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ロンド  作者: 青砥緑
本編
33/64

目に映る世界-3.

「さあ、続きに戻るわよ。送り迎えは森野が言いだしたことで、結果とっても良かったってとこまでは良し。」

 加奈が続きを促すように円香を見ると、円香はストローの袋を器用に五角形に折りたたみながら言葉を探した。

「えー、だから、そうやって毎日登下校していると、自然とたくさん話すじゃない。それで親近感が湧いたのはあると思うんだ。あと、森野、本当に優しくて。」

 円香は言いながら恥ずかしそうに目を伏せる。ほんのり染まった頬に睫毛が影を落とすさまは女の加奈が見ても思わず唾を飲んだほど可憐な様子だった。

「不便だってこっちが気づくより前に気を回して手を貸してくれるの。いつも。ちょっとしたことなんだけど、靴を履き替える時に肘を支えてくれたりとか、自分の傘を先にたたんでおいて、私が昇降口についたらすぐに私の傘を引き取って代わりにたたんでくれたりとか。」

「わあ、まじで?黒江君が王子様キャラなら森野は執事キャラなわけね。意外かも。」

 円香は加奈の表現が気にいったらしい。大きく頷いて「そう!執事!ぴったりかも。」とやや大きな声で繰り返した。

「そうか。それでほだされたわけね。やるなあ、森野。」

 恋愛経験豊富にはとても見えないけれど、森野に姉か妹でもいただろうかと加奈は記憶をひっくり返す。どうにも覚えがない。これまでに家族の話などしたことが無い様な気がした。これ以上悩んでも無駄と早々に見切りをつける。

「そんで?告白は向こうから?」

 問いかければ円香はすんなり頷いた。

「そうだと思った。」

「そう?」

 納得顔の加奈の様子が円香には意外であったようで、今度は円香が聞き返してくる。

「そりゃあ、そうよ。どうみても森野は円香のこと気にしてたもの。そうじゃなきゃ学級委員だなんてしょうも無い理由で送り迎えなんてしないわよ。怪我人が二人いたらどう言い訳する気だったんだか。」

 加奈の言葉はクラスメイト全員の気持ちを代弁したようなものだ。毎日かいがいしく円香の世話を焼く様子は、誰の目にも円香に気があるようにしかみえていなかった。

「そ、そっか。」

 言われてみれば、その通りかと落ちつかなさそうに円香は髪を耳にかけながら頷いた。


「それでー、なんて言って告白されたの?」

 わざと上目遣いになるように背中を丸めた加奈がにやりと笑うと、円香は苦笑いを浮かべた。

「それは内緒でいいでしょ?」

「聞きたいのに。」

 二人だけの思い出にしておきたいならしょうがないかなあ、とこれ見よがしに言いながら様子を見てみるものの、円香はどうも告白の言葉は教えてくれるつもりは無いらしい。内心だけで、ちぇっと呟いて加奈は諦めた。確かに無理に聞き出さないといけないことでもない。人の嫌がることを無理強いしないのは加奈の信条だ。

「じゃあ、とにかく告白はあったとして。なんて答えたの?そっちなら教えてくれる?」

「んー、すぐには答えられなくて。好意を持たれているかも、とは思ってたけど心の準備がね、全然できてなかったから困っちゃって。そうしたら返事待ってくれるって言うからしばらく待ってもらったんだよね。それから返事をするのはもう少し森野のこと知ってからにしたいと思って、夏休み中に一緒にでかけてみたの。」

 あれだけ毎日登下校に加えて放課後も長い時間一緒にいて、それでも足りないというのが円香らしい慎重さだと加奈は思う。

「どこいったの?」

「映画見たり、ご飯食べたり。」

 まるっきりデートコースだ、と思ったけれどからかいすぎると話してくれなくなるからと加奈はあえて黙っておいた。それでも顔には何かでてしまったようで、円香は居心地悪そうにもじもじと椅子の上で姿勢を直した。

「そうしてみたら、なんだか一緒にいることがすごく自然に思えて。このまま近くにいてくれたらいいなあと思ったんだよね。」

 聞きながら最後の方で加奈はジタバタと足を揺らした。文字通り身悶えするほど甘酸っぱい。

「ああ、なんて幸せなの。」

 顔を両手で覆ったまま加奈は首をぶんぶんと左右に振る。

「いいなあ、いいなあ。」

 加奈は言い方を変えながらそう繰り返した。昨年の失恋やそれにまつわる面倒な出来事など、もうどうでもいい。今、円香はとても幸せそうで、話を聞いているだけでも森野と円香の穏やかな会話が想像できる。自分の想像に思わずにやけた。人の不幸は蜜の味だというけれど、加奈にとって円香の幸福こそ蜜の味だ。

