11-2.少女は幼馴染に相談する
「なんでお前もいるんだよ……」
玄関ドアを開けた正直は、ルビちゃんの隣にいるあたしを見てげんなりした口調になった。
正直とあたしの家は隣同志で両親が仲良い。だから中学にあがるまではちょくちょく遊びに行ったりもしていた。疎遠だった中学時代以来、実に三年ぶりに正直の部屋へ入る。
「おじゃましまーす」
おー、小学校の時とガラッと雰囲気が変わっちゃっている。
バスケのポスターとCDのジャケットを壁に飾り、ベッドのシーツをモノトーンカラーにしたりして大人っぽく見せようと頑張っているのが伺える。だけど小学校の時から使っているシール跡付学習机が残っている所が正直らしいというか、憎めないというか。
「何~、正直ロックなんて聴いてんの?」
パソコンから流れるハードなBGMを聞きながらCDを取りチェックしていると、
「正直君ってすっごく詳しいんだよ。おススメを借りたりしているんだぁ」
ルビちゃんがにこにこしながらそう言った。
「正直……」
「んだよ」
「お願いだから、ルビちゃんをふわふわ少女のままでいさせてよね。
あたし、ツンツンヘアに鼻ピアスでギターかき鳴らしながら首を振るルビちゃんなんて、見たくない」
「ロックに偏見持つんじゃねー」
CDを取り上げられ、どす、と角でチョップされた。
「――で? 何の用事?」
コーラとポテトチップスを手にしばらく他愛もない話をしていると、正直が顔をしかめて尋ねてきた。そうだろう、彼女と二人きりのつもりがお邪魔虫がくっついてきたのだ。
あたしは姿勢を正して紙コップをあおると、もそもそと切り出した。
「あたしさあ……正直がルビちゃんを好きって、全っ然気付かなかったんだよね……」
「は? 何だいきなり」
「ルビちゃんが正直を好きになった事にも気付かなかったし、與野木君と七村は両想いだって思ってたけど何か違うみたいだし……」
もじもじと指を突き合わせながら続ける。
「あ、あの、あのさあ、あたしがみんなに女子として見られてないのは知ってるけどさあ……そういう子から好きになられたりするのって、迷惑かな……?」
「え。お前オレが好きなの?」
「んなわけないでしょ! 一般的な意見を訊いてるの!」
「ふーん……って、マジか! ついにトモにも好きなヤツができたか!!」
「ぎゃー! 大声出さないでよ!」
あたしは敷いていたクッションを手にすると、正直の顔に叩きつけた。
「んだよ、今うち誰もいねーだろ!?」
「いるいないの問題じゃない! あたしが恥ずかしいって言ってんの!」
「ツキツキぃ、落ち着こ?」
ルビちゃんの静止で座り直すと、あたしはクッションを両腕で抱え込んだ。
「な、な。相手、俺の知ってるヤツ?」
俄然興味が出てきたらしく、正直がぐいぐい尋ねてくる。
「…………知らない人」
途端につまらなそうな顔になった。
「んだよ、與野木じゃねーのか」
「は? 何で與野木君? あー……、前もデートだの何だの言っていたけどさあ、そういうのって與野木君に失礼だから止めた方がいいよ?」
正直とルビちゃんは顔を見合わせ、憐れむような表情であたしを見た。
「ツキツキぃ、いい加減気付きなよぉ。與野木君可哀想」
「へ? 何が?」
「トモ。お前、與野木に『好きなヤツいんのか』って訊いたんだって?」
「何でそれ正直が知ってんの」
「與野木から相談受けたんだよ」
「ふーん、何の相談?」
正直は立ち上がると、屈み込むようにして、ずい、とあたしに凄んできた。
「なっ、何?」
「お前さあ、その相手が自分かもって思ったこと、ほんっとに一度も無いワケ?」
「はあ?」
どうしてそんな話になるのだ。
「――無いか」
「ないみたい」
あたしの顔を見てバカップルは頷き合っている。人をダシにして結束を強めるんじゃない。
「あのさー、あたし與野木君にハムスターに似てるとか言われてんだよ? 普通好きな子に言わないでしょ、そんなこと」
「言うだろ」
「好きだから、からかいたくなるんでしょ」
「……え」
……ちょっと、待って。
あの……嘘でしょ?
だんだんと話が見えだしてきて、あたしは一気に焦りだした。
そもそも正直の家に付いてきたのは自分の恋の相談をしたかったからであって、そういう新たに混乱する事実を知りに来たかったわけじゃない。
「いやもうここまできたらハッキリと教えとくわ。でないとアイツ、永遠に気付いてもらえねーわ」
「あのねぇ、與野木君が好きなのはぁ、ツキツキだよ?」
「うっそだあああっ!」
あたしは叫んだ。
だって、だって與野木君とあたしって、そういう恋愛っぽいやり取りなんて一度もしたことないし、普段は七村と仲良かったから、てっきりそっちが好きだって思っていたし!
何で? 何で何で!? あたし自分で言うのも何だけど、ちっとも女の子らしくないよ!?
あたしが男なら絶対あたしなんかよりルビちゃんや七村を選ぶよ! 誰だってそうでしょ!?
ますます混乱してしまったあたしの肩に、ぽん、と手が乗せられる。
「――トモ。お前もそろそろ大人の階段を登れ」
やだっ!
ひとしきり動揺したものの最初の質問の答えを聞いていなかったあたしは、いったん與野木君の事を忘れることにした。ごめんね!
「――お前、そこそこ可愛いよ」
ばりばりとポテトチップスを噛み砕きながら正直が言ったので、あたしは心底驚いた。
正直が! あの口が悪くて中学時代はあたしを無視していた正直が!
「ま、物好きなヤツから好かれる程度には、ってことでー」
「それって褒めてんの」
「褒めてる。ルビの方が100倍可愛いけどな」
その言葉に、ルビちゃんがにっこりする。分かってるわい!
「トモはやたら明るいだろ? ちっこくてよく動くハムスターだし。
だからアレだ、それを目で追っちまうヤツが出てくんだろ。
んで、そっからだんだん好きになるワケ」
「……それって、本当に物好きな人だけだよね」
「まーな。だからお前の好きなヤツもそうだとは限らねーよな」
あたしはワジを思い出す。
ザヤックの町で子供達と遊んでいたら、怒った顔で迎えに来てくれた。今にして思えば、あの時初めて手を繋いだんだなと気付く。
その時も、それから今までもずっとずっと、ワジはあたしに異性として接している感じじゃなかった。あたしがワジをお兄ちゃんみたいと思っていたのと同様に、ワジもあたしを妹のようにふるまってくれていたのだと分かる。
あたし達の間に、恋のどきどきみたいな空気は一度だって流れなかった。
『ワジ……だいすき……』
寝る前の台詞を思い出し、かあっと頬が熱くなる。
あ、あああたし、とんでもない事を言っちゃってた!
もう絶対あんな事言えない! 言えないよ!
そこまで思ってから、ようやく気付く。
……ううん、もう今度なんて無いんだ。
レナーニャ大僧院に入ってしまえば、お別れだ。
ひゅうっと心に隙間風が入り込む。
「ツキツキぃ、どうしたの?」
「やっべ、傷付けた?」
慌てて二人が顔を覗きこんできたけれど、あたしはすっかり落ち込んでしまい、クッションに顔を埋めたのだった。




