5-3.少女は探し人に会う
本部テントまで戻ったあたしを見て吉備北先生がやってきた。
「どうした上村、與野木達とはぐれでもしたか」
「先生、少しここにいてもいいですか」
「別に構わんが、何かトラブルでもあったのか?」
「えーっと……」
どう説明すべきだろうか。
比較的話の分かる先生だけど、友達の恋愛について勝手にペラペラと話すのもなあ。
「えーと、えーと、あ、あたしってば昔っから太鼓が大好きでえっ、どうしてもあれを見たかったんですううっ!」
ステージ上の和太鼓パフォーマンスをビシッと指して答える。
「お前な、嘘はもっと上手くつけ」
うう、駄目だ。誤魔化せない。
「えっと、恋のキューピッド、みたいな?」
もじもじしながら呟くと「何言ってんだお前」と更にツッコまれてしまった。
「ほんっと、何言ってんですかね……はは」
呆れ顔だった先生が、ふっと真顔になった。
「――今言ったのは、與野木達のことか」
ほっとして頷く。隠し事は苦手だ。
吉備北先生の返事は無かった。
「先生?」
「いや。そうか、ゆっくりしていくといい」
先生は律さんから再びスタッフ用の首下げプレートを借りてきてくれた。テントに入っていいと言われたので、あたしはパイプ椅子に座りそのままステージを見学をすることにした。
「あれえ、さっきの女子高生ちゃんだー」
律さんがひらひらとあたしに手を振ってきた。ゆるくセットされた髪色はかなり明るめの茶髪で大学生っぽい感じだが、先生の友人らしいので本当はもっと年上なのだろう。
和太鼓の集団演技は実際に見ると迫力満点だった。お腹にドーン、ドーンと響く振動がヘッドホンで聴く音楽とは全く違って新鮮だ。
演技が終わりパチパチと拍手をしていると、律さんが話しかけてきた。
「他のお友達はどうしたの?」
「あ、武者行列の方に行っています」
「ふーん。あ、じゃあもしかして君が、ナナムラちゃん?」
「へ? いえ、違いますけど」
きょとんとして返事をすると、吉備北先生が律さんにゴン! と鋭いゲンコツを落とした。呻き声と共に律さんの頭が落ちる。物凄く鈍い音だったけど大丈夫だろうか。
両腕で頭を押さる律さんを見てオロオロしていると、あたしの横をスッと黒い影が横切った。
「――お疲れ様でした」
「おう、お疲れ。良かったぞ」
影と思ったのはあたしの錯覚で、すっきりとした黒服の男性が先生の前に立っていた。色白で背が高く、たぶんハンサムだ。『たぶん』と付けたのは、彼の眠たげな目の下にあるクマがあまりにもくっきりと濃く目立っていたから。全体的にひどく疲れ切った感じで、迂闊に声をかけるのをためらわせてしまうような、そんな雰囲気の男性だった。
「お前、この後どうするんだ?」
「展示場の方を任せていますから、一旦戻って様子を見てきます。場合によってはそのまま終わりまでいるかと」
「打ち上げは?」
「そうですね。せっかくですからお邪魔させていただきます」
「おう、待ってるぞ。
そうだ、ちょうど良かった、上村!」
「はい?」
「こいつがさっき抜刀術で出ていた藤岡だ。恰好良かっただろ?」
「えっ、あ、はい! とっても!」
思わず勢い良く頷いてしまった。藤岡さんと呼ばれた男性はとても背が高かったため、あたしは椅子から立ち上がって顔を上げた。
ぱっと見全然分からなかったけど、よく見てみれば確かにあの時着物を着て日本刀を持っていた人だ。
「あのっ、刀があんなに切れるなんて知りませんでした!
とってもキレイで、すっごく怖かったです!」
「――真っ直ぐな感想ですね」
藤岡さんは僅かに唇の端を持ち上げた。
これって、一応笑ったことになるのだろうか。
「若いお嬢さんに感想をいただけるのは嬉しいものですね。どうぞよろしく」
藤岡さんは名刺を出すとあたしの前に差し出した。
名刺なんて貰うのは生まれて初めての経験だ。慌てて受け取ろうとその手に触れた瞬間、
ビリリッ!
息が止まりそうなほど強い電流が身体を走り、血が滾る錯覚に思わず名刺を取り落してしていた。
「す、すみませんっ」
慌てて拾おうと屈んだあたしの目に映ったのは、名刺に書かれた
『双月窯元
藤岡隆二
作家名・柳人』
の文字だった。
『旦那の名はリュージンっていうんだ』
ヨンの台詞があたしの頭でこだまする。
眠たげな目に酷いクマ。
触れた瞬間に起きた、強い痺れ。
あたしは名刺を拾うと、のろのろと立ち上がった。
藤岡さんを見上げ、喧噪に紛れないよう気を付けながらそっと尋ねる。
「……『ヨン』という名を、ご存知ですか?」
藤岡さんの眠たげな瞳が、一瞬にして広がった。




