラックライトのような、深紫色の暗黒光である。

 舎利石を中心に何百枚ものハードコピーが宙を舞う。

 螺旋状に渦巻き、小柄な少女の形態を取る。

 闇から零れるように出てきた彼女の髪は常夜の黒。

 逆に肌は透き通るように真っ白だ。

 どこか神聖な雰囲気すらある。

 付喪神の文車妖妃である。

 それは自らの存在を『レディ』と定義した。

 人間の認知しうる位層に自らを召喚することに成功している。

 珪素基系物質を核とした珪素生物としても完璧である。


「お、か、え、り」とレディは言った。


 小さい声なのに、やけにはっきりと聞こえる声なのだ。

 鼓膜で聞いているのではなく、脳に直接響くような感じだ。

 実に困ったシリコンクリーチャーである。


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