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ロンド  作者: 青砥緑
本編
9/64

反転-1.

「え、小松君と黒江君がいるの?なんで初回の報告にその情報が入ってないのよ、円香!」

 第二回委員会の翌日の昼休み、円香と二人で昼食を囲んでいた加奈は芝居がかった様子で両手で頬を覆った。天気がいいからと渡り廊下に弁当を持ちだしたおかげか、周りには誰もおらず大きな声で内緒話ができる珍しい環境が整っていた。

「だって、森野もいたし。」

 黒江の報告はともかく、陽太のことは森野の前では話しづらい。そんな意味を込めて言うと、まあ、そうだけど、と加奈は不服気に引き下がった。すぐにぱっと表情を明るく切り替えて彼女は続ける。

「ま、小松君のことはアレだけど、黒江君は良かったじゃない。悪い噂もないし。」

 健康的な魅力に溢れた笑顔を浮かべる友人とは対照的に円香は眉を寄せた。

「噂になるほど悪い人じゃないのはいいことかもしれないけど。別に一緒の委員会にいたからって何っていうこともないよ。」

 そんな円香を見て加奈は笑った。

「もったいないこと言って。分かりやすく良い男がいるなんて有難いことじゃない。恋の痛手は恋で治せってね。」

 加奈は円香が陽太に失恋したことを知っている。円香は誰にも何も相談しなかったけれど、近くにいた加奈は気がついた。円香ははっきりと口にしたことはないけれど、否定することもなかったので加奈は円香の密かな恋心について確信を持っている。

「恋でねえ。」

 円香はちっとも乗り気ではない。そんな風に顔がいいからと言うだけで誰かをほいほい好きになれるようなら苦労はないと思う。陽太だって格好いいと言われる部類だけれど、彼の場合でも顔に惹かれた訳ではない。

「真面目に好きになれるかは別にして、目を逸らす先に困らないんだからそれだけでもいいじゃない。忘れたいんでしょ。」

 陽太の名には触れずに加奈は首を傾げた。円香は小さく頷く。

 陽太を忘れたい。叶わないと知っているのにくすぶり続ける陽太への想いを忘れてしまいたい。大好きだった走る場所を手放したのは、中途半端な嫌がらせのせいじゃない。彼を諦めきれなかったからであり、それでも諦めたかったから離れることにしたのだ。

「委員会の間は黒江君でも観察してたらいいわよ。」

「眺めるくらいはいいけど、惚れるかどうかは別の問題だからね。」

 ため息交じりに円香が加奈を見やると、加奈も「まあね」と頷いた。

「でもまあ、気を散らすことって結構大事じゃない。忘れようと念じている間は、その相手のことばっかり考えてることになっちゃうわけだからさ。」

 円香は返す言葉もなく、俯いた。去年、陽太のことを思いきりたいと思った結果、彼のことばかり考えていた身には実に突き刺さる一言だ。

「目を逸らして違うことを考えるには良い相手でしょ、黒江君。あれだけモテるんだから円香がちょっとやそっと見てたって勘違いして迫ってきたりしないわよ。」

 思いやりがあるのか失礼なのか加奈はしれっと言う。何かひっかかるものは感じるが、非常に説得力はある。

「そうかもね。」

 円香が折れると、加奈は「そうそう」と頷いた。

「遠慮なく見つめておけばいいわよ。そうやってさ、そっちが本命みたいにしといたら柏木さん達もいい加減静かになるだろうし。」

 友人の言葉に、円香はなるほど、そういう効果も期待できるのかと笑った。確かに、この調子で陽太からどんどん距離をおけば、あのいやらしい遠回しないじめも本格的に終わるかもしれない。

「次に黒江ファンから目をつけられなきゃいいけど。」

 半ば冗談で言った円香の言葉に加奈は「確かに、そっちも注意が必要だわ」と笑った。

「見つめるくらいならいいでしょ。他にも彼に熱視線を送っている子はいっぱいいるんだし。程度を見極めておけば平気よ。」

「そうだよねえ。」

 黒江に殊更に声をかけたりする気はもちろんない。けれど、あの役割分担ではどうしても会話しないわけには行かなくなりそうな予感がした。

「なんて言うか、みんなの心が狭くないことを祈るわ。」

 去年、高校生になってもつまらない嫌がらせをやる生徒がたくさんいることは嫌というほど学んだ。あまり楽観的になることはできない。そんな円香の気持ちを察したように加奈も小さく息をついた。

「確かに。私も祈っておこうかな。」

 二人は思い思いに手を合わせて俯き、名も知らぬ神様に祈りを捧げてからまたため息をついてしまって顔を見合わせた。

「だめよ、幸せが逃げるわ」

 真剣な顔で加奈が言うので、円香も合わせる。

「今はいた分、吸っておこうか。」

 こういうのは気分の問題だから、と二人は今度は大きく深呼吸をして、結局息吐いているじゃないと笑った。


「同じ息を吐くのでも笑うならいいのよ。吸うとか吐くとかの問題じゃないわ。」

 ケラケラ笑いながら加奈が言う。円香は確かにそうだと、これまた笑いながら頷いた。馬鹿なことで笑いすぎて、昼休みが終わるころにはもう二人ともなんでため息をついていたかも忘れてしまっていた。


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