 同時に羨ましい。それも加奈の純粋な感想だ。自分だって花の盛りの高校二年生。今は思う相手もいないけれど恋愛に興味がないではない。

 色々な感情をごちゃまぜにして、いいなあ、とだけ声に出す。

「加奈には、去年からたくさん心配かけたから。良い報告ができるのは嬉しいんだけど、ちょっと、その顔はにやけすぎじゃない?」

 円香が困ったようにしまりの無い顔で笑う加奈を見やる。

「だって嬉しいんだもん。円香の幸せは私の幸せよ。あー、森野、よくやったわ。あした褒めてやろう。」

 なぜか握りこぶしを作りながら言う加奈に円香は笑う。

「ありがと。」

「うん?」

 加奈が聞き返せば、円香は「喜んでくれて」と付け加えた。その一言で加奈は目を赤くして「もう」と叫んだ。

「当たり前でしょ。友達なんだから。だから円香は他人行儀すぎるって言うのよ。」

「親しき仲にも礼儀ありです。」

 つん、と言い返しながらも円香の表情は明るい。二人で目を合わせてふふふと笑いあう。どうしても嬉しいのだ。加奈は円香が幸せそうにしていることが。円香は加奈が喜んでいてくれることが。


「ねえ、じゃあ円香はさ、森野の優しいところが好きになったの?」

 円香の好きなタイプを加奈は聞いたことがない。陽太は確かに優しいけれど森野とはずいぶんタイプが違うように思える。やんちゃで明るい陽太と、物静かな森野。比べても意味は無いと思ってもどうしても、気になってしまう。

 ストレートな加奈の問いかけに円香は言葉につまったように少しむせた。

「それは、そうだけど。」

「けど?」

「それだけじゃないよ。優しくしてくれたから、だけじゃない。」

 一時の気の迷いで甘えているのではないと、円香は言う。その言葉にはこれまでにない力が籠っていて、おそらく円香自身が自問自答したことなのだろうと思った。弱っている時に優しくされれば、頼りたくなる。そういう感情の揺らぎではないかと自分で疑いもしたのだろう。

「あの人、すごく潔くて素直なところがあると思うの。」

 そう言われて加奈は森野のことを思い返す。潔いというのは納得感があった。彼はこれ見よがしに見せたりはしないけれど、胆力がある。

「変なプライドとかで威張っている男子っているでしょ?森野はそういうところがなくて。例えばね、二人で出かけて私が森野に疲れたって聞いたことがあるんだけど、言っちゃってから失敗したと思ったのよ。一緒に出掛けてさ、女の子に疲れてるかって気を遣われるのって本当は嫌なんじゃないかって。森野も一瞬変な顔したし。」

「ああ、そうかもね。かっこつけたいだろうしね。」

 加奈が相槌をうつと、円香も「でしょ」と返した。

「でもね、その後、森野は普通に笑って心配してくれてありがとうって言うの。格好つくかどうかじゃなくて、ちゃんとありがとうって言ってくれるのってすごいと思って。そういうところが逆に格好いいというか。心が広いっていうか。」

「器が大きい?」

「あ、そう。そういう感じがするの。」

 まるっきり惚気だ。

 そう思いながら加奈は頷いた。確かに森野はつまらないことに拘るタイプではなさそうだし、同年輩の男子生徒よりは余程落ち着いている。円香の精神年齢が同世代より若干高いことを考えたら、釣り合いのとれた良い二人だと思う。

「どこか、掴みどころがない気もしてたんだけど。こう、ぬるりつるりと。」

 言いながら円香は空中で鰻を掴むような動作をして見せた。

「捕まえようとすると逃げちゃう感じがあって。」

「うわあ、すっごい分かる。あいつ、底が見えないところあるわ。」

 本心か、社交辞令か。森野の表情と口ぶりだけでは読めないことは多々ある。あの長い前髪で顔を半分隠している効果もあるだろうけれど。

「そうなの。でも最近は掴もうとすると、捕まえられようとしてくれている気がする。」

「捕まえられようとする、ねえ。」

 イメージが湧かずに加奈が首をかしげると、円香は別の表現を探して唸った。

「ちゃんと向き合ってくれているっていうのかな。」

「結局惚気なのね。」

 加奈は笑う。自分から幸せな話が聞きたいとせがんだのだから、惚気話を責めるのは筋違いだ。でも円香がこれほど素直に自分から話してくれるとは思っていなかった。なんだか拍子抜けしてしまう。

 なんだか、自分まで肩の力が抜けて来た。

「安心した。」

 加奈の言葉に円香は小さく微笑んで、ありがとう、と返した。


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