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ロンド  作者: 青砥緑
本編
49/64

人生万事塞翁が馬-1.

 高校3年生の時間の多くを受験に専念させる分、2年生の間は学校行事が目白押しだ。生徒会役員選挙を逃げ切ったと思っていたら、実力テストがやってきて、三学期に予定されている修学旅行の準備も始まる。学園祭での向井と黒江の様子が印象に残ってしまったのか、イベントごとなら黒江、というムードがクラスに出て修学旅行準備係に任命されてしまったのは全く予定外だった。

 おかげ様で、放課後が妙に忙しい。それでも、放課後にあちこち動き回らなければいけない生活は、森野と円香の静かな放課後から彼の思考を切り離す役に立ってくれた。段々、何も考えずに2年C組の前の廊下を通れるようになる。学級委員として同じ会議に出てくる森野を見ても、悔しさや、やりきれなさを感じないようになる。それだけは、自分を祭り上げてくれたクラスメートに感謝しなければならないだろう。


 失恋したら、急に仕事に打ち込むなんて、ドラマのOLみたいだ。


 自分で評してみて、恥ずかしさに口が歪む。こんなこと、誰にも言えない。変な表情になっているだろう顔を隠すように旅行会社から提供されているパンフレットに視線を落とした。自由行動のときのサンプルプランを作らなければならない。

 普通の高校生は興味が無さそうな、名所旧跡について史実や背景を書き起こし、少しでも興味が湧くように最近漫画やドラマに出て来た情報を添える。なかなか時間のかかる作業ではあるが、はじめて見れば意外なほど面白かった。


「それで最近、図書館でよく見かけるって噂になってるのか。」

 教室に居残っている黒江を見つけて寄ってきた向井は、何をしているのかとあらましを聞いて頷いた。図書館にいるくらいで噂にするのは止めてほしいと黒江は思う。俺は学校の七不思議か怪異の類か。慣れてはいてもため息が出る。その横で立ったままサンプルコースの下書きを斜め読みした向井は、まじまじと黒江を見下ろした。

「お前、こういう情報誌の記者になれそうじゃん。悪いけど、すごい意外。」

 本人の言う通り、若干失礼なものいいだが黒江にしてみても予想できる範囲の反応だった。自分だって、こんなものを作れるとは思っていなかった。

「だいたい、お前、このドラマみたことあんの?こっちの漫画も。確かに女子には流行ってたけどさ。」

 向井が指さした個所を見て、黒江は苦笑いする。

「最近ネットでちょっとだけ見た。」

「このために?徹底してんなあ。」

 向井は、うわあ、と息をついて天を仰ぐ。確かに少々面倒くさい作業なのは確かだ。

「歴史の資料集に書いてある情報だけだと、教師が作るのと変わらないだろうと言われたもんでな。」

 初版のサンプルを見た女子生徒からの率直なコメントを受けて、少し変えたのだと言えば向井は目を輝かせた。

「お前にそんな率直に意見してくれる子がいるのか。なんだよ。彼女できたなら言えよ。」

「何でだ。すぐに彼女に話が飛ぶところも、お前に報告しないといけないところも。おかしなことを一度にたくさん言われると突っ込みが間に合わん。」

 黒江が眉根を寄せて向井を見上げると、向井は愉快そうに笑う。

「間に合ってる。完璧に間に合ってるから。心配ご無用。で、どうなの?」

 黒江が多少きつい物言いをしたくらいでへこたれる男ではない。嬉々として問いを重ねてきた。

「どうもこうもない。別に彼女じゃないし、そうだったとしてもお前に報告する義理が無い。そっちからも報告は不要だぞ。」

「えー。突っ込み早すぎるよ、アムール。まだ何も言ってないじゃん。」

 向井は子供のようにじたばたして見せた。もしかすると本当に何か言いたいことがあったのかもしれない。小耳に挟んだ噂は本当だったのかと、黒江は少しばかり意外な思いで友人を見上げた。最近聞いた話によると向井が誰かの番犬よろしくつきまとっているらしい。そしてその様子は至極幸せそうだという。事実とすれば、ここから惚気が延々始まりかねない。それは少々面倒くさい。

