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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第12章 <異世界編>
34/41

12-3.ヨジェリアンとデペ

 




 ヨジェリアンがその男に初めて出会ったのは、ヨルダム国の祭典に招待された王族の護衛を父と共に任された時の事だ。


 祭典は華々しく和やかに進み、その夜は盛大な祝賀会が催された。

 昼間は男物の軍服に日よけ帽で参加していたヨジェリアンも、この時ばかりは色を添えろという上からの命令で女物の衣装に宝飾品を身に着けていた。

 宝石産出国であるヨジェリアの宝飾品は品質の高さから人気があり、著名人が身に着けたデザインは特に高値で取引される。

 美醜はともかく歩く広告塔の一人として仕事をしろ、というわけだ。


 ヨジェリアでは身に着けた宝石を引き立てるため、高位の者は華美な刺繍を施した布や色布を混ぜた衣装を着用しない。

 今宵のヨジェリアンも白味がかった砂色の薄布を裾が広がりすぎぬ程度に広げて纏い、錆び色の髪には香油を染み込ませ編み込みを交え結い上げ、その上から透かしの入ったヴェールを着けていた。ヨジェリアの女達は幾つもの宝石をきらきらと光らせていたが、彼女が身に着けていたのは胸元に連なる金とエメラルドのラリエットだけだった。


 ドルタスと共にヨルダムの要人や近隣国の外交官に挨拶と談笑を繰り返していたヨジェリアンだったが、やがて参加者に酒が回り音楽と笑い声に一層賑やかさが増してくると、酔い冷ましのふりをして広間を抜け出した。


 カツカツと廊下を歩きながら、残りの時間を何処で潰そうかと考える。休息用の椅子に座る男女達からは酒が入ったせいもありこちらにまでねっとりとした空気が伝わってくる。この甘さがヨジェリアンは不得手であった。


 年頃になっても尚ヨジェリアンの頭の大部分を占めていたのは、父が誇りに思う武人となるため己を高めることやいかに部下を鍛え上げるか、また、弟リュージンを立派な武人に育て上げたいという思いだけであった。

 故に、彼女は男女の恋や火遊びといった事に対して全く興味が無かった。


 庭に出てすっきりとした空気を吸いたかったが、以前、抜け出した男女が抱き合っている場面に鉢合わせをした事があるため、彼女の向かう先は別にあった。屋敷の主に対して昼間のうちに部屋の使用許可も貰っている。


 ギィ。

 普段あまり使用されないのか、軋む音と共に扉が開く。廊下に点在する炎の灯りが、中に広がる小さな書架室の本棚を照らす。


 閉じてしまうと真っ暗になるため、ヨジェリアンは扉をそのままに本棚へと近付いた。


(懐中電灯があれば便利なんだが……)


 リュージンがニホンから持ってきた品を思い浮かべながら詰まれた紐閉じの本を手にし、なんとか題名を確認する。燭台に火をともすため置き場所を確認しようとしていたヨジェリアンの後ろで、バタンと扉が閉じられた。


 かと思った次の瞬間には、後ろからがっしりと抱きつかれていた。


 逃げる前に唇を塞がれた。ぬるりと舌を入れてきたので噛み切ろうとしたら、察したらしく逃げられた。それでも尚接吻を続けようとしたため唇に噛み付いてやったら、ようやく相手は顔を離した。


