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ロンド  作者: 青砥緑
本編
44/64

恋の味-2.

 黒江が学園祭実行委員になって、まして負担の大きいイベント担当になったのは向井の入れ知恵によるところが大きい。司会としてステージに立っている限り、自校、他校を問わず女子生徒につかまることがない。そう囁かれて、口説き落とされたのだ。本当に最大限ステージ上にいるか裏方を離れられないようにタイムスケジュールを組んだので、今年の学園祭はステージ以外ほとんど見ていない。当初の狙いは当たって呼びだしや、一緒に学園祭を見て回ろうという誘いは無いまま順調に初日を終えた。受付をほとんど離れられないであろう円香と全く顔を合わせることがなかったのも、結果をみると良かったと思う。目の前を森野と手を繋いで通られでもしたら、まだ辛い。これほど恋というものが断ち切れない感情だとは思わなかった。円香をみかけてまだ動揺する自分の諦めの悪さが嫌にさえなる。


 長時間にわたってメインステージの司会を引き受けて自分の予定を埋めているとはいえ、ステージで出しものが続いている間は休憩になる。裏で休憩している間にどこかに移動することはできず、二日目ともなると同じ委員の女子生徒やクラスメイト、果ては記憶にない様な他校の生徒まで休憩場所へやってくるようになった。正直なところ疲れているから、愛想笑いなどさせないで欲しいのに。周りの仲間達は、さすが黒江は違うなと呆れ半分、からかい半分でやってくる女子生徒達を追い払いはしない。一人去る度に差し入れがベンチの上に溜まって行くのを感慨もなく眺めた。

 また一人、後輩の女子生徒がやってきて、本日何本目になるのか分からないスポーツドリンクを差し出された後で震える声で問いかけられた。

「先輩。後夜祭なんですけど。」

「俺、司会だから。」

 頬を染める後輩に皆まで言わせず、そう告げると彼女は何とも言えない顔で、「あ、そう、ですか。えっと、頑張ってください。」頭を下げて去って行った。


「お前。今の切れ味鋭すぎて俺まで泣きそうになったぞ。」

 彼女が遠くなってから気を使って席を外していた同じ委員の男子生徒達が戻ってくる。見えないようには気を使ったが聞き耳は立てていたらしい。彼らは去っていく女子生徒の背中を見やりながら「かーいそー」と半ば本気の同情をこめて呟く。学園祭の後夜祭といえば意中の相手を誘い出してフォークダンスを踊ると末永く幸せになれるという何十年か前の伝統が未だ現役を張っている貴重な行事だ。学園祭実行委員を引き受けた最大の理由はこの行事にこそある。昨年、そんな都市伝説めいた噂を気にかけていなかった黒江は女子生徒に囲まれ、誰と踊るのかと詰め寄られて後夜祭の時間中逃げ回る羽目になった。同じ憂き目にあった向井が考えだした「運営側に回れば絶対踊らないで済む」という言葉が抗いがたく魅力的に聞こえたのは、その記憶がなかなかに強烈だったからだ。


 だいたい何で今時フォークダンスなんだ。


 別に違うダンスならいいというわけでもないが。黒江は笑っている男子生徒の頭を一つ小突いて立ち上がった。

「どう言っても結果は一緒だろ。」

 誰とも踊る気はない。唯一、彼女とならば、と頭をよぎる相手はいるが、彼女の手を取ることはできない。あんなことがあったのだ。目立つことはできないし、そもそも彼女の隣は森野の居場所に決まってしまっている。だから結局、今年も誰とも踊ったりはしない。


 学園祭は盛況のうちに一般公開を終えて、最後のイベントである後夜祭が始まる。一日中、すれ違いを続けていた向井が校庭の特設ステージにやってきて、久しぶりにきちんと顔を合わせた。

「よう、お疲れ。」

 学園祭実行委員お揃いの派手な赤いTシャツにジャージ姿の向井は、あちいあちいとベンチに腰掛けてジャージの裾を託し上げながら黒江を見上げる。

「そっちはどうだった?」

「問題ない。全日程無事終了だ。最大10分遅延までで押し込んだ。」

 黒江が主担当だったメインステージ最後の出しものは彼の言葉通り全て無事に終了している。下手なバンドも可愛いだけのダンスもなかなか盛り上がっていたし、何より演者たちが楽しそうだった。上出来だろう。

