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ロンド  作者: 青砥緑
本編
32/64

目に映る世界-2.

 二学期は実力テストによって開始される。前学期まで総復習を範囲とする実力テストは学年が上がれば上がるほど、出題範囲が広がる。必ず大きな休み明けに実施されるところが生徒からは大変不評だ。一日に五時間、五教科を一気に実施する。選択科目も含めて二日がかりでテストを終えるとようやく授業再開となる。

 とはいえ、夏休みぼけも抜けきらず、学園祭まで残り3週間で浮足立ってもいる生徒達の授業への集中力は極めて低い。


 まあ、例外ってのはどこにでもあるもんで。


 授業再開初日の放課後、平然と予習に取り掛かる円香と森野を振り返って加奈は苦笑いを浮かべた。本当に似た者同士というか、真面目で物静かで、人に流されない。それにしたって、と加奈は思う。昨日、テストが終わった後の昼休みに円香から聞いた話では付き合い始めてまだ十日程のはず。


 もうちょっとこう、ふわふわした、浮ついた雰囲気でも良いと思うのだけど。この落ち着きっぷりは何なのかしら。二人してポーカーフェイスが上手すぎるわ。からかい甲斐のない人達。


 呆れ半分、驚き半分。加奈はしばらく二人の様子を観察していたが、あまりにこれまで通りにしている二人を見ることに早々に飽きた。

「まどかー。」

「ん?」

 呼びかければ円香は顔を上げて首をかしげる。

「今日、委員会ないんでしょ?それ、きりのいいところまでやったらなんか食べながら帰ろうよ。うちも今日はバイトないからさ。」

 円香は、頷きかけてから「あ、」と言ってくるりと後ろを振り返った。

「森野。あのさ。」

 円香が皆まで言う前に、加奈が口を挟んだ。

「森野は来ちゃダメ―。」

 にーっと笑いながら言うと、森野は少し眉を寄せた。

「内緒話なの?」

 問い返されて、大きく頷く。

「内緒話なの。ガールズトークなの。」

 そう言いきってやれば、森野は「ガールズと言われてしまうと仕方ない。」と薄く笑みを浮かべてすんなり頷いた。彼はそのまま円香にむけてもう一度頷いて見せる。いっておいで、と幻聴が聞こえそうな優しい表情で。それを見届けて円香は加奈に振り返って、同じように頷いてみせた。

「よっし。オッケー。旦那様の許可取りました。」

 加奈がそう言ってVサインを出して見せると、円香は頬を赤くして「そういうんじゃないよ」と否定する。一方の森野は聞こえない振りなのかノートに視線を戻しているが、耳が赤く見えるのは気のせいではない。


「二人で帰るの久しぶりだね。」

 バスに並んで腰かけながら加奈は笑う。円香が怪我をしてからは森野が毎日付き添っていたし、その前も加奈と円香は毎日一緒にいたわけではない。去年からバイトで忙しい加奈と部活で忙しい円香は時間があわない日の方が多かった。

「そうだね。3カ月ぶりくらいかもね。」

「今日はたっぷり話聞かせてもらうからねー。」

 にしし、と加奈が笑うと円香は「えー」と声を上げる。

「だって、昨日の昼休みなんてたった五分くらいしかなかったじゃん。全然物足りない。」

 そのために誘いだしたのだ。円香もそのくらいは分かっていただろう。もう、と言いながらはにかんで笑っている。その笑顔は大人びて見える普段の表情に比べると随分と初々しくて可愛らしい。この顔を、森野はもう散々見たのかと思うと悔しい気がする。今日くらいは、加奈が一人占めしてもいいだろう。加奈だって、円香の笑顔を守りたいと本気で思って来たのだ。


 駅の反対口にある小さな喫茶店に入ると、加奈はやや前のめりに腰かけた。

「さあ、どこから聞こう。」

「そんな、すごいことは無い、と思うけど。」

 円香が細い首を傾けると、小さな頭が傾く。そして部活を辞めて以来、伸ばしているらしい細い黒髪が肩の上を滑った。昨年の今ごろは綺麗に日焼けして、どこか少年のような硬質さをもっていたのに、今日の彼女は雰囲気がすっかり柔らかくなり年相応の華やかな愛らしさがある。


 だからといって、何も聞かないでおいてあげるなんてことはないんだけど。


「慣れ染めはクラス替えでしょう?目黒、森野、八坂で縦に並んで、ちょうどいいからって紹介したのは私だもんね。あ、なんなら私、キューピットってことになっちゃうのかしら?恩人ってことになっちゃうのかな?」

 加奈は頬に手を当ててにんまりと笑う。

 円香は目を瞬かせてから「そう、なっちゃうかもね。」と返した。

「ようし。じゃあ恩人様に話してみたまえ。クラス替えで知り合って、それから毎日教室で一緒に居残り勉強して、段々仲良くなって、怪我をして以来は登下校も一緒になって、とんとん拍子に気がついたら誰よりも近くにおりましたって?」

 加奈が面白そうにすらすらと言うと、円香は二度首を縦に振った。

「簡単に言うと、まさにそんな感じ」

 あっさりと肯定されて加奈が膝の上についていた肘を滑らせた。

「そんなの私じゃなくても、クラスメイトなら誰でも想像つくって言うの。もっと、く、わ、し、く!」

 頬を膨らませながら、自分の膝を叩いて催促する。駄々っ子のように振舞いながらも、円香は元々口の重いタイプであることを忘れたわけではない。こちらから聞いてやらなければ、結局満足に話など聞けはしない。まず、ずっと聞かないでそっとしておいた疑問から解決しよう。

