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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第3章 <日常編>
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3-2.少女は指輪をはめてみる



 家に帰ると「これ、あんたのでしょ」と母から何かを手渡された。

 ころんと掌に転がったのは、小さな指輪。


「お母さんっ、これどうしたの!?」

「あんたが学校に行った後、シーツ洗濯しようと引っ張ったら転がり出てきたのよ。こんなもの洗濯槽に紛れちゃったら大変でしょう、ちゃんと自分の物は管理――」


 あたしはお小言を最後まで聞かず、ばたばたと階段を駆け登った。バタン! とドアを閉めてから、ゆっくりと指輪を持ち上げて見る。


「……うそでしょ」


 つまんだそれは、夢の中であたしがヨンと名乗る女の人から貰ったものとそっくり同じだ。

 細い銀色の台座の上に大きさが微妙に違う半透明の黄色い石が並んでいる。



『これが一番小さいんだ』


 ヨンはそう言って、あたしの中指に指輪を滑り込ませた。けれど、子どもの手みたいとからかわれるあたしの指に大人用のそれが合うはずもなく、指輪はゆるゆるな状態で中指に収まった。


『いいかい、寝る時は必ずこれを付けておくんだよ』


 ヨンはあたしにそう言い聞かせていた。


『そうすれば、またここに戻ってこれるからね』



 ――夢だと思っていたのに。


 あたしは机の引き出しを開けて指輪をしまった。

 たまたまだ。たまたま似たような指輪が、たまたまあたしのシーツに紛れ込んだだけ。もしかしたら友達の指輪かもしれないし、お父さんがお土産に買ってきたのかもしれないし。


 その夜はやっぱり普通の夢しか見なかった。




 翌日、学校でルビちゃんにこっそり指輪を見せてみた。


「あ、綺麗~。ツキツキの指輪?」

「ルビちゃんのじゃないの? あたしの部屋に落ちてたんだけど」


 ふわふわしたルビちゃんは女の子らしい恰好が良く似合う。アクセサリーを付けていることも多いから、てっきり彼女のものだと思っていた。


「そんな大人っぽいの持ってないよぉ。ツキツキが昔持ってたのを忘れてただけじゃない?」

「あたし指輪なんてつけないもん」


 他に最近家に遊びに来た友人といえば、七村くらいだ。


「七村ぁ、ちょっと」

「どしたー」


 ノートを写していた七村がおさげを揺らして振り返った。七村の名前はルビちゃんと全く同じ留美といって、入学式後に三人でその話題で盛り上がったのがきっかけで仲良くなった。だから紛らわしくないように、名字をそのまま『七村』と呼んでいる。おさげ頭に赤い眼鏡がよく似合う、しっかりした子だ。


「あのさ、あんたこないだうちに来た時、指輪とか忘れなかった?」

「うんにゃ」

「あっれえ、じゃあ誰のだこれ……お父さんも違ってたし……」


 ブツブツと呟いていると、七村がひょい、と手元を覗き込んできた。


「おっ、結構高そう。何の宝石だろ」

「これイミテーションじゃないの?」

「いや、この輪っか部分って結構凝ったつくりしてるよ。ほら見てみ、この潰し方は手作業で叩いてる。石の光り方もガラスと違うし、仮に人工宝石だとしてもそれなりにするんじゃない?」


 七村に指摘されて見てみれば、確かに雑貨屋で売っているような指輪とは違うことが分かった。


「ひえー、落とさないようにしないと」


 あたふたしていると、七村がにやりと笑った。


「それ、もしかすると誰かからのサプライズプレゼントかもよ」

「誰かって誰よ」

「んー、そうだなあ、例えば……」


 ぐるりと教室を見渡して、


「與野木、とか?」


 と七村はゆっくりと答えた。


「はあ? 何で與野木君があ?」


 大声を上げたあたしを、七村が赤い眼鏡を押し上げつつじっと見る。


「ツキツキってさあ……」

「――呼んだ?」


 いつの間にか與野木君がすぐ傍にいたので、あたしと七村は揃って「うわっ」と声を上げてしまった。


「あ、ごめん。七村さんにこれ渡そうと思って」


 はい、と與野木君は七村に数学の参考書を渡した。


「お、サンキュ。これ欲しいけど高くて買えなかったんだよね。しばらく借りててもいい?」

「うん。今月いっぱいは別の本使ってるから大丈夫。結構ペンで書き込みしちゃってるけど」

「いや、與野木様の書き込みは却ってありがたい」


 七村は手を顔の前に持ってきて、合掌のポーズを取った。


「それは良かった。 で、上村さんが僕を呼んだのって?」

「ええっと……」


 何もないよ。


 とは言い辛く、與野木君に指輪を見せる流れになってしまった。


「この指輪がベッドに転がっていたんだけど……夢でもらった指輪とそっくり同じだったの」

「へえ」


 與野木君はあたしが予想していた以上に興味を持ったらしい。あたしから指輪を受け取り、じっくりと観察を始めた。


「これ……トルマリンじゃないかな」

「トルマリン?」

「うん。あ、でもトルマリンっていうのはグループの総称で、これは黄色いからドラバイト。熱を入れると電気を帯びるから電気石でんきせきとも呼ばれている」

「與野木君、宝石にも詳しいんだ」

「鉱物が好きなんだ」

「與野木ってさあ、ほんっと何でも知ってるんだよねぇ。オールマイティっつーか、博学っつーか。期末テストもこいつには一教科も勝てなかったし」


 七村が悔しそうに頬を膨らませる。


「いや、七村さんは俺とそんなに点変わらなかったでしょ。中間は逆転しているかも」

「ほらあ。その余裕っぷりがが気にくわないんだってば」


 1-Aクラスの成績トップは男子が與野木君で女子は七村だ。成績優秀者同士で気が合うのか二人は結構仲が良い。時折楽しそうに勉強の話題で盛り上がっているのが、あたしには全く理解できない。


「ねえ、與野木君……夢と現実の世界が繋がることって、あるのかな」


 我ながらアホみたいな質問で恥ずかしかったけれど、頭の良い與野木君ならどう答えるのか興味があった。


「上村さんはどう思ってるの?」

「もしホントにそうだったら、すっごく面白いんだろうなとは思う。でも夢ってさあ、起きたらおしまいじゃん。脳が見せてる映像なんでしょ?」

「うん。僕は昨日話を聞いた時はね、上村さんが明晰夢めいせきむを見たんじゃないかって思ったんだ」

「めいせきむ?」

「うん。元々睡眠は浅い眠りと深い眠りを交互に繰り返していて、僕らは浅い時に夢を見ているんだよ。

 夢にはいろんな役割があるといわれていて、例えば嫌な事に関する記憶を薄めてくれたり、昼間の記憶の整理をしてくれたり。現実で非日常的なシチュエーションに遭遇した時の為のシミュレーションの役割を果たしているという説もある。

 普段、夢を見ている時に『あ、これは夢だ』と感じることはないでしょ? けれど稀に、始めから『これは夢なんだ』と自覚する体験があって、これが明瞭夢といわれている。

 明晰夢の中では自分が望む経験をすることができたり、思うように物語を変える事だってできてしまう。訓練次第では、意図的に見ることも可能なんだ」

「えー。でもあたし、ぜんっぜん思い通りにいかなかったんだけど。それどころか酷い日焼けして死ぬかと思ったし」

「うん。それはきっと、自分で世界を思い通りに変えようと意識をしていなかったからじゃないかな。

 まあ、とにかくそんなわけで、僕は上村さんの見た夢は明晰夢に近いものだったのではと考えていたんだ。

 でも、これが出てきた」


 與野木君はあたしに指輪を返した。


「僕は上村さんが誰かの気を引くためにつまらない嘘なんて付かない人だって思っている。

 思ったことがすぐ顔に出るしね」

「それ、褒めてんの? 馬鹿にしてんの?」

「褒めているんだよ。僕や七村さんにはできない」

「おい與野木。なんでわたしを巻き込む」

「上村さん、この指輪は夢で見たものとそっくり同じだったんだよね?」

「うん」

「じゃあ、今夜寝る時に夢でその助けてくれた人が言っていたように、指輪をはめて寝てみたらどうだろう」

「――與野木君は、夢の世界が本当にあるって思っているの?」

「うーん。というよりも、どんな結果になるのかを知りたいという好奇心、かなあ。

 面白そうなことって試してみたくない? もしかしたらそれは呪いの指輪で夜な夜な持ち主に夢を見せていた! みたいなオチかもしれないけど」

「こいつさぁ、頭いい癖にオカルトも好きなんだよ」


 七村が腰に手をやり呆れ顔で溜息をつき、ルビちゃんは「えー呪いだってぇ、こわいぃ」と楽しそうに頬に手をあてはしゃいだ。


 そんなわけで、あたしは変な夢の話をルビちゃん達にも話してしまい、ついでに今夜は指輪を付けて眠ることになってしまった。




 暗がりの中、ベッドの上で左手の中指の付け根を確かめる。ゆるゆると心許ない感じだが、確かに指輪がはまっている。


『報告よろしくー』


 與野木君達にそう言われ、半ばそそのかされる形でのお試しだ。


(うーん……)


 あたしはオカルトに興味無い。そのため、別に呪いの指輪とか言われても怖いとは思わない。

 けれど普段アクセサリーなどつけないため、この異物感が気になって仕方ない。


(指輪ねえ……どっから紛れて来たんだか……)


 しばらく考えているうちに、元々寝つきは良い方なためいつの間にか眠ってしまっていたらしい。





* 





「――ああ、ようやく来てくれた」


 瞼に突き刺す眩しさに朝だと思い目を開けると、運び屋ヨンが屈み込みあたしの顔を覗いていた。


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