「さっすが、黒江。頼れるう。」

 向井は大きな口を開けて笑うと、意味も無く黒江の肩を叩いた。

「で、そっちは?今日はガラス割られないで済んだか。」

「ああ、今日は大丈夫だった。トラブルなし!」

 胸を張る向井に、別にそれはお前のおかげじゃないだろうと冷ややかに返しながらも黒江は内心安堵する。特に、受付周りにトラブルが無かったことに。


 後夜祭は基本的に在校生全員参加のイベントだ。日差しが夕暮れのものに変わる頃には千五百人を超す生徒達が広いグランドを埋め尽くしていた。そのざわめきと熱気がステージ裏にも伝わって来てお祭り気質の向井はもちろん、普段は冷静沈着で通している黒江まで落ち着かない気持ちにさせる。

「ようし、じゃあ最後の仕上げと行こうじゃないの。」

 向井は応援団から借りたと言う真っ赤な長い鉢巻を巻いて膝を叩くと勢いよく立ちあがった。踊りたくない、という消極的な理由で委員になったものの、決して手抜きをしてきたわけではない。やるからには、踊る側には楽しく踊ってもらおうとちゃんと準備をしている。フォークダンスと迷惑な伝説がなければ向井は思いっきり観客側で無責任にはしゃぎたいタイプだ。色々折り合いをつけてステージ上に逃亡し、しかしそこで祭りを楽しもうとしているのだろう。黒江は、自分にはない向井の明るさが嫌いではない。やりすぎなければいいが、と苦笑いで心配しながらやる気満々の友人の背に続いた。


 二人がステージに上がると一斉に歓声が上がった。アイドルのコンサート顔負けだ。の予想していたとはいえ、大音響に思わず一瞬耳を塞ぐ。誰の趣味なのか後夜祭のメインはフォークダンスだというのに司会の黒江と向井は長ランを着させられていた。向井に至っては真っ赤な鉢巻まで巻いている。こんなもの、小倉抹茶トースト並みのミスマッチだと黒江は思うが、そう告げたら向井は爆笑しただけで衣装の変更は認められなかった。

「黒江くーん、カッコイー。」

 黄色い歓声を真似て、マイク越しに向井が叫ぶと一層生徒達が湧いた。

「同じ格好をしておいて何を言っているんだか。お前も言ってほしいのか?」

 仁王立ちで言い返すと、どこかから野太い声で「向井くーん、かっこいー」と掛け声がかかった。がっくりして見せる向井にまた笑いが湧く。

「さあ、さあ。皆さん今日まで二日間お疲れさまでした。学園祭、楽しんでくれたかな?」

 顔を上げた向井が笑顔で話しだすと、おおーと元気な返事が返ってくる。

「これで最後と思うとちょっとさびしいけど、最後まで盛り上がって行きましょう。後夜祭、始めるぞー!」

 向井が拳を振り上げるのに合わせて、打ち合わせ通り黒江も拳を振り上げる。他の生徒も拳を振り上げて、おー、ともキャー、ともつかない歓声が上がった。

 こういうお祭り騒ぎは向井の独壇場だ。彼が元気よくステージを駆け回り皆を盛り上げていくのを見ながら黒江は校庭にひしめく生徒達に視線を彷徨わせた。止めた方がいいと、冷静な自分が言うのに止められずに円香の姿を探してしまう。見つけてしまえば、その隣に森野の姿があるのはきっと間違いなくて、落ち込むに決まっているのに止められない。ステージからは生徒達の顔が良く見えた。


 今年は誰からも手の届かないところに逃げたつもりでいたら、今度はこちらから手を伸ばしたくなるなんて馬鹿みたいな話だ。


 校庭の隅に、とうとう探していた白い頬を見つけて視線が止まる。隣にいるのは彼女の親友らしい目黒加奈とそれから予想通りの森野。森野に目を向けた瞬間に目が合った気がしてぎくりとする。大人しそうに見える元級友がただ大人しい男ではないことは黒江も気が付いている。

 敵に回したくないタイプ。

 向井もそう言って笑っていた。「黒江になら3回に1回くらいは勝てるかもしれないけど、森やんは底知れないもんがあって怖い。」あれは何の話の流れだっただろう。思わず目を逸らしてしまってから、苦々しく思い出す。


 この距離で目が合うとか、何なんだよ。妖怪か。


 目を先に逸らしてしまった敗北感を悪態で紛らわせて意識をステージに戻す。そろそろフォークダンスタイムだ。結局、今年も誰とも踊らない。最初にそうしたいと思っていた通りなんだから何も悔しいことなんかない。心の中でそう言い聞かせる。


 生徒達を大きな円の形に誘導しながら黒江はもう円香のいた方へ視線をやろうとはしなかった。

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