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運び屋ヨン  作者: SPICE5
第2章 <異世界編>
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2-1.運び屋は異世界の少女を拾う






 太陽が西に傾くにつれ灼熱の砂地は温く落ち着き、生き物達の動きが活発になる。

 ユビ砂漠に点在するいくつかのオアシス街。その最も西南端にある街の小さな宿屋で、一人の運び屋が午睡を取っていた。


 ――肌を撫でる熱い風が優しいものへと変わった。


 運び屋はむくりと起き上がると、枕元に置いていた水差しを手に取り真鍮の椀に注ぎ入れて飲んだ。窓辺に行き備え付けの日時計を観測する。

 敷布をくるくると巻き取ると、「起きな」と足元に声をかける。が、聞こえているのかいないのか、言われた相手はもぞりと身を動かしただけで起きようとする気配が無い。


「そうか。そんならあんたは飯抜きだね、ワジ」


 途端に、ワジと呼ばれた少年は跳ね起きた。



 ヨルダム王国は国土のおおよそ三分の一が砂漠地帯である。

 砂漠そのものに利用価値はないものの、近隣諸国間では点在するオアシス街を通しての流通経路の確保が最も効率の良い商品輸送法だと言われている。海経路、もしくは高山越えでは経費がかかり過ぎるのだ。大量の貴重品を運ぶ商人達はずらずらと並ぶラクダと共に護衛人を幾人も雇い、自身と荷物の安全を確保する。

 だが輸送量がたいした量ではない上にそこまで金をかけたくない場合は、大抵運び屋を利用することになっていた。


 運び屋は数人で組むことが多い。まれに一人の運び屋もいるが、それはよほど腕が立つか、もしくは近場でのやり取り専用の運び屋である。身を隠したり助けを求める場の少ない砂漠では盗賊も出やすい。しかも重荷を担いで砂漠を渡っているのであれば、ここに貴重品があるのだと教えているのと同じだ。そのため一日やそこらならともかく体力が削られやすい砂漠地帯では、休息時に交代で睡眠時間を確保するため複数人での移動が鉄則であった。



 商店をいくつか回って買い付けを済ませると、運び屋とワジは屋台街で食事を取った。

 麦粉に乳と塩、それから香草を混ぜて焼き上げた平べったいパンに、溶いたダチョウの新鮮な卵と蜂蜜を浸して食べるチャスティは滋養の高さが旅人に人気だ。

 チャスティが数枚に肉団子のマメ入りソースがけ。それから果物数個と塩ゆで野菜が、さっぱりしたナバ茶と共にテーブルに並ぶ。


「食べないのか」


 チャスティを手で裂きながら、運び屋は目の前の少年に促す。食いっぱぐれないために付いてきたわりには、ぼんやりと食卓を眺めたままで微動だにしない。

 少年には頭髪が無かった。葡萄えび色の袈裟に首に巻かれた金色の輪と額に描かれた小さな鳥の入れ墨からレナーニャ僧、しかも高位だということが見て取れる。

 ヨルダム王国のレナーニャ僧といえば民の中では貴族と同等の位だ。若くして高僧ということは裏で寺院に多額の寄付を出したということを表す。つまりは彼の実家は大富豪、もしくは貴族の息子なのだろう。


「あの……本当に、二人だけで砂漠を渡るのですか……」


 尋ねる声には不安が混じる。


「何だい、怯えているのかい」


 少年は心外そうに眉をひそめて運び屋を見た。


「私自身はどうなろうと構いません。ですが、必ず荷を届けろと僧上様からのお達しです。ならば少しでも安全策の高い――」

「なるほどね。運び屋選びに後悔している、ってわけか」


 苦笑いした運び屋は、背格好こそ男性的だがよくよく見れば女だと分かる。肩で切った錆色の髪は使い古しのほうきのようにバサバサと先が広がっていて、日に焼けた顔中にはびっしりとそばかすが浮いていた。年の頃は三十前後か。顔立ちがお世辞にも美しいとは言えない分、どきりとするほど澄みきった翠玉の瞳が彼女の風貌から浮いていた。


「言っておくが、依頼してきたのはそっちのお偉いさんだからね」

「それは、分かっています。けれど何もヨン殿お一人で動かずとも護衛を数人雇うべきではないでしょうか。教団に頼めば後々お金は払ってくださるはずです」

「悪いが、私は一人がいいんだ」


 ヨンと呼ばれた運び屋は卵黄と蜜とバターを吸い取ったべとべとのチャスティを大きな口に運んで咀嚼した。汚れた指をねぶりナバ茶を飲むと、ヨンは赤い果実を袖でこすりワジに向かって放った。


