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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第2章 <異世界編>
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2-2.運び屋は少女に依頼をする




 ワジは小鍋の中を拭うと水袋の中身を慎重に注いだ。

 鍋の半分ほどで水を止め、煉瓦で組んだ小さなかまどにそっとかける。少しの生米と干し肉を細かくちぎり入れながら、ちらりと横目で傍を見れば、ヨンと少女が、身振り手振りを交えつつ熱心に話し込んでいるのが見えた。


(全く、依頼者はこちらなのに……)


「私はこの子と話がある。あんたはこの子が食えそうなもんでも用意していてくれ」


 そう言われ、大人しく煮炊きしている自分もどうかとは思うが、見るからに痛々しい少女の姿を見ては異論を唱えることなどできなかった。

 僧院では年若い見習い僧はまずは竈に付くことから始まる。それまで家事の類をやったことのないワジにとって、台所仕事の類というものは勝手が分からず苦戦した。

 連日三食の炊事を手伝うにつれ少しずつ腕は上がっていき、今では時折良しの言葉をいただくまでになっている。

 野外時の煮炊きも行の一環として取り扱われるため、竈を作り消化の良い暖かな粥を準備する程度はできた。

 蓋をして強くなり過ぎた火を崩しながらワジは横目で少女を見た。


 彼女が話す言語は何とも独特な調子と音階だ。この国だけではなく周辺諸国の言語とも似つかない。海向こうの大陸のものだろうか。

 生まれながらの奴隷にはない、無警戒な態度に知性が宿った顔つき。おそらく幼少時より学を受け、貧困とは無縁の生活を送ってきたのだろう。


 ヨンが荷物から小箱を取り出し少女の前にその中身を開ける。じゃらじゃらとこぼれ落ちたのは首飾りや腕輪などの宝飾品だ。そこから指輪を摘み出すとヨンはその一つ一つを彼女の指にあてがっていった。やがて、最も馴染みの良かった一つが左の薬指に滑り込む。


『○◎○』


 ヨンの言葉に少女の目が丸くなる。まじまじと指輪を見つめた後、少女はワジの方を見た。

 ふいを突かれ、ワジは思わず身じろぎしてしまった。


「ーーだいたいの事情は分かったよ。この子に飯を食わせてやってくれ」


 鍋の中身を椀に移すと、ワジは木匙を添えて少女の傍に持って行った。

 おずおずと椀を受け取った少女は、


『アリガトウ』


 と言った。おそらくは礼の言葉だろう。

 ワジはその響きがなんとなく気に入った。

 


 ふうふうと匙に息をふきかけながら少女が粥を食べ始める。


「ワジ、これから話すことをあんたに信じろとは言わないよ。

 ただ、この子とはこれからしばらく一緒に行動することになるからね」


 そう前置きをしてヨンはワジに話し始めた。


「まず、この子の名前はツキツキという。年は16だ」

「えっ」


 ワジは思わず声をあげ、少女の方を振り返った。


「あの、どう見ても12歳程度にしか……」

「本人がそう言っている」

「はあ……」


 もぐもぐと口を動かす少女の眉間に少しだけ皺が寄る。口に合わなかったかとワジは内心がっかりした。


「彼女は別の世界から来た」

「はい……えっ?」

「彼女はいたのはこの大陸のどこにも無い、ニホンという国だ」

「海向こうの国ですか」

「いや、海の向こうにある国でもはない」


 ワジにはヨンの言葉の意味が分からなかった。ヨンはワジの顔を見て言い方を変えた。


「ワジ、あんたはレナーニャ教の坊さんだ。だが、国によって様々な信仰があるのは知っているだろう? 例えばダーナン、あそこは建国に関わったといわれる12大聖霊を祀っているし、フェーンは風神信仰だ。

 そうやって信じるものが違うが当たり前なのと同じように、こうやって私達が住んでいるこの地面も空も全く別の世界に似たような、けれど全く違うものが存在している」

「あなたは何を……」


 ワジの言葉が僅かに震える。静かな砂漠の星空の下で三人の白い息と粥の湯気がふわりと膨れて消えていく。


「レナーニャの教えじゃこの世は単一無二だからな、気に障るのは分かっているが聞いくれ。

 この世界はニホンで見ている彼女の夢と繋がっている」

「ヨン殿は……」


 ワジの唇が不自然に歪む。


「……この少女の与太話を信じているのですか」

「ああ」

「……教団は、何故あなたを運び屋に指定したんでしょう。

 こんな、こんな罰当たりな言葉を平気で口にできる人など……」

「信じなくて構わないと言っただろう」


 ヨンは少女の方を見ながら呟いた。


「あの子は連れて行くよ。それだけは譲らないからね」





 前を行くラクダにはヨンがツキツキを支えるようにしてまたがり、その後ろをぶすりと不機嫌な顔のワジが付いていく。


『具合はどうだい?』

『あっ、大丈夫です! お粥食べたら元気出たし、お水もらえたから』


 想像していたよりもツキツキと名乗った少女は元気だった。痛々しく腫れた皮膚はそのままだが、目に宿る光は好奇心いっぱいといった調子できょろきょろと乗っているラクダやその横に下げられた荷物の数々を観察している。


『凄いなあ、あたしラクダって初めて!』

『そうか。乗り心地はどうだい』

『ええっと……』

『はは、粥の時といい、あんたはすぐ顔に出るね』

『えっ』

『食べた時に顔をしかめていただろ? ワジが気にしていた』

『ちがっ、あの、違うの! 味は美味しかったんだけど、その、砂が混じっていたから――』

『ここではそれが当たり前だ。ニホンには美味い食べ物だらけで飢えに苦しまずにすむことも、信じられないほど清潔に暮らせていることも、いつでも水を使い放題な国だとも知っている。だがこのヨルダムでそんな暮らしをしているのは王族か豪商、それから僧院の上層部くらいだよ。

 私ら市民は僅かな水をやりくりし、食事は砂混じりなのが当たり前だ。昼は焦げそうなほど暑く、夜は凍えそうなほど寒い。

 まあ、慣れてもらうしかないね』


 はあ、とツキツキは小さく返事をした。


『あの。ヨンさん……』

『ヨンでいい』

『ヨン。どうしてこんなに親切にしてくれるの? 日本の事も知ってるみたいだし……』

『言っただろう、頼みたいことがあるって。

 私はあんたの面倒を見る。代わりに、あんたにはニホンで人探しをしてもらう。

 【リュージン】。それが探してほしい人の名だ』

『りゅーじん? りゅーじん。りゅーじん……』


 ぶつぶつと繰り返すツキツキの小さな肩に、ぽん、とヨンは手を置いた。


『頼りにしてるよツキツキ。

 リュージンはね、私の旦那なんだ』


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