13-2.陶芸家は告白する
「おや。昨日ぶりですね、吉備」
扉を開けた藤岡さんは吉備北先生を見てそう言った。
「あれ? 先生、昨日もここに来てたの?」
「ん? ああ、ちょっとろくろを回しにな……」
「上村さん、荷物が重いでしょう。部屋の方へ異動しましょうか。
奈々枝!」
藤岡さんの呼びかけに妹の奈々枝さんが奥から出てくる。
「奈々枝。私は一日仕事を休むが、店の方は任せたよ」
奈々枝さんは微笑んで頷くと、あたし達を奥の方へと促した。
「中へはあちらよりお入り下さい、どうぞ」
カウンター奥の暖簾を潜り、高台の廊下に上がって奥へと進む。
藤岡さんの自宅は純和風の造りだった。落ち着いた上品な造りで、畳を張り替えて間もないのか、い草の良い香りがする。
「荷物はこちらにどうぞ。お茶を持ってきます」
あたし達は仏壇のある広い座敷に通された。荷物を置き、きょろきょろと部屋を見渡す。
窓際の開いた障子の向こうには広い廊下ほどのスペースがあり、籐椅子が丸テーブルを挟む形で置いてあった。窓ガラスの向こうには敷地内の飛び石付きの小さな日本庭園のような庭が見える。
「うわーっ、なんか旅館みたい!」
あたしは椅子に駆け寄って座り、ガラス窓の外を見た。緑のもみじの枝に小鳥が止まっている。灰色で、ほっぺたのところだけ赤錆色をしている。首をかしげて、こちらを伺っているようにも見える。
可愛いなあと思いながらしばらく眺めていると、與野木君がやってきた。
「あ、ヒヨドリだね」
「ヒヨドリ?」
「うん、人に懐く鳥だよ。平安時代辺りでは貴族の間でペットとして飼われていたんだって」
與野木君って本当に何でも知っているなあ!
「お待たせしました。ああ、クーラーを付けていて良かったのに。ここ、日当たりが良いから暑いでしょう」
お茶とお菓子を持ってきた藤岡さんは、窓を見て、
「来ていますね」
と微笑んだ。
「あの子、毎日遊びに来るんですよ」
藤岡さんは仏壇に供えられた林檎を一つ取ると、ぐっと力を入れた。ぱかん、と綺麗に半分に割れる。
「凄っ」
「相変わらずの握力だな」
吉備北先生がエアコンのリモコンを弄りながら若干呆れ気味に呟く。
そっとガラス窓を開けると、藤岡さんは林檎を岩の窪みの上に置いた。窓が閉まると、すぐにヒヨドリが舞い降りてきた。くちばしでつつきながら林檎を食べる姿がとても可愛い。
「ヒヨドリは甘い果物や花の蜜が好きなんだ」
與野木君の言葉に、ふいにあたしのお腹がぐぅ、と鳴った。は、恥ずかしい。そういえば、朝からバタバタしていてまだ何も食べていないんだった。
音は藤岡さんにもしっかり聞かれていたらしく、テーブルに座るとあたしだけお茶の隣に皮を剥いた林檎とお菓子が置かれたのだった。うう。
お茶を片手に、あたしは藤岡さんに以前会った時から起こった出来事をを詳しく話していった。ヨンからもらったメモを渡すと、藤岡さんは暫くじっと見入っていた。
「――妻は大僧院に入ってしまったのですね」
「はい、それで藤岡さんの力を借りたくて来ました」
「……」
藤岡さんが、あたしの顔を見た。
何故だか哀しげな目に感じた。
「………………上村さん」
「はい」
「あなたはもう、私達に関わらない方がいい」
「えっ」
予想外の言葉に思わず腰が浮きかける。
「あのっ、一緒に来るようにってヨンは書いていますよね? 何で急にそんな事」
藤岡さんが瞼を閉じる。湯飲みを押さえる長い両指が僅かに動いた。
「このままでは、あなたの身が本当に危険だからです」
理由を尋ねようとして口を開くより前に、
「俺だけなら大丈夫だろ」
吉備北先生が言った。
「俺一人なら何とか連れていけるだろ?
こっちの物資を調達すれば、お前んとこの嫁さんと強力して――」
「無理です」
藤岡さんは即答した。
「吉備。あなたの気持ちは嬉しい。
だけど連れて行くことはできない」
「お前なあ、この状況を聞いた上で、はいそうですかって引き下がるわけにはいかないだろ」
「無理なんですよ」
「藤岡!」
「吉備。事態はあなたが思っている以上に悪い」
「――っかげんにしろ!」
吉備北先生がぐいっと藤岡さんの作務衣の襟元を掴んで引いた。
「てめぇはいつもそうやって一人で抱え込みやがって甘えようともしねえ! 少しは俺を頼れっつってんだろう、クソ野郎!」
今まで聞いた事のない先生の口調に驚いていると、
「……そういう意味じゃない」
藤岡さんが弱弱しく呟いた。
「私はもう、転送ができない」
その言葉に先生がハッとしたような顔になり、手が緩んだ。
「おい待て。右手はまだ――」
「もう、駄目です」
静まり返った座敷に藤岡さんの落ち着いた声が響く。
「私の手は、デペ将軍に潰されてしまいました」
「おやぁ、珍しいお客さんだねえ」
座椅子で新聞を読んでいた白髪の老人が、あたしに気付いて眼鏡を上げた。
「お邪魔しています、上村朋といいます」
ぺこりとお辞儀をして失礼の無い距離に正座する。
渡り廊下を通ってトイレから戻る途中、居間らしき部屋で藤岡さんのお爺さんが新聞を広げているのが見えたので、挨拶をしておこうと思った。
それから、こっそりと思い付いた事を実行してみたかった。
「おお、ゆっくりしていきなさい。隆二もこんなに可愛らしいお嬢ちゃんと知り合いだったとはなぁ、ははは。お嬢ちゃんは何処の中学かい?」
にこにこと笑うお爺さんはとても優しそうだったので、あたしは内心ほっとした。
これなら大丈夫そうな気がする。
「あの、藤岡さん。お願いがあります」
「ほう?」
あたしが正座してにじり寄ると、お爺さんは嬉しそうな顔になった。
「いやはや、若い子からお願いされるとは嬉しいのう。
何でも言ってみなさい」
「はい。実は、日本刀を一晩だけ貸していただきたいんです!」
途端に、お爺さんの顔が能面のようになった。