「しっかり食べておきな。持たなくなるよ」


 受け取り黙って齧りつつもワジの顔色は優れぬままだった。

 


 宿の風呂場で水浴びをする頃には、一段と涼しい風が吹きだしていた。

 移動用の砂色のマントを羽織りながら、ヨンは膝付き祈りを捧げるワジの傍らに同じものを置く。幅広布の帽子と色硝子を埋め込んだ防砂眼鏡を装着すると、二人は大袋をいくつも背負ったラクダに乗り込み出発した。


「それは何ですか」


 途中、ヨンが地図を出し見ながら手にしている物体はワジが初めて目にするものだった。平たい透明な円柱の中に小さな針がゆらゆらと浮き、その片側には赤い塗りが入っている。


「旅のお守りだよ」


 腰袋にがさりとしまうと、ヨンはラクダの手綱を持った。

 過ごしやすくなったとはいえ、日が出ているうちはまだまだ暑い。こめかみを流れる汗を袖で拭いつつ、ワジは黙々とヨンの後に続いた。


 昨日初めて乗ったばかりのラクダでの移動はまだまだ尻が痛く、落ちないよう腰と脇に力を入れてばかりで休む暇がない。厚底の皮長靴が草履に慣れた足に狭苦しいが、砂と熱、それからサソリの毒からも身を守るためと教わり我慢して履いている。ロープで繋がるその先にはヨンがいて、まるで柔らかな尻置きの上でくつろぐかのようにラクダに乗っているのがうらめしい。


 目の前の運び屋にはいろいろと不安が残るが、上からの達しならば信じるしかない。


(当面はこの人と共に旅をする。変な反抗心を持つと立場が悪くなるのは自分だ)


 ワジは世俗事には疎かったが、愚かではなかった。



 燃えるような赤い夕日が砂に沈み、浮かぶのは一面の星々と二つの月のみとなった。急激な冷え込みに、二人は尻に敷いていた防寒用のマントを砂色マントの上から羽織った。


 ワジは疲れきっていた。ラクダに乗ったままの水休息なら数度取っている。だが彼の尻と腰は既に限界だった。


 仕方なく、本休憩を乞おうと口を開きかけたところで、ヨンがぴたりとラクダを止めた。


「――行き倒れだ」


 彼女が指す遠く先に、小さな身体が転がっていた。



 年の頃は12、3歳ほどの少年だった。黒っぽい短髪はありふれているものの、作りの小さな目や鼻はこの辺りでは見かけない顔立ちだ。

 意識は朦朧としていて目の焦点が定まっていない。薄着のまま長時間太陽を浴び続けていたらしく、黄土色の皮膚は赤黒く腫れ上がり脱水症状が見て取れた。がたがたと震えているのは急激な気温の変化に付いていけていないのだろう。


 ヨンはラクダの荷から水筒と一番柔らかな布を持ってくると、少年の身体をそっと毛布で包み、干からびて割れてしまった唇に水を落として湿らせた。


「飲めるか?」


少年は虚ろな瞳で唇を開いた。端から漏れそうになるのを避けるため、ヨンは一口ずつゆっくりと含ませていった。砂漠において水は何よりも貴重品だ。

 潤いが喉に入るにつれ、焦点の合わなかった焦茶色の瞳に弱弱しい生気が宿りだす。


「……○」


 かすれた声は何かを伝えようとしたのだろう、だが声を発するにはまだまだ水気が足りなかった。


「話さなくていい。楽になるまでじっとしていな」


 少年の身体を支えながら水を与えていくうちに、ヨンは何かに気付いたようだった。


「――ワジ、代わりに水をやっててくれ」


 ワジはヨンから水筒を受け取ると、少年の唇の隙間に慎重に水を垂らしていった。


 それにしても、何とも奇妙な恰好だった。滑らかで肌触りの良い木綿生地は見たことない程白くぴったりと吸い付くように身体に沿って裁断と縫製が施されている。胸部には如何なる技術で染めているのか、色とりどりの不思議な模様――これは他国の文字だろうか――が描かれている。