「幸せで何よりだな。」

 さっさと話を切り上げると、向井はガタガタと椅子をひっぱってきて黒江の向井に腰かけた。

「もう、冷たいな。で、その素直な女子がドラマや漫画の情報を教えてくれるわけか。誰だよ。お前と親密そうな女子なんかいたらすぐ噂になりそうなもんだけどな。あれか、学外か。予備校の子?」

 本気で自分の話をするつもりは無かったようなのは有難いが、黒江の話を聞いてみたいという欲求は本気のようだ。目を輝かせて身を乗り出す様子は面白がっているようにしかみえない。黒江は遠慮なく不機嫌な表情を浮かべた。

「煩い。」

「あ、まだ片思い?微妙な時期?」

「黙れ。」

「この調子で、君の為だけにとかいって素敵なクリスマスデートプラン作ってプレゼントとかするつもり?」

「帰れ。」

 最後には椅子の足を蹴っ飛ばしてやると、とうとう向井は黙った。黒江はまだ何か言いたそうでうずうずしている友人を見てため息をついた。そう言う関係じゃない。率直に駄目だしをしてくれたのは加奈だ。水曜に食事を食べながら、サンプルコースの話をしたら、見てみたいというので書きかけの初版を渡したのだ。それをさっと読んだ彼女の第一声が「歴史の先生が作った見たいだね。」だった。褒めているといえば、褒めている言葉に聞こえるが、声音は明らかに落胆していた。つまらないか、と問いかけると女性用の旅行雑誌を見せてくれた。こういうのを期待していた、と。以来、夕食に寄る度に、あのエリアだったらこのドラマ、あのエリアだったらこの映画、などと情報をくれるのだ。余程最初のサンプルが気にいらなかったのだろう。危機感を募らせて助言してくれるのには助かっている。女子生徒の知りたいことなど、黒江にはさっぱり分からないのだから。

「本当に、何でもない。お前にだって女子の友達くらいいるだろう。心配して口を挟んでくるだけだよ。おれの心配というよりは、修学旅行の、だろうけどな。」

 首を振り振り答えれば、向井はにこーっと笑った。

「そうか。アムールにも普通の女子の友達ができたか。それはそれでめでたいな。なんなら、お前。彼女作るよりも、女友達作る方が苦労しそうだからさ。」

 その表情にはなんの屈託も無く、黒江はついつい毒気を抜かれてしまう。

「・・・どうも。」

「なんの、なんの。感謝ならその子にしとけよ。お前、下手したらまともに女の子と口を聞かないまま寂しい高校生活を終えるかも知れなかったんだから。」

「お前、そんな目で俺のことを見てたのか。」

 どうしても向井と話していると相手のペースに乗せられる。すっかり作業の手が止まってしまった黒江は脱力してもう一度向井の椅子を蹴った。

「ははは。いやあ、有り得ただろう。アムールは来る者拒むし、追うのは苦手だから恋人探しは難しそうだし。かといって相手に構えられちゃうからお友達からってのも難しいし。俺は親友を思って随分心配したんだぞ。」

 図星だから否定しづらい。黒江は顰め面をますます顰めた。向井が気を利かせて話の輪に入れてくれなかったら、クラスメートの女子生徒と当たり障りのない会話をすることさえ難しかったかもしれない。

「ま、良ければ今度紹介してよ。俺、ちょっと興味あるわ。修学旅行心配してるってことは、うちのガッコの子でしょ?」

「良くない。」

 条件反射のように言葉が飛び出た。しかし、考え直してみてもやはり良くない気がする。加奈相手に、今、黒江相手に繰り広げたような自由奔放なトークを展開されるのは居心地が悪い。ましてや、十中八九、話題は黒江の話だ。

 即答された向井は目を丸くしてから、盛大に噴き出した。何を思って爆笑しているのかは知らないが、あまり面白い回答も出ないだろう。本当に向井がいると調子が狂う。


「気長に待ってるよ。」


 ようやくと笑いをおさめた向井は、まだ笑い過ぎで腹が痛いと言いながら手を振って帰って行った。

 うるさくて、騒がしくて面倒くさい。けれど、気がねなく付き合える大事な友人であることは確かだ。調子は狂うが、その調子が外れたときの自分も、本当は嫌いなわけではない。向井には絶対に、そんなこと教えないけれど。





