7-2.陶芸家は少女を迎える
観光客用に作られた木道造りの土産物通りを抜け、横道に入り少し上った小高い場所に藤岡さんの自宅はあった。
敷地内は二手に分かれ、吉備北先生は玉砂利が敷いてある小さな庭の方へと向かっいく。木造りの綺麗な建物は販売所なのだろう、引き戸を開けると先客が数人入っている。
店内には静かな音楽が流れ落ち着いた雰囲気が漂っていた。焼き物を見ているお客さんもいれば、奥の喫茶店みたいな場所でお茶をしているお客さんもいる。
カウンターで梱包をしていた綺麗な女性が「いらっしゃいませ」と顔を上げ、先生に気付いて微笑んだ。
「吉備さん。お待ちしていました」
「おはようございます、奈々枝さん。今日はよろしくお願いします」
「兄は作業所の方にいますのですぐに呼んできますね」
「あ、いや直接向かうんで」
「いいえ。呼びに来るようにと言われていますから。少々お待ちくださいね」
妹さんは後方に吊り下げられた麻暖簾を潜り奥に入っていった。
待っている間、あたし達は店内に飾られた作品を眺める事にした。
陶芸の事なんてさっぱり分からない。こうして専門のお店に入ったのも初めてだ。けれどどの器も全体的にすっきりとしていて、なんだか藤岡さんらしいなと(知らないあたしが思うのも変だけど)思ってしまった。絶妙な美しさを持つ青や緑、ラインの入り方が見たことの無いモダンデザインなものもあって、見ていてなかなか面白い。
「この辺りのシリーズいいなあ……欲しいかも」
七村がマグカップの一角を手に取って呟いた。
とろりとした薄い飴の膜が張ったような、深い青。角度によって光が入るらしく、木枠の窓辺で見てみると海の底から空を見上げているようだ。
「それいいよね! あたしも思ってた。いくら?」
あたしと七村が値札チェックをする横で、先生と與野木君は「土質が云々」だの「釉薬が云々」だの焼き物を手に取りうんちく合戦を繰り広げている。マニアック同士で気が合うらしい。
一通り展示品を見終わった頃、暖簾を潜り藤岡さんと妹さんが出てきた。
「お待たせしました」
今日の藤岡さんは頭に渋茶色の分厚い手拭いを巻き、同色の縞入り作務衣を着ている。黒っぽい要素が一つも無く、前回会った時よりもずっと柔らかで優しい印象だった。酷いクマは相変わらずだけどくたびれたオーラが出ていないため、あらためてハンサムな人なのだと分かる。(イケメンではなく正統派ハンサムって感じだ)
「このような恰好のままですみません。吉備、今日体験されるのは3名と訊いていましたが」
「一人増えたんだが、大丈夫か」
「構いませんよ。では、こちらに――」
「あのっ」
あたしの言葉に藤岡さんがこちらを見た。
「お、お久しぶりですっ、あたし上村朋っていいます! そのっ、今日はどうしてもお話ししたいことがあって、伺いました!」
「奈々枝」
藤岡さんは、お客さんの見送りを終え戻ってきた妹さんに呼び掛けた。
「どうしました?」
「体験の方はお前に任せてもいいだろうか」
「構いませんけど、吉備さん達なら兄さんがお相手された方が」
「私はこの子と少し話がある。終わればまた交代しよう」
「分かりました」
頷くと、奈々枝さんは先生に「よろしいですか?」と尋ねてきた。
「俺らは全く構わないが……上村、藤岡に一体何の用があるんだ?」
「えっと……」
「秘密の相談を受けていたんですよ。
――ね。上村さん」
藤岡さんはあたしの横に来ると肩に手を置いた。
途端に身体に電流が走る。
見上げるのが少し怖くて、あたしはそのままこくこくと頷いた。
こうしてあたし以外のメンバーは作業所へ、あたしはこの場に残って藤岡さんと話をすることになった。
事情を知っている與野木君と七村が店を出ながら『ガンバレ』とこっそり応援してくれたため、俄然やる気が湧いてきた。
大丈夫、今日の藤岡さんは怖くない。友達だって応援してくれている。
絶対に、異世界の事を聞き出してみせる!
二人きりになると藤岡さんは一旦店の外に出た。そうしてすぐに戻ってくると、内側からカチリと鍵をかけた。
「あの、お店は――」
「『御用がある方は窯の方へ』と看板を出してきたから大丈夫ですよ。妹もいますし」
藤岡さんは手招きをしてあたしをカウンター席に座らせた。
椅子の脚が少し長めだったため、あたしはカウンターにしがみつくようにしてよじ登った。もぞもぞとお尻を納め、ふうと息をついて前を向くと、両手を作業台につけてこちらを見る藤岡さんの視線に気付いた。
かっ、と頬に血が上る。子供っぽいと思われてそうなのが恥ずかしくて、
「コーヒーは飲めますか?」
という藤岡さんの言葉に、
「ブラックでお願いします!」
と大声で答えた。
藤岡さんのいれるコーヒーは想像していたよりもずっと本格的だった。
てっきりコーヒーメーカーに溜めたやつが出るとばかり思っていたのに、銀色口の細いケトルに水を落として火がかけられた。無地の茶筒が二つから、電動ミルにスクープ一杯分ずつコーヒー豆がざらざらと落ちる。蓋がされスイッチが入ると、ガーッという振動音と共に深みのある香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。
ゆっくりと丁寧にフィルターにお湯を注ぐ藤岡さんの姿は、作務衣姿なのにも関わらずカフェ店員のようにも見える。様になるってこういうことか、と妙に感心してしまった。
ことり、と若葉色のコーヒーカップが目の前に置かれた。この器も藤岡さんが作ったのだろう。横にはクリームの入った容器と角砂糖が積まれた器が添えられ――、って。
ブラックって言ったのに!
あたしはツン、と澄ました顔でカップを持ち上げ口に運んだ。
美味しい……のだろうか。よく分からない。
香りだけ良くて苦黒い液体を、実はあたしは苦手だったりする。
「よかったら使ってください」
ミルクと砂糖を勧められ、再び頬が熱くなった。
もう、どうしてすぐ顔に出ちゃうのかなあっ!
「――藤岡さんに聞いてほしいお話があるんです」
カップを置いて姿勢を正すと、あたしはさっそく本題に入った。
藤岡さんはカウンター側に回ってくると、あたしの隣に腰を下ろした。見上げると、眠そうだった前回とは違い、すっきりした穏やかな瞳があたしをじっと見つめ返している。
触れていない筈なのに、ちりっと再び電流が走った。
あたしは前を向いたまま、棚に飾られたコーヒーカップを見据えて語りだした。
「――先日、不思議な夢を見たんです。
気付けば砂漠に放り出され、辺りを見回しても何もなくて。歩いても歩いても誰にも会わないし、とても熱いし喉は乾くしで倒れてしまって。そんなあたしを助けてくれた人がいました。
彼女は自分の名を、『ヨン』だと名乗ったんです――」
藤岡さんがどんな顔で聞いているのか確認する余裕なんて無かった。
あたしは前を向いたまま、ただひたすら異世界での体験を話し続けていった。