 観察するうちに、ワジはわずかではあるがそこに膨らみがあることに気が付いた。ということは、この子どもは少年ではなく少女だということになる。ワジは慌てて胸から目を逸らし、己の無礼を恥じた。


 少女がここまで短髪であるのには何かしらの理由があるのだろうか。

 可能性として一番考えられるのは逃げ出した奴隷が少年のフリをしていたということだ。


(いや、おそらくあるじの好みでそうさせられていたのだろう……)


 腰回りから下は非常に丈の短いズボン(素材はつるりとしていて闇のように黒い)を履いているのを見て、ワジはそう推察した。少女の着ている衣装はどちらも高級素材であるのは間違いないからだ。

 ヨンを見ると、少女を抱き抱えたまま同じく子細に衣装を観察していた。生地に触れ、考え込むその顔は酷く真剣なものだった。


「――おい、レナーニャ僧殿」

「何でしょう」

「あんた、口は堅いか」

「はい」

「信仰する神にそれを誓えるか」


 ヨンの言い方にワジは眉をひそめた。


「軽々しくそのような事を口になさらないでください」

「他言無用ができるかと聞いている」


 ヨンの言い方は気に食わなかったが、ワジは顔をしかめたまま首を縦に振った。


「その約束、忘れるんじゃないよ」


 ヨンはワジに念を押すと、水筒の水を椀に注いで少女の顔にパシャリとかけた。少女が小さなうめき声を上げる。


「――○●○◎○ ◎?」


 少女の手を取りながらヨンが奇妙な声を上げた。少し癖のある、歌うような抑揚の言葉。

 おそらくは異国の言語なのだろう、とワジは察した。少女が著しい反応を示したからだ。





『――にほんじん か?』


 ヨンの言葉に少女の瞳がびくりと動いた。


『……あ』

『に ほ ん?』


 幼子に言い聞かせるようにゆっくりとヨンは繰り返す。


『……は、はい。そう……そう、です……』


 かすれ声で少女が呟いた。


『そうか。ニホン……そうか……』


 ヨンはじっと手を握ったまま、少女の顔を見つめていた。

 ワジが少女の口に十分な量の水を補給し終えた頃、ようやく人心地ついたらしく、はあ……っと彼女は深いため息をついた。


『ありが、とう』

『どうやってここに?』


 ヨンの言葉に、少女は笑ったような表情になった。


『あの、ここって、なんだか砂漠? みたいな感じですけど……どこ、ですか?』

『ユビ砂漠』


 ヨンの言葉に、少女の笑った顔に困った表情が加わった。


『えっと……ここって……日本……ですよね?』

『違う。ニホンじゃない』

『……え』

『ここはヨルダム王国の、ユビ砂漠』


 笑顔が張り付いていた少女の顔がみるみる色を失っていく。


『は……何で? あの、あたし、フツーに寝てたはずなんだけど、なんで、こんな事になっちゃってんの? これ、夢? てか、夢だよね。うん絶対夢』


 頬に手をあてたまま呟きだした少女に、


『落ち着きなさい』


 と、ヨンは手を強く握り直した。


『名は』

『あ……上村朋、です』

『ウエムやトもぅ……』


 渋面で繰り替えすヨンに、少女は慌てて訂正した。


『あの、朋だけでいいです』

『トモ』

『はい。ツキツキって呼ばれる方が多いですけど』

『ツキツキ』

『えっと、朋の漢字がお月さま二つ並んでいるから、なんですけど……』

『私はカンジをよく知らない。だがツキツキの方がこちらの響きに近い。ツキツキと呼ぶ』

 ヨンの言葉に少女はこくんと頷いた。

『ツキツキの言葉は正しい。おそらく、あんたは寝ている間にこの世界に飛ばされた』

『なーんだ』


 少女は安心したような声をだした。


『やっぱそうだよねー……おっかしいと思った。もう暑くて痛くて喉乾いて苦しいから、あたしこのまま死んじゃうんじゃないかって思っちゃってたよー。夢かあ!』

『最後まで聞くんだ』


 ヨンは厳しい声で言った。


『確かにあんたは夢に運ばれた。だが、ここもニホンと同じ本物の世界だ。私とワジがここを通らなければ、あんたはいずれ死んでいた』

『……あ、あの……意味が、よく分からない』


 困り顔の少女に、ヨンはゆっくりと教えた。


『この世界と、あんたの夢は、繋がっている』


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