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ロンド  作者: 青砥緑
本編
6/64

神様の意地悪-6.

 一般教室の南側は一面、腰高の窓になっている。その外側には桜に囲まれた広いグランド。グランドの向こうは大きな道路を挟んで住宅地が広がっており三階以上の教室の視界を遮るものはほとんどない。天気の良い日には授業中に青い空を眺めて意識を飛ばす生徒が続出するほどの素晴らしい眺望を誇っている。

 一般教室棟の端には渡り廊下があって、さらにL字型にグランドを囲むように特別教室棟がある。そのため西寄りの教室は渡り廊下や特別教室棟によって一部視界が遮られるのだが、幸いなことに円香の在籍する2年C組の教室は一般教室棟の縦にも横にも真ん中あたりにあって別棟は窓から身を乗り出さない限りは見えない。教室の中央よりやや後ろ、円香の席からは爽快な景色が見える。

 放課後、段々と教室の斜め前方から西日が差しこんでくると教室の前方だけ白いカーテンを引いて差し込む陽光を遮りながら勉強をするのが二年に進級してからの円香の日課だった。


 円香は大学を受験する予定だが、とりあえず今年は予備校に行く気はない。親に余計にお金を出してもらって予備校に通いたいほど勉強が好きな訳ではない。好きではないが、進学校の授業に授業時間だけでついていけるほどの頭脳もない。部活をしていた頃は練習後に眠い目をこすりこすり家で予習と宿題をこなしていたが、部活を辞めてからは学校で宿題や予習を全て終わらせてから帰ることに決めていた。そうすれば悪意のない家族からのお願いごとや、会話によって勉強の邪魔をされることもないからだ。

 学校が奨励する勉強スポットである図書室や自習室は恋人たちの待ちあわせのメッカであり、気ぜわしそうに髪をいじったりケータイをいじったりする生徒で溢れていてちっとも落ち着かない。特にここ半年の円香にとって他の女子生徒のたくさんいる場所はなるべく出入りしたくない場所でもあった。それに比べると意外な穴場は教室で、放課後居残っておしゃべりしている生徒も一時間もすればいなくなる。二年になってからの円香は放課後の時間をもっぱら静かな教室で過ごしていた。


 *****


 予想外の陽太との遭遇の動揺を抱えたまま委員会を後にして教室に戻れば、まだ一カ月弱しか過ごしていないのにホームに戻ってきた感じがする。それは見慣れた景色のせいだけでなく、ちょうど教室に残っていた級友のおかげかもしれない。橙色に暮れかかる空を背負った教室には目黒加奈、それから森野穂高の姿があった。まだ名前の順で割り振られたままの席は目黒、森野、八坂と並んでいる。森野は机に教科書とノートを広げて勉強中だが、加奈はすっかり荷物を片付けて帰る間際のようだった。

「お、円香。おかえりー。お疲れ。」

「うん、ただいまー。」

 加奈がひらひらと手を振るのに応える。一年から引き続き同じクラスになった女子生徒は加奈だけだ。クラス替えの結果をみたときには、教師たちの配慮があるような気がした。

 昨年度、他の級友と円香の間で板挟みになってやりづらい思いをしただろうに変わらずにいてくれた加奈は円香にとって大事な友人だ。加奈は教室中に漂うおかしな空気などないかのように明るく、大きな声で円香に話しかけ、一緒にお弁当を食べ、週末には遊びにも誘ってくれた。加奈がいなければ、学校に通うこと自体、随分辛かったに違いない。一度は自分と関わっていることが加奈への周りからの態度を悪くさせるのではないかと心配もして、離れた方が良いと円香から言ったこともあったけれど、加奈は笑って取り合わなかった。

「私は私のやりたいようにするわよ。付き合いたい人と付き合うの。それに間違ったことに手を貸すなんてごめんだわ。」

 顔がパンでできているヒーローに似ていると言われるまん丸の頬を更に膨らせて怒りを演出しながら腰に手を当てていた加奈は、本物のヒーローみたいにとても頼もしかった。勇気凛々の言葉が彼女には良く似合う。


 クラスが変わったのが良かったのか春休みに部活や辞めたのが良かったのか、昨年に比べると今のクラスの方が状況は良い。加奈と同中出身だという森野を含めて、三人で話している間、円香は昨年来の迂遠な嫌がらせのことを忘れて過ごすことができた。当初は森野もどこかで自分の噂を聞いていて、自分のことを悪く思っているのではないかと密かに怯える気持ちもあった。しかし、それは全くの杞憂で、彼は当たり前の友人のように接してくれた。それどころか未だに消えない噂を持ちだして控え目な嫌がらせを繰り出そうとする女子生徒がいれば、さりげない話題の転換でそれを牽制してくれもする。二人がいる限り、円香の傍にあからさまに彼女を傷つける人間は寄ってくることは無い。二人の気遣いのおかげで休み時間を以前ほど緊張して過ごさずに済むようになった。


「加奈も委員会?」

「そー。さっき終わったとこ。三役は免れたわ―。ラッキー、ラッキー。」

 へへっと笑いながら加奈はVサインを出して見せる。

「良かったね。私も免れたわ。」

「おめでと。で、どうだった?学祭委員。毎年カップル量産すると噂の委員会はやっぱり違う?」

 加奈はいたずらに笑う。

「別に普通だと思ったけど、その話ってほんとなのかな。」

 円香は半信半疑だ。

「さあ?でも夏休みも準備で結構長い時間一緒になんかしてるし、期待できる感じはありそうじゃない。保健委員とかよりはさ。」

「まあねー。でも別に恋人欲しいわけじゃないし。」

 もう、盛り上がらない子。と言いながら加奈は時計を見上げた。

「行かなきゃ。バイト五時からなんだ。円香は今日も勉強してくの?」

「うん。」

 加奈は、じゃあ先に帰るね、と手を振りながら教室の戸口に向かって行く。二人は必要以上に一緒に行動しようとしないところが気楽で仲良く付き合いはじめた。それは、円香を取り巻く環境が変わってからも基本的には変わっていない。

「おじさんによろしくね。」

「おっけー。じゃあ、森野もバイバイ。」

 加奈が慌ただしく出て行くと、声を掛けられて手を振り返していた森野が円香を見上げた。

「八坂。おじさんて何?」

 問われてみて、改めて考えるとバイトにいく友人を見送るにはおかしな言葉だったかと思い当る。

「加奈のお父さんのこと。加奈のバイトって実家の手伝いだから。」

 説明を付け加えると森野は分かったような分からないような顔で「実家?」と聞き返してくる。

「あれ、知らない?レストランなの。お父さんがコックさん。」

 そこまで言うとようやく話が繋がったようで、ああ、と納得の声が漏れた。

「そういえば、昔に聞いたことあったかな。それで、おじさんによろしく、ね。」

「そう。前にお邪魔して御馳走してもらったことがあってね。」

「援助交際とかじゃなくて良かった。」

 平和な過去の思い出話にかぶせて、森野が遠慮なく不穏なことをいう。確かにそのように聞こえる可能性があったことは円香にも分かっているけど、敢えて口に出さなかったのに。

「違うよ。そういうタイプじゃないでしょ。」

 加奈は見るからに健康的で溌剌としていて、なんというか後ろ暗いことに縁の無い雰囲気だ。

「まあね。」

 森野も冗談だったらしく、そのまま小さく笑ってまた自分のノートへ向き直った。

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