「おい、ここは乗るところだろうが。書架に入るといい、変わった女だ」


 呆れたような野太い声は腹を立てた様子はない。

 ギィ、と再び扉が開かれた。差し込んできた光の中で思いきり相手を睨みつけると、


「いい顔をする」


 顎を持ち上げ覗き込まれた。

 背の高いヨジェリアンが尚見上げる位置にあるその顔は、唇から血を流しながらも堂々たる気迫に満ちていた。


「宝石のような目だ。

 うむ。なよなよした女より面白い。お前にしよう」


 がしりと腰に手を回され手首を持って引きずられだしたため、ヨジェリアンは足を振り子のようにして相手の股の間を思い切り蹴り上げてやった。

 力が緩んだ隙に抜け出し、怒声を浴びせて走り去る。

 走りながら、おぞましさと共にざわざわと胸騒ぎがした。


 ――あの男に関わっては駄目だ。


 直感が、そう警告していた。




 ヨルダム国の将軍との婚姻が決まっても、ヨジェリアンには何の感慨も無かった。国の役に立てるならば当然の事だ。

 戦場で共闘の際、相手のデペ将軍とは数度面識があった。とはいっても、軍議の際ちらりと姿を確認した程度で、日除け帽を被っていた為顔もよく知らない。

 戦場では部下を鼓舞する為素顔を晒していた。だから彼は自分が醜女だと知っている筈だ。気の毒だがそこは割り切ってもらう。


 そんな思いで婚姻の儀に出席したヨジェリアンは、そこでようやくデペ・ガスタルの顔を見た。

 そして、にやりと笑うその顔を見て、ようやく相手があの夜の男だと気付いた。


「――いい嫁取りをした」


 賑やかな宴を前に、デペは婚礼衣装の襟元を緩めながら隣に座る花嫁を見ながらそう言い、ヨジェリアンの胸は再びざわめいたのだった。



 その次の日の夜に、ヨジェリア王国内で反乱が起きたと知らせが入った。

 急ぎ帰国する父ドルタスと共にヨジェリアンも向かうつもりでいた。

 だが、デペはそれを許してくれなかった。

 そればかりか、祖国が危機だというのに寝屋に閉じ込め、閂をかけられた。


「退け! 行かねばならぬ!」


 必死になって叫びつつ逃げ出そうともがいても手を離してくれなかった。

 怒声を浴びせても泣きながら懇願しても、何をしても願いは叶わなかった。


 怒りにらんらんと目を燃やしながら、ヨジェリアンはその時を待った。

 そうして、ようやくデペが寝息を立て始めた頃に、彼女は隙を見て脱出した。


 馬を休めず走りに走り祖国に戻ってきた彼女が目にしたのは、崩れ落ちる寸前の黒煙を上げるヨジェリア王宮だった。






* * * 





 近付いてくる甲冑ががしゃがしゃと音を立てる。

 ヨンは鞘から剣を抜き構えた。


「夫に刃物を向ける気か」


「これ以上近寄るな。私はもう死んだ人間だ」


 目の前の刃を気にもせず、デペは近付いてきた。


「寄るな!」


 振り下ろした剣は、がちり、と甲冑の表面で止まった。


「情に厚いのがお前の弱さだ」


「……何故、ここに」


「夫が妻の行方を捜すのは当たり前だろう、ヨジェリアン」


「その名は捨てた」


「いいや。お前はこれからまた俺で暮らせ。その目を俺に向けろ。

 他の男を見るな」


 ヨンの瞼がぴくりと動いた。


「……あなたは」


 言いかけて、その先を言えない彼女の代わりにデペが続ける。


「間男のリュージン・タタールなら、俺がきちんと仕置きをしてやっている。

 命だけは助けてやっているが、匙加減一つで簡単に吹き飛ぶ」



 リュージンが酷い目に遭っている可能性は元から考えていた。

 だが、彼は異世界の品を持ち込むという貴重な能力を持っている。その為ヨンは、どちらかといえば彼は丁重に扱われているのではないかと踏んでいた。


 ――この男が相手をしているのなら話は別だ。


 背中を冷たい汗が流れ落ちる。


「さて。どうすべきか分かっているだろうな? ヨジェリアン」

 


 カラン、と剣が床に落ちた。



 ヨンはゆっくりと両膝をつくと、絞り出すような声で言った。


「私はどうなってもいい。

 リュージンは……解放してやってくれ」


「それが物乞いの言い方と態度か?」


 ヨンは手をつくと頭を床に着けた。


「お願いします、何でもします。

 どうか、弟を助けてください」


「よく言った!!」


 デペは破顔し、ヨンの腕を引きずり上げた。



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