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ロンド  作者: 青砥緑
本編
47/64

恋の味-5.

 駅で別れ際に、向井は黒江を呼びとめた。

「なあ、アムール。あれはさ、あの事件はさ、俺やお前が背負わないといけないことじゃない。無関係だって言うつもりはないけど、あれに囚われて告白できなくて踏ん切りがつかないっていうなら、それは違うから。ええと、なんていうかな。あんまり背負いこみ過ぎるなよ。」

 唐突な、これまで話していたこととは脈絡の無い言葉。けれど、黒江にはそれが何を指しているのかがすぐに分かった。円香が、階段から突き落とされたこと。それが自分たちに関わる嫉妬ゆえであったこと。そのことから抱え続けている罪悪感と無力感。きっと向井も黒江と似たような思いを抱いたはずだ。同じように憤り、苦しんだはずだ。

 向井の瞳は、珍しく真剣だった。そのせいか、今度は腹は立たなかった。

「分かってる。」

 一言返すと、友人を安心させるために小さく笑った。向井はその笑顔に眉を寄せて苦笑を返してきた。

「ほんとかよ。俺、最近までふっきれなかったんだけど。」

「じゃあ、今はいいのか。」

 向井は少し照れたように頷いた。

「ある人から、そういうのは若さゆえの潔癖って奴だって、一刀両断にされてね。完璧であろうとするなってさ。説教されて目からうろこが落ちましたよ。最初からできないことが、やっぱりできなかったからって落ち込んでも意味ないやね。」

 向井の日焼けした耳が赤く染まるのを見て、これはその言葉を語った人物は女性に違いないと妙な確信を持ちながら黒江は首を傾けた。おちゃらけた普段の様子を裏切って、純粋なところを隠せない友人の様子を笑ってしまわないように気をつけながら。

「吹っ切れたんなら良かったな。その人に感謝しとけ。」

 黒江の言葉に、向井はにかっと笑って「言われんでも、してる。超してる。」と言って気が済んだとばかりに一歩下がって黒江から離れた。

「じゃあ、そんだけ。じゃあなー。」

 そのまま踵を返して手を振りながら去って行く。相変わらずのマイペースだ。黒江はもう自分のことなど見ていなそうな向井に片手を上げると、自分もホームへと足を向けた。


「若さゆえの潔癖、ね。」


 電車の中で耳に残った言葉を口の中で繰り返す。

「潔癖」。自分は潔癖だろうか。自分を取り巻く物事に整然としていることを求めているだろうか。理不尽なことに憤っているだろうか。少しの歪みや濁りも許せないと苛立っているだろうか。そんなつもりはない。自ら否定して、次に「若さゆえ」という言葉が持つ意味合いについても考える。二つの言葉を並べた時、それは若いからこその、未熟であるからこその狭量さを責めているように感じた。それは、今まさに子供から大人へ脱皮を果たそうとする17歳の少年にとっては心がひりひりと痛むような告発だ。早く大人になりたいのに。強くなりたいのに。揺らがないものになりたいのに。お前はまだまだなのだと突きつけられ、至らなさを白日の下に引き出されて晒される。強い言葉だ。

 この言葉だけを聞いて、目から鱗が落ちたと言うのなら、向井は自分よりもずっと度量が大きい。黒江は電車の窓に移る自分の顔を無感動に眺めながら、脳裏ににかっと笑う友人を思い浮かべる。自分には、自分が子供だと、未熟だと素直に認められる余裕がない。格好をつけていたいのだ。これまで、人よりも優れていると言われ続けてきたなりの自負もある。自分の弱みを認めるのは苦手だった。


 向井が続けていた言葉を思い返す。完璧であろうとするなということは至らなくて良い、至らないことを認めよということだろう。

そこまで考えて、パズルが一気にはまった気がした。あっという間に頭の中に散らばっていたものが互いに紐づいてあるべきところに収まって行く。落ちもの系のゲームで10連鎖を出したような快感。

 至らない自分を認められない。自分の非を認められない。子供の自分を許せない。それこそが若さゆえの潔癖なのではないか。失敗にいちいち動揺して、身動きが取れなくなる。自分を責めて完璧を目指すあまりに雁字搦めになる。そういう自分たちを指した言葉なのだ。では、完璧であろうとするな、という言葉に込められた思いは、前に進めということだったのかもしれない。足らなくてもいい。間違えてもいい。完璧になるまで立ち止まるのではなく、足りなくても次に進め。進み続けろ。後悔することがあるのなら、それを繰り返すな。そういう言葉だったのではないか。


 そう思えば、今日、向井が語ったことも少しばかり穏やかな気持ちで思い返せる。円香の事件に心を囚われ、彼女を守れなかった自分を責めていた。彼女の横に立とうとするには自分に彼女を守る術がないと立ち止っていた。そういう自分の背中を押そうとしたのだと思える。


 それにしても、余計なお世話ではあるが。


 男同士で恋愛相談する趣味は無いし、口を出されるのも好まない。だから向井の助言はやっぱり余計なお世話だ。

 そう思いながら、黒江はどこか自分の胸が軽くなったのを感じていた。

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