「じゃあじゃあ。まず、森野が円香と一緒に学校に来るようになったところから。円香が病院にいった次の日の朝にはもう一緒だったじゃん。どんな早技で約束したわけ?」

 円香が養護教諭と二人きりで病院に行くのを見送ったのは加奈だ。その夜にメールをやりとりしたときに、学校の最寄り駅で待ち合わせようかと聞いたら森野が来てくれるから大丈夫だと返された。本当に、彼はどんな技を使ったのだろう。

「ああ、それは。私もびっくりしたんだけど、あの日、森野が病院に来てくれたの。それで、その場で松葉杖を見て、明日から送り迎えしてくれるって言って。杖がいらなくなってからは、もういいよって言ったんだけど、結局そのまま。」

「は、病院?え、ちょっと待って。待って。あー、市民病院行くって、あの日、あいつに言ったかも。あの後、飛んで行ったってことか。私も誘ってくれたら良かったのに抜け駆けしたなー。」

 円香の返事を聞き終った途端に、加奈は早口で捲し立てて驚きから怒りまでコロコロと表情を変えてみせた。

「抜け駆けって。」

 円香は小さく笑う。

「まあ、抜け駆けについては森野に文句言うからいいわ。いやあ、そう。あいつにそんな行動力があったとは。」

 片思いをこじらせてたみたいに思ったけれど、変な方に暴発しなくて良かった。いくらクラスメイトとして関係を築いていたとしても、一男子生徒が急に病院まで自分を追ってきたら怖いとか、嫌だとか思っても仕方ない。

「円香はさ、急に森野が来て、嬉しかった?」

 翌日から一緒に登下校したくらいだから、悪い気はしなかったはずだ。むしろ、あの頃にはお互いに好意があったのかもしれない。その辺を探ろうと聞き返した声は加奈自身にも思いがけないくらい静かな声音になった。否定されることを恐れるような。

「いや、なんていうか。驚いた。」

 加奈の緊張など知らずに円香は、ぽけっとした顔で言い返してくる。

「いや、それが普通の感想だけどさ。そんだけ?」

 がっかりを前面に押し出して問い返せば、円香は少し俯いて続けた。

「正直、その日は押し切られた感じだったんだけど。でも、次の日からね、来てもらって本当に助かったなーって。」

 一つ息をついてからそっと顔を上げた円香は、加奈の予想を裏切ってはにかんでも、照れてもいなかった。むしろ穏やかで真面目な顔だった。

「階段を、落ちた時にね。背中から人がぶつかったの。まあ、事故だし、そのときは、それほどとは思わなかったんだけど、次の日から駅で背中から人に追い抜かされたりするのが怖くなっちゃって。ずっと隣で森野が、人にぶつからないようにしてくれてたのが、本当に助かって。特に階段なんて一人だったら足が竦んじゃったと思うから。それで、甘えちゃったかな。毎日遠回りさせて、帰りも何度も待ってもらって、申し訳なかったんだけど。」

 最後に、えへへと笑った円香は、目の前の加奈が涙目になっているのに気がついて笑いを引っ込めた。

「加奈?」

「もー!どうして、そういう大事なことを言わないのよ。分かってたら、私だって日替わりで送り迎えしたし、学校でももっとちゃんと近くにいたのに。心配させてよ、友達でしょお。」

 加奈は顔を赤くして怒った。円香は何でも我慢し過ぎる。それは分かっているけれど、何を我慢していたか思い知らされる度に、自分の不甲斐なさに憤り、力の足りなさに落ち込んでしまう。確かに森野から、円香の足が治るまでなるべく目を離さないで気をつけてやってくれないかと言われていた。言われなくても松葉杖をつきながらの生活は不便も多いだろうから、なるべく一緒に行動するつもりだったから加奈は「もちろんだ」と答えた。だけど、人にぶつかられるのが怖いと分かっていたら、もっとできることがあったはずなのに。

「ごめん。心配かけさせたくなくて。今はもう大丈夫だし。」

 円香はテーブルを挟んで向かいの加奈に手を伸ばして、その手を握る。

「本当でしょうね?」

 じとりと睨み上げる加奈の瞳はまだ潤んだままだ。

「本当。」

 円香がしっかりと頷くのを見届ける。加奈は円香の表情から嘘ではないと感じた。ため息をついて自分の手を覆っている円香の手を見下ろした。それを握り返しながらテーブルの上に二人の手を下ろす。ぎゅっと一度力を入れて握ってから離した。

「じゃあ、しょうがないから許してあげる。」

 あと一歩でこぼれそうだった目の端の涙を拭って笑うと、円香はもう一度「ごめんね」と申し訳なさそうに眉を下げて小さく頭を下げた。

「本当に。そんな隠し事してるから脱線しちゃったじゃない。今日はハッピーな話を聞くつもりだったのに。」

 加奈はオレンジジュースのストローをくわえて、一気に随分な量を飲んでしまう。やけ酒を煽る中年のように「すいませーん」と店員に声をかけてもう一杯ジュースを頼んだ。


 加奈にとって円香は大事な親友だ。彼女が傷つくところなどみたくない。今日の二人でお茶をしている喫茶店も、円香への嫌がらせを避けるために鈴鳥高生がやってこないお店を探し、わざわざ駅の反対口の小さな店に辿りついたのだ。加奈は「こういうちょっと大人な雰囲気のお店が隠れ家って感じで良いじゃない。簡単に知り合いに会っちゃうようじゃ隠れ家感出ないしね!」などと軽口を言ってこの店を強引に行きつけにしたが、円香自身がその言い訳をどのくらい信じているかは聞いたことがない。加奈としては、これは秘すれば花という奴だと思っている。

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