3-1.少女はデートに誘われる
「こらー上村、しっかり漕げー!」
ガラガラと鉄柵を引きながら吉備北先生があたしを見て怒鳴る。
「んなこと……ったって……ヘトヘト、なんですってばぁ……」
いつものようにラストスパートをかけることもできず、結局あたしは遅刻扱いとなってしまった。ばしん、とファイルで叩かれても、ぼーっとしたままだったため、
「お前、熱でもあるのか?」
と先生に真顔で尋ねられてしまった。
「先生、今まで変わった夢って見た事あります?」
自転車を押し校舎に向かいながら吉備北先生に尋ねてみる。
「何だ上村、夢見でも悪かったか」
「まあ、そんなところです」
「思春期とはそういう年頃だからなぁ、うんうん。もやもやもすればムラムラもするだろ。しっかし上村も見るのか、そういう夢。わはは」
「なに変な妄想してんですか。セクハラですよ」
「俺はただ純粋に微笑ましいとだなあ!」
わあわあ言いながら自転車置き場まで歩く。
「――ま、体調悪いならあんま無理すんな」
別れ際に、ぽん、と先生に頭に手を置かれた。
「ツキツキぃ、今日なんだかちょっと変だよぉ」
昼休み、お弁当を食べているとルビちゃんに言われた。
「ツキツキが変なのはいつもっしょ」
そう言った七村留美の弁当箱からあたしはウィンナーをぷすりと刺して奪った。
「ちょっと! とっておいたのに」
「へへっ、もーらい」
そんなやり取りをしつつも、頭の中は昨夜の夢でいっぱいだった。
『この世界とあなたの夢は、繋がっている』
すらりと背高でハスキー・ボイス、おまけに物腰もさばさばしている。だから、てっきり男の人なんだって思って、一緒にラクダに乗っていた時もどきどきしていたのに。
『旦那を探してほしい』
(変な夢だったなあ……)
朝になり目覚まし時計が鳴り響いても、あたしはしばらく動けずにいた。
じっとりした汗がシーツに張り付き気持ち悪く、その感触に現実だと知りホッとする。
ゆっくりと手を伸ばし、腕や顔を撫でてみた。夢の中のあたしは火傷みたいな酷い日焼けをしていたけど、ちゃんと現実ではすべすべだ。
あれから半日経った今でも、あの生々しい砂のきしみと熱さ、それから皮膚の痛みの感覚はずっと肌にこびりついたままだ。
「ねえ、七村、ルビちゃん、あたしさあ――」
変な夢、見たんだあ。
そう続けたかったのに、何故か口にできなかった。
ん? という顔で見返す二人に小さく首を横に振る。
「やっぱり変だよツキツキぃ」
「あ、もしかしてついに恋に目覚めたとか?」
「きゃあ、誰誰~?」
「そんなんじゃないって」
あたしはプチトマトを摘まんで、ぽこんと口に入れた。
散々悩んだ挙句、與野木君に話を聞いてもらうことにした。
別に夢で見た世界が現実にあるなんて思ってはいない。けれど、ここまでリアルだと少し、いや、かなり気持ちが悪かった。
物静かな與野木君なら、何となく笑い飛ばさずに聞いてくれそうな気がする。
誰かに話してしまってすっきりしたい。
放課後、日直だった與野木君は日誌に記録をつけていた。終わってから話しかけようと近くにに立って待っていると、
「どうしたの、上村さん」
下を向いたまま與野木君が話しかけてきた。
「あ、あたしって分かってたんだ」
「上村さんはすぐ分かる」
「ふうん」
「小っちゃいし」
べしっ。
あたしは與野木君のさらさら頭を叩いた。
「――リアルな夢、か」
日誌を提出するため職員室に向かいながら與野木君が呟く。
「確かに、現実と区別がつかないような夢って見たことあるな」
「やっぱりそうなんだ」
「でも面白いねその話。まるでファンタジー映画みたいな設定だ」
「ファンタジーかあ、そんな感じかも。月なんて2つあったし」
「この地球にも、かつて月は2つあったと言われているけどね」
「そうなの?」
「うん。あくまで一説によればなんだけど、かつて地球の傍には二つの月が回っていて、太陽の重力の影響により、小さい方の月がが大きい方の月の引力に引き寄せられて衝突してしまった。そうしてできあがったのが今の月だ――、ってね」
「……なんだか、それこそファンタジー映画みたい」
「うん。宇宙ってとてつもなくファンタジーでロマン溢れているんだよ」
與野木君はきっとこういう話が好きなのだろう。俄然生き生きとした口調になる。
職員室に入り、吉備北先生のごちゃごちゃした机の上に與野木君が日誌を置いていると、
「お疲れぇい」
ぽん、と大きな手があたしの頭に乗っかった。
「先生止めてよー。髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうじゃん」
唇を尖らせて文句を言うと、余計わしわしと弄ばれてしまった。
「おっ與野木、そういやお前に渡そうと思って取ってたんだった」
吉備北先生は散らかった机を余計散らかしながら散々探し回った後、一枚のチラシを與野木君に渡した。
「何ですか、これ」
「あれ、お前日本刀に興味あるって言ってなかったか? 俺の友人がイベントに出るからって持ってきたんだが」
ちらっと横からチラシを覗くと、歴史イベントの案内が項目毎にカラフルな写真付きで書かれていた。『日本刀展示、当日は達人による抜刀術イベントも!』と書かれた項目にマーカーで赤ラインが引いてある。
「あ、はい、一度本物を見てみたいとは思ってました。先生、よく覚えてありましたね」
「お前と話した合戦話が面白かったからなあ。歴史的現物に触れられるチャンスにはしっかりと参加しておけよ」
がっしりした体にラガーシャツ&ホイッスル。どう見ても体育教師にしか見えないけれど、やっぱりこういうところは社会科の先生だ。
ありがとうございました、とお辞儀をしながら職員室を出る。
「良かったねえ」
「うん。教えてもらわなきゃ、こんなイベント気付けなかった」
開催場所は電車を乗り継いで一時間ほどかかる場所だった。開催日は7月の最終土曜日と日曜日の二日間。
「――あのさ、上村さん。よかったら、一緒に行かない?」
隣を歩きながら、少し言い難そうに與野木君があたしを誘った。
「うん、いいよ」
ほっとした顔になった與野木君に、
「お祭りに一人じゃ寂しいもんね! ルビちゃんや正直も誘おっか! あ、七村達も読んだら来るかなあ!」
あたしは張り切って皆の名前を挙げていった。