人生万事塞翁が馬-3.
二人は、気まずかったやりとりをなかったことにしてケーキに専念した。なんだかほっとした空気がながれて、雰囲気は回復したはずだった。しかし、ケーキとコーヒーがすっかりなくなってしまうと何から話を再開していいのか分からない。普段、何をしゃべっていただろう。黒江が逃げるように窓の外に視線をやれば、まだ明るい商店街を中学生くらいの男女の集団が賑やかに通り過ぎていくところだった。トリプルデートといったところか。互いに意識し合いながら、でも気にしていないと目一杯アピールして。その様子が傍から見ればこんなに良く分かってしまうのかと、黒江は他人事ながら居たたまれない気持ちになった。どうも尻がむずむずするような居心地の悪さに思わず視線を店内に戻すと、加奈はケーキの陳列されているショーケースを眺めていた。
今、こうしてもじもじしている自分と執拗なまでにケーキをみつめている加奈は他の客からどう見えているのだろう。
恋人と誤解されるような親密さは無いだろう。むしろ、会話すら途絶えて友人関係にあるのかどうかさえ分からないかもしれない。意識し過ぎの中学生みたいにカチコチに見えていなければいいけれど。それはあまりに情けない。そう思って少し勇気を出した。まずは、気まずさの原因を取り除かないことにはきっとずっと気になってしまう。
「目黒、さっきの。やっぱり、ごめん。」
加奈は目を瞬かせて、黒江に向き直った。
「さっき、今日は迷惑だったかって、自分から誘っといて変なこと聞いて悪かった。」
改めて謝ると、加奈は慌てて顔の前で両手を振った。
「いやいやいや。そんな謝ることじゃないじゃん。大丈夫だよ。」
その様子は、確かに根に持っているようには見えない。それでも黒江の胸の内にはひっかかりがあった。だからここから先の告白は自己満足なのかもしれないと思う。
「ちょっと過敏になってるのは自分でも分かってるんだけど。前にも、話したっけか。自分の傍にいる人に迷惑がかかることがあったから。あまり特定の親しい友人とか持たないようにしててさ。でも、変に距離持たせようとすると返って失礼になるんだよな。」
さっきの自分のように。
「ほんと、悪い。」
ぺこりと頭を下げると、加奈が「やーめーてー。」と小声で悲鳴を上げた。
「でも。」
「いやいや、真面目に謝ってくれてるのは分かるけど、黒江君が謝ってくれたようなことは、本当に何でもないよ。誰に見られないかってこっちは冗談で言ったけど、黒江君が心配する気持ちも分かるし。」
そこで加奈は不意に真顔に戻って黒江の方を見上げた。
「円香の、こと?」
加奈は円香の親友だ。円香から全て聞いていても全く不思議ではないのに、黒江は声を詰まらせてしまった。黒江の顔色が加奈にとって十分な答えになったらしい。彼女は自分の爪先に視線を落として続けた。
「円香が階段から落ちてから、皆おかしかったから。あの子は自分で転んだって言ったけど、そんなはずないと思ったんだ。いくらなんでも、森野は過保護すぎるし、委員会の打ちあわせは急に減ったし。すれ違うと、すごく心配そうな顔してみてくるし。噂だって聞こえてくるしさ。円香がやっかみの標的にされそうなのなんて今更じゃない。綺麗で、大人しくて、凄く壊れやすそうで。」
そう言って、そっかあ、と加奈は息を吐く。
「あたし、また守ってあげらんなかったのかあ。なっさけないなあ。」
ぽつりぽつりと呟くような言葉に黒江は思わず強い調子で「それは、違う」と口を挟んだ。
「目黒は、悪いことなんかないだろ。防げるはずなかったんだから。」
あんな、理不尽な暴力なんか。黒江は悔しさを滲ませて拳を握る。囚われてはいけない。自分だけを責めて後悔しても何も変わらない。それは分かっていてもなお割りきることは難しい。
「分かってるよ。スーパーマンじゃないもん。何でもできるなんて思ってない。でもさあ、なんかできたかもしれないって思っちゃうんだよ。あんなに、ボロボロにされたのに。なんでまた。なんでまだ。」
唇を引き結ぶ加奈は悲痛な表情で、いつもは明るく笑っているだけに一層堪える。
黒江は言葉が見つからなくて、お団子をくずさないように加奈の頭にを軽く撫でた。
加奈は何も悪くない。あの円香の怪我は、本当は自分や向井だって大した罪は無いのだと分かっている。それなのに、傷ついて苦しむのは、円香と、それを守りたかった人ばかりなのだ。あの女子生徒達は、何とも思っていない。昨日も平気な顔で自分に挨拶してきたのが何よりも良い証拠だ。やりきれなかった。結局気まずい空気は変わらないまま、コーヒーのお代わりも飲み終わってしまった。
「一旦、出るか?」
声をかけると、加奈は頷いた。このまま二人で暗い顔をしていても何も始まらない。約束通りケーキは黒江の驕りで、店を後にする。行くあてもない黒江の前に立って加奈はアーケードの方を指さした。
「ちょっと歩く?商店街の真ん中にクリスマスツリーが出てるから、見て行こうか。」
一歩黒江の先を歩きながら、加奈は勝手にしゃべる。
「いやさ、ニュースでやるようなカッコいいおしゃれなクリスマスツリーじゃないんだけど、小さい頃からこればっかり見てるから、私にとってはこれがクリスマスって感じでねえ。結構味が合っていいと思うのよ。大きさはそこそこ、頑張ってる方だと思うんだけどな。」
無理に気持ちを盛り上げようとしているのかと思うと、それはそれで辛いのだが、どうやら加奈は説明しながら自分も楽しみになってきたようだ。声が段々明るくなっていく。やがてアーケードの真ん中あたりに大きなツリーが現れた。家族連れが子供をツリーの前に立たせて写真を撮っている。
加奈は最後の数歩を駆け寄ると、まん丸い頬を赤く染めて、同じように肉づきの良い丸い手を伸ばしてライトアップされたツリーを指さす。
「ほら、結構大きいでしょう?」
どこか誇らしげに振り返る彼女の目の中にツリーのライトがうつってキラキラと輝いた。ツリーなんて正直興味はないけれど、嬉しそうな彼女の顔につられて笑みが浮かんでしまう。
頷き返した黒江は、一歩彼女に近づいて、そのまま肩を並べてもう一度ツリーを見上げる。なんでか、七夕飾りと正月飾りを混同したような飾りつけのクリスマスツリーは確かにキラキラしていた。どんな願いも叶えてくれそうだ。
「御利益がありそうだな。」
「ああ、そう!そんな感じ。」
加奈が大きく頷いた。やはりただのクリスマスツリーではない。伊達に榊まで飾られているわけではないようだ。
「じゃあ、来年は波乱の少ないことを祈って。」
黒江が柏手を打つと、加奈も真面目な顔でそれに倣った。
「円香が苛められませんように。」
「おい、自分のことはどうするんだ。」
手を合わせたまま肘で加奈をつつくと、自分のことは自分で何とかするから、とあっさり返された。
「っは。格好いいな。」
ああ、誰か。学園祭の準備をしている時に他の生徒が同じようなことを言っていた。黒江は記憶を手繰り寄せた。胸を張って堂々として。確かにあの時も加奈は格好良かった。あんまり男前で目を奪われた。そういう言われ方は本人が嬉しくないようだったけれど、でもやっぱり加奈の属性は「かっこいい」だと思う。内面からにじみ出る男気にあやかりたいものだ。
「じゃあ、俺も見習おう。神頼みにするのは人の分だけにします。」
黒江がお祈りを訂正していると通りかかった子供が、「お兄ちゃん達クリスマスツリーにお祈りしてるよ?変なの!」と馬鹿でかい声で叫んだ。それを聞いて二人はふき出してしまう。
「目黒、それ変だってさ。」
「ちょ、黒江君がやりだしたんでしょ。何を他人事みたいな言い方してんの。」
「いや、そんなつもりはない。」
「いやいや、今さりげなく一歩離れた。俺は関係ありませんみたいな顔しちゃって。うわあ、ひどい。でも、お兄ちゃん達って言ってたもん。私がお兄ちゃんに見えるわけないでしょ。間違いなく黒江君も共犯です。」
「まあ、確かに目黒はお姉さんだろうけど。だからって目黒が関係ないってこともないだろう。」
笑いながら言いあえば、落ち込んでいた気持ちはどんどん晴れて行く。単純で、馬鹿みたいだ。でも、落ち込んでいたってなにも変わらないのなら笑っていた方がいい。ごった煮のクリスマスツリーの御利益は確かにあったようだった。