 期末試験が始まる少し前、黒江は自分の担当作業をひとまず終えた。

 おつかれさん、と担当教諭に肩を叩かれて教室に戻った黒江は何気なく窓からグランドを見下ろした。暖房の効いた教室に居ても、窓に近寄れば冷たい空気が頬を刺した。


 いつのまにか、冬だな。


 冬晴れの下のグランドでは、サッカー部が練習していた。3年生が引退したせいか、急に人数が減って見える。さらにその外側を陸上部の長距離選手たちが走り込みをしていく。白い息が遠い教室からでもときどき確認できた。眼下を通り過ぎる一団を全員見送って、分かっていたことを確かめる。去年の冬、あの中にいた円香はもういない。もう一人、渦中の人だった小松陽太は今年は随分活躍したようで、朝礼の際に関東大会への壮行も併せて行われていた。それを、少し苛立った気持ちで見つめたことを思い出す。部外者だと分かっているのに、何を言っているのかと自分で自分を諌めてから、それでも気になって視線を巡らせば、苦笑いする円香と、そのすぐ後ろで自分と同じように不満げな顔をしている加奈をみつけた。加奈もきっとやりきれなかったのだろう。恨んでも仕方ないのだと知っていても。

 加奈のことを思い出すと、つられて、彼女に感謝しろと言った向井の言葉も思い出した。先ほど提出してきたサンプルプランは好評で、好評すぎてパターン数を増やされ、結局サンプルというより全員がそのモデルコースの中から行動予定を決めるのではないかという話になっている。また、適度に砕けた内容に、硬いイメージが付きまとっていた黒江の印象が変わったと準備係の面々から随分気安く声をかけられるようになった。おかげ様で学内環境は日々改善している。

 確かに、加奈に何かお礼をした方がいいかもしれない。



 その週の水曜日に、いつものように店を訪れて加奈に今度お茶でも奢ると言えば、加奈は穴が空くほど黒江を見つめた。それほど驚かれると思っていなかった黒江が「悪いけど、あんまり高い店は無理だぞ」と言い添えると、加奈は何とも言えない顔をして笑った。力の抜けたその顔は安心しているようでもあったし、諦めているようでもあって、黒江はここは見栄を張った方が良かったかと密かに後悔した。しかし、毎週の外食が財布を圧迫している状況は改善されていない。本当に余裕が無いのだ。

「期末があるから、その後かな。目黒のバイトの無い日、俺の予備校の無い日か。」

 手元で手帳代わりの携帯を開けば、12月も後半の冬休み直前まで予定が合わないことが分かった。

「結構先になるな。」

「いいよ、そしたらじーっくり何を御馳走してもらうか考えとく。」

 加奈はわざとらしく目を細めて見せた。

「事前に教えてくれよ。」

 本当に滅多な物を急に要求されても答えられない。黒江が念を押すと、加奈はまた笑った。

「心配性だなあ。大丈夫だって、庶民派の加奈さんのことを信用しなさいな。」

「いや、まあ、それもあるけど。場所とかさ。俺良く分からないから。」

 デートなどまともに行ったことが無い。おしゃれな場所を期待されても下調べをする時間がなければ辿りつけない。黒江がそういう意味で付け加えると、加奈は笑った。本当に彼女は何度も笑う。何度も笑うのに、その笑顔は時によって少しずつ違って、今度の笑顔は頼りないような、彼女にしては珍しい種類の笑顔だった。

「そんな勘違いしないから、心配しないでいいってば。商店街の美味しい鯛焼きにするか、ファミレスでパフェにするかくらい悩ませてよ。」

 その言葉に、何とも言えない違和感を感じながら、黒江は頷いた。どうせほとんど毎週会うのだから、また話せばいい。何より甘い物の店ならば、黒江より加奈が詳しいのは間違いない。

「任せた。」

 一言告げると、今度は陰りのない笑顔が返ってきた。

「任せなさい